Neetel Inside ニートノベル
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第五話

 翌日、俺が教室に入ると、待ってましたとばかりにリナが駆け寄って来た。タローはまだ来ていないらしい。
「おはよ」
「おはよ」
「ねえ、昨日行ったの?」
「うん」
 自分の席へと向かう俺の後ろをリナがついて来る。何となく、良い気分だ。
「えー、じゃあじゃあ、取り調べうけたんだ」
「取り調べって……、色々質問に答えただけだよ」
「調書とか取られたの?」
「メモはしてたけど……」
「へー、すごーい。ドラマみたーい」
 俺が席につくと、リナはタローの席に、こちらを向いて座った。
「それでそれで。どうなったの?」
「連絡先教えて、おしまい」
「電話とかきた?」
「ううん。くるとしても、カシマのとこじゃない? 俺は、見たわけじゃ無いから」
「そっかー、そうだよねー」
 その時、眠そうな目をしたタローが教室に入ってきた。
「おはよ」
「はよ」
「あ、ごめんどくね」
「いいよ」
 そう言ってタローは俺の机の上に腰を下ろした。
「で、何盛り上がってんの?」
「昨日の話だよ」
「三人で行ったんだよね。情報提供っていうの? 何かすごいよね」
「捜査に進展は無いみたいだけどな」
 俺も今朝のニュースは気にして見たが、テレビにも新聞にも、ネットにすらも『グッドラック事件』の続報は報じられていなかった。ツイッターでローカルには話題になっているようだが、騒ぎにはなっていない。騒いでいるのは、俺達四人だけだ。
「話題にもなって無いよね。親はちょっと心配してたけど」
「殺人犯がこの辺うろついてるってのにな。もっとこう、さ、学校の周りに警察がいたりとか、集団下校したりとかさ」
「そうだよね。あっても良いよね」
「クラスでも俺達ぐらいだよね。この話題で盛り上がってんの」
「他人事なんじゃん? 俺達だって、カシマの話が無ければこんな盛り上がらないっしょ」
「確かにね」
「何か今俺の名前言ったか?」
 そこへ隣のクラスからカシマがやってきた。
「あれ、お前今頃牢屋じゃ……」
「しつこい。タローしつこい」
「昨日の話してたんだよ」
「おいおい、俺抜きでするなよ。主役だぜ主役」
「主犯だろ、主犯」
「ちょっと誰かタローどっかやってくんない?」
「ねえ、カシマ君、帰った後に警察から電話とかあったの?」
「え? ああ、いや、今んとこ無い」
「ふーん、そんなもんなんだ」
「そんなもんでしょ」
 話しながら、俺はスマホでネットニュースを調べていた。やはり続報は見つからない。普段身近で事件が起こる事など無いし、こんなにひとつの事件を気にした事も無いからわからないが、こんなものなのだろうか。
「短い祭りだったな」
「いやいや、まだ終わりじゃ無いでしょ」
 カシマがタローの肩を叩いて言った。
「何だよ」
「まだ俺が見た『イチナナサン』が本物だったかどうか、って問題が残ってるでしょうが」
「バカかよ。本物なわけ無いだろ」
「あ、言っちゃったね。夢が無い発言、言っちゃったね」
「どちらにせよ、調べようが無いだろ」
「うーん……ユキオ、知恵プリーズ」
 俺の方を向いてカシマはパンパンと手を叩いた。
「……見間違いか、本当にあったのかくらいは確認出来るかも」
「なになに?」
「その『イチナナサン』が配達されてきたものなら、店内に伝票か入ってた箱くらい残ってるかも」
「ああ、なるほどね。でもどうやってそれを知るの?」
「……店内に忍び込むとか?」
「無理だろ。無理ゲ過ぎるわ」
「だよね。冗談だよ」
 俺も本気で言ったわけでは無い。もし今店に入ろうものなら、警察にどれだけ怒られるかわかったものじゃない。下手をしたら退学か……、それ以上という事だってあり得なくは無い。
「……やっぱユキオは天才だわ!」
 カシマが突然大声をあげた。
「は? 何言ってんの、お前」
「お前達だって気になるだろ? 店に行って確認しようぜ」
「ダメだろ、バカだろ、死んだ方が世界のためだろ」
「言い過ぎじゃね?」
「いや絶対バレるし捕まるって。どうせまだ警察がいるだろうし」
「夜中行けばいないんじゃね?」
「だとしても不法侵入だぞ? 流石にダメだろ」
「……ですよね」
「ですよ。うわー、カシマ、マジ見損なったわー」
「警察の人に聞いたら教えてくれないかな?」
 リナが言った。
「普通それを先に考えるよね。でも、教えてくれないっしょー。下手したら怒られるんじゃん?」
「そっか。そうだよね……。残念」
「ていうか、あり得ないからね。あれが本物とかあり得ないからね」
「何でお前言い切れるんだよ」
「むしろ何でお前はそんな自信満々なんだよ」
「見たからだよ」
「俺が言ってる『本物』ってのは『ゲームの設定のイチナナサン』の事だぞ? 『ゲージュツ品のイチナナサン』の事じゃ無くて。お前、動いてるとこ見たわけじゃ無いだろ?」
「……どうかな」
「どうかなって何だよ」
「動いてた、気がする」
「気のせいですね。あるいは病気です」
 その時、予鈴が鳴った。担任のアガワが教室に入ってくる。
「やべ、教室帰るわ」
「帰れ帰れ」
 バタバタと自分の教室へと帰って行くカシマの背中を見ながら、俺は考えていた。
 カシマが見た『イチナナサン』は見間違いだったのか。それともカトウ氏の作った芸術作品だったのか。それとも……。
 これが漫画や小説だったら『グッドラック』に忍び込んだり、シバサキ刑事と一緒に捜査をしたりと色々な冒険が待ち受けているのだろうが、現実は違う。忍び込んだりすれば逮捕されるかも知れないし、刑事が俺達に捜査協力をお願いしてきたり情報を教えてくれたりなどあり得ない。俺達は善良な一市民として情報提供をして、それでおしまい。それこそ犯人を見たとか、被害者の事を良く知っていたとかいう情報ならまだしも、事件に関係があるかどうかもわからない情報だ。警察が俺達に関わってくる事はもう無いだろう。いや、『グッドラック』の店主がカトウ氏の芸術作品を購入した形跡が見つかれば、もしかしたらカシマに確認の電話くらいはあるかも知れない。だが、カシマとしても昨日話した以上の情報は無いのだから、これ以上俺達に出来る事は……やはり何も無い。
 祭りは、終わり。
 残念だが、タローの言う通りだ。
 物語のような劇的な事など、普通に生きていればまず起きない。この昨日の出来事だけでも、なかなか経験出来ないような事だったじゃないか。
 担任が出席を取っている。俺の名前が呼ばれた。
「はい」
 日常はそう簡単には揺るがないものだな、と思った。

       

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