Neetel Inside ニートノベル
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第二十九話

 ──真っ暗な部屋の中、膝を抱えたままの姿勢で毛布を引き寄せる。
 ベッドの上。
 寒いわけではない。
 だけど、温もりが欲しかった。

 あの後、トニーは何も話そうとはしなかったし、俺も何も聞かなかった。
 聞く余裕が無かった。
 頭の中ではまるで吹雪の様な白い嵐が吹き荒れていた。

『君は僕が作ったんだ』

 博士の言葉が鼓膜にべったりと張り付いている。

『君は僕が作ったんだ』

 あの時、博士ははっきりとそう言った。
(俺は、博士に、作られた)
 目的はこの頭の中にある金属の為だと言っていた。
 金属を作る為なのか、それとも金属の効果を確認する為なのか、それはわからない。もしかしたら両方かも知れないし、どちらでも無いのかも知れない。
 そんな事は、今はどうでも良い。
 重要なのは、俺は博士に作られた(どうやって、という事もどうでも良い)という事だ。
 俺は、人間ではなかったのだろうか?
 それとも博士と誰かの間の子──、いや、そういうニュアンスは無かったように思う。
 とにかく、この現実(博士の嘘という事も考えられ無くはないが……)は、俺が今まで信じていた物を、大事にしていた思い出達を粉々に打ち砕いた。
 家族が家族で無かった、という事以上に、俺が──、俺の『生まれた意味』が、俺の『存在理由』が……、こんな……、こんな事だったなんて……。

『明日、あなたが『ちいさな魔女』に願うべき事をよく考えて下さい』

 今度はトニーの声が頭に響いた。
 ──これは、どういう意味だ?
 俺は明日の実験で、何かを『ちいさな魔女』に願わなくてはいけないのか?
 何を?
 ……博士への、復讐を?
 トニーは俺に、いったい何をさせようとしているんだ?
 ──そうだ。トニーはたしか、こうも言っていた。

『あなたにはわかるはずです。あなたは、私なのですから』

(『あなた』は『私』?)
 どういう意味だろう?
 全く意味がわからない。
 意味が……。
 意味……。
 この実験の、意味……。

 ……もしかして、この実験は、俺が博士に復讐をする為に用意されたのだろうか?
 トニーが俺について何処まで知っているのかわからないし、何故復讐をさせようと危険まで冒すのかはわからないが、そう考えれば色々な事のつじつまがあってくるような気がする。
 では、どんな方法で?
 博士に復讐するとして、例えば『魔女』に『博士の存在を消してくれ』と願った場合はどうか。博士は俺に話をする時に『私』と言う一人称を使う事もあれば、『我々』と称す事もあった。それはつまり、俺の敵は一人では無いという事だろう。あの地下で出会ったウィリアム・ウッドワース教授も、博士の一味に違いない。もしかしたら、まだまだ俺の知らない奴等だっているかも知れない。そうなれば、博士一人をどうこうしたって仕方が無いし、『そもそもギデオン博士なんて存在しなかった』事にしても、他の誰かが俺を作るかも知れない(或いは、俺も消えてしまうかも知れない)。一味を全て消し去ってもらう事も出来るかも知れないが、少しでも伝え方を間違えば、失敗する可能性も考えられる。
 では、俺の頭の中の金属を取り除いてもらってはどうか。いや、これは何の意味も無いだろう。無価値な逃走にしかならない。金属を取り除いては、博士達にとっての俺の価値だけでは無く、財団にとっての俺への価値も無くなってしまう。それはそれで幸せかもしれないが、財団から放り出されて、いったいどうやって生きていけば良いのか。財団は新しい人生を用意してくれるかも知れないが……、これ以上仮初めの人生を生きるなんてまっぴらだ。それに、博士達の俺への価値が金属だけでは無いとしたら……。俺は単に後ろ盾を失うだけだ。
 それなら、過去に戻って博士達の陰謀を阻止してやろうか。『魔女』にそこまで出来るのかわからないが、これが一番現実的(一番SF的でもあるが)な気がする。博士の言いなりになって家族を生き返らせてもらったって嬉しく無い。そうとも、過去に戻って家族が、友人が、死ぬ事を阻止出来れば──。

『あなたは、私なのですから』

 ……もしかして、トニーも俺と同じ経験をしたのだろうか。
 彼も、博士の策略で大切な人を失った……、或いは、何らかの目的で作られた……。
 しかし、博士はトニーの事を知らないようだったし、会った時も「初めまして」と言っていた。
(『魔女』に頼んで、博士の記憶から存在を消してもらったとか?)
 あり得なくは無い。
 そうして、ひっそりと暮らす道を選んだのかも知れない。
(そこに俺が現れた……)
 俺を、過去の自分と重ねたのだろうか。
(自分の代わりに、博士へ復讐させようとしているのか……?)
 だとしたら……、自ら復讐を行わない理由は何だ?
 復讐心が残っているのならば、俺に任せず、自ら実行したって良いはずだ。
 ……『魔女』を目覚めさせたのはトニーだと思い込んでいるが、もしかしたら、これは偶然だったのだろうか。それなら、俺を使って実験をする方が、自ら接触を図るよりずっと実現性は高いだろう。

 ──ずいぶん頭がすっきりしてきた。
 まだ考えはまとまらないが、的外れな推測でもないだろう。
 立ち上がると、少し立ち眩みがした。
 そういえば実験から何も口にしていない。喉はカラカラ。水分ぐらい摂るべきだろう。
 時計を見ると、ちょうど零時になったところだ。
 冷蔵庫には飲み物くらいは入っているが、小腹も空いた。食堂へ行こうか?
 ……いや、止めとこう。
 今は誰にも会いたくない。
 それに、博士が何処で目を光らせているかわからない。
 もちろん、部屋にいても変わりないが……。
 アルバートやマリーヤの顔が浮かんだ。
 彼等はきっと、俺の事を心配しているだろう。
 ハビエルの顔も浮かんだ。
 彼は、どうしているだろうか。
 サイト15へは、いつ戻れるのだろう。
 それとも──。
 博士は、何の為にSCP―55の事を俺に調べさせたいのだろう?
 ……サイト19へ行ったら、博士の望み通りSCP―55の事を調べてやろうか。それとも……、やはり断ろうか。
 いや、当然断るべきだろう。
 受ける理由なんて……。
 ……、俺は、何を迷っているのだろう。
 まだ、混乱しているのだろうか。
 そうに違いない。
 こうして俺が悩んでいる姿を見て、博士は楽しんででもいるのだろうか。
 今も、何処かで見ているのだろうか。
 ……トニーの、トニーの言葉も、博士は聞いていたのだろうか。
 ──ダメだ。
 ますます混乱してきた。
 冷蔵庫をから水のボトルを取り出す。
 蓋を開け、一気に飲み干す。
 よく冷えている。
 少し、むせる。
 落ち着こう。
 落ち着いて考えなくては。
 明日、そう明日だ。
 明日俺は、あの可愛らしい魔女に願いを叶えてもらわなくてはならない。
 ──本当に?
 本当に、トニーの言う通りに、俺は、あの子に……。
 わからない。
 わからないが、逃すわけにはいかない。
 そうだ。
 あの子は、あのちいさな魔女は、上手くすれば俺の願いを叶えてくれる。それは間違い無い。そして、そのチャンスは明日しか無い。
 では、何を願う?
 さっき思いついたように、過去に戻って博士と戦う?
 過去に戻るなんて出来るのか?
 いや、この際『出来る』と信じるしか無いだろう。
 それで……俺一人で、戦う事なんて出来るのか?
 過去に戻るとして、いったいいつに戻る?
 よく考えなければ。
 子供の頃に戻っても仕方が無いだろう。『イチナナサン』事件の後でも仕方ないし、直前でも間に合わない。何にせよ、戦う手立てが無い。
 そうだ……、俺が俺のまま過去に戻ったって、いつに戻ろうが結局何にも出来ないじゃないか。
 何とか財団と連絡が取れたとしても……、信じてもらえるだろうか?
 信じてもらえたとして、何が出来る?
 どうすれば良い?

 ──その時、俺の頭の中に一つの恐ろしい考えが浮かんだ。

(これなら……。そうか、そういう……)

 手からボトルが滑り落ち、足下に水が零れた。

 明日。

 全ては、明日だ。

       

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