Neetel Inside ニートノベル
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 ――綾野先輩とその所在について

 綾野先輩は変わった人だ。
 いつも何かを考えている。河原のゴミを集めている。空見上げたり、ぼんやりしたり。
 役に立たない事ばかりして、毎日毎日生きている。
 そんな彼女に付き合う僕も、やはり変わり者なのか。
 僕にはよく、分からない。

     :

 校舎の二階、階段登って突き当り。一番東側の教室。綾野先輩はそこにいる。
 その教室は昔、文芸部の部室だったらしい。部屋の左右には埃を被った本棚が整列しており、それらに見下ろされる形で机と椅子が並べられている。しかし、本がしまわれるべき本棚には、本は一冊も入っていない。
 実はここ、元はかなりの伝統校で、僕らも知らない遠い昔には多くの偉人を輩出したのだそうだ。偉人たちの中には物書きも含まれ、文芸部の蔵書の中にはいくつか貴重な本もあった。それらが戦火に焼かれることを恐れた学校の卒業生や当時の在校生たちが、戦争が始まってすぐのとき、蔵書をすべて他に移してしまったとのことだ。
 残念なことだ。こうして校舎は無事残ったのだし、そのままにしてくれれば良かったものを。そうすれば、暇つぶしの道具が増えたのに。
 本を避難させた人たちは、戦争でほとんどが戦死したと聞いた。そうじゃない人間も遠い地で暮らしているとのことだ。
 彼らがこの町のどこに本を隠したのか、誰も知らない。
 そういうわけで、ほんの数年前まで本をその身に収め、名実ともに立派な本棚だったその棚は、今は代わりに綾野先輩のペットボトルコレクションを、その身に詰めているのだった。

 旧文芸部。その部屋に入って左最奥。ずらりと並んだ本棚が途切れる場所。本棚と窓側の壁の、その間にできたわずかな隙間。そこにちょうど最後のピースが嵌るような形で、椅子が一つ挟まっている。
 綾野先輩は、いつもそこに座っていた。座りながら空を眺めたり、ぼんやりしている。
「おはようございます」と挨拶をして、部屋に入る。
 扉なんて物はない。そんなものとっくにゴミ山の中だ。入る前に声をかけておけば、特に問題もない。
「朝の配給、もうすぐはじまりますよ」
 僕は窓を真正面に見てまっすぐ歩いていく。机と椅子を避けて、窓側の手前で止まり左を向けば、綾野先輩はいつも通りそこにいた。
 椅子に座り、窓の外を眺めている。
「調子はどうですか、先輩」
「うん、良いよ。調子は良い」
 視線を外に向けたまま、先輩は答えた。
「それは良かった。ところで、僕の話聞こえてました?」
「うん。配給、もうすぐ始まるって」
「ええ、体育館で。それから当番ですけど、先輩は午前十一時から畑でした。午後は自由行動です」
「うん、分かった」
 先輩はようやく視線をこちらに向けて、それからぎゅっと目をつむり、座ったまま背伸びをする。
「ああそれと、近隣で武装集団が目撃されたので安全が確保されるまで外出は控えるように、だそうです」
 ふぅ、と先輩は息を吐き、全身の力を抜いて
「君は、どこの当番なの?」
「本来は先輩と同じ畑当番ですけど、たぶん真田さんに駆り出されると思うんで、しばらくは周辺の巡回ですかね」
「ふぅん。そっか」
 先輩は特別感情を交えずにそう言って立ち上がり
「それじゃ、まずは体育館だね」
 一日に向けて歩き出した。

     

 ――畑仕事。それと、真田さんの依頼。

 体育館で配給札と引き換えに配給物資を受け取って朝食を終えた後、僕と先輩は別れてそれぞれ持ち場の畑に向かった。
 僕らが暮らす校舎には、畑が二か所ある。
 元は校庭だった場所の一部を掘り起した場所と、校庭横のコンクリートがめくれ上がった地面を無理やり開拓した場所を合わせて表畑と呼んでいる。それに対して、元々花などを育てるために使っていた花壇と、そのすぐそばの森を切り開いて作った場所を裏畑と呼ぶ。
 表畑の方が広く日当たりが良いが、地面が固いため作物が育ちにくい。そのため育てているのは主にサツマイモやジャガイモなどで、その作業は力がいるものの育て方は大雑把でよい。
 裏畑はその逆で、土の状態がよく色々な作物が育つものの、面積がないために収穫が少ない。一つの失敗が校舎全体の大きな傷になる可能性があり、細やかな気配りが必要だ。
 僕が回されたのは表畑で、綾野先輩が裏畑である。
 それぞれの担当が入れ替わる事はまずない。慎重な作業の出来そうな人は裏畑を担当して、それ以外の不器用さんは全員表に回される。
 僕は割に器用な方だと自負しているのだが、ここに来たとき回されたのはなぜか表畑だった。見た目で判断されたのかもしれない。何せ訓練で鍛え上げられた僕の体ときたら、二十歳にはまだ二年とあるのに、腹筋は六つに割れ、腕を曲げればこんもり力瘤ができるくらいなのだ。
 作業の割り当てを担当している新政府のひょろっとした監督官が、第一印象で「うん、こいつは筋肉だな」と判断したのも無理はないだろう。
 まぁ、力仕事が苦手なわけではない。力さえあればこちらの作業の方が楽ではあるのだし、ありがたいと言えばありがたい。
 綾野先輩と別行動となってしまうのは少し寂しいけれど、別段遠くに行ったわけでもない。作業が終わればまた会えるのだし、半日だけの我慢だと思えばそれほど苦にもならない。
 今日もまた、食糧作りに精を出すか。
 そんなことを考えながら、畑を鍬で耕していると
「うぃーっす。元気かい、少年」
 と言いつつ、軽くよろめくほどの強さで背後から肩を叩いてきた人がいる。よく聞き慣れた声だ。
 僕は、来たなと思った。
「ええ、元気ですよ。そちらも、相変わらず元気そうですね」
 僕は作業を中断して振り向きながら言った。視界に入ってきたのは、案の定真田さんだ。治安維持部隊の制服を着て、肩にはアサルトライフルを一丁提げている。
「おう、元気よ。元気じゃないと、生きていけねえ世の中だからな」
 真田さんは、ガハハとわざとらしく笑う。彼の癖だ。
 僕は首にかけたタオルで頬の汗を拭う。
「僕に何か用ですか?」
「おうよ、用が無けりゃこんなとこまで出てこねえわな。俺も意外と暇じゃねえんだぜ」
 真田さんはこの校舎を中心とした周辺地域の治安維持を担当する、新政府治安維持部隊の隊長だ。
 新政府治安維持安全保障局第六区域第十七部隊隊長、という長ったらしい名前が、今の真田さんの肩書だった。
「そらそうでしょうね。で、ご用件は?」
「お前も分かってんだろ」
 急に真面目な顔をして、周りに聞こえないよう声をひそめて真田さんは言う。
「例の武装集団だよ。斥候によると、どうも旧FAO軍の残党らしい。話を聞く限りでは、末期に投入された志願民兵だな」
「へぇ、味方の部隊ですか」
 何気なく発した僕の言葉に、真田さんは「元味方、だ」と訂正を加えた。
「どうもここらをうろつき回っているようだ」
「敵の規模は?」
「詳しくは分かってないんだが、一分隊ってところだろう。一台の軍用ジープで移動している。今のところ向こうから攻撃を仕掛けてくる気配はないが、危険は排除したい」
 先制的自衛権ってやつだ、と言って真田さんはまたガハハと笑う。
 何がそんなにおかしいのか、さっぱり分からない。たぶん、笑っている本人も分かってないだろう。
「つっても、発見したらまずは交渉から入る予定だけどな。今日は午後から周辺を巡回、捜索だ。校舎には第一、二班を残して、あとは全員捜索に回る」
「なるほど、それで僕は校舎の警護班に加わればいいわけですね」
「お前には索敵班に入ってもらう」
 僕の声が耳に入らなかったみたいに、丸々無視して真田さんは言う。
「俺の班と一緒に北側を回ってもらう。武装はいつも通り、預かってるものを使ってもらう。集合は二時、校門前な」
 それじゃよろしく、と僕の肩を強く二度叩き、ガハハとわざとらしく愉快に笑いながら真田さんは校舎の方へ歩いて行った。
 全く、不愉快だ。
「はぁ」とため息一つ吐いて、頬を伝う汗をタオルで拭い、それから僕はまた作業に戻った。

       

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