第12話 刀鍛冶イザム (4/16)

「刀鍛冶のイザムよ、よろしくね」
 高橋とアンリエッタは刀鍛冶であるイザムの工房を訪れていた。
 改めて本人に対面すると、すさまじいインパクトだった。
 赤く染めた長い髪と赤いカラコンを入れた瞳、黒地にピンクや赤のフリルを縫い付けたゴスロリ風のドレス。ユーチューブ用の衣装だとばかり思っていたが、今も着ているということは普段着なのだろうか。もしかしたら正装なのかもしれない。
「俺は高橋、こっちはアンリエッタです」
「アンリエッタです、お会いできて光栄です」
 それぞれと握手を交わすイザム。
「いつかきっと会えると思っていたわ、ピュアエロスの乙女とそのマスター」
 イザムの言葉に、高橋とアンリエッタは驚愕した。

「イザム様、あなたはいったい何者なのですか?」
 アンリエッタは身を乗り出しイザムの顔を見つめて問いかけた。言葉を失っていた高橋も我に返り、そうだよと便乗する。
「アタシは刀鍛冶でユーチューバー、そしてリソーの元社員よ」
 小指を立てて紅茶をすすりながらイザムが答える。
「あのコピー機最大手の株式会社リソーですか?」
 リソーという単語に高橋が食いつく。リソーといえば、日本はもとより全世界コピー機シェアナンバーワンの超大企業だ。言わばコピー界のマイクロソフトのようなものなのである。
 残業とは無縁、パーフェクトな福利厚生、男も取れる育児休暇、中井貴一もびっくりのおしゃれな社食。サラリーマンなら誰もが夢見る純白企業、それがリソーなのだ。
「失礼を承知で伺います。なぜリソーを辞め刀鍛冶という茨の道を選んだのですか?」
 当然である高橋の質問に、イザムは長い溜息をもらした。
「解雇されちゃったのよ」
 イザムの返答に、高橋は言葉を失った。リソーほどの会社が意味もなく社員をリストラするはずがないからだ。
「いくらアタシが会社のコピー機でエロ同人を印刷してたからって解雇はひどいわ~、そう思わない?」
 かちゃり。憤りと共に、イザムがカップをソーサーの上に置く。
「そ、それはあんまりですね……」
 島が理解ある上司で良かったと、高橋は改めて思った。
「それでイザム様、あなたが何者なのか私にはまったくわからないのですが」
 話が途切れたところで、再びアンリエッタが口を開いた。
 確かにコピー最大手がどうのという話は、エロスの乙女たる彼女には関係ないかのように思えた。
「あら、コピー機よ? アナタ自分がどこから出てきたのか忘れたのかしら? マスター高橋がコピー機にピュアエロスを溜めたことでアナタの封印が解かれたのよ」
 イザムに指摘され、アンリエッタと高橋はハッとした。
 高橋がコピー機に原稿を詰まらせたあの夜、二人の戦いは始まった。
 しかも、高橋はコピー機でエロ同人の原稿を印刷することによりアンリエッタを召喚することができるのだ。コピー機がピュアエロスとダークエロスの壮大な戦いに関係していないはずがなかった。
「しかし、コピー機よりも印刷屋さんの方がエロスが溜まるのでは?」
 高橋の疑問ももっともであった。大手の同人サークルはもれなく印刷屋さんで印刷しているはずだ。それに数だけならDLサイトが圧倒的だろう。
「わかってないわね、マスター高橋」
 イザムは少しもったいぶるように、カップに二杯目の紅茶を注ぎながら首を小さく横に振る。
「今は大手と呼ばれるサークルも、コピー本から始まったんじゃないかしら。
 ほかの人にも自分のエロ漫画を読んでほしい、イベントに参加したい、いつかは大手になりたい、そんな希望が詰まっているのがコピー本なのよ。
 地位も名誉も採算もない、ピュアなエロスが最も溜まりやすいのがコピー機というシークレット・エンシェント・アイテムだとは思わないかしら」
「なるほど」
「えっ、マスターは今の説明で理解できたのですか?」
 イザムの言葉に即座にうなずく高橋、そしてそんな彼の様子をいぶかしむアンリエッタ。
「思い出しましたよ、初めてコピー本を作ったときのピュアなあの気持ち。そのことを知っているということはイザムさん、あなたも……」
 高橋は意味ありげな視線をイザムに向ける。
「アタシも同人作家よ」
 不意に席を立つイザム。そして本棚のフォルダから一枚の原稿を抜き取ると、それを家庭用コピー機に滑り込ませる。あふれ出る光が作業部屋を包み込み、高橋は思わず手で目を覆った。
 光の波が静まり高橋が目を開けると、イザムの隣に凛とした佇まいの美少女が立っていた。
 腰まで流れる長い銀髪、陶器のような白い肌、宝石のような碧眼。少女が纏う雰囲気は、アンリエッタによく似ていた。
「まさか、この聖なるエネルギーは」
 高橋はごくりと唾を飲んだ。
「そう、彼女はピュアエロスの乙女よ。アナタたちが世界を救うピュアエロスの乙女とそのマスターだというのなら、その力を見せなさい」
 有無を言わさぬ強い語調で、イザムが言い放った。
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