Neetel Inside ニートノベル
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第二十八話

「どうかしましたか? ユキオさん」
 夜、俺はトニーの部屋へとやって来た。
 もちろん、昼間の話をするためだ。
「少し、話がしたいのですが──」
「今日の、実験の話ですか?」
「……はい」
「そこに座って下さい」
 トニーが勧めたソファに腰を下ろす。その机を挟んで正面にトニーも腰掛ける。
「改めて、お疲れ様でした」
「いえ……」
「体は、大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「それは良かった」
 聞きたい事は山ほどあるが、言葉が出て来ない。
 気が付くと無意識のうちに、まるでトニーの様に顎を撫でていた。癖がうつったのだろうか。
「明日の実験が、不安ですか?」
「……どうして、明日なのですか?」
「どうして、と言いますと?」
「いえ……、こういったトラブルがあった場合、しばらく様子を見るのが通常かと」
「そうしたいですか? 不安があるのならば、もちろん延期しますが」
「いえ、延期したいわけでは無いんです。ただ、何というか……?」
「『ちいさな魔女』の力が、何か影響を及ぼしているのでは無いか、と?」
 思っていた事を言い当てられ、何も言えなくなる。
 俺が黙っていると、トニーは静かに口を開いた。
「それは、あるかも知れません」
「え?」
「ですが、私は元よりすぐに二度目の面会を行うつもりでした」
「それは──」
「それはどういう事かな?」
 ふいに、背後から声が聞こえた。
「初めまして、かな。トニー君」
「……こんばんは、博士」
 唖然とする俺の隣に、ギデオン博士は腰を下ろす。
「今日はどういったご用件でしょうか?」
 トニーは冷静に博士を見つめる。
「目的は何だね」
 博士も冷静な口調で言う。
 俺は──、トニーの方を見つめていた。
「目的、とは?」
「ユキオ君に何をさせるつもりだ?」
「ご存じないのですか?」
「私にもわからない事はある」
「そうでしょうか」
「驚くべき事にね」
 二人とも声は落ち着いているものの、色々な感情を押し殺しているのを感じた。
「明日の実験を、邪魔するおつもりですか?」
「いや、そんな事はしないよ。我々は──、私は財団に友好的な立場だからね」
「それは良かった」
「君達も、僕に対して友好的になってもらいたいものだがね」
「それはまた──」トニーの目が、鋭く光る。「ご冗談を」
「で、君はユキオ君を使って何をしようとしているのかな?」
「使って、とは人聞きの悪い」
「目的は?」
「何故私に聞くのですか?」
 博士の顔に、ほのかに苛立ちの色が見える。
「──、私にとって、ユキオ君は大切な存在なのでね」
「私にとってもです」
「危険な事は、しないでもらいたい」
「もちろんです。実験は予定通りに進んでいます」
(『予定通りに』?)
 トニーの言葉が引っかかったが、俺は言葉を飲み込んだ。
「それなら良いが……。ユキオ君」
 博士が急にこちらを向いて言う。
「ちょっと二人で話が出来ないかな?」
 俺の返事を待たず、博士は俺に『何か』をした。

 ──。
 気が付くと、見知らぬ空間に立っていた。
 目の前に博士も立っている。
「ここは?」
「『ポケットディメンション』と言うと、財団職員には聞こえが悪いだろうが……、まあそれに似たものだ。技術の応用、というやつだね」
「……それで、何の話しだ」
「君は、今回の実験の目的を理解しているのか?」
 それは、まだわかっていない。
 しかし、トニーが俺に何かを伝えようとしているのはわかった。
 トニーは『予定通り』と言った。つまり、今の状況は想定通りという事だ。もちろん、それさえ『ちいさな魔女』の影響では無いとは言い切れないが……。と、言う事は、明日の実験で俺は何かをしなくてはいけないという事だ。トニーの落ち着いた様子からすると、博士の介入も想定の内にあったのでは無いかと思う。だが、何かをしなくてはいけないというならば、チャンスは明日しか無いだろう。明日博士が邪魔をしないとしても、その先の展開までは予測がつかないだろう。
「あの男が君に何をさせようとしているのかはわからないが、私は……、君を失うわけにはいかないのだ」
「何故、そこまで俺にこだわる?」
「君に頼みたい仕事がある」
「SCP―55の事か?」
 そこで博士は少し驚いた様な表情を見せた。
「──そう、そうだ」
「それなら──」
「いや、それだけじゃない」
「……どういう事だ」
 博士が俺の方へ一歩近付く。
 俺は、反射的に一歩下がる。
「君は、全てを知りたくは無いか」
「全て、とは?」
「この世の全てだよ」
「別に……」
「本当か? 今の仕事をしていて、ワクワクする瞬間は無いか? 普通では決して知る事の出来ない世界に触れて、興奮しないか?」
「それは……」
 それは否定出来ない。
 確かに、財団の仕事は刺激的で、時には心躍る事もある。
 もっと知りたい、未知に触れたいと思わないわけでは無い。
 博士は俺の心を見透かすように話を続ける。
「私達の仲間にならないか? そうすれば、財団にいるよりもずっと多くの未知なるものに触れる事が出来る」
「お断りだ!」
 思わず殴りかかりそうになるのをぐっと堪える。
 そうだ──、博士への反撃は、暴力なんかで済ましてはいけない。
「それは本心か? 単に私への反抗心からでは無いのか?」
「うるさい! 黙れ!」
「君の街の事は済まなかった。それを恨んでいるのは仕方ない。しかし、死んだのは君にとっては他人ばかりじゃないか」
「他人──、じゃ、無い!」
「家族の事を言っているのか?」
「……当たり前だろう」
「それなら安心しなさい。彼等は君の本当の家族では無いから」
「何を──」
「君の家族、というのなら、それは僕を指すのが正しい」
「どういう……」
 どういう、意味だ?
 博士の言っている事が、わからない。
 何もわからない。
 わかろうと、したくない。
「君は僕が作ったんだ」
「つ……」
「いずれ話すつもりではあったんだ──、今話すつもりはなかったがね」
「どういう、意味だ?」
「言葉の通りだよ。君は僕が実験の為に作ったんだ。あの家族は、なるべく君を普通の環境で育てたかったが為に用意したものだ。あ、弟君はあの夫婦の実の子だよ」
 博士の声が、まるで硝子越しの様に遠くに聞こえる。
 俺が、博士に『作られた』だって?
 そんな……、そんな馬鹿な事があるか。
 あって……、あってたまるか!
「本当はあの街での実験で破棄──、あ、いや、もう君の事は置いておこうと思っていたんだがね。思った以上の結果が出たのでね」
「捨て置くには惜しくなった、と」
「──言ってしまえば、そうだね」
「……何を焦っているんだ?」
「焦ってる? 私が?」
「今、こんな話を俺にして、お前に手を貸すとでも?」
「無いだろうね」
「じゃあ、何故?」
「さあ、何故だろう」
「SCP―55は良いのか?」
「君はやってくれるさ」
「まさか」
「やるさ。私から提示した条件を忘れたわけじゃないだろう?」
「信じられるわけが無いだろう」
「そうかな? 私は君が惜しい。手の内に置けるのなら、何だってするさ」
「じゃあもう放っておいてくれないか」
「それだけは、出来ないな。ただ、君が我々の用意した状況下にいてくれるのであれば、可能な限りそっとしておいてあげる事は出来る。逆に、それ以外の状況にいるようであれば──」
「俺を殺すか?」
「その方が良い、と判断したらね。だけど、もし君を力で屈服させるのであれば、他にいくらでも方法がありそうだ」
 博士の様子は冷静に見える。
 俺は──、動揺を隠せずにいる。
「……本当に、俺を、お前が作ったのか?」
「そうだ」
「何の為に?」
「それの為だよ」
 博士は自分の頭をつついて見せた。
「『それ』は君や財団が思っている以上にすごい物なんだよ。我々が、思っていた以上にもね。それがあれば、未だ知り得ぬ物を、事柄を知る事が出来るかも知れない」
「……」
 何も、考える事が出来ない。
 頭の中は真っ白だ。
「私が、君の敵で無いという事はわかってくれたかな?」
「……」
「もし我々に組みしないとしても、SCP―55の件を引き受けてくれれば、君の愛する人々は全員生き返らせてあげよう。もう『イチナナサン』の時のような乱暴な実験もしない。一生、平和な暮らしを約束しよう」
「……」
「……まあ良い。考えておいてくれたまえ」
 不意に景色が戻る。
 いつの間にか、俺はトニーの部屋のソファの上に戻っていた。
 博士の姿は見えない。
「ユキオさん、大丈夫ですか?」
 トニーが俺のそばに駆け寄る。
 そして、耳元で囁く様にこう言った。

「明日、あなたが『ちいさな魔女』に願うべき事をよく考えて下さい。あなたにはわかるはずです。あなたは、私なのですから」

 俺は、また、頭が真っ白になるのを感じた。

       

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Neetsha