そのひと 一
私とそのひとは、透明な水が湛えられた、
青色の四角い桶の中にいた。
桶は底深く、濃い青色は樹脂に溶かした
絵の具のようだった。
蓋はない。
私とそのひとは水面から顔を出して息をしていた。
辺りは薄暗く、ひかりに当てたらもしかして
輝くルビー色かもしれないレッドブラウンの線が
幾何学模様を描いて、床に広がっていた。
この無機質で傷一つない床はやがて、
向こうの暗闇に消えていく。
暗い遠くには地平線が、ぼんやりひかって横たわっていた。
機械のような、地鳴りのような、かすかな低音が、
涼しげな空気の彼方から響いてくるようだった。
……、…
そのひとはよく、何事か呟いたものだった。
そして私は返事もしないで、遠くのほうに立っている白い柱のようなものを
見据えて、黙って笑っているのだ。
私たちは、視力はあまりないようだった。
ほの暗い遠くは茫漠としていて、そこは、
やすらかなところであったのだ。