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学者が助走をつけて殴るレベルの「古事記」
第六章「天孫降臨編」一括まとめ版

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 さて、アマテラスが出雲を統治する事になったのは決定しました。しかし、ここでアマテラスは困ってしまいます。
「誰が行くの?」
「えっ」
「だって、私は天上世界の偉い人だよ? 私は行けないよ?」
「あっ……(うっかり)」
 そうです。天上世界は天上世界で、アマテラスがまとめてくれないと困ります。従って、アマテラスがまとめるとはいえども、実際に本当にアマテラスに出雲へ行かれるのは困るのです。
 結局、またサミットが開かれます。そこには、アマテラスの可愛い子供であるアメノオシホミミも、そのまた子供であり、アマテラスの孫にあたる、邇邇芸命(ににぎのみこと 以下:ニニギ)もいました。可愛い孫に会えて、アマテラスのテンションはマックスです。
「フヒヒッ! がわ”い”い”な”ぁ”ニ”ニ”ギぐん”」
「おばあちゃん。僕は、出雲が欲しいです」
「  あ  げ  る  (ドン!)」
 こうして、ニニギが出雲を統治する事になります。

 一見、アマテラスの越権行為にも見えたサミットですが、このニニギ、実際のところ中々優秀な神様でした。これに対し、他の神様の異論もなく、ニニギは出雲を統治する神様に決定します。
 そして、ニニギの護衛として、一人の神様がニニギについていく事になりました。この神様は、天宇受賣命(あめのうずめのみこと 以下:アメノウズメ)です。
 ピンと来た方、素晴らしい記憶力です。ピンと来ない方、当然です。なので、説明しましょう。
 実はこのアメノウズメは、前回、岩戸隠れの伝説(アマテラスひきこもり事件)で、オモイカネに命じられて脱いで踊った、あの女神です。まさかの再登場&大抜擢です。
「でも、アメノウズメちゃん、女神だよね? こういう事言うのもあれだけど……女性がボディーガードなの?」
「いや何か、脱ぎっぷりを評価されて抜擢されたっぽいんですよね」
 天上世界の神曰く、「あのアマテラス様相手に堂々と脱げる度胸が気に入った。これならどんな凶暴なのが来ても気後れはしないだろう」という事らしいです。すっげぇ理由ですね。
「あれのせいで、何か私、芸能の神とか言われ始めてるんですけど」
「売り方と路線を迷走したグラビアアイドルはすぐ脱ぐからね、しょうがないね」
 実際、アメノウズメは気の強い度胸のある女神です。こうしてニニギは、アメノウズメを連れて出雲へ向けて旅立つ事になります。


────────────────


 さて、いざ出雲に旅立とうとしていたニニギとアメノウズメですが、ここで問題が生じます。
「ところで、アメノウズメちゃんは、出雲までの道がわかってるんだよね?」
「ニニギ様がわかってるんじゃないんですか?」
「えっ」
「えっ」
「……僕は、アメノウズメちゃんが連れて行ってくれるって聞いてたんだけど」
「私は、ニニギ様について行けばいいって言われてました」
「えっ」
「えっ」
 そうです。二人とも、肝心の、出雲まで続く道を知らなかったのです。
 とはいえ、ニニギもアマテラスに堂々と「出雲を任せて欲しい」と言った以上、今更「道がわかりません」とは言えません。アメノウズメもまた、護衛を任された以上、道がわからないという体たらくがバレてしまえば、神の間でいい笑いものです。これには二人とも参ってしまいます。

 そこに、突如、光が降り注ぎます。ニニギとアマテラスは何事かと驚いて、光の方を見ます。
 そこには、一人の青年神が座り込んでいました。
「……誰だろう、あれ?」
「さぁ……聞いてみたらどうですか?」
「えー、やだよ……怖いもん」
 実際青年は、難しそうな顔をして座り込んでいます。ニニギに限らず、どんな神でも「機嫌悪いのかな?」と思って声をかけるのをためらうレベルです。
 しかし、そこは気の強いアメノウズメです。そんな青年の佇まいを恐れる事なく、ずかずかと歩み寄りました。
「ちょっと、アンタ。そんなところで何してるの?」
「何だお前、いきなり話しかけて来たと思ったら偉そうに……」
 青年神は、頭をぼりぼりと掻きながら、面倒臭そうに質問に答えます。
「……出雲に行くまでの道を照らしてたんだよ。ここは暗いからな。並の神じゃ迷っちまうんだ」
 青年神の言う通り、ここ一帯は、青年神が光を照らしてくれるからこそ、ようやく明るさを維持出来るくらいに暗い場所でした。
 しかも、よく見れば、青年の背後の道は、何と八つに別れているのです。これでは迷っても仕方がありません。
「この道は、天之八衢(あめのやちまた)って言ってな。俺は、うっかりここに入って迷う神がいないように、ここで見張ってんだ」
「見張られてちゃ困るのよ。私達、今から出雲に向かおうとしてるんだから」
「お前らが、出雲に?」と、青年神は眉を顰めます。「……駄目に決まってんだろうが。道も知らないくせに」
「な、何で私達が道を知らないって決めつけるのよ!」
「決めつけるも何も、さっきそこでそう言ってたじゃねぇか」
 うっ、とアメノウズメは言葉を詰まらせました。どうやら、先ほどのニニギとのやり取りを聞かれていたようです。
「だ……だったら、アンタが案内してくれればいいじゃないの!」
「何で俺が? お断りだね」
「ここにおわす方を誰と心得るの? あのアマテラス様のお孫であり、出雲を統治なさる、ニニギ様よ?」
「知らねぇよ、そんなの。大体、何でそんな偉い神様が、出雲までの道を知らねぇんだ? どの道、そんなうかつな奴らを通すわけには行かねぇ」
 そうだな、と、青年神は考え込んで、再びアメノウズメを見ました。
「どうしてもって言うのなら、度胸を見せてみろ。この険しく惑う道を乗り越えられるだけの度胸と気概を見せてみな」
 むむむ、とアメノウズメは考え込んでしまいます。
 度胸と言われても、確かにそれを示す方法はあります。しかしそれは、まさに自分がこの任に抜擢された理由であり、そもそもそれは不本意であり、しかしそれをしなければ、道は開けないのであり……。
「……わかったわよ」
 と、アメノウズメが、決心したように、青年神に言いました。
「脱ぐわよ」
「えっ」
「どいてくれないなら、ここで脱ぐ」
 青年神は、目を丸くしてフリーズです。それも当然でしょう。はっきり言ってマジキチです。
「上等じゃないの! この芸能の神と言われた私の威勢のいい脱ぎっぷり、見たけりゃ見せてやるよ!(震え声)」
「おい馬鹿やめろ! この度胸試しは早くも終了ですね!」
 言うや否や、不本意とか言ってた割には実に慣れた手つきで脱ぎにかかるアメノウズメ。青年神が止めたその時既に、胸と股は全開でした。痴女です。立派なものです。
「ほれ、見ろよ見ろよ。ほれ、ほれ」
「やめてくれよ……(絶望) わかったわかったよもう! 案内するよ、すればいいんだろ!」
「……やめてとか言ってる割には、顔真っ赤にして鼻まで伸ばしてるじゃないのよ、この変態! ド変態!! 変態大人っ!!!」
 アメノウズメの言う通り、青年神の顔は真っ赤に染まり、鼻は長ーく伸びています。やっぱ好きなんすねぇ。

 こうして、青年神が、渋々と言ったようにニニギとアメノウズメを先導する事になりました。ちなみにニニギは、一部始終を笑いながら見ているだけでした。
「じゃあまず、名前を教えてくれるかな?」と、ニニギが青年神に問います。
「……猿田毘古。猿田毘古之男神(さるたひこおのかみ 以下:サルタヒコ)」
「猿って、あのサル? ……変な名前」
「うるせぇ、痴女」
「誰が痴女よ! ブッ飛ばすわよ!」
「場所問わずいきなり脱ぐ奴は痴女だろうが!」
 ニニギ、アメノウズメ、サルタヒコの出雲への旅が、こうして幕を開けます。ちなみに道中、サルタヒコの顔はずっと真っ赤で、鼻も伸びっぱなしでした。


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 サルタヒコの先導あって、ニニギとアメノウズメは、道に迷う事なく楽々と出雲への道を進んで行く事が出来ました。そして、その道中で、サルタヒコの様々な事がわかりました。
 サルタヒコは、天上世界の神様ではありませんでした。出雲の神様です。出雲に産まれ、出雲で育った神様でした。
「その出雲の神様のアンタが、何であんな所で座り込んでたのよ」
「別に、天之八衢に行こうと思って行ったわけじゃねぇよ。旅が好きで、あちこちに旅してる道中、あそこに辿り着いただけだ」
「はた迷惑な奴ねぇ……。あまりご両親に心配かけるんじゃないわよ」
「両親なんかいねぇよ」
 サルタヒコが、何の事でもないと言わんばかりにそう言いました。
「いねぇっつうか、いるかもしれねぇけど、俺の記憶にはない。産まれた時から一人だったからな」
「……ごめん」
「別にいいよ。そんな神なんざ、珍しくないだろ? お前には、親がいるのか?」
「『お前』って言うな。……そりゃ、私だっていないけどさ」
「それ見ろ」と言って、サルタヒコは笑いました。確かに、親がいない神様は珍しくありません。厳密には、いるのかもしれないけれども、それを知らない神様は、いくらでもいます。
「ねぇ、サル」
「サルタヒコだ。略すんじゃねぇ。……何だよ?」
「家族って、どんな感じなのかな?」
 アメノウズメの質問に、サルタヒコは顎をつまんで考え込みます。それは、今まで考えた事もなかった事でした。
 アメノウズメは、イザナギからアマテラスが産まれた事を知っています。そのアマテラスも、息子に恵まれ、孫にも恵まれました。その孫こそが、今、自分が護衛しているニニギなのです。
「アマテラス様は、子である三兄弟様を大層可愛がっておられた。それに、孫であるニニギ様も。……家族って、そんなに可愛いものなのかな? 大事なものなのかな?」
「そりゃあ……自分の体の一部から産まれるんだから、可愛いんじゃねぇの?」
 はたと、サルタヒコが思いついたように。
「そんなに気になるなら、お前も結婚して子供産めばいいじゃねぇか」
「誰とよ?」
「そんなの知るかよ。そこまで面倒見ないといかんのか、俺は」
 簡単に結婚とは言いますが、そんなに簡単なものじゃ……まぁ、前例を見れば簡単なのかもしれませんが、アメノウズメはそれをしようとは思いませんでした。
 何せ自分は、例の件で、大多数の神様に裸体を見られています。あの時はノリと勢いで快諾したものの、今となっては後悔していました。あの一件以来、「アメノウズメは脱ぎ癖がある」と天上世界の神様に噂され、男神一同からはドン引きされていたのです。
 それのせいかどうかは知りませんが、結局アメノウズメは、今もこうして独身貴族を貫いています。とはいえ、アメノウズメ本人も、そもそも自分が結婚などとは考えもしていませんでした。そういうものです。
「まっ、出雲にイイ男神でもいれば、考えてやってもいいわね」
「さようか。まぁ、頑張んな」
 そんな会話をしながら、三人は道中を進んで行きます。
(……僕、ハブられてる?)
 ニニギは、そんな二人の会話に混ざる事も出来ずに、黙って二人の後をついて行きます。アマテラスの孫の人かわいそう。

「……ここを通るの?」
 ニニギが、目の前に広がる断崖絶壁を見上げて、恐る恐るとサルタヒコに問います。
 天高くそびえる断崖からは、時折、ゴロゴロと大岩が降って来る事もありました。ここを通るというのだから、ぞっとしない話です。
「最初はこんなんじゃなかったんだけどな。何か、ヤクザみてぇなのが派手に暴れながら通って行ったせいで、こんな事になっちまった」
「……タケミカヅチ様……何をやっているんですか……」
 頭を抱えながらも、アメノウズメは覚悟を決めます。自分は、ニニギの護衛の身です。何かあれば、真っ先に自分が立ち回らなければいけません。
 ほどなくして、ニニギも覚悟を決め、三人はいよいよ断崖を渡ります。頭上からは何かが崩れるような音が聞こえ、そしてその度に頭に小石が降って来るものだから、生きた心地がしませんでした。
 ふと、ニニギの頭上に、大きく暗い影が差しました。その正体を確認しようと、アメノウズメが頭上を見上げました。そして、目を剥きます。
「ニニギ様、危ない!」
 突然、アメノウズメは、ニニギを突き飛ばしました。何事かとニニギがアメノウズメを振り返った時、その顔色は、困惑の色を残したまま、さっと青ざめます。
 何と、突如、大きなおおきな岩が降って来たのです。その岩に、アメノウズメが押し潰されてしまいました。アメノウズメが突き飛ばしてくれなかったら、この大岩に押し潰されていたのはニニギだったのです。
「アメノウズメちゃん!」
「慌てんなよ、ニニギの旦那。女なら無事だ」
 背後からサルタヒコの声が聞こえ、ニニギが振り向きます。
 そこには、何が起こったかが理解出来てないアメノウズメを抱きかかえたサルタヒコが立っていました。
「……えっ? 何? ちょっとサル、どうなってんのよ?」
「お前がニニギの旦那を突き飛ばした後、俺がお前を抱きかかえて避難した」
 何でもないようにサルタヒコはそう言いましたが、全ては一瞬でした。それが事実だとしたら、サルタヒコは、アマテラスの孫であり相応の力を持ち合わせているニニギの目にすら止まらぬ速度で動いた事になります。
「大丈夫か?」
「……う、うん……その……ありがと……」
 思いの外、サルタヒコの顔が近くにあり、それに気付いたアメノウズメは顔を真っ赤にして背けます。
「……その、下ろして欲しいんだけど……」
「駄目。お前、足痛めたぞ」
 サルタヒコにそう指摘されるのと、突然足に激痛が走ったのは、ほぼ同時でした。
「ニニギの旦那を突き飛ばした時、足を捻ってた。しばらくはまともに歩けねぇよ」
 そう言って、サルタヒコが、ニニギに向き直ります。
「そういう事だ、ニニギの旦那。悪いが、引き返すぞ。この女が先に進むのは、もう無理だ」
「う、うん。そうだね。残念だけど、アメノウズメちゃんは、もう無理かな……」
「それはいけません、ニニギ様!」
 ニニギとサルタヒコの決定に、アメノウズメが喰ってかかりました。
「私は、ニニギ様の護衛の命を受けた身です! その私の為に道を引き返す事になれば、私は恥さらしになってしまいます!」
「……お前、話聞いてなかったのか? 馬鹿なのか? その脚じゃ無理だっつってんだろうが」
「勝手に決めないで! 無理かどうかなんて、やって見なきゃわからないじゃないのよ!」
 そうは言いつつも、アメノウズメの足は、只事ではないほどドス黒く膨れています。誰がどう見ても、歩く事はおろか、立つ事もままならない事は明白です。そしてそれは、本人が一番よくわかっていました。
 だからと言って、ここで引き下がるアメノウズメではありません。その根性と度胸があったからこそ、アメノウズメは、今回の命を賜ったのです。皮肉な話でした。
「大丈夫よ、サル。私に何かあっても、心配したり悲しんだりする両親も家族もいないから。だから、少しくらい無茶しても……」
「……お前、マジで馬鹿なのな。いい馬鹿だと思ったが、悪い馬鹿でもあった。馬鹿、ば~か」
「この……! ぶん殴ってやる! 降ろしなさいよ!」
「言葉もわからんほど馬鹿なのか。駄目だっつったろうが」
 サルタヒコが、アメノウズメを抱えたまま、ニニギに振り返りました。
「……っつーわけだ、ニニギの旦那。このまま進むぞ。コイツは俺が運ぶ」
「あっ、えっ? ……あっ、うん……」
 ニニギは生返事を返しましたが、サルタヒコはニニギの返事を待つ前に歩き出していました。
「ちょ、ちょっと……!」
「何だよ、さっきから? 行くのか行かないのかハッキリしろ。歩くのは却下。立つのも却下」
「ふ、ふざけんな! 降ろせ! 降-ろーせー!」
 結局、成り行きに任せるままに、三人は出雲への旅を続ける事になります。結局その日、アメノウズメは、サルタヒコの腕の中で、ずっとギャーギャー言ってました。


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 その後も、三人の出雲への旅は続きます。そしていよいよ、出雲は目の前と迫っていました。
 そして、その日の夜。
 洞穴の中でニニギが寝息を立てている中、火の見張りをしていたサルタヒコの元に、同じくニニギと共に洞穴で寝ていたはずのアメノウズメがやって来ました。
「まだ起きてたのか? 俺の火の番じゃ不安だったか?」
「そういうのじゃないわよ。ただ、多分、これで最後だと思ったから」
 アメノウズメが、サルタヒコの隣に座りました。目の前で、火がパチパチと音を立てています。
「……ありがと」
「何だよ、いきなり。気持ち悪い奴だな」
「私だって、ちゃんとお礼くらいは言えるわよ。それに……今日言わなかったら、もう言えないじゃない」
 アメノウズメの言う事は、もっともでした。この出雲への旅が終われば、サルタヒコとはお別れになり、アメノウズメは、一人で天上世界に帰る事になります。である以上、お礼を言えるのは、この場しかなかったのでした。
「アンタがいなかったら、多分、私やニニギ様は、ここまで来れなかったと思う。だから、ありがとね」
「……別にいい。元々、アテのある旅じゃなかったからな。いい暇潰しになった」
 新しい薪を火に放り込んで、棒で突きながら、居心地悪そうにサルタヒコがそう答えます。アメノウズメは、それにコクリと頷きました。
「一つだけ、言っておく」
「なに?」
「『自分に何があっても心配する人はいない』とか言うな」
 少しだけ驚いたように、アメノウズメがサルタヒコを見ます。
「俺もお前も、確かに両親も家族もいない。だから、お前の言う事は正しい。……でも、それは『今は』だ」
「…………」
「もしかしたら、お前もいずれ結婚するかもしれない。そして、子供だって産むかもしれない。だから、『心配する人はいない』なんて事はない」
「……そんなの、先の話で、しかも不確定の話じゃないのよ」
「でも、あり得る話だ。だから、あんな事はもう言うな」
 このサルタヒコの言葉に、しばし逡巡するアメノウズメですが、やがて、やはりコクリと頷きました。
「ねぇ。もし、アンタも結婚して、子供が出来たら、どんな子供に育って欲しい?」
「またその話かよ」
「アンタが振って来たんじゃないの。どうなのよ?」
「んー……そうだなぁ」
 サルタヒコが、真っ赤になった棒の先端をぼんやりと眺めながら、しばし物思いに耽ります。
「俺達みてぇな神様って、忘れられたら消えちまうだろ? だから、忘れないでいてくれる子供がいいな」
 サルタヒコの言葉は、間違ってはいません。神様は、崇められれば崇められるほど生き生きとするものです。しかしそれは、逆を言えば、忘れられればいずれ消えてしまう存在でした。
 そしてそれは、現代社会の人間でも、ある意味では同じ事が言えます。自分を知っている者が多ければ多いほど社会的地位は確立され、逆に忘れ去られてしまえば一人寂しいものです。生々しい話ですが、金銭や権力にも影響を及ぼすとすら言えます。
「どんなに時が経っても、俺達みてぇなのもいたんだって事を、語り継いで欲しい。そうすれば、俺達みてぇな根無し神も、消えずにいられるだろ?」
「何よそれ、他力本願ねぇ……」
「足を引き摺ってここまで来たお前がそれを言うかよ」
「そ、それはもう、ちゃんとお礼言ったでしょ!」
 コホン、と咳払いをして、アメノウズメがサルタヒコの言葉を反芻しました。
「でも、いいわね、それ。語り継いでくれる子供かぁ」
「いつまでも、だぜ? 当然、そんな夢みてぇな話なんてあるはずもねぇんだろうが……まぁ、理想だな」
「理想、ね」
 そう言い合って、二人は笑いました。
 日が昇り始めていました。もうしばらくすれば、また旅が始まります。そして、出雲に辿り着くのでしょう。三人の旅は、終焉を迎えようとしていました。

 遂に三人は、出雲に辿り着きました。ニニギやアメノウズメにとっては初めての、サルタヒコにとっては懐かしの場所です。
「ありがとう、サルタヒコ君。君には途方もない恩が出来てしまったな」
 ニニギがサルタヒコに礼を言うと、サルタヒコは顔をしかめて頭を掻きます。
「俺はただ、気分でそうしただけですから。別に、ニニギの旦那ほどのお方に、礼を言われるほどでもないです」
 サルタヒコが、ニニギに軽く会釈をして、背を向けました。そして、歩き出します。
「これから、どこに向かうんだい?」
「辿り着く所に、ですかね」
 みるみる内に、サルタヒコの背中は小さくなっていきます。もうしばらくすれば、その背中は、完全に見えなくなってしまうのでしょう。サルタヒコは、旅の神様です。おそらく、もう、二度と会う事はありません。
 アメノウズメは、小さくなっていくサルタヒコの背中を、どこか寂しそうな目で見つめていました。
「……ふむ。よし、決めた」
 そんなアメノウズメの姿を見ていたニニギが、唐突に、手をポンと打ちます。そして、アメノウズメの方を振り向きました。
「アメノウズメちゃん、僕はここまででいい。君に、アマテラスの孫ニニギとして、新しい命を与えよう」
「えっ? は、はい! 何なりとお申し付け下さい!」
 うんうんと、満足げな笑みを浮かべて、ニニギがアメノウズメに、それを言いました。
「君はこれから、名を猿女君(さるめのきみ)に改め、サルタヒコ君に仕えなさい」
「は、はぁっ!?」
 突然のニニギの命に、当然、アメノウズメは仰天します。
「な、何で私が、その……あ、あんな奴に仕えないといけないんですか!」
「何でも何も、君は彼に、道中あれほど助けてもらったじゃないか。それに、彼の恩恵は無視出来るものではない。語り継ぐ者が必要だ。それは、共に旅をして来たアメノウズメちゃんを置いて他にはいないと思うけれどもね」
「そ、それは……確かに、そうですけど……」
 珍しく、はっきりしないアメノウズメです。しかし、ニニギも、天君アマテラスの孫です。誰が何を考え、何をどうするべきなのかくらいはわかっていました。
「これは、天孫の命ぞ。天孫の言葉、是即ち天君の言葉也。天孫の命が不服か?」
「そ、そのような事はありません! このアメノウズメ、従いましょう!」
 ようやく、はっきりとした返事を返したアメノウズメに、ニニギが満足げに何度も頷きました。
「天孫の命なら、仕方ないだろう? 諦めて、言う通りにしないと」
「……ふふっ。そうですね。天孫の命なら、仕方ありませんね」
 そう言って、アメノウズメは、ニニギに深々と頭を下げました。そして、くるりと振り返って、サルタヒコの背中を追い掛けます。
 その足取りは、とても怪我をしているとは思えないほど軽やかなものでした。

「コラー! 待ちなさいよ、サル! 怪我人を置いていくんじゃないわよー!」


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 長い、本当に気の遠くなるほど長い月日が経ちます。
 その後、ニニギは出雲に降臨し、そうして出雲は回る事になります。
 しかし、その話は今は置いておき、場はずっと、ずーっと未来の世界。奈良と呼ばれる時代にまで飛びます。

「稗田殿、按配は如何あるか?」
 文官、太安万侶(おおのやすまろ)は、天皇より自身と同じ命を授かった、一人の者に向かってそう呼びかけます。
「もそっとかかりそうに御座候ふ」
 太安万侶の問い掛けに、その者は、薄らと微笑みを浮かべて答えました。
 稗田阿礼(ひえだのあれ)。
 この者には、そのような名がついていました。共に作務を行っている太安万侶ですら、稗田阿礼の事はよくわかっていません。果ては、稗田阿礼が男なのか女なのかすら、太安万侶にはわかっていませんでした。
 ただ、美しい、本当に美しい者でした。しかし、優しげなその瞳に宿る使命の炎は、到底手弱女とは思えぬものがあります。

──稗田之阿礼 常人に非ず 天之比売
(稗田一族の阿礼という者は 人間ではなく 天より出でし女神なのではないか)

 そのような噂まである始末でした。つまりそれは、稗田阿礼とは天皇と同位或いはそれ以上の存在だと言っているようなものです。無論、事程然様な噂など、元来は一笑にすら値しないものです。しかし、こと稗田阿礼に関してだけは、それを一笑に伏すのみに留められぬ程の何かがありました。
 取り分け異端なのは、その記憶力です。稗田阿礼は、時の大臣である蘇我蝦夷(そがのえみし)の炎上自殺により、共に燃え消えてしまった「天皇記」や「国記」の編纂の命を、天皇より賜っていました。つまりこれは、「天皇記」や「国記」を、記憶だけを頼りに丸々複製せよ、と言っているのと同様でした。莫大な頁の記簿です。
 それを何と、稗田阿礼は、今まさに成そうとしているのです。こんな記憶力の持ち主は、どこを探しても見つからないでしょう。
「……時に、稗田殿。ちとお聞きしやう御座あるか?」
「何なりと」
 コホンと咳払いをしてそう言った太安万侶に、やはり稗田阿礼は、薄らと、どこか儚い微笑を浮かべて頷きます。
「あいや、不躾詮無き事をお聞きしてしまひさうが……その方、巫女にあったといふは真か?」
「然様に御座候ふ。添上郡は稗田村にて」
 厳密には、巫女ではなく宮司でした。太安万侶のみならず、神職に明るくなければこのような誤解は珍しくありませんが、これは神職者にとってはあまり気持ちのいい事ではありません。しかし、そんな太安万侶の質問にも、稗田阿礼は嫌な顔一つせずに応対しました。
「さもある汝兄……失敬……汝妹が、何故、舎人となりて編纂なる命を賜ったので?」
「祖先が言伝故」
 太安万侶は、稗田阿礼のハッキリとした血統を知りません。しかし、噂程度であれば聞いた事があります。
 稗田とは、猿田毘古之男神(さるたひこおのかみ)と、その妻である天宇受賣命(あめのうずめのみこと)の血統であると。
 つまり、稗田阿礼の言う祖先の言伝とは、サルタヒコとアメノウズメの言伝という事になります。
「差支えねば、お教え願えまひか?」
「大事に御座ありませぬ。……『忘れてくれるな』と、そのやふな言伝に御座候ふ」
 なるほど、と太安万侶は納得します。であれば、今、稗田阿礼の行っている事は、祖先の言伝に忠実に従っていると言って過言ではありません。
「その記簿、完成の暁には、どのやふな名を賜るであろか?」
 太安万侶の問いに、稗田阿礼は筆の尻を唇に当てて、ぼんやりと考え込みます。そして、目を細め、より優しく微笑みながら、太安万侶に返答しました。

「……『古事記』と、斯様なる名を賜りたく」


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 天孫降臨の儀により、無事出雲へ降り立ったニニギは、うんと背伸びをしました。
「いやはや、聞きしに勝る豊かさだなぁ、出雲は」
「全くで御座いますね、ニニギ様」
 突然後ろから聞こえて来た声に、ニニギは「ひぇっ……!」と驚きます。気が付けば、ニニギの背後には、四の神様が立っていました。
「い、いつからそこにいたの!?」
「最初からいたんですが、それは……」
 四の神様の一人、天児屋命(あめのこやねのみこと 以下:アメノコヤネ)が、溜息をつきながら呟きます。よく見れば、彼らはニニギのよく知る神々でした。布刀玉命(ふとたまのみこと 以下:フト)、伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと :イシコリ)、玉祖命(たまのおやのみこと 以下:タマノオヤ)という神々です。
「最初からいたんなら、話くらいしてよ!」
「偉い人に『ここではサルタヒコとアメノウズメにピント当てたいからお前ら黙ってろ』って言われたんです」
「ニニギ様だって、そんな事言いつつもすっげぇ大荷物だって気付いてます?」
「えっ? ……あっ、本当だ! 三種の神器持ってる!」
 気が付けば、ニニギの手には、三種の神器(草那芸之大刀・八尺勾玉・八咫鏡)が握られていました。まぁとにかくそういう事でした。
「ふーん……まぁいいや。んじゃ、こっからは個別行動って事で。それぞれ、テキトーに子孫でも作ってよ」
「アキバに慣れた奴らの暗黙の了解じゃあるまいし、アバウト過ぎるでしょ……」
 ブツブツ言いながら、四の神様は方々に散って行きます。ちなみに、誰とは言いませんが、一部の神様の出番はこれだけでした。

──テイク2。

 天孫降臨の儀により、三種の神器を手に無事出雲へ降り立ったニニギは、うんと背伸びをしました。
「いやはや、聞きしに勝る豊かさだなぁ、出雲は」
 初めて見る出雲の風景に惚れぼれとした溜息をつきながら、ニニギは出雲の大地をアテもなく歩き続けます。
 歩き続けてしばらくして、とても見晴しが良さそうな岬を見つけました。そしてニニギは、そこに、一人の神様の影があるのを見つけます。
「まだ出雲の事よくわかってないし、あの神様に聞いてみるか」
 そう考えたニニギは、岬まで歩く事にします。そして、岬に辿り着き、そこに立っていた神様に話しかけました。
「こんにちは。ここはどこですか?」
「あら? 貴方は、天上世界の神様ですか?」
「えっ? いやぁ……わかりますか?」
「ふふ。突然『ここはどこですか?』だなんて、この日向(現代の貨幣価値で換算すると宮崎・鹿児島である)に生きる神様の質問ではありませんから」
 その声色からして、どうやらその神様は女神のようです。
「ここは、笠沙の岬(かささのみなと)です。ここから見える出雲の景色は、とても綺麗なんですよ」
 そう言って、その女神様は振り向きます。それはそれは麗しい、この世のものとは思えぬ美貌の女神様でした。
「\カ ワ イ イ/  結婚して下さい!」
 ニニギは、神々界で由緒正しく伝わる「ソッコープロポーズ」の奥義を使います。これまで、この奥義で結婚出来なかった女神様はいません。
 しかし、その奥義の長い歴史は、遂にここで終止符を打つ事になります。
「そ、そんな……私一人では決められない事なので、お父様に相談します。どうかそれまでお待ち下さい」
「なん……だと……?」
 これまで防がれる事のなかった奥義を防がれて、ニニギは愕然とします。しかし、割と呑気に待つ事を快諾しました。そもそも、この女神もこれはこれで満更でもないところからして、五十歩百歩です。
「なら、せめて名前だけでも教えて下さい!」
「私の名前は、木花。木花之佐久夜毘売(このはなさくやびめ 以下:サクヤビメ)と言います」
 いかにも美人の、女神らしい名前です。ニニギは、すっかりこのサクヤビメに惚れ込んでしまいます。
「私の名は、ニニギです! 天上世界より降臨した、アマテラスの孫神です!」
「承知しました。それでは、お父様に相談して参りますね」
 そしてサクヤビメは、父親の許しを得る為に、一旦我が家へ帰宅しました。


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 サクヤビメは、家に帰って、父親にプロポーズの事を相談しました。サクヤビメの父親は、大山津見神(おおやまつかみのかみ 以下:オオヤマさん)と言う、出雲ではそこそこ名の知れた神様でした。……気持ちはわかりますが、一旦モンハンのイメージは捨てましょう。
「お父様。私、笠沙の岬でプロポーズされてしまいました。どうすればいいでしょうか?」
「い、いきなりだな。まぁ……まぁ、普通か。しかし、いざ自分の娘がそうなると、結構焦るわぁ」
 突然の大胆なプロポーズは神様の特権。しかしオオヤマさんは、サクヤビメの他にもう一人娘がいるのですが、この二人の娘を結構溺愛しています。流石にどこの誰とも知れぬ、名もわからない神様にはあげられません。
「その男神、何て奴なんだい?」
「ニニギ様、という方です。確か……天上世界より降臨された、アマテラス様の孫神様とおっしゃっていました」
「ぜってぇ嘘だわ」
 それが本当だとしたら、とんでもない事です。言うなればこれは、地元個人経営の電気屋の娘にソニーの会長の孫が惚れ込んで求婚するようなものです。これを承諾すれば、どうあがいても経営は安泰でした。
 しかし、最初は疑っていたオオヤマさんも、サクヤビメの話を聞いているうちに、どうやら本物のニニギ様だという事を察します。
「お前それ絶対結婚しとけ、マジでマジで。超勝ち組だから、その方」
「それでは、結婚を許して頂けるんですね?」
「許すも何も揉み手もんだわ。どうしよう、何も持たせないってのも失礼だよな……」
 何せ、相手は天上世界を統治する最高神アマテラスの孫神様です。何も持たせずに嫁入りとはいきません。失礼のないようにしなければ、というやつです。
 しかし、オオヤマさんは、結構ブッ飛んだ発想をする人でした。
「今、サクヤビメを嫁として迎えた方には、特典としてもう一人の娘もつきます!」
 何と、サクヤビメの嫁入りに、もう一人の娘である石長比売(いわながひめ 以下:イワナガヒメ)も差し出したのです。ノリが完全に通販番組でした。
「サクヤビメちゃん。私、大丈夫かな? ニニギ様に気に入ってもらえるかしら?」
「大丈夫よ、姉さん。だって私達、姉妹でしょう? 姉さんは、私よりもずっと綺麗ですもの」
 こうして、サクヤビメとイワナガヒメは、連れ立ってニニギの嫁に行く事になります。
 しかし、古今東西言える事ですが、女性の女性に対する「可愛い」「綺麗」という評価ほどアテにならないものはありません。それは、日本神話の世界でも一緒だったようです。

「初めまして、ニニギ様。私、サクヤビメの姉のイワナガヒメと申します。私もまた、父の命により、ニニギ様に娶って頂くために参上いたしました」
「なん……だと……?」
 サクヤビメと共に現れたイワナガヒメを見て、ニニギは絶句します。
 そう。イワナガヒメは、直球で言えば、めっちゃブスだったのです。賛否両論あるかもしれませんが、ニニギの好みからは遥か離れていました。少なくとも、天下統一クロニクルのあれのような外見ではありません。
「(ブスはいら)ないです。帰って、どうぞ」
 ニニギは、有能でしたが下衆でもありました。何と、綺麗なサクヤビメだけを娶って、ブスのイワナガヒメを追い返したのです。これはいけない。

 失意のうちに帰宅したイワナガヒメは、困惑しているオオヤマさんに、事の一部始終を報告しました。
「おのれニニギ! ゆ”る”さ”ん”!」
 クッソ切れたオオヤマさんは、すぐさまニニギの元へ殴り込み、ニニギに呪言を与えます。
「イワナガヒメをやったのは岩のように堅牢でいつまでも在るようにとの願いを込め、サクヤビメをやったのは花のように華やかに繁栄するようにとの願いを込めたからなんだ! イワナガヒメを貰わなかったお前は、岩のように堅牢にいつまでも在る事は出来ない! いずれ死ぬ宿命だからな!」
「なにそれこわい」
 こうしてニニギは、その後の代にまで続く「寿命」を宿命づけられたのです。これは、これまで「自然死」の概念がなかった神様に、時間の経過と共に緩やかに死が近づくという運命を与えたのです。何もせずとも、時間が経てば死ぬという概念を与えたのでした。
 でもなんだかんだで、サクヤビメは嫁にやりました。ちゃっかりしてやがるオオヤマさんでした。


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「結婚前は優しかったんですけど、結婚してからしばらくして夫の本性がわかりました」なんて話が稀にありますよね。ニニギはまさに、このタイプでした。
 何とニニギは、サクヤビメと一夜の交わりをして、そうしてサクヤビメのお腹の中に宿った子供を、「それ本当に僕の子供かぁ?」と疑い始めたのです。てめェ…救えねェよ。
「私は他の男神様と交わってはいません。貴方の妻となり、貴方とだけ交わりました。ですからこの子は、貴方の子供でしかあり得ませんよ」
「いやしかし、たった一回で的中するものなの? それはいくらなんでも怪しいよ」
 ニニギは、あれこれと理由をつけて認知しようとしません。最低です。やる事やっといてこれですからね。
 とにもかくにも、互いの意見はただひたすら平行線です。このままではラチがあきません。そこで、サクヤビメがこう言いました。
「じゃ、こうしましょう。誓約(うけい)」
 はい、そうです。困った時の誓約です。どんなに困った時でも、誓約一つで即解決です。
 ただし、今回サクヤビメの提案した誓約は、結構エグい感じの誓約でした。どのくらいエグいかと言うと、流石にこれでサクヤビメがまかり通ったら、認めざるを得ないほどの難易度の誓約でした。
「私はこれから、自分の祭殿に閉じこもって、扉を土で塞ぎます。そして、祭殿に火を放ち、燃え盛る祭殿の中で出産しましょう。もしこれで無事出産する事が出来たのなら、この子はニニギ様の子供です」
「おもろい感じ……じゃないから。笑えないからそれ。無理無理無理無理かたつむりだから。おいやめろ馬鹿」
 普通に子供を産む時でさえしんどいのに、何とそれを一人っきり業火の中で産むというのです。出来るとか出来ないとかの問題じゃないです。正気の沙汰ではありません。偉大なるイザナミ様でさえ、火の神を産む時にお亡くなりになったのですから。火と出産の組み合わせは、これはある意味で禁忌とも言えます。しかし裏を返せば、ニニギの発言は、それほどサクヤビメの逆鱗に触れたとも取れます。

 そして、その誓約の結末ですが……何と、サクヤビメの正しさが証明されました。
 サクヤビメは、扉が土で塞がれた、燃え盛る祭殿の中で、無事出産を成功させたのです。しかも双子です、双子。二倍の苦しみというハンデを背負いつつ、それでもなお成功させたのでした。
「敗北……認めるかい?」
「勝利とか敗北とかじゃなくて普通に凄いわ。何も言えねぇ」
 こうしてニニギは、サクヤビメのお腹の中から生まれた双子を、喜んで我が子と認めました。これで認めなかったら心底下衆です。というかそもそも、最初の段階で認知しなかった時点でもう下衆です。
 この双子、長男は火照命(ほでりのみこと 以下:海幸彦)、次男を火遠理命(ほおりのみこと 以下:山幸彦)と名づけられます。そしてその後、海幸彦は海の漁に特化した神様、山幸彦は山の漁に特化した神様となります。

       

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