Neetel Inside ニートノベル
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エロスの戦乙女
第6話 始まりの終わり

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「フッ、私の本物スマイルと営業スマイルを見分けることができるとは、少々君を見くびっていたようだ。マスター高橋」
「まさか他の社員が誰も気付いていないとでも思っていたんですか? 課長の営業スマイルは社会人2ヶ月目の新人OLにも見抜けますよ」
「ほう」
 一瞬島の笑顔が醜くゆがんだが、すぐにいつもの営業スマイルをべったりと顔に貼り付けゆっくりと視線を高橋からアンリエッタに移す。
「なんて邪悪に染まった笑顔……こんなにおぞましいものは見たことがありません」
 射抜くように島をにらみつけたアンリエッタが毒舌という名の言葉の刃を放った。
「君のように美しい乙女にそんなことを言われるとは、さすがの私も傷ついてしまったよ。エリザベス、遠慮はいらんぞ」
 島は大げさに肩をすくめて見せた。
「さっきまでフルボッコにされていたのはどいつだい? アタシだよッ!」
 ゆっくりと立ち上がったエリザベスの体を暗黒の瘴気が包んでいた。鞭を投げ捨てたエリザベスは、ゆっくりと床に両手と頭を着け、逆立ちのように両足を天高く持ち上げた。
「犬神家!」
 決め台詞とともにエリザベスの三点倒立が完成した。肩幅に広げた両足から黒く不吉な霧が放出され、それは瞬く間に営業一課の部屋を侵食していった。
「これはなんだ? よくわからないがとてつもなくよこしまなエネルギーを感じる!」
 高橋は全身から嫌な汗が噴出すのを感じた。三点倒立の不気味な姿と邪悪な霧、自分とアンリエッタはこの空間にいてはならない、そう直感した。
「くっ……」
 めまいでも起こしたようにアンリエッタの体が揺れた。膝を付きそうになり、何とか剣で体を支えた。
「大丈夫か、アンリエッタ」
「マスター、これはダークエロスのエネルギーです」
 高橋の問いには答えず、アンリエッタは搾り出すように声を出した。
「ふははははは! どうだね、私のダークエロスは! すさまじいだろう!」
「決まったね、アタシの必殺技『犬神家』からは逃れられないよ」
 島は高笑いを響かせ、エリザベスは三点倒立をしたまま女王様の笑みを浮かべた。
 自分とアンリエッタはこのままこの黒い霧にとらわれてなぶり殺しにされるのか。いや、そんなわけにはいかない。高橋は島に駆け寄ると先刻まで彼が読んでいた雑誌をひったくるようにして奪った。
「これは、ビージャン……! これを読んでエロい妄想をしていたのか? そしてそれが……」
「……ダークエロスに変換されたのですね」
 高橋の言葉をアンリエッタが継いだ。ちなみにビージャンとはビジネスジャンプというビジネスマン向け漫画雑誌の略である。スケベな漫画も載っているが未成年が見てはいけないコーナーに置いてある成人誌ではないため会社に堂々と持っていけるという利点がある。
「そっちがビージャンなら、こっちはこれでいこうじゃないか!」
 高橋はすばやく自分のデスクに移動し引き出しを開け、一冊の漫画雑誌を取り出した。表紙には雌豹のポーズのグラビアアイドルとともにヤングアニマルという文字が印刷されている。
 慣れた手つきでヤングアニマルをめくり、お目当てである新婚夫婦がエッチを学んでいく漫画を鬼のようなスピードで読む高橋。
「アンリエッタ、今君に俺のピュアエロスを送る!」
 高橋の体が白い光を放ち、それがアンリエッタへと流れ込んでいく。蒼白だったアンリエッタの頬に朱がさし、再び両足で床を踏みしめ剣を構える。
「な……んだと……? マスター高橋のピュアエロスがこの課長島こうさくのダークエロスを上回るというのか?!」
 うろたえる島など目もくれずに駆けるアンリエッタ。その姿はまるで銀の弾丸のようであった。
 三点倒立で犬神家のポーズをとっていたエリザベスは両手で体を跳ね上げ体制を整えようとしたが、アンリエッタのスピードはそれを許さなかった。エリザベスの足が地に着く直前に銀の剣が振り上げられる。
「少しだけ思い出しなさい、ピュアなあの気持ち――」
 聖なる光に包まれた剣に力が込められる。
「メルティ・ラブ!!」
 一閃。アンリエッタを中心に光の波が解き放たれ、営業一課が心地よい白に包まれた。その光に聖母に抱かれたような感覚すら覚えた高橋とは対照的に、島は毒でも飲んだかのように苦しそうに床に爪を立てていた。
 まぶしい光が収まり、穏やかな空気に包まれた営業一課。高橋がゆっくりと目を開けると、剣を鞘に収め凛と立つアンリエッタと床に崩れ落ちたエリザベスの姿が見えた。
「俺たちは勝ったのか?」
 高橋の言葉に、銀色の髪を揺らしてアンリエッタが振り返った。彼女は微笑んでいた。
「ピュアエロスの乙女にやられたのはどいつだい……アタシだよ……」
 両手を着いて上半身を起こすエリザベス。ぱっつん前髪の顔には苦渋の色がにじんでいる。
「アタシを倒したって何も終わっちゃいないよ、計画はもう進んでいる……ジョブズ様……」
 そこまで言うと力尽きたのか、エリザベスは頭をモロに床にぶつけて突っ伏した。その体は淡い光に包まれ、やがて消えていった。
「ダークエロスの乙女、エリザベスは浄化されました。しかし彼女の言ったとおり、戦いはまだ始まったばかりです。ダークエロスの乙女が後何人いるのかは私にもわかりません」
「ええー!」
 アンリエッタの無情なる言葉に思わず声を上げる高橋。
「それで、女王様が最後に言った計画とかジョブズ様とかは?」
「わかりません」
「ええー!」
 再び声を上げる高橋。予定は未定とはまさにこのことである。
「そういえば島課長は?」
 高橋がきょろきょろと部屋を見渡すと、島は自分のデスクで意気消沈としていた。
 高橋は掛ける言葉が見つからずしばらく気まずい空気が二人の間に流れたが、先に沈黙を破ったのは島だった。さすができるエリートサラリーマンは違うということか。
「高橋君、私は今日をもってクリームゾーンの名を捨て、同人界から引退する」
「そ、そこまでしなくても」
「私は間違っていた。エロ漫画を描く楽しみを忘れ金儲けに走り、ダークサイドに堕ちた。そんな邪悪なエロスにダークエロスの乙女エリザベスが呼応したのだろう。もう私に同人活動をする資格はない、エロ漫画を描く資格すらない」
 静かに言い放った島に対して、高橋は声を上げた。
「確かに金儲けに走った同人はクソだと思います。でも島課長、いやクリームゾーン先生のエロ漫画はエロ同人に興味のない人さえ虜にする謎の魅力を持っているんです。クリームゾーン先生の新作を待ちわびている人がどれだけいると思っているんですか。引退してファンを悲しませることこそクソですよ。ダークサイドに堕ちた自分と向き合って再出発してください」
 高橋は言わなかったが、自分もクリームゾーンの薄い本を何冊も持っているのだ。特に強く気高い女が悔しいでも感じちゃうものがお気に入りであった。
「高橋君、君という男は」
「俺はワンピよりブラックキャットが好きです」
 島が言い終わる前に、高橋は背を向けアンリエッタがぶち壊した机や椅子を直す作業に取り掛かった。島の静かなため息が聞こえた。

       

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