Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 白銀の騎士が、抜き放った魔法剣の切っ先を、地面スレスレまで下げた。鶺鴒のように、ゆらゆらと剣先が揺れている。
 双我は黒銀の鉄仮面を左手でぐらぐらと揺さぶった。まだ、抜刀はしていない。
 試合開始の鐘は鳴らされたが、まだもう少し、様子見をし合おうぜ、というサイン。
 塵はそんな双我を知ってか知らずか、動かない。
 作戦の第一段階がすでに失敗している双我にとっては、本物の決闘になってしまった今、かなり形勢が悪かった。
 左手で鞘を掴み、剣を抜く。双我の構えは酷い。右腕をぐっと張って、嫌がる子供を引きずってきた父親のように、乱暴に剣を水平に構えている。観客席から笑い声が上がった。構わない。元々、魔法戦で実際の剣術がどれだけ役に立つか。火弾や氷礫が乱舞する中で間合いもくそったれもない。
 それよりは、自分の得意な攻撃方法に合致したスタイルでやった方がいい。
 現に塵も、最初から剣をアンダーに構えている。
 剣先を翻すだけで火弾の三つや四つは撃ち返せるのだから、重たい魔法剣をわざわざ上段に構えて疲労することはないのだ。
 双我の構えも、カートリッジ込みで1.7kgはする剣を筋肉に負担なく支えられる姿勢を自分なりに探し出したまでのこと。
 さて、そろそろか。
 先手を打った。双我は右手に持った剣を、そのまま踏み込んで地面に突き刺した。
 地面、圧壊。
 無数の岩礫が塵へ散弾のように飛んだ。加速魔法を剣にこめて地面を抉ったため、ちょっとした小爆発程度の威力はある。砂塵が舞った。双我は身を伏せて走った。
 白銀の騎士が黒塗りの剣を翻す。
 その姿は数多の兵を指揮する神々の戦士のよう。
 漆黒の刀身の呪紋が熱せられたように赤銅色に輝き、その隙間から炎の鳥が滑り落ちてきた。一羽、二羽、三羽、四羽――
 それがことごとく主へ向かう岩塊を自爆することによって撃墜した。塵が、剣を背後に振るう。鍔迫り合いになる。硬質な音が鳴り響き、双我の剣と塵の剣がチリチリと噛み合った。兜の暗い格子越しに塵の冷たい氷のような目が見える気がした。双我は驚いた。
(腕力じゃ勝てねぇな――)
 塵の剣は、たとえるなら『豪』の剣だった。細身な外見とは裏腹に、何もかも押し潰すような暴力の塊。魔走回路搭載の頑丈な刀身がいまにもへし折れそうだ。双我のブーツの踵が地面を深々と抉っていく。歯の隙間から自分の呻きが漏れるのが聞こえた。
(まずい――)
 剣圧を、流した。
 踊るように身を翻した双我は空中へ後転し、返す刀で二振り、返しの火鳥を七羽放った。塵の放った紅蓮鴉と比べれば弾丸とビー玉ほどの差があった。双我の魔法剣は防御特化で構成してある。それにしても、この差は酷い。
 塵は迫りくる火鳥をかわさなかった。
 その場で、地面に黒剣を深々と突き刺した。まるで大地が痛みと交換するかのように、あるいは魔王に強請られでもしたかのように、氷の魔法を吐き出した。
 雄牛の形をしている。
 その雄牛の脇腹に塵は身を隠した。降り注ぐ雨のように七羽の火鳥が氷牛の側面に突き刺さり小爆発を起こしたが、凍てついた彫像を半分ほど吹っ飛ばしただけだった。
 双我は地面に着地するところだった。そこを塵は、見逃さなかった。
 回し蹴り。
 その場で旋回し、それこそ刃物のような切れ味で放たれた足が、氷像の残り半分を今度こそ粉々にした。その破片が小型のナイフとなって、ようやく爪先が地面に触れた双我に襲い掛かる。魔導装甲の表面で、氷のナイフは全て砕け散った。双我はよろける。
 直接的なダメージはないが、魔法が身辺で弾けた時の魔放射で、精神のスタミナを少し持っていかれた。
 双我はぐっと奥歯を噛み締めた。思ったよりも、神沼塵は強い。
 というか、普通に強い。さすが名門、魔法戦も子供の頃から英才教育を施されているらしい。お手本のような防御と攻撃のスライドだった。
 魔法剣は構造上、攻撃と防御のどちらかに重視を置くか、器用貧乏を覚悟で完全にイーブンにするかの二択になる。だが、もちろん、『防御を攻撃として使う』ことが悪いわけではない。
 攻撃から防御へ。防御からの攻撃を。
 そんな風にオールマイティに戦える魔法戦士は、文句なしに一級品だ。
 双我はバックステップを取り、必死に距離を稼ぎながら心の中の自分に言った。
(基礎性能だけなら、この坊ちゃん、俺より上だ)
 双我は剣を地面に突き刺して飛翔にブレーキをかけ、剣先を引き抜きながら魔法を唱えた。
 単純な衝撃魔法だ。斬った軌跡が空間をそのまま走り抜け、相手を両断する技。
 双我にしては、かなり本気の一撃だった。
 それを神沼塵は、魔法を使うことなく、素の剣の兜割りで弾き飛ばした。
 苦も、労も、無く。
「う……」
 思わず声が漏れる。白銀の騎士のそばに、衝撃の残滓が煙のように靡いていた。
「畜っ生……」
 逆手切りしたとはいえ、渾身の一撃だった。それを、あっけなく弾く、とは。
 双我は兜の奥でぺろりと舌を舐める。
(真っ向勝負は無理だ)
(ここは距離を取り続け、遠距離戦で主導権を握る――)
 だが、それを易々と許す神沼塵ではなかった。
 双我は動こうとした。動けなかった。
 視線を肩に送る。違和感があった。
 そこには、透明な誰かの手があった。
 緑色の――
 風迅魔法。
 振りほどこうと身を捻ったが、そのまま隆々とした緑腕に担ぎ上げられる。
 無数の風の手にまとわりつかれたまま、双我は絶叫した。
「――――――――――――――――ッ!!」
 神沼塵は、ゆったりと剣をミドルに構えて獲物を待っている。その間、およそ一秒。
 双我は当然の回避方法を取った。握った剣を地面に突き立て、やはりブレーキ。
 だが、風迅魔法の威力を相殺し切れない。むしろ刀身が歪みそうだった。
 これはまずい。逆らうべきじゃない。
 だが、このまま突っ込めば待っているのは兜割りだ。
 ヤツは殺す気で剣を振り抜くだろう。
(――ふざけやがって!)
 双我は剣を地面に突き立てるのをやめた。風の手が狂喜して獲物をご主人へと送り届けようと乱舞した。
 それでいい。
 双我は、手槍のように魔法剣を敵へ向かって投げた。これはかなり塵の予想を上回ったらしい。わざわざ虎の子の武器を放り投げてくるとは思わなかったのだろう。
 受け止められたり、弾かれたりすれば、双我は空手だ。
 剣を取り戻せなければ魔法を使えない。
 だから塵は剣を弾くか、最低でも受け止めてしまうべきだった。が、そうしなかった。
 当たり障りなく、身をよじってかわしたのだ。
 風迅魔法によって投擲の威力が上がっていたのも、安直な危険回避に塵を動かした原因だっただろう。飛んでいくのは何も剣だけではなかった。
 双我は両手を広げて、一度だけ地面を蹴り、バランスを崩した塵に肩から強烈なタックルをぶちかました。
 さすがに、塵が魔法剣を手放した。
 空中をゆっくりと回転しながら、塵の魔法剣が真上に跳ね上がる。
 双我と塵はもんどり打って地面に倒れこんだ。
 どちらが上でどちらが下か、答えがしばらく砂塵の中に隠れた。
 観客席から何人か立ち上がる気配がして、
「!!」
 グローブに包まれた塵の拳が、双我の顎を打つ。
 脳天まで貫く衝撃。
 双我は塵を振り払うように逃げた。砂塵から逃れ出て、真っ先に己の剣に飛びついた。
 振り返ると、塵はまだ片膝をついているところだった。
 剣を再三、地面へと突き立てる。勝負の瞬間だった。
 決闘場が、眩い白閃光に包まれた。攻撃ではない。雷撃魔法を低出力かつ、高輝度で放っただけ。……つまり、ただの目くらまし。
 カートリッジに充填された魔法には使用限界がある。
 まだ残弾が尽きるほどではないが、刀身にダメージも残っており、出来れば雷撃魔法は安く使いたかった。
 双我は兜の格子を覆っていた左腕を空けた。残量は充分。
 やられたらやり返す。
 風迅魔法、限界撃ち。
 剣を腰だめに構え、無数の小さな風の手に後押しされ、双我は一直線に駆けていく。
 目標は神沼塵、魔導装甲、その胸部鋼板。
 予定は狂ったが、ここで二度と逆らえないほど打ち負かしてやるのも悪くない。病室で震えるお坊ちゃま相手に尋問すれば、黒の一つや二つは吐くだろう。この調子では、本人は黒魔法の使い手というわけでもなさそうだが――とにかく。
自分の勝ちだ。
 そう、確信した瞬間、片膝を突いた塵の真上に、まるで天啓のように降りてくるものがあった。そんなものは一つしかない。
 それは、黒塗りの魔法剣――
 塵が、それに気づいていなかったのは間違いない。
 地面に突きたった剣を見て、一瞬、止まった。状況を理解できていなかったはずだ。
 つまり、偶然。幸運。あるいは神様の悪戯。
 なんでもいい、とにかく神沼塵はただ一手を次の瞬間には取っていた。
 掴んだ剣を渾身の力で前方へと突き抜いた。
 時間が止まる。吐息が漏れる。
 リーチは塵の方が、長かった。
 双我の魔導装甲、その黒い胸部鋼板に、まるで吸い込まれるように、
 神沼塵の黒剣が亀裂を残して突き立っていた。
 双我の身体がゆっくりと後方に流れる。空振りした剣が手から離れる。
「――双我くん!!」
 客席から誰かが身を乗り出して、双我の名前を呼んでいる。そっちへ双我は手を伸ばした。が、何も掴めなかった。砂塵を巻き上げて、双我はどうっと倒れこんだ。墓標のように、その胸に剣が突き刺さっていた。
 太陽が双我を見下ろしている。目を閉じた。双我は、負けた。
 七十二秒の戦いだった。

 吐き気がする。
 無理やり起き上がろうとした双我を、ふんわりした何かが押さえつけた。
「寝てて」
 あっちこっちに空転する視線をようやく集めると、驚くほど近くに蜜柑の顔があった。
「双我くん、魔法に『アテ』られてるから。動いちゃ駄目。いま救護官が来るよ」)
 双我はぼんやりとしたまま、再び横たわった。黄ばんだ天井が見えて、そこが選手用の控室だと気付く。
 何も思い出せない。
「負けたのか……俺」
「そうだよ」
 蜜柑が素っ気なく言う。見下ろしてくるその目が少しだけ赤かった。
「やっぱり無茶だったんだよ。あんな人と決闘するなんて……」
 ぐすっと蜜柑は鼻を啜った。
「なんであんな意味のないことをしたの? 謝ってでもなんででも、断ればよかったんだよ。こんなくだらないことで怪我して、双我くん……双我くん、バカだよ!」
「ひでぇ言い草……」
 だが、真実かもしれない。
「勝てると思ったんだけどなあ……」
「そんなわけ、ないよ」
 蜜柑はぎゅっと唇を噛み締めている。
「ねえ、知ってるでしょ。私たちは、結局、凡人なんだよ。持ってる人たちとは、造りが違う。闘ってて痛いほどわかったでしょ? ……あんなの、反則だよ。やっぱり高潔種は、神様に愛されてるんだ……」
 双我は浅く呼吸しながら、蜜柑の言葉を咀嚼してみた。
(神様か)
「なんでも持ってる人生か……神様に愛されて。確かにな。魔法のセンスと、完璧な家柄と、それに可愛い妹? 確かにそうだな……俺が勝てないのも当たり前かもな」
「…………双我くん」
「お前の言うことはわかるよ……そうかもしれない……」
 双我は無理やり起き上がった。
「双我くん!」
「いいんだ。背中が痛くて寝てらんねえ。畜生、あの野郎、本気で突きやがって……最後の突きは、決まると思ったんだがな……」
「もういい、もういいんだよ双我くん……終わったから、もう」
「……終わった……?」
 けほっ、と双我は咳き込んだ。手の甲で口を塞いだ。口から手を離すと、鮮血の斑模様が出来ていた。それを双我はぼんやりと眺めていた。
「蜜柑……俺の剣は?」
「そこにあるよ」
 粉々に砕け散ったアーマーの側に、ぽつねんと剣は立てかけられていた。まだ白煙をかすかに靡かせている。双我はそれをぼんやりと見ていた。
「握りは悪くなかった。使い手の問題だ。俺が弱かった。だから負けた。それだけのことだな」
 蜜柑は何も言わなかった。
「おい、蜜柑。俺を見て勝手に落ち込むのはよせよ。こんなのなんでもねえ」
 蜜柑はおずおず、と言った感じで、双我を見つめた。
「……みんなの前で、大負けするのが?」
「ああ」双我はぶるるっと犬のように頭を振った。寒気がした。
「本当の負けってのはな、こんなもんじゃ済まねぇよ」
 双我は立ち上がった。ふらつく。蜜柑がさっと動いてその腕を支えようとしたが、双我は振り払った。
「やめろ」
「でも……」
「うるせえ、もう帰れ」
 双我は控室の扉を、倒れこむようにして開けて外へ出た。

「氷室さん、マキロン頂戴」
「駄目です」
 ついにこの時が来たか、と双我は観念した。とうとう神沼家の専属メイドに見限られる時が訪れたのだ。くっ、と双我は涙を呑む。
「畜生、本当に怪我してるのに」
「だからに決まってるでしょ?」
 メイド・氷室は、水葉に抱えられるようにして帰宅した双我に呆れた声をぶつけた。
「ちゃんと魔法薬をお渡しします。市販の一般医薬品なんか役に立つわけがないでしょーが」
 双我は自分に肩を貸している、そしてなぜかちょっと憮然としている水葉に言った。
「ねぇ、あの人なんか俺に冷たくない? あたり強くない?」
「知りません。あなたがバカなだけでしょう」
「ねぇ、この人なんか俺に冷たくない? お嬢様怖くない?」
 返事の代わりに、メイドから手元に小さなガラス瓶を押し付けられた。
 薄紫色の軟膏がぎっしりと詰まっている。
 氷室は、掃除の途中だったらしくハンドモップを持ったまま、腕を組んで双我を睨んだ。
「お嬢様は冷たくなんてありません。あなたはちゃんとお嬢様の好意を受け取って、早くその怪我を治しなさい」
「好意って……」
 水葉は幼い頃の失態を思い出したような、複雑な表情を浮かべた。
「……まァ、なんでもいいです。双我さん、魔法戦のダメージは後に残りやすいのは本当です。今日はゆっくりと休んでください」
「はーい」
「氷室」
 水葉は、双我を引っ張りながら振り返ってメイドに言った。
「お兄様は?」
「まだお帰りではないようで。学院から連絡がありましたが、かすり傷があった程度で、お身体にお変わりはないそうです」
 そう言って、ニコッと笑う、少し水葉たちより年上のメイド。
「よかったですね。お嬢様」
「……ええ」
 水葉も静かに微笑む。
「お兄様に何かあったら、私は生きていけませんから」
 そう言う少女の横顔には、陶酔と、そして微かな不安がよぎっていた。
「ああ、双我さんは気にしなくていいですから。元々、双我さんが兄に手傷を負わせるだなんて、奇跡のようなものですし」
「やったね。じゃあ俺は塵くんに何をしたって許されるんだ! わーい」
 双我は素直に喜んだ。
「ええ、許してあげてもいいですよ」
 やれやれ、と水葉は首を振る。
「これで少しは懲りたでしょう? 今後、兄に余計な茶々を入れるのはやめてください。兄は繊細な人なんです」
「そうか? あいつの剣筋は、それほど細くはなかったけどな」
「繊細で、強い人なんです」
 水葉は頑として譲らない。おまえそれ以上お兄様をコケにしたら暗くて狭い水の底にぶちこむぞ、とその怜悧な美貌が訴えてきていたので、双我はさっさと降参した。
「わかったわかった。確かに認めるよ。君のお兄さんは強かった。ちょっと想像以上だった」
「……なぜ負けたあなたが上から目線で兄を語るのか解せませんが、いいでしょう。許します」
「これでようやっと、俺は部屋で休めるわけね」
「あ、あなたがいつまでもベラベラ喋っているんでしょう!」
 ギャアギャアやり始めた二人を、ちょっと微笑ましそうに眺めていた氷室だったが、最後に少しだけ付け足した。
「あ、お嬢様。これを……」
「……?」
 氷室は水葉に、ビーズで出来たブレスレットを手渡した。
 薄紫色の小珠を連ねた、手製のものだ。
「これは……何かの呪具ですか?」
「さあ、どうなんでしょう」氷室は困ったように首を傾げた。
「以前、赤宮様が訪問なされた時に、落とされていったようなのです。もっと早くにお渡ししたかったのですけれど、なかなか機会もなくって」
「兄に渡せばよかったのでは?」
「坊ちゃんにもお尋ねしたんですけれど、『知らない』と……」
「そうですか……」
 水葉はちょっとの間、その手の中で数多色に煌く西洋数珠を眺めた。
「わかりました。私から赤宮先輩へ渡しておきます」
「そうしてくださいますか? ありがとうございます、お嬢様。それでは」
 氷室はパタパタと去っていった。おそらく、やってもやっても終わらない仕事が彼女を待っているのだろう。
 家を守る、という大事な仕事が。
 双我は彼女の背中を、ちょっと名残惜しそうに見ていた。
「……どうかしたんですか?」
 スカートのポケットにブレスレットを仕舞いながら、水葉が聞いた。
「え? いやべつに」
「……? ひょっとして、あなた、氷室を慕っているのですか?」
 無垢な表情で問いかけてきた水葉に、双我は真面目腐って言い返した。
「もちろん、お慕い申し上げているとも!」
「そうですか」
「……あのー、冗談なんですけど」
 少し焦った双我に、水葉はくすりと笑う。
「わかっていますよ」
「……ひでえなあ」
「ふふっ」
 楽しげに笑う水葉。双我はそれを見て、久々に緩むような、本当の笑顔を浮かべた。
 そんな風にも笑えるのか、と、この貴族社会の末端に席を置く少女を改めて見やる。
 こんな家に生まれていなければ、どこか、なんでもない家で、なんでもない兄と一緒に生きていけたのかもしれないのに。
 彼女の未来は、おそらくは政治と権力の舞踏会で回り続けることだろう。
 びっくりするくらいあっという間に、彼女は学生時代を終えて、女として生きていかなければならなくなる。
 それでも、笑っておけるうちに、笑っておけばいいと思う。皮肉ではなく。
 そして、笑っておけるうちに笑っておかなかった男は、神沼水葉のポケットから、なんの震えも起こさずに、薄紫色のブレスレットを抜き取って、制服の袖に隠した。

 双我はシングルベッドに横たわって、ぼんやりと手の中のブレスレットを眺めた。
 光に当てて見ると、時々、玉虫色に見えるのが面白い。
 気まぐれな猫の瞳のようだ。
 それを見ていると、何か、思い出せそうな気がした。
 双我は首を振った。任務中は余計なことは考えたくなかった。
 苦しい時は、一振りの剣になればいい。
 鋼鉄で出来た、無骨で寡黙なただの機械。
 どうせやることは一つなのだ。他にはない。そこへ至る過程で寄り道するかしないか。最終目的が変動しないなら、どう足掻こうが無駄なこと。
 そう、どうせ双我は戦う。なんの思い出も持たない機械のように。
 双我は起き上がって、窓を開いた。そこには、木の枝を仮の居城と定めたらしき、黒猫が金色の眼を瞬かせながら、丸まっている。
 猫は喋った。
「お疲れ様、双我」
「よお。情報は行ってるか」
「届いてるよー。神沼塵と戦闘したんだってね」
「戦闘? あれがか。ただのお遊びだろ」
「死にかけたくせに」
「言ってろ。手ぇ抜いてやっただけだよ」
 双我は窓際の椅子に腰かけた。
「立ってるの辛い?」
「ああ」
 双我は改めて、塵との決闘と自分の思惑についてザッと語った。
「………………ってわけで、胸を一突きされてノックアウト。どうだ? 諜報用のエンジェルノイズよりは鮮やかに、自分の負けっぷりを語ってやれたと思うがな」
 猫がぴくく、と耳を動かした。
「ねえ、双我」
 猫は双我のアイロニーに付き合うつもりはないらしい。
「どう思った? 戦ってみて。神沼塵は、黒だと思う? つまり――反逆者だと」
「……まあ、黒魔法に溺れてるにしては、戦い方が素直すぎたかな」
 双我は頬杖を突いて、門の向こうで輝く街の夜景を眺めた。
「もし、本当に黒魔法にかぶれているなら、試してみたくなったはずだ」
「そうかな?」
 猫はわざと双我に懐疑を向ける。
「あんな決闘場じゃ使えないような、大型の黒魔法の使い手なのかもよ」
「それはどうだろうな。魔法と言ったって、絵に描いた城じゃない。本物の黒魔法は、そこへ辿り着くまでに様々な組み立てをする。その過程で得た知識は十個や二十個じゃきかない。その中には、あの場面で撃てる小技なんか数えきれないほどあるだろうよ」
 トン、トン、トン。双我は窓枠を指で叩く。自分を励ますように。
「黒魔導士は必ず、自分の力を試したがる。ましてや衆人環視とはいえ公認決闘。そこでバレずに黒が撃てれば、それは自分の努力と研鑽への充分な『見返り』になる。……俺はね、一緒に暮らしてるから少しだけわかるけど、あの塵っていうのは、その手の賞賛や充足に餓えてるよ」
「どうしてそう思うの?」
「何もかも親から当然のように継承した人間なんて、本当はどこにも自信なんかないのさ。俺やお前とは違う。叩き上げの本物とはな」
「お褒めに預かり光栄かな、リンジー・ソーガ」
 猫がぺろぺろと前足を舐めた。
「でも、論拠としては薄いかなあ。結局、双我は神沼塵を反逆者候補から外したいの? 外したくないの?」
「カンで言えば、外したいね」
「双我のカンは外れるからなあ」
「うるせー」
「ま、それはいいけど……とにかく、今後も調査を続けて。それから、この案件における粛正限界が変更されたよ」
 双我は少し黙った。
「……粛正限界? 五人まで殺していいんじゃないのか? 俺は最初にそう聞いてたぞ」
「二人になった」
 猫は、双我から目を逸らさない。
「この案件で容疑をかけて殺せるのは、二人まで。それ以上の殺しは、こっちはバックアップしない」
「……、なぜ?」
 ここで感情的になっても仕方ない。
 理由を聞くくらいしか、双我にはやることがなかった。
「なぜだ、ミーシャ? 説明してくれ。でなきゃ納得がいかねぇ」
「もちろん教えてあげる。……別ルートで潜行してたグレイバスから連絡があったの。神沼塵はともかく、神沼彰、現神沼家当主は限りなく『白』だってさ」
 ……白? 神沼塵の父親が?
「つまり、神沼家が表立って黒魔法を支援している可能性は消えた。『レギュレスの都』も、神沼彰が白なら金銭的援助を受けていない可能性が高いし、そもそも扇動者候補がいない。……やったね双我! どうやらそこは、まっとうで健全な学校らしいよ?」
「いきなり廊下でブスリ、はないってことか」
「そゆこと」
 双我は深々と椅子の背もたれに体重を預け直した。
「粛正限界が引き下げられた理由は分かった。が、正直キツイ。神沼塵を白にしても、あと疑わしいのは子分の赤宮と桜井、それと塵と敵対してた朝霧か。朝霧にしては行方も知れねえ。そもそも全然関係ない、俺とはまだ会ったこともない生徒が反逆者の可能性だってある。……こんなの、俺にどうしろってんだ?」
「黒魔法使用の物的・霊的証拠をゲットして、持ってたヤツをブッ殺して欲しい」
「わかりやすい説明をありがとう。くそったれ、ダーナに言っとけ。お前の押しが弱いから上が甘ったれて来るんだってな」
「それもうあたしが言った」
 双我はゲラゲラ笑った。
「まァいいよ。要は黒魔法を使わざるを得ないまで追い込んで殺せばいいんだ。簡単な話だな」
「そうそう。いままでだって、ずっとそうやってきたでしょ? 同じことをすればいいんだよ、ソーガ」
「ああ、わかってる。ところで――」
 双我は、制服のポケットから薄紫色のブレスレットを取り出して、猫の鼻先に突き出した。
「これ、拾ったんだけどよ。赤宮のらしい。何かの呪具か? どうもレトロな道具は鑑定がきかなくて……」

「誰が持ってたって?」

 猫の声が、鋭く尖った氷のようになった。
 双我は、少しだけ怯んだ。
「……赤宮らしい。メイドから聞いた。が、ひょっとしたらメイド自身の持ち物かもな。ないとは思うが。これがどうしたんだ、ミーシャ?」
「覚えてないの?」
「え?」
「リリスのブレスレットだよ」
 リリス。
 それは双我が昔、組んでいた相棒の名前だった。
 記憶が一気に洪水を起こす。
 サーベル使いの、『皆殺し』のリリス。
 黄金色のボブカットと、蝋のように白い身体。
 そして、瞳孔の開きかかった、銀色の瞳。
「リリス……あいつか。そうか、あいつのか」
 双我はブレスレットに視線を落とした。
「なんで、あいつの私物を赤宮なんかが持ってんだ。あいつは、精神失調で自宅療養中だったはずだろ」
「死んだよ」
 双我は二の句が継げなかった。
「死……死んだ? リリスが?」
「うん」
「……お前、なんで、なんで俺にそれを言わねぇんだ!!」
 猫はすぐに答えた。
「潜入中の魔導師に動揺を与えてどうするのさ。君が潜ってすぐ、リリスは死んだよ、ソーガ」
「その口調やめろ。捻り殺すぞ」
「ごめんね」猫はそっぽを向いた。
「詳しいことは不明のままだよ。リリスは、君も知っての通り、任務遂行不能状態になるまで精神を病んで、自宅で専属のセラピストに守られて、休養してた」
「そのセラピストは何をしてた。ヤツも魔法戦士の端くれだろうが!」
「わかるでしょ? ……そのセラピストがリリスを売ったんだよ」
「――――」
「現場には、致死量の血痕と、粉々にされたリリスの魔法剣が取り残されてた。……心が壊れたままでも、闘おうとしたんだね。魔法剣のカートリッジには、ほとんど魔力が残ってなかった。屋敷は半分以上が吹き飛んでいて、周囲2kmには目撃者らしき人たちの死骸が点々と転がってた。リリスの死体はまだ見つかってない。でも死亡したものとして扱われてる」
「……誰がやったんだよ」
「それを、君に調べて欲しい。いま、たぶん、惨殺者の手がかりが君の手の中にある」
 双我は、それをぐっと握り締めた。
 紫色の数珠。
「死んだ?」
 茫然と呟く。
「リリスが? ……あるわけない、あいつは最強の猫だぞ。皆殺しのリリスだ。どんなにブッ壊れても、あいつが黒魔導士ごときに……そんなバカなことが……そんな……そんな……」
「双我」
「嘘だろ……なあ、ミーシャ……」
「人は誰でも死ぬ」
 猫は静かに、姿勢を正した。紳士のように。
 双我はしばらく、うなだれたまま、動かなかった。

 猫は生まれるとすぐ、周囲の誰かに魔法の素質を調べられる。こう言うと、大昔のSF映画みたいだが、猫なんてそのぐらいしか役には立たないのだから、当たり前の話でもあるのだ。
 双我も、それほど珍しい猫ではない。猫の中では弱い方かもしれない。
 西方で生まれた。
 ――京都が魔境となって二十七年。
 かつての王都は治外法権のスラムと化し、周囲200kmを分厚いコンクリートで囲われている。その中では、猫やその子孫、あるいは猫を首領と仰ぐ太った鼠などが、それぞれの魔導の探求に耽っている。大真面目に世界征服なんかを考えている奴もいるだろう。というよりも、猫は縄張り意識が強いものだから、誰しも最後には自分がこの世の王になれるくらいには思っている。そういうところが、集団的動物である鼠――いわゆる普通の人間たち――と根本的に合わないところなのだ。
 猫は誰もが、自分を一番だと思っている。
 問題は、それが往々にして真実であること。
 魔都・京都で、鼠から迫害された猫たちは、少し荒れ果てた魔法の国を作った。
 出ようと思えば、いつでもコンクリートなどぶち破って外へ出れるが、面倒くさがって出ない奴が多い。
 元々、京都は魔法実験施設や魔法大学が乱立している魔法特区だったので、その残骸でも漁れば魔法剣の一本や二本は掘り出せるし、サンプルさえあれば舗道に散在しているジャンク品からレプリカくらいは易々と作ってしまうのが猫だ。双我は木製の魔法剣を作った猫と会ったことがある。七歳の少女で、顔に大きな傷があった。魔走回路なんかは比率さえそれほど間違わなければクレヨンでも描ける、とそいつは言ったものだ。「一本ほしい?」と聞かれて、双我は笑って首を振った。十二、三の頃だったが、その時にはもう鋼鉄の愛剣を持っていた。もう折れてしまったが。
 双我は、どこにでもいる、ありふれたアウトローだった。
 親が誰かも分からない。受け継いだのは卓抜した魔法の素質と高速の神経系統だけ。それと知らずに肉親とスラムのどこかで斬り合ったこともあるかもしれない。お互いに、身体に流れる血よりも、刀身に染み入る血でしか、相手が誰なのかわかりはしない。
 それも強いか弱いかだけ。
 弱肉強食と言えば聞こえはいいが、誰もが全てに餓えてただけだ。
 もちろん、京都に農場や牧場などロクにない。あってもすぐに、襲われた。
 喰うものにはいつも困っていたが、伝説や決闘には事欠かなかった。
 思い返してみても、血が滾る、熱い冒険の日々だった。何もなければ、双我は今でも京都で剣を振り回すだけの猫だったろう。いつか負けて死ぬだけの。けれど、そうはならなかった。
 コンクリートの壁を、ぶち抜くなり、すり抜けるなり、いろいろやって外へ出た猫にはいろんな種類がいるが、もちろんその中には、いるのだ。
 鼠に従うという、最低の道を選んだ猫が。
 そういう猫が、時々、京都を訪れる。
 彼らが訪れた後には酸鼻を極める地獄しか残らない。
 いわゆる猫狩りというやつだ。
 双我は、それに出くわした。
 十四歳の時だった。

 ストリートを歩きながら、双我はリンゴを齧っていた。
 野生の果樹は、京都にはよく生えている。
 甘党の猫がコンクリートをぶち破って種をばら撒き、生命活性魔法を有機肥料のごとくにぶち撒けて、手荒く育てたものだ。
 あまり徒党を組まない猫だが、弱小チームなんかは決して珍しくもなく、時々そういう連中が果樹を引っこ抜いてどこかへ持っていってしまう。
 双我がいま喰っているのは、連中が落っことしていった戦利品の一つだった。
 ぺっ、と双我はリンゴの種を砕けたアスファルトの亀裂に吐き捨てた。
 連中が逃げるのも無理はない。
 猫狩りが来るという噂が流れれば、その周囲10kmは無人の廃墟と化す。それほどに、猫を狩れる猫、というのは恐れられている。最近では『外』で繁殖させられて増えた猫が、鼠に英才教育を施され、とんでもない強さになっているという。
 望むところだと双我は思う。全然構わない。敵は強いに限る。
 どうせいつか死ぬ。
 ぶつかるなら、とんでもなく強い奴がいい。
(殺られても、後悔しねぇような奴を)
(殺られる前に、殺るしかねぇ)
 だから、双我は周囲7kmに突如として発生したゴーストタウンのど真ん中で、逃げも隠れもしなかった。
 遥か遠く、雲と空の切れ目のあたりにうっすらと、コンクリートの外壁が見える。
 白煙を上げて、軍用車がこっちへ向かって来ていた。何をトチ狂ったのかスタッドレスタイヤをつけていた。ガリガリガリ、とタイヤが舗道を削るたびに、双我の足元まで揺れが届いた。双我はぶすっとしたまま、左手で剣の柄頭を軽く持ち上げて、待った。
 やがて、敵が現れた。
 車から、軍属仕立ての戦闘服を着た一人の少女が降り立つ。着地した時に、少しよろめいた。
 金色の髪が太陽光をチラチラと反射している。少女は口元に手を当てて、車から伸びている誰かの手に背中をさすられていた。
 どうやら車に酔ったらしい。双我はため息をついた。
(大丈夫かよ?)
 と、敵のことながら心配になった。
「おい」と声をかける。
「酔い止めやろうか」
「だずがる」
 少女は田舎のおばあちゃんのように腰をかがめて、半べそで顔を上げた。いまにもその場にへたり込みそうだ。双我はバリバリと頭をかいて、「なんだかなあ」と思いつつ、たまたま本当に持っていた酔い止めをポンと放った。少女はそれを「ありがたや」とばかりに両手でキャッチし、カラカラと錠剤を手に出して自殺者のように一気に煽った。車から差し出されたのは、今度は水。それを受け取り、ペットボトルを空にして、ようやく少女は「ぷはあ」と生気を取り戻した。
 ニコッと笑って、双我を見る。
「ありがとう! 君は私の恩人だよ」
「そいつはよかった」
 なんでそんなに速く効いてんだ、と思いつつ、
 双我は、左足を引いた。
 右手をゆっくりと魔法剣の柄に添えていく。
「できれば、そのまま恩に着て帰ってくれたりしねえかな」
「ふうん? なんで?」
 少女は小首を傾げた。
「このあたりは俺の縄張りなんでね。余所者は歓迎してないんだ。ウェルカムってアーチがかかってないだろ? お呼びじゃねえってことだよ」
「へー。君がこのあたりのヘッドなんだ?」
「ああ」
 嘘はつくに限る。少女はケラケラ笑った。
「光栄だなァ。いきなり猫の王子様をハントできるなんて。私、やる気を出してきて正解だったよ」
「やる気出して車酔いか」
「言ってくれるじゃん。君より車酔いが強かった、なんてことにならなければいいけどね?」
 少女が右足を引く。
 左利きではない。左腰に、サーベル型の魔法剣が下がっていた。
 構えがおかしい。
 抜くはずの剣が、半身になった身体の前にある。右手で抜くには不恰好だし、左手では抜きようがない。
 コイツ馬鹿か。
が、双我はそこで油断せず、先の太刀を放つべきだった。
 逆に先手を打たれた。
 金髪の少女は、ニィッと笑うと、左手で剣の柄を握った。そのままでは抜きようがない。が、少女は身体を捻ると、その反動と驚くほどしなやかな肘関節のさばきで、
 魔法剣を投げた。
「!!」
 双我は一瞬、慌てた。一朝一夕で覚えられる動きではなく、少女のそれは鍛錬を積み重ねたものだった。なぜそんな無駄な動き、無意味な一刀を練磨したのか、かなり謎だったが、とにかくかわしてしまうのが先決だった。サイドステップを乗用車一台分ほど取り、双我は抜刀のタイミングを窺った。その時にすでにもう、抜くべきだったと気づかずに。
 双我の目が何かを捕らえた。
 空気中に何かが輝いている。
 何かが……
(――鎖!)
 銀色の細いチェーンが、サーベルの鞘と柄を繋いでいた。
 空中で、ピィィィン……と、サーベルが停止した。少女がさらに身を捻る。
 鎖に伝導した力が、剣を鞭のように振るった。風切音が轟、と唸り、刀身が双我の右腕を直撃した。双我はそのまま吹っ飛んだ。
 ゴロゴロと転がり、受身を取り、起き直りざまに抜刀。一振りして小さな火の粉で出来た蜂を十八匹ほど放った。爆炎を確認してから、さらに距離を取る。
 黒煙が晴れると、少女がチェーンをぶんぶん振って、剣を回していた。鎖の意図が分かった。
 剣と、鞘の、双節棍――
「ふーん、ヨロイつけてたんだ」
 少女の目が、興味深そうに、双我の右腕に注がれた。服が破れたそこには、銀色の装甲が見えていた。
「心配いらないのに」
 くすくす笑って、
「――切断しても、すぐに魔法でくっつけてあげるからさ」
 少女がサーベルを振り上げる。太陽が逆光になって、その顔が真っ黒に見えた。
 ただ、眼だけがギラギラと輝いている。
 双我は破れかぶれで、斬撃魔法をぶっ放した。
 後先考えなかった。
 最大出力で撃ち抜き、しかし、それは少女が返してきた全く同種の魔法に相殺されて空と散った。
 それでいい。すでに策は撃ってある。
 地面に剣先を二振り、そこからアスファルトを氷の波が弧を描いて二つ、走っていく。
 透明で、午後の日差しも見えにくいそれが、少女の足元に喰らいつく。
「!!」
 少女が気づいた時にはもう、両足首から下は凍結完了。そして双我はそれをわざわざゆっくり眺めてなどいなかった。
 すでに、風迅魔法を最大加速でブラストしていた。
 魔法剣、その切っ先を、少女の胸元へめがけて狙いを定める。脇を締め、身体を絞り、一発の弾丸になったかのように、双我は歯を食い縛って突撃した。
 今まで、この必殺の一撃を外したことはなかった。
 だが、その記録はこの瞬間に終わりを告げた。
 のちにさらに一度、失敗することになるが、それをこの時の双我はまだ知らない。
 少女は一瞬、驚いたように見えたが、すぐに笑みを浮かべ、サーベルを構えた。そのまま剣の鍔迫り合いになれば加速がついている双我が膂力に任せて少女の肉体を頭部から背骨の終わりまで両断していたことだろう。が、少女は真っ向勝負になど来なかった。
 地面に剣を突きたて、爆炎魔法を放った。
「!!」
 視界が紅蓮に染まり、熱風が産毛を焼いた。双我はもんどりうって地面に落ちた。
 地面がなかった。
 落盤を起こした舗道が、地下街へと落ちていく。双我は視界をいまだ光に盗まれっぱなしだったが、魔法剣からカートリッジをなんとか抜き出し、身を捻ってレザーウェアの裏ポケットから予備のそれを取り出し、柄尻に叩き込んだ。使える魔法の残量はまだ三割ほどあったが、そんな資金で仕上げられる勝負じゃなかった。
 ガン、と脳天にまで響く着地をして、双我は立ち上がった。剣を構える。
 そこは、ショッピングモール跡地だった。
 大穴が空いた天井から、微かに陽光が零れてくる。年季の入った塵芥が光の中で渦を巻き、アパレルショップの砕けたショーウィンドウから素っ裸のマネキンがこっちを見ていた。双我はそれを無視して、少女を見た。
 少女は指の先に炎を点して、自分の足を焼いていた。残った氷がジュクジュクと溶けて泡になっていく。
「君、強いねぇ」
 世間話のように少女が言う。
「いい突きだったよ。私のサーベルじゃ、どう足掻いても受け止め切れなかった。諦めてよかったって心の底から思う。じゃなきゃ、死んでたから」
「死にたくないなら逃げてもいいぜ。俺は追わない」
 双我は、インナーに包まれた背中がびっしょりと冷や汗で濡れているのを感じていた。
「お前も運が悪かったな。生憎と俺は準備万端でね。カートリッジの予備はまだ沢山ある。お前に俺の弾切れは狙えない。――さ、どうする?」
「やさしいねえ、君」
 少女は指を振って、その火を消した。
「丁寧に色々とアドバイスしてくれてありがとう。とっても参考になったよ」
 皮肉には聞こえない。
「でも、ごめんね。私は君を逃がせないんだ」
 双我は笑った。
「へっ、外の連中はいつもそれだな。猫、猫、猫。猫が全部悪いんだってか。ガキじゃあるまいし、いい加減になんでもかんでも他人のせいにするのやめろよ」
「うーん、言いたいことはわかる」
 ウンウンと少女はうなずく。このアマ……と、双我はカッとしかけた。少女はサーベルを持ったまま、腕など組んでいた。
 余裕綽々ということだ。
「でもさ、べつに私は、君を殺しに来たわけじゃないよ。なんか勘違いしてない?」
「いきなり襲い掛かってきて、何を言いやがる!」
「それはそうだけど――まァいっか」
 誰かを抱き締める前準備のように、腕を広げた少女が、花束でも掴むように剣を構え直した。
「どうせ、叩き潰さないと言うこと聞いてくれなさそう」
「トーゼンだろうが――!!」
 双我は勢い立って斬りかかる、
 フリをした。
 剣を振り抜かず、そのまま剣の柄を背後の構造柱に叩きつけた。脆くなっていた建材が粉々に砕け散り、雪崩のような塵芥を嘔吐した。その人工の吐瀉物の中を、双我は泳ぐようにして駆け抜ける。一振り、二振り、三振り。今度は足止め用の氷蔦などではなく、地雷を張った。踏めば爆発するが、機械ではなく、本物の稲妻を。
 このためだけにわざわざ、カートリッジを交換したと言ってもいい。
 ステップして踏み込んで、すぐに下がった。一瞬前まで双我がいた空間を、斬撃が迸り抜けた。そのままさらにサイドステップ。案の定、少女が暗闇でもよく映える金髪をたなびかせながら、地雷のそばへ躍り込んで来た。あと一歩、右足でも左足でも、出せば感電必至。双我は頬を緩めた。
 が、
 少女は足を踏み出さなかった。
 そのままその場で、剣を
 ――ひらり、
 と、軽く振った。それだけだった。
 それで充分だった。
 配置されていた地点から、双我の地雷が、親を探す迷子のように、パチパチと遡り始めていた。双我は悟った。
 共鳴魔法。
 失敗すれば相手の魔力を増大させてしまう代わりに、成功すれば相手の魔法をそっくりそのまま奪える、猫にだけ使える特異魔法。それも成功率は著しく低く、実戦で使う奴はまずいない。訓練で、親友か恋人のように絆を結んだ間柄でのみ、稀に成功することがあるという――
 それを、
 この、土壇場で。
(使ったっていうのか――!!)
 少女は、微笑んでいる。
 その剣身に、黄金色の稲妻の鎖がまとわりついている。
 あとはそれを、振り抜くだけ。
「終わりだね」
 少女は言って、雷撃の剣を振り下ろした。
 空気が焼き切れる、ゴッ、という音がどこか遠くで聞こえたと思った瞬間には、剣身から放たれた魔法の電光が双我の身体を直撃していた。意識が吹っ飛び、視界が白く淡く弾けた。
 どうっ、と自分が倒れ込むのを最後に感じて――
 後から考えても、殺す気だったとしか思えない。
 それが、無法魔導師リンジー・ソーガと、
『皆殺し』のリリス・アージェリアの出会いだった。

 双我は二ヶ月ほど、病院にぶち込まれる羽目になった。
 入院している間のことはほとんど覚えていない。ただ目が覚めるたびに知らない誰かがそばにいる気がした。うわ言で何か言った気もする。だが、ようやく回復した頃には、誰かが置いていった花と、なぜか途中まで読まれている文庫本と、そして開け放たれた窓から忍び込んでくる爽快な風があるだけだった。双我は身体のあちこちに触ってみたが、特に何も異常は感じなかった。魔法医師から簡単な説明を受けて、退院した。
 知らない街は、やけに日差しが眩しかった。
(……魔法都市か)
 横浜か、武蔵野か、あるいは三鷹のあたりかもしれない。お行儀よくローブをまとっていたり、箒のバッヂを着けた魔法使いがすっすっと地面を擦るように歩いていた。野戦用のライト・レザーウェアを着けた双我は、どこからどう見てもイナカモノだった。チッと舌打ちして、街中を突っ切っていく。
 約束の場所は、テラス付きのハンバーガーショップだった。双我はハンバーガーも、都会の生活と同じように、噂でしか聞いたことがない。双我は心に決めた。
(舐められちゃ終わりだ、ここはひとつ、何があっても知ったかぶろう)
 双我はテラスの一席に座った。そこにはもう先客がいた。双我を病院送りにした金髪の魔女と、藍色の髪をほんの一房だけ鎖のように編み込んだ少女の二人。二人とも、まるでデートのように着飾っている。
「やっほー、双我! 元気だった?」
 金髪の少女が、もぐもぐと小さく固めたパンのような何かを食べていた。双我はぷいっと顔を背ける。
「てめぇのおかげで、二ヶ月も白ビル生活だ。くたばりやがれ」
「まァまァそう言わずに。ハンバーガー食べる?」
 手に持った可愛らしい食べ物を突き出してきた金髪を鼻で笑うと、双我は手を挙げた。
「店員さん、俺にもこのハンバーガーをくれ」
 なぜか注文を受けたウェイトレスは、くすくす笑いながらいってしまった。
 怪訝そうな顔をする双我に、金髪の少女が憐れみのこもった視線を向ける。
「双我、やってしまったね。これミートパイだよ」
 双我は唇を噛んでぷるぷるした。
「なんでこんなひどいことをする。なんでだ」
「こらこらリリス、田舎者をいじめちゃ駄目だよ」
 藍髪の少女が、リリスと呼ばれた金髪の方を窘める。
「やるならもっとひどいことをしなくちゃ」
「帰っていい?」
 タイミング悪く運ばれてきたミートパイを見ていよいよ逃げ出そうとした双我を、二人の少女が羽交い絞めにして席に叩き戻した。双我は顔を覆っている。
「俺の地元にゃハンバーガー屋なんかねえんだよ……」
「わかってる、わかってる」リリスは聞き分けのいい刑事のように頷いた。
「カツ丼喰え、な?」
「くそったれ、いいもんばっか喰いやがって。都会の猫は飼い慣らされてみっともねーな!」
「……ほほう。そういうこと言いますか」
 ビリビリ、と火花をぶつけあう双我とリリス。
 はあ、と藍髪の少女がため息をついた。
「とりあえず、自己紹介していい? 初めまして、あたし、ミーシャ・グライセル。猫が集まってるギルド――『ルミルカのたてがみ』の、まァ今日は、スカウトってところかな」
「手紙は、もう受け取った」
 双我はウェアのポケットから、開封された書簡を一通取り出して、樹脂テーブルの上に放り投げた。ひらひらとそれが着地するのを、子供のようにリリスの視線が追っている。
 双我は言った。
「……俺に、お前らのギルドに入れと?」
「猫だからね」ミーシャは言った。
「京都で暴れっ放しもいいけど、都会でお仕事するのもいいんじゃない?」
「飼われるのは御免だね」
「そうは言っても、生活は安定するよ」
「欲しくねえ」
「どうしても嫌? 人殺しが嫌とか?」
「べつに。生きてく上で必要なら殺る。そうでなきゃ無視する」
「いま、この状況は……」
 ミーシャがカラン、と足で何かを押した。
 テーブルに立てかけられた、細身の魔法剣が、午後の陽光をギラギラと反射している。
「……君にとって、生きていく上で必要になりそうな状況じゃない?」
「かもな」
 双我は頬杖を突いた。
「闘るなら闘ってもいいぜ。そこの金髪女にも恨みがあるしな」
「リリス・アージェリア」
「あん?」
「よろしく!」
 リリスは笑顔で手を差し出した。
 双我はその手にマスタードを塗りたくった。
「あああああああああっ!?」
「くたばれ」
 双我は空っぽになったマスタードの容器を放り捨てて、背後から肩を掴もうとしたボーイに硬貨を一枚、親指で振り返りもせず弾んでやった。ボーイは無言で去った。
 テーブルに突っ伏して呻いているリリスを無視して、双我はミーシャに言った。
「……お前らのギルドは、こんなアホばっかなのか?」
 ミーシャは肩をすくめた。
「ま、猫だからねぇ。曲者揃いの種粒揃い。わかってるでしょ?」
「ふん……ま、そこの金髪が少しはやるってのは認めてやるよ」
「ねえ双我、これ落ちない、落ちないよぅ。あああああ」
 双我は喉を唸らせて、いつまでもグジグジ泣いているリリスの手をナプキンで拭いてやった。
「てめぇ、本当にこないだの猫か!? こんな奴に負けたなんざ、俺ぁ認めねえぞ!!」
「そんなこと言われても」
 困りましたな、みたいな顔でミーシャを見るリリス。その視線を自然な感じで受け取るミーシャ。そうしていると、髪の色こそ違えど、姉妹に見えなくもない。
「ねえ双我ぁ」
 リリスが甘えたような声を出す。
「双我がルミルカに入ってくれないと、私が双我を殺さなきゃいけないんだけど」
「……そうかよ。闘るか?」
 目をギラつかせる双我に、ちょっと不満そうな顔をリリスは浮かべた。
「もう双我とはやりたくない。だいたいわかったし」
「……死にてぇらしいな」
「でも、双我とは組んでみたい」
 リリスはチラッと、親の機嫌を窺うように、見慣れぬ異邦人を見た。
「ルミルカに入ったら、双我は私と組むんだって。私、パートナーって作ったことないんだよね。だから……」
 語尾がぼそぼそと消えていく。
「……双我がルミルカに入ってくれたら、嬉しい」
「…………」
「考えといて。それだけ」
 リリスは、愛剣を携えて立ち上がると、去っていった。ミーシャと双我は、それを十二秒ほど見送った。
 リリスは、当たり前のような顔で、対面のクレープ屋に入っていった。
 それを神妙な面持ちで眺めながら、双我は言った。
「喰いたかったのか……」
「そうみたいだね」
 くすくすとミーシャが笑う。
 そして、二人は数分間、黙ってジュースを飲んだ。
 やがて、双我が言った。
「……あの手紙の内容は、本当なのか?」
 うん、とミーシャは、曖昧な笑顔で頷いた。
「君が『ルミルカのたてがみ』のメンバーになったら、あの子と組むことになる」
「それじゃねえよ。あいつが……その」

「――本当に再起不能なのか、ってこと?」

 静かな風が吹いた。
 そばに座っていた魔法学校の生徒らしき集団が、談笑しながら立ち上がって、テラスから降りていった。双我とミーシャは、それを違う世界の光景のように眺めていた。
「本当だよ」
 と、ミーシャ・グライセルは言った。
「リリス・アージェリアは、魔法戦士として再起不能なんだ」
「……とてもそうは見えなかったぜ。実際に、俺とも戦闘したじゃねーか」
「こっちも驚いたよ。リリスを半分、死なせるつもりで京都へ送ったんだから」
 双我は沈黙した。
「……あれ、怒ってる? そうだよね、他人事でも、気分のいい話じゃないよね」
 ミーシャは、ううん、と背伸びをした。
「結構、話すと長いんだ。あの子の生い立ちとかにも触れなきゃいけなくなるし――」
 そう前置きして、ミーシャは語り始めた。

 猫にはほとんど、名前がない。
 親がつけないからだ。
 だから、猫は物心がつくと勝手に自分の名前を決める。最初は名前、それから名字を。
 自分の名前を思いつく、それが猫が『大人』になった証だと、猫専門の学者などは言う。
 猫たちは自分の存在を他者とは異なるものとして置いた時、その才能を爆発的に飛躍させる。小さな子供が振るった紛い物の魔法剣が、通常の魔法使いたちで構成された部隊を半滅させることさえ、ざらにある。
 リリスも、そんな猫だったという。
 ただし、京都生まれではなく、雪国出身らしい。肌が白いのはそのせいかもしれない、とミーシャは言った。
 経歴は穴ぼこだらけで、正確なことは誰も知らない。ある時は、大きな猫のチーム同士の戦争に飛び入りで参加し、敵を壊滅させた流れ者。また少し時間が経てば、魔法研究機関に白衣だけ借り倒して研究員として厄介になっていたこともある。かと思えば、普通の女の子のようにレストランでウェイトレスをやったり、貴族付きのメイドになったこともある。その都度、背景も、職業も、生き方さえもリリスは変えてきた。
 本物の根無し草。縄張りを持たない猫。
 『ルミルカのたてがみ』に拾われたのは双我と出会う三年前。十三歳の時。
「おなかすいた」
 任務遂行中だったルミルカの猫に、出会い頭にいきなりそう言って、おもむろにサーベルを抜くと、
「手伝うから、勝ったらなんか奢って」
 そう言った。
 そしてその言葉通り、500以上の反逆者が潜んでいた黒魔法研究施設を全滅させ、毛玉一つ残らないほどに周囲一帯を吹き飛ばした。廃墟の瓦礫の上に座って、あくびをする若き猫に、ルミルカの工作員はぞっとするような恐怖と興奮を覚えた。そして、「美味いものを腹が抜けるまで喰わせてやる」と言って、ルミルカ本部にリリスを引っ張って来た。リリスが歓待を受けて、フルコール料理に舌鼓を打っている間に、精鋭で完全に包囲した。
「こまったなあ。ねえ、出してくんない?」
 十三歳のリリスは、本当にただ面倒事になって弱ってしまった、というように頭をぽりぽり掻きながら、
「じゃー、ちょっと手伝うから、それ終わっても出てっていい?」
 そう言って、ルミルカのギルドメンバーになったのだった。
 もちろん、最初はすぐに抜けるつもりだったのだろう。
 が、そうはならなかった。

「居心地、よかったんだと思う」
 コーヒーカップに、銀の匙を突き入れて、水面に緩く対流を作りながら、ミーシャは言った。
「あの子も、君と同じ殺伐とした世界で暮らしてきたから。だから、すぐに自分を襲ったりしない、そして、自分の魔法や剣技と恐れずに付き合ってくれる、そんな仲間が、最初は珍しくて、そして……だんだん、本当に気に入ってきちゃったんだと思う」
「……俺はあんたのいう『仲間』ってのを、まだ作ったことがねーからわからんが」
 双我は、憮然として言った。
「それは、あれじゃないのか。『美談』ってやつじゃねーのか。なんでそれが……」
「美談ね、あたしもそう思ってた。でも、違った。猫ってさ、やっぱり勝手なんだよ」
「……勝手?」
「あの子は、仲間なんか作るべきじゃなかった」
 そして、ミーシャは続きを語った。
「入団してからしばらく、リリスは単独任務に出てた。ま、猫なんて誰でも自分勝手だから、ほとんどチームなんか組めないんだけどね。でも、どうしても多人数が必要な時もあって、リリスはあんな感じで飄々としてるから、他の猫より早く連帯任務に就いたの」
 双我は、ニコニコしながらミートパイをかじっていたリリスの顔を思い出した。
「……それで? その任務で、何かあったのか」
「うん」
「負けたのか?」
「まさか」ミーシャは肩をすくめた。
「800人くらいいたかな。反猫主義者の巣窟の一つだったんだけど。……90分で、ルミルカの猫たちは敵を殲滅したよ。何人か人質とか実験体とかいたんだけど、ほとんど救出できたし。ミッションコンプリートってヤツだったと思うよ」
「それで、なぜ、あいつが気に病むようなことがあったってんだよ」
「顔馴染みが敵にいたんだって」
「…………」
 ミーシャは透明な眼差しで、空に浮かぶ彼女だけの過去を見ていた。
「リリスが殺したわけじゃない。まだ、あの子が自分で手を下していたら、違ったのかもね。でも、彼女の知り合いを殺ったのは、同じギルドのメンバーだった。ダンゼルってヤツだけどね。今もルミルカにいる」
「……そいつは、リリスとは仲が良かったのか」
「気が合ったみたいだね。ダンゼルは好戦的だったし、よくリリスは売り言葉に買い言葉で彼と喧嘩してたけど、心の底じゃお互い認め合ってた。だから、友達を殺したのが友達っていう、どうにもならないケースだった」
 ……あの子はね、とミーシャは言葉を継いだ。
「わかってなかったんだよ。独りだった時は、『気が乗らないから殺さない』ってことを選べたけど、ギルドに入団したら、『嫌でも殺さなきゃいけない』相手が出てくる。どんなに仲がよかった友達でも、殲滅指令が下りたら斬殺しなくちゃならない。気に入らない奴、強い奴、そういう連中にぶつかってるだけなら、天職だったんだろうけど」
「……耳が痛いね」
「君もそうかな?」ミーシャがからかうように上目遣いになった。
「あの子が気に入るくらいだから、双我くんも同じタイプなのかもね。
 ……ねえ、双我くん。
 あの子のこと、お願いできる?」

 空を見上げれば。
 どこか紫がかった蒼穹のどこかで、魔法光がパチパチと爆ぜていた。
 ここは魔法都市、
 双我は魔法戦士。
 出来ることは一つしかなく、誘いは目の前に座っている。
 双我は何も言わずに、席を立った。
 出来たばかりの相棒が、向かいのテラスでのんきにクレープを喰っていた。

       

表紙
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Neetsha