Neetel Inside ニートノベル
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第六話

(……よし、行くか)
 放課後、タローとユキオには内緒で『グッドラック』に来た。目的はもちろん、俺が見た『イチナナサン』が見間違いで無かった事を証明するためだ。二人にも来てもらいたかったが、どうせ反対されるだろうから黙って来た。
 タローに煽られてついムキになったが、さすがの俺でも、あれがゲームの中のように動き出して人を襲うなんて考えてはいない。しかし見間違いと言われるのは不本意だ。他に見たという者がおらず、ツイッターにも何のつぶやきが無くても、俺はこの目で、見たのだ。『グッドラック』の店先に、こちらを向いて佇んでいた『イチナナサン』を。
 店に着くと、昨日の背の高い警官が一人で立っていた。俺が自転車に乗ったまま近付くと、少し不審そうな顔でこちらを見た。
「どうも」
 あちらから話掛けて来た。
「あ、どうも」
 慌てて自転車から降り、頭を下げる。
「昨日は有り難うございました。まだ、何か?」
「あ、いえ……。どうなったかなー、って」
「犯人はまだ捕まっていません」
「……、あの『イチナナサン』は……?」
「『イチナナサン』?」
「あの、俺が、昨日見たって言ったヤツは、見つかりましたか?」
「いえ」
「……やっぱり、盗まれたんですかね?」
「そういった事は……」
「俺の見間違いとかだったら、悪いなって思って……」
「その可能性が?」
「いやいやいや、それは無いっす。いや、マジで見たんすけど……」
「何にせよ、今捜索中ですから」
「……はい」
「情報提供、有り難うございました」
「いえ……、捜査、頑張って下さい」
 頭を下げ、自転車にまたがる。そしてペダルに体重を乗せる。
(ちえ。やっぱ無理か)
 角を曲がり、店が見えなくなったところで自転車を降りた。小さいビルが立ち並ぶこの辺りは、夕方を過ぎると人通りがほとんど無い。時計を見るともう六時を過ぎていた。授業が終わってすぐに学校を出たのだが、さすがに店に行くのには度胸が行った。決心がつくまでうろうろしていたせいで、こんな時間になってしまった。
(歩いて帰るか)
 ここからなら歩いても十五分程で家に着く。俺は自転車よりも、どちらかといえば歩いたり走ったりする方が好きだ。中学までは陸上部だった。高校に入って部活は辞めてしまったが、今でも時々ジョギングくらいはしている。
 陸上を辞めた理由は、周りには「高校では遊びたいから」と言っているが、実際はちょっと違う。怖くなったのだ。一生陸上をやっていくつもりは無かった。走りで食っていけるとも思えなかったし、事実そこまで速くは無い。それなのに、このまま高校でも陸上を続けていたら、何だか青春を浪費してしまいそうな気がして、怖くなったのだ。もちろん部活だって青春だ。しかし、この先何年か経って、学校の思い出が部活しか無いのは寂しく思えた。だから、高校では陸上部に入らなかったのだ。自分で決めた事だ、後悔はしていない。中学で一度疎遠になりかけたタローとユキオと、こうして毎日遊べるのも部活に入らなかったおかげだ。色気は無いが、これが俺の求めていた青春だ。
(あーあ、つまんねえの)
 祭りは終わり、と言ったタローの顔が浮かんだ。
(しゃーないか……。ま、充分楽しめたか)
 そう思う事にした。気持ちの切り替えは早い方だ。自分の見た『イチナナサン』が見間違いで無かった事は証明したかったが、仕方ない。それに、自分がそれを見た事は揺るぎない事実だ。あれは見間違いなどでは無かった。それで良いではないか。
(夕飯何かなー)
 家までは後五分程。歩いていたら汗ばんできた。途中、家のすぐ近くのコンビニに寄って、アイスを買って帰ろうか──。

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

 その時、突然後ろから大きな音が聞こえて身を竦めた。
(……何だ?)
 振り向こうかと思った瞬間、目の前に見覚えのある物体が忽然と現れた。
「い……」

 ──ゴキッ。

 …………。

       

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