Neetel Inside 文芸新都
表紙

仰天、九官鳥とスキャット
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このまま夜を走り続け、このまま鳥を追い続ける他無いのでしょう。
今か今かと照らされるのを待つ、未だ真黒なそこかしこに、後数時間で燦々たる日差しがその輝かしい朝を覆いかぶせてしまいます。そうなれば、まだあの告白を聞くこと無く夜にその身を任せる老若男女を、僕のプライバシーの侵害と共に目覚めさせてしてしまうのですから。

「ギョウテンスケルワ××ガ○○!」

23時にベッドに潜り、ご多分に漏れず、夜の暗さから来るであろう、何だか悶々としたアレやコレやにソワソワしていますと、窓の外から騒々しい声が聞こえてきました。
「…誰でしょうか、何か僕に御用でしょうか?出来たらソレを止めて頂けませんでしょうか」
窓の外の大変無礼な誰かに、大層丁寧に窓の内の僕がしょうかしょうかと問いかけるも返事は無く、「ギョウテンスケルハ××ガ○○!」と一言一句変えもせずに、それはもうけたたましく繰り返しているばかりなのです
「良い加減にして下さい。それに僕の××は○○ではありません」
周囲の迷惑も顧みず、僕の紳士も鑑みず、僕の××についてわめき散らすこの阿呆をこれ以上好きにさせる訳にはいかず、なるべく音を立てずにそっと窓を開けます。

「ギョウテンスケルハ××ガ○○!」

2階にある部屋の窓から僕は、ぬっと頭を出して覗き込み、家の前の通りを見渡すも人影はありません。阿呆の声がどこからか聞こえるまま、夜がその黒い黒い安静をかなり遠くまで広げているだけです。

 「ギョウテンスケルハ××ガ○○!」

人影も、物陰も無いこんなに素敵に真っ暗な夜だと言うのに、この由々しき告白は淡々と、不断の決意を持って依然として何処からか誰からか垂れ流されたままなのです。


「ギョウテンスケルハ××ガ○○!」
僕は声の出所を掴むため、止むを得ずその恥辱的な告白に耳を澄ます事にしました。すると驚いた事にその声は、僕の眼前からではなく頭上から聞こえてくるではありませんか。 
 
僕の部屋の窓から、少し見上げた所にある電線。そこに一匹の黒い鳥が夜の暗さにも輪郭を失わずに凛然と留っています。
 
「ギョウテンスケルハ××ガ○○!」
 
その鳥の黒い体からにょきりと生えた、夜に眩しいオレンジ色の、阿呆丸出し、破廉恥極まり無い嘴がぱくぱくと下衆に開閉し、そう喚いていたのです。

 「そこの阿呆な鳥さん。今すぐその破廉恥な嘴を閉じて、馬鹿馬鹿しいホラを吹くのを止めて下さいませんか」

慇懃無礼なこの阿呆が陰湿な告白を何度繰り返そうが僕は紳士です。もしかしたらこれから、何処からか拵えた網で捕まえるなり、尖ったアレを投げつけて、撃ち落とすなりの多少手荒な真似はさせてもらうかも知れませんが、それは僕のこの申し入れに返答が無い場合の話です。返答が貰えず寂しい事に『シカト』をされたとしたら、それはもうどう使用も無く、お互いが平等に一触即発なのです
 
「それは無理だよ、行天君。第一コレは私の鳴き声だ。そして課した義務であり、貸しの恩返しなのさ」

僕の意に反して賜ってしまったその返答は、さっきまでとは打って変わり流暢な、しっかりとした人の言葉でした。 
 「君は鳥だのに話せるのですか?いや、何と言うかさっきまでも喋っていた訳だけれど」
 「いいや、残念な事に私はそれほど賢い生物ではないな。喋る事は出来ても話すとなる     とてんで駄目だね。ご期待に添えず大変申し訳ないが」
 「あぁ。そうなのですね…」
その丁寧な物言いに、僕が面食らって固唾なんかを飲んでいますと、小去年とばかりに鳥は畳み掛けてその、持たざるものには暴力的な丁寧をぶつけくるのです。
「あぁ、どうしたんだい行天君。鳩が豆鉄砲を食らった様だ。私がこうして君の××以外の事をああだこうだ言っているのがそんなにも仰天かい?まさか、まさか私が君の××以外に喋る事が出来ないとでもお思いだったのか?それは君、穽陥と言うものじゃないかな。私は寂しいよ」
なんと鬱陶しい。人の姿以外の、殊更に人よりもずっと矮小な生き物が、こうもペラペラと人間様の言葉を喋ると何と苛々するのでしょう。打ちのめして、一本一本その汚い黒い毛をむしり、香草なんかを尻から詰めてオーブンで1時間程ゆっくりと焼いてから全力で窓から投げ捨ててやりたいものです。
「いや、でも君はさっき話せないと。嘘つきなのですか?」
 おぉ!君は何と素朴なんだい。私が出来ると言ったのは喋る事だよ?こうして特定の人物からの特定の問いに特定の話を喋っているだけさ、そう教えられたからね。いや、ここは教えたと言うべきか。主語の問題だ。兎に角、私がこうしてこの話を喋っているのも君がさっき『いや。でも君はさっき話せないと。嘘つきなのですか?』と言ったからに過ぎないのだよ。良いかい?分かるまで繰り返そう。私は、この鳥は決して君と話してなんていない。範疇に過ぎない君の平々凡々なそれに反応して喋っているだけなのさ。分かるね?それとも君はこういった次元のやり取りしか経験が無いのかな?そう、これはどうしようも無く只の九官鳥さ」
なんとも残念な事にこの鳥ないし、この鳥の飼い主は、僕なんかよりもずっと殊勝で、面倒くさい生き物の様です。それに、更に残念な事には、僕の××について言いふらせるのはどうも1羽ともう1人だったという事です。これは恐ろしい事です。一回で済むはずだったはずの申し入れも、一発で済むはずだった暴力も、それでは済まなくなるのですから。
「夜分遅くに申し訳ないのですが、そこはお互い様という事で。君の飼い主の元へ案内して頂けないでしょうか、僕の××について少しお話したい事があるのです」

「ダバダバダバダバダバダダッダ♪」

僕の大事な大事な質問が、幾度かのダバダバという訳の分からない返答によってうやむやにされるも、そのダバダバはこの鳥が今まで発したどの言葉よりも僕の耳には優しく、心地良くありました。
「今のそれが何なのかは良く分かりませんが、中々どうして良いものですね。♪とは洒落てます」
「スキャットだよ、行天君。君は本当に素朴だね。真黒な私が白痴と言わない奥ゆかしさに君は気付いているかい?」
 それは気付きませんでした、お心遣い痛み入ります。それはそうと、何故今そのスキャットとやらを歌うのです?」
「それは答えられない質問を君がしたからだろうよ、行天君。もしかして、君は案外賢明なのかな?流石だ。××が○○なだけあるなぁ」
本来ならば、鳥風情に褒められたところで勿論嬉しくはなりませんし、それどころか苛つきを覚えても良い位なのでしょう。現に、ついさっきまでは。そう、この鳥がスキャットとやらを歌うまでは、鳥が喋る事自体に苛つきや憤りの様なものを感じてさえいました。ところが、何と言うか僕は既にこの鳥を只の鳥とも思えず、この僕を只の僕とも思えないのです。この鳥に賢明と言われる事は、もしかしたらとんでもなく名誉な事なのではないかと思えますし、またどこか照れ臭くもあるのです。あぁ恥ずかしい。
 「それはどうも。さっきのスキャットとやらは、僕の耳にはなんとも気持ちの良いものでしたよ」
 「それはそうさ。意味の無い言葉は何時だって平等に人に優しい。でも行天君、そういった意味ではもしかしたら私は君に、君は私にずっとスキャットを歌っていただけなのかも知れないね。」 
 「それは…どういう事ですか」
僕がそう聞くと鳥は突然、その体と同じ位に黒く、気持ちばかり白い模様が入った翼をバサバサと広げたのです。突然の、鳥らしい鳥の動きに僕がうろたえていますと、鳥は何とも悲しそうな口調で、嬉しそうな声で言いました。
「あぁ。やってしまったね。いや、やってくれたね行天君。お喋りは面白かったかね?重黒かったかね?何方にせよ、何にせよ、それがスタートの合図なんだ。優しさの意味なんかを聞いてしまったら事を始める他ないだろう。さぁ走れ、もしまだ飛べるのならば飛ぶ事をお薦めしよう。この夜が終わり、空が暁天を迎えるまでに私を捕まえてご覧。さもないと君の××は文字通り白日の元に晒されてしまうだろう。まぁ、私がそれまで全く誰にもこの事を言いふらさない訳も無いのだがね。それでは、ここらで御機嫌よう。ほらほら、何時までそうやって仰天しているつもりだい」
矢継ぎ早にそうまくしたてると、鳥は飛び立ちます。その黒い体をトプンと夜の中に溶かし、終には見えなくなったのでした。
言いふらすつもりなのでしょう。朝が始まると同時に鳴く鶏の様に、あの九官鳥は僕の××が○○だという告白を持って、この町の明日を始める腹積もりなのです。
寝間着のままで外に飛び出します。事態はそれほどに急を要しているのです。あの鳥が思うよりも、もしかすれば僕が思うよりもそれはナイーブでおっかない問題なのです。
 走る他に、無いのです。

     

それは既に、1680年初頭に見つけてしまった時には、始まった事なのかもしれません。
何故、あれ程の惨憺たる光景を作り出してしまったのか。それは案外、爛々で累々な只の戦争だったのかもしれないのです。生存競争と呼ぶには余りにモラルも無く、計算も無いものだったそれは、結果だけ見ればこちらの勝利だったのでしょう。しかし、そこから大きな後悔と少しを保つ為の自我自賛を繰り返す事となってしまうのです。
彼等を滅亡させた事は、これから先の喜ばしい全ての成長や進化を実は台無しにしてしまった事に他ならないのです。飽きれる程に先見の明のない先人たちによって、私たちの持つ大凡文化的と言えるものは尽く螺旋状でしか進化出来なくなってしまいましたし、或いは行ったり来たりの繰り返しになってしまったのですから。

「ギョウテンスケルワ××ガ○○!」

「…何だって?」
あんまり悪夜が続くので、白い彼がどこか首を括るに丁度良い街灯は、無いものかと探していますと、真っ黒な鳥から彼の自決を停めるには、丁度な告白を聞きました。
 
「ギョウテンスケルワ××ガ○○!」

「…それは本当なのか?」
「あぁ、本当だとも白い人。それより何より君が驚いた事に私は心底驚いているよ。こんな所で惚けては居るが、さては君は一端の犯罪者だな?これはそういうものだ。知っているだけで、いや知っている事こそが、充分に質の悪い証拠だ」
本当にこの街灯で首を括っても良いものかと彼が吟味していた、そのてっぺんから黒い鳥は大変疑い深くそう応えたのです。
「そうかい。本当なんだね。生まれてこのかた、こんなに安心した事は無いよ。それもそのはずさ。何せとうに諦めていた事だ。私の節操もなく、葉切りの悪い一生なんかを費やしてでも、背負い込むべき責任だと思っていたからね。それが突然無くなったのだからこれはもう、何が何でも安心だ」
彼があの日、成し遂げた発見と犯した罪は彼の色々を許してはくれないものとなっています。そしてそれは重く、それはそれは重く結果を伴って未だ彼にのしかかっているのです。それが、もしかすれば気のせいだと言うのですから。安堵から、鳥なんかに饒舌に彼のこれまでなんかを説明するのも無理はありません。今日という夜は誰よりも彼にとって、この上無く優しい夜に決まったのですから。
「心が安いな、白い人。まぁ、自殺を思う事は強い慰藉剤であるからね。それによって数々の悪夜を楽に過ごせる」
「ニーチェだろう?鳥如きが、さも学んだ様に喋るね」
「岩波だ。寂しい事を言うなよ、失敬だな。相手の立場と言うものをもっとよく考えるべきだ」
 怒りに身を任せ、鳥は街灯の上から体に似合わず真白な糞を、彼めがけて落とします。それは見事に一直線に、彼の深く赤い色をした革の靴に「タン」という小さな破裂音と共に命中してしまったのです。その糞の軽薄な白が彼の足下をどことなく短慮なものに見せています。
「あぁ…。怒っているようだね。すまない、無駄に長く生きるせいで奮起して勉強と言うものをした事が無いのだよ。岩波と言う人には皆目検討も着かないし、本当に申し訳ないが、何がどう君に失敬だったのかも分からずに居るんだ。とにかくこのままではあまり良くないな。靴を脱ぐのを無礼と感じないで貰えると助かるよ」
彼の靴の上の糞からどんどんと軽薄は広がり、辺り一面がどうにも無学な夜に成りつつあります。街灯は自立する事を放棄し、まるで飴で出来ていたかの様に蕩け、だらりと頭を下げ過ぎてしまい、おかげでさっきまで頭上に見上げていた鳥も、今は彼の眼と鼻の先まで降りてきています。足下の道に至っては何処までが道なのかを忘れ、壁や家までにその役目を浸食させてしまっている様子です。試しに彼が、近くの元々壁だったものに靴底を貼付けてみると、重力や引力を忘れてしまっている様子で垂直なそれに立つ事が出来ました。元々、彼は勤勉では無かったのですが、だからといってこれを広めてしまうのは、あんまり心地の良いものでは有りません。元々は壁だったそこに立ち、浅いながらも長いため息を着くと、彼はこの事態を収拾するべく糞の着いた方の靴を素直に脱いで見せます。
「おや、たった一つの糞で随分と面白いものが見られたなぁ。君は○○に因縁浅からぬものだな?もう少し間接的だと思っていたが…。これは少し軽薄だったようだ。いや、啓白だったと言った方が正しいな」
彼の足下から広がっていった無学なそれは、靴を脱ぐと同時に急速に収束を始めていきます。道は役割の浸食を止め、街灯は少しずつその重たい頭を持ち上げ始めています。そして鳥の言う通り、夜はまた元の張りを取り戻し始めたのです。実りある、被るべき黒く濃いものへと。
彼が平然と立っていた元壁が、また歴とした壁に戻り始め、立っていられなくなると彼は無様に、まるで適当に掛けられていたコートの様に、どさりと地面に落ちました。が、彼はその無様を気にも留めずに、落ちて寝転んだその体勢のままで鳥に応えるのです。
「…夜もまた落ち着き始めた事だ。少し話を戻そうか、確かに君の言う通り僕は○○の何かしらだ。君の言うギョウテンとやらもまた、○○と遠からずの者なのだろう。さて、問題は君だ。のほほんと吹聴して回っている様子だが、果たして君はどうなんだ?君は○○の何だ?すこし○○を甘く見過ぎだろう」

「ダバダーダダダバダーダバダー♪」

「スキャットか、五月蝿いな。絞めてやりたくなる。しかし、それは君の素性を語り過ぎてないかい?」
「別に良いのだよ。勘づこうと確信しようと。私は別にそれを拒否している訳ではないからね。分かる人には分かれば良いのさ。元来、言葉って言うのはそういうものだろう?大体君に何が出来る。壁に立てようが、街灯を曲げられようが、君には鳥一匹をどうする事も出来ないだろうが」
そう言うと鳥は、カラスの声でけたたましく啼きました。
「それは私を語り過ぎだ。怒るぞ」
「怒る?君が?それは無理だろう。文字通り理を無くす」
 彼の怒りは、鳥の言う通り言葉でしか表せないのです。それでさえ、ぎりぎりなのですから。現に表せばどうなるか、彼は能く能く知っているのです。
「…それもそうだな、それが出来ないから私は、今もまだこうして寝転んでいる」
「翼翼するなよ。可哀想に」
「それでも鳥君、私は懸命になってみようと思うよ、あの日は出来なかった事を今夜こそ。さて、ちょっと登らせてもらおう」
そう言うと彼は立ち上がり、てくてくと何も無い宙をまるでのぼり慣れた階段を登る様に歩いて鳥に近づいて行くのです。
「賢明じゃないな。だったら私は飛んで逃げよう。さらばだ、ベンジャミン・ハリー。哀れな最後の目撃者。ほうら、気付けば君は落ちる」
鳥がそう鳴いて飛び立つと、ベンジャミン・ハリーは宙を踏み外し、また無様に地面に落ちました。
彼が400年ぶりに鳥を追う夜が始まるのです。 あの日、出来なかった事を出来る様になっていなければ良いのですが。さもなければ行天透の命は危ないのですから。さもなければまだまだ明日は来ないままなのですから。

       

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Neetsha