エピローグ Part2
「本当に、これでよかったの?」
不安げな顔で少女が言う。
俺は彼女にそっと微笑む。本当の気持ちを悟られてはならない。
「うん。ありがとう」
優しく頭を撫でてあげると、幾らか安心した様だ。
視線を前に戻す。
薄い、昆虫の羽の様な膜の向こう──、真っ暗な部屋の中で、二人の人間が話している。俺と彼女は、この『何処でもない空間』から、その様子を見つめている。
「私、もっと出来るよ?」
彼女がまるでおねだりでもするかのような声で言う。
「大丈夫、本当に。これで良かったんだ」
彼女は自分の力を完全には制御出来ない。余計な事は考えないで欲しい。
「……」
今、彼女に俺の心の声は聞こえていない。聞こえないように出来る事に、気付いたのはつい先程だが……。
俺が彼女──『ちいさな魔女』に望んだ事。それを簡単に説明することは出来ない。彼女が上手く俺の思考を読み取ってくれたから良かったものの、こんな事、言葉で指示をするのは極めて困難だっただろう。
膜の向こう──壁のモニタにはキシダ・ユキオ──俺だった人間が映っている。幸せそうな顔だ。ようやく……、ようやく彼は日常を取り戻したのだ。
あれは、本当の『俺』だ。
そう、ここにいる『俺』の方が偽物──。
それとも、どちらも本物でどちらも偽物か。
……どうでも良いか。
ふと気付く。
俺は無意識にアゴをさすっていた手を止め、苦笑する。
なるほど。慣れない顎髭は気になるものだ。
「前回の俺──、いや、彼は同じ事を望んだのかな?」
ふと、呟いてみる。
「ちがうと思う。でも……、ううん、やっぱり、同じだと思う」
彼女が俺の手をきゅっと握る。ひんやりとした、小さな手だ。
「そろそろ行くよ」
「五年前の三月五日、だよね。もっと前じゃなくて良いの?」
「良いんだ。まだ理由はわからないけど」
何故五年前の三月五日なのか、今はまだわからない。
しかし、たぶんこの日付には意味があるのだろう。それに、例え自分が生まれる前に戻っても、何も手出しは出来ない。こんなところまで来て情けないが、自分自身の存在を抹消出来る程、俺に勇気は無い。生まれてしまった以上は、哀しい運命から逃げる事は出来ないだろう。だったら、せめてあの事件だけでも──。そう、あの事件さえなければ……。
「そろそろ、行くよ」
「うん……」
「大丈夫。また会えるさ。いや、違うか。もう再会はしているんだね」
「……お兄ちゃん」
彼女の瞳が涙で滲む。
もしかしたら彼女は、俺のこの無限とも云える旅の結末を知っているのかも知れない。
「じゃあ、お願い」
「うん」
言葉では形容しがたい感覚が全身を襲う。
いったい、どんな形で自分と再会する事になるだろう。
願わくば、再会しないで済んで欲しいものだ。
出来る限りの事はしよう。
出来る限りの事は……。