Neetel Inside ニートノベル
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FAKEMAN-avenge-
■四『お前を殴る事だけが』

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 ■四『お前を殴る事だけが』

 最近、不可解な事だらけだった。
 あずさは、彼女にとって珍しく、深く考え込んでいた。春久が女の子とデートをしたという出来事が、あずさにとっては未だに信じられなかった。
(……嫉妬もある、と思う)
 目の前で食パンを齧り、無愛想にしている春久を見ながら、あずさは最近胸の中に陣取っている違和感について、思いを巡らせた。蘭とも、仲がよすぎる。自分の隣に座っている蘭をちらりと横目で窺って、いろんな仮定を立ててみるが、そのどれもがしっくりこなかった。
 最も考えうるべきは、急に色気づいたということだが、春久に限ってそれはないと、あずさは確信していた。
 春久はそういう、『何かを得る』という行為を意図的に避けている。
 失うのが怖いから。もう二度と、大切なものを失いたくないから。
 その気持ちを、彼女は痛いほどわかる。家族が殺される前の春久を、失っているから。人間から、獣となってしまった幼馴染を見ているから。
 春久に違和感を覚えたのは、蘭が来てからだ。蘭が来て、春久の行動に奇妙さが混じり始めた。
 だが、それが彼女の思考が辿り着ける、限界だった。彼女は『ディアボロ』を知らない。
 蘭を、遠い親戚の少女だと信じている。だから、彼女の疑問が解消されることはなかった。

 そんな事を考えながら、あずさがジッと春久を見ているという不自然さを、春久はしっかりと察していた。
 この数日、蘭とも会話していない。御使天を見つけながら逃すという失態をし、燃え上がった復讐心を静めることができず、苛立った彼女は、黙ってそれが静まるのを待っているのだ。
「あー、みんな暗いぞ? 何かあったのか?」
 家長である雄二は、三人の子供を見て、意を決したように言葉を発する。
「春久が黙りこくってるのは、いつものことだが、しかしあずさまで黙ってるってのは、珍しいなぁ。食卓に華を添える役割はどうした?」
「……そんな役割、した覚えないもん」
 不貞腐れた様に、トーストを一気に口へ放り込むあずさ。
 取り付く島がないと考えたらしい雄二は、すぐに隣の蘭へとターゲットを移す。
「ら、蘭ちゃんも、ご飯は笑顔で食べないとなー。食事ってのは、笑顔で作って、笑顔で食べなくっちゃあダメだぞー」
 そう言って、無理矢理笑顔を作る雄二。蘭は、ひと睨みして、それを受け流した。
「だ、ダメか……。は、春久ぁー?」
 蘭も無理なら、春久しかいない、と、雄二は春久に笑顔を向ける。春久は、困ったように眉間をしかめて、
「俺に振るんスか……」
 と、ため息混じりに返事をする。
「……だよねえ」
 雄二は、どうしたもんかと困って、トーストに答えが焼き付いているみたいに、トーストをジッと見つめた。
「あらあら……」
 今まで黙っていた法子の声が、静かな食卓に落ちる。

  ■

 あずさが暗い、というのは、まるで太陽が消え去った様だった。
 本当に、底抜けに明るい女だったんだな、と、春久はクラスの雰囲気を見て、痛感した。
 登校中も何かを考え込んだ様に話さず、教室に入ってからも、自分の席に座ったまま、話しかけてくる友達へ上の空の返事でいなしていたら、クラス中に戸惑いが蔓延する。春久以外の人間が、皆、鎖で縛られたみたいにぎこちなさを隠せずにいた。
 皆さん大変ですね、とクラスメイト達の静かなパニックを、窓の外と交互に眺めながら、春久は帰りのHRが始まるのを待っていた。そうしていると、一人の女子生徒が、春久に近寄ってきた。あずさとよく一緒にいるのを見る少女だ。春久にも見覚えがある。
「あ、あのさ……」
 近づいてきただけだと思った春久は、話しかけられて顔には出さなかったものの、酷く驚いた。クラスメイトに話しかけられたのなんて、何年ぶりだろう、と。
「島津くん、あずさの様子が変なの、なにか知らない……?」
 明らかにビクビクしていた。春久の評判を知っていれば、当然の反応であると言える。
「あ、島津くんは、あずさと一緒に住んでるって言うし、相談とかされてないかなって……」
 怯えている所為か、訊いてもいないことまで話してくれる少女。安心させるよう、微笑むなんて真似は彼にできないが、できるだけコンパクトに「悪いが、知らない」とだけ言って、窓の外へ視線を移す。
「そ、そっか。ごめんね、ありがとう」
 少女があずさの元へ戻ったのを確認し、春久は、人知れずため息を吐いた。クラスメイトが俺に話しかけてくるとは、相当な異常事態らしい、と。
 そこで、やっと教師が入ってきて、帰りのホームルームを始める事ができた。クラスメイトが、安堵のため息を吐いたのがよくわかる。学校が終わってしまえば、とりあえずあずさの異常に振り回される事もないし、翌日になれば何事もなかったかのように明るくなっているかもしれない。とりあえず、希望をつなぐ事ができる。
 教師がお知らせと称した話をして、やっと帰宅という段になって、教室は一瞬賑わいを取り戻した。
 そして、それを逃さないかの様に、騒がしいのが一人、教室へ入ってきた。
「せんぱーいっ!!」
 とんでもない大声で、一人の少女――静美緒が、ずんずん教室を進んでいく。一体なんだ、この空気の読めない女は、と皆が見守る中、美緒はお目当ての春久の前に立ち、「どうも!」と敬礼。
「……お前、俺を敬っているつもりだったのか?」皮肉めいて言う春久。「お前の所為で、俺は今最高に目立ってるんだけど」
「そんなのカンケーないですねぇー! ムカつかないですか先輩! 私はさいっこうにムカついてます!」
 一切主語はないが、それでも美緒の言いたい事は、春久にはすぐにわかった。春久と美緒が、天に負けたその後、二人は蘭の調整を受けて、回復することができた。
 傷はなかったことにできても、負けたという事実まではなくせない。
 美緒はずっと、「ムカつくムカつく!」と地面を蹴っ飛ばしながら帰り、それからというもの、この数日美緒とは出会していなかった。
「このムカつきは、解消しなくっちゃなりませんよねえ。先輩?」
「……あぁ?」
 何を考えてるんだ、この女は。
 聞こうと思ったが、それよりも先に、美緒が「先輩! ちょっとこれからお時間よろしいですか!」と、机を叩いた。
「……ロクな事考えてねえな、お前」
 短い付き合いだが、美緒は一度言った事を簡単に曲げる様な女ではない。それに、御使天にムカついているのは春久も同じ。
「……なにすっかしらねーが、わかった」
 春久は立ち上がり、鞄を持って、美緒の後へ続く。一応あずさに、今日は一緒に帰れないという旨を伝えるべく、彼女の席に向かって、「と、いうわけで、今日は先に帰っててくれ」声だけ向ける。
 すると、なぜかあずさは立ち上がり、ゆっくりと春久に歩み寄ってくる。
「……私も行く」
「はぁ? 何言ってんだ、お前……」
 どう断ろうか、春久は一瞬あずさから視線を外して考える。だが、理の言葉を入れる前に、先ほど春久に話しかけてきた少女が、あずさの肩に手を置き、「島津くんの邪魔しちゃダメだって。ね?」と、明らかに様子のおかしいあずさをたしなめるよう、優しく声をかける。
 普段の春久なら、「わかった」と言うところであるが、今回はディアボロ絡み。そういうわけにもいかなかった。
「悪いんだがよぉ。今日は、美緒とちょい、大事な話しなきゃあならなくってよ」
「……やましい話?」
「真面目な話だよ」
「そーっすよ! 先輩はともかく。私はいっつも真面目ですからねー」
 その言葉が真面目から程遠く、春久は露骨に舌打ちをしてみせた。
「よくわかんないけど、それって、私がいたらできない?」
「……」春久は、あずさの態度に違和感を覚えた。いつもなら、もっとあっさり引き下がるはずだ。無理に春久の後をついてくるなんてことはしない。
 きっと、最近のディアボロ騒ぎを、感づいているのだろう。
 ここで引き離すのもやばい。
「わかった。ついてきたいなら、ついてくればいい」
「あ、ありがとう」
 春久の頭にある、思考通話テレパスが開く。相手は、どうせ美緒だろうと思いながら、『なんだ』と脳内で呟いた。
『い、いいんすか? 私、もろにディアボロ関係の話しようと思ってたんですけど?』
『あずさの前では絶対に言うな』
『そりゃあ、空気読める子ちゃんの私ですから、言われるまでもなくわかりますけどぉ。早めの対策ってのが必要なんじゃないですかぁ~?』
『それは確かだが、あずさを放っておくわけにもいかねーだろ。最近様子も変だしな』
「わっかりました! それじゃー、桃井先輩も行きましょう!」
「――ごめんね、ありがとう」
 頭を下げるあずさに、美緒は胸を張って、「いえいえ!」と威張って見せた。
 なんでお前が威張ってんだよ、と春久は言うつもりだったが、あずさを優先したのは自分のワガママでもあるので、言わないでおいた。

  ■

「――で、私から先輩に声をかけたのが、私達の馴れ初めですかねえ」
 場所は学校近くの喫茶店。三人はそこで、飲み物を啜りながら、何故か美緒が話し始めた、春久と自分の初対面を聞くハメになっていた。
 ちなみに、ディアボロという事情を削り落とした結果、『偶然ぶつかった所を、噂の春久に興味をしめした美緒が話しかけた』という物になっていたが。
「ふぅん、まあ、ハルくんは噂になりやすいからね」
 クスクスと笑う隣のあずさを見て、春久は安心したように手元のコーヒーを啜る。とりあえず、あずさもある程度は安心したらしい。
「でもさ、それだけでよく、ハルくんが仲良くする気になったね?」
「……お前が、いろんな人と仲良くしてみたらって言ったからさ」
「そういう人だったっけ?」
 信じていないような事を言うが、自分の言葉で考えを変えてくれたというのが嬉しいらしく、あずさはそれ以上言及してくる事もなかった。
『……んで? お前の、本当の話ってーのは、一体なんなんだよ』
 あずさとの会話の興じる美緒に、思考通話を飛ばす。器用な性分なのか、笑顔のままあずさと話しつつ、不満そうな声が、春久の脳内へと返ってくる。
『いやぁ、勝ちたい相手が居る時って、やーっぱ特訓しかないかなって。私と先輩、蘭さん交えてもいいけど、ガチバトル! ってのを企画してたんすけどねえー』
『……あずさがいたんじゃ、それも無理だな』
『だっしょー? んまぁ、しゃーないっすけどね。でも、早めに対策取った方がいいのは、間違いないでしょー?』
『そうだな』
『別に、夜とかでもいいすけど。先輩って夜、家から抜けだせたりします?』
『わかった。そうしよう』
 そんな、会話は知らないあずさは、自分の疑念を解消したからか、元の笑顔に戻っていた。まだ完全に、というわけではないだろうが、少なくとも、これで彼女の中に『春久が嘘をつく理由』が芽生えない限り、疑念が花を咲かせる事も無いだろう。

 そういう、ある意味ではあずさと美緒が友達になったような儀式を終えて、三人は喫茶店を出た。
 女二人でも、充分に姦しい。春久は、うんざりしたように目元を指先で掻き、自分の前を歩きながらもまだ話している二人を見つめた。
「それでねー、私もお菓子作るのが得意なんだ。今度、ウチの看板ピーチタルト食べにおいでよ!」
「おぉー。あたしも甘いモノとか大好きっすよ! 今度ぜひ遊びに行かしてください!」
(すっかり意気投合してやがんな……。ま、どうでもいいが)
 頭を掻いて、二人を見つめる。そういやぁ、前もこんな光景があったような気がするな、と春久は懐かしい気分になる。
(まだ家族が生きてた頃――)
 小学生の頃。
 春久には、妹が居た。島津千夏しまづちかという、年齢は一つ下の少女。かつての春久とは正反対の、活発な少女で、あずさともよく気が合った。あずさとの出会いは、島津兄妹と同じ公園で遊んでいた彼女に、千夏が声をかけたからだったりする。
 昔の俺は、頼り甲斐のない兄貴だったよな。
 うじうじしてて、何をするにも千夏に遅れを取るし、家族も守れねえし。
 そんな事を考えていたら、目の前の二人が立ち止まった。
「……なんだ、どうした?」
「先輩、見てくださいよ、あの子」
 美緒が指さした光景に、春久も眉をしかめる。
 公園の花壇に、一人の少女がしゃがみこんで、花をつついていたのだ。白い髪を首元で散切りにした、金色の目を持つ少女。穢れを一切知らないようなあどけなさを持った、白いドレスを着た少女。
「すっごいカッコ……。お姫様みたい」
 あずさの言葉に、美緒も頷いた。現代日本に似つかわしくないその少女は、まるで絵本の中から飛び出してきた姫の様で、春久と美緒は、同時に彼女を怪しんだ。
 まるでそれを肯定するように、少女は花を摘み、そして、その花を、手品みたいに燃やしてみせた。
「――なっ!!」
「あれって!」
 その、手品みたいな力に覚えのある、春久と美緒が、同時に声を上げた。あれが手品でないと言うなら、それはもう、一つしかない。
 春久は無意識に、今の光景の意味をわからずに固まっているあずさの前に出て、美緒と共に彼女を守る体勢を取る。
「テメェ! ナニモンだ!!」
 きゃらきゃらと甲高い声で笑っていた少女は、ゆっくりと立ち上がり、ふらふらとした足取りで、花壇から出て、春久を見る。
 その顔は、春久の胸を締め付けた。
「しまず、ちか。お兄ちゃん、はじめまして!」
 妹の名を、名乗った。
 春久は、そして、後ろに立っていたあずさも、やっと彼女の顔と、記憶が合致した。
 髪と眼の色こそ違うけれど、その顔は、間違いなく、春久の妹、千夏のそれだった。
「お父さんにいわれて、あいにきたよ。お兄ちゃん!」
 春久の気持ちは一切考えないまま、妹と同じ名前と顔を持つ少女は、右腕を自らの力で燃やしていた。

       

表紙

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Neetsha