Neetel Inside ニートノベル
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テイルズ・オブ・オレガカク
02.眠り病

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 眠ってしまっていたらしい。俺は目を覚ました。
 テントが張られている。俺はその中にいた。外に出る。
 アージィが焚火を前にして、ぼんやりと座り込んでいた。その横には、うとうとと帆を漕いでいるカルナルカもいる。アージィが俺を見た。

「……おはよ。何があったか覚えてる?」
「……イグナキルド・ガイアボルト」
「凄かったよね」アージィがふふっと笑う、しかしどこか寂しげ。
「やっぱりこの子は凄い。あたしの精獣魔法なんて……なんの役にも立たなかった」
「それは違うだろ……お前が……」

 俺はちゃんとアージィを励ましてやりたかったが、寝起きの凄まじい吐き気で、それ以上、何も言えなかった。手が震える。俺は何度も目を瞬いて、その場に四つん這いになったまま、呼吸を整えた。

「はぁーっ……はぁーっ……」
「だ、大丈夫? ザンク……」

 眠ってしまったカルナをその場に横たえて、アージィが俺の側に寄って来た。
 心配かけちまってるなあ……

「お湯飲む? さっき沸かしたばかりなんだけど」
「のむ」

 アージィはヤカンから注いだカップのお湯に、ハーブの葉を少し混ぜてスプーンで掻き混ぜ、俺に手渡した。ゆっくりと、舌を湿らせるように飲む。
 ……美味い……

「……ごめん、ザンク。落ち着いたらでいいんだけど……見張り番、かわってもらえる?」

 アージィの目にはクマが浮いていた。俺は慌てた。

「あ、ああ! 当たり前だろ。悪い、気づかなかった、いま何の刻?」
「フクロウかな……たぶん。あ、やばい」

 ふらっとアージィがよろけた。俺はそれを慌てて支える。

「アージィ!」
「ごめん……戦闘あったし、もう無理……カルナも寝たばかりだし……ザンク、見張り、本当に大丈夫?」

 不安そうにアージィは俺を見上げてきた。

「…………」

 ここで、「俺に任せとけ!」とドンと胸を叩いてやれないのが、心苦しい。俺は死にたくなった。俺の病で「絶対完璧起きていられる」なんてことはありえない。いつも夜は綱渡りなのだ。この大陸では、いつ結界をすり抜けて魔物が這い寄ってくるかわからない。それなのに俺はどれほど危険が迫っていても、コトンと寝てしまう可能性があるのだ。だから、アージィとカルナにはいつも見張りで負担をかけている……
 くそっ。

「……大丈夫だ。寝そうになったら、指落としてでも起きる」
「あんたそれでも寝るでしょ……」うっすら微笑んで、
「でも、ごめ、ん……寝る、ね……夜明けになったら……起こして……」

 カクン、とアージィの首が垂れた。俺は精獣使いの少女を抱き上げて、テントへ運んだ。レザーマントを外し、軽鎧のパーツをバラしていく。手甲具足を隅に置き、ちょっとためらってから、服も脱がした。下着姿になったアージィを毛布に包んでやる。べつにこれは俺が変態だからではなく、精獣使いは自然との調和・共存を目指すための修験者であるゆえに、なるべく服は身にまとわない方がいいとされる。酒場のおっさんのエロ与太話に聞こえるかもしれないが、マジなのだ。俺にジト目を向けられても困る。
 とにかく、そういうわけで、アージィも全裸とはいかないまでも(たまに脱いでるっぽいが)、夜は服をできるだけ外して寝ている。それもこれも彼女が理想の精獣信仰者になるためだ。
 ……何度考えても、俺みたいな欠陥剣士では、彼女の『夜』を護ってやれない。なぜアージィは俺と旅を共にしてくれているのだろう……有難いというより、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。せめて、今夜の不寝番だけは、完遂しよう……

「うう……ザンク……」

 外からカルナのつぶやきが聞こえてきた。そうだ、カルナを置きっ放しだ。俺は表へ飛び出して、カルナもテントへ運んだ。

「すや……すや……」
「カルナ……」

 雷魔召喚で精神力を消耗したのだろう。いつもは夜更かしのカルナがぐっすり眠っている。

「おやすみ」

 俺は二人に言い残して、テントの外へ出た。
 岩棚の裏のくぼみに、夜営しているようだ。少し開けている。魔物が来てもわかりやすいが、向こうからもこちらが見えやすい。焚火だけはなんとか石で囲んで隠してはいるけれど。くそっ、本当はこんなの男手の俺がやってやらなきゃいけなかったのに。きっと疲れている身体を押して、二人が作ってくれたのだろう。でくの坊と化した俺をここまで引きずって……

「はあ……」

 また死にたくなった。が、死んでても仕方ない。俺は鞘に納められたままの愛剣を地面にブッ刺し、火を眺め始めた。
 ……やっぱり、眠い。
 俺はウトウトし始めた。くそっ、きつい。特に炎を眺めているのが辛い。ゆらゆらと揺らめく炎が、俺の睡魔を呼び寄せる。かといって視線を他に逸らしたところで、何かが見えるわけでもなく、気が付いたら闇に飲み込まれて卒倒、朝起きたアージィたちがブッ倒れている俺を発見する、なんてのはよくある光景だった。冗談で済めばいい。でも、この大陸には魔物がいるのだ……

「喰われてたまるか……」

 俺は睡魔で震える手で、剣の柄を握り締めた。呼吸が荒くなる。

「はあーっ……はあーっ……」

 駄目だ、眠い……横になりたい……
 何か気を紛らわせなければ。俺は近くに転がっていたリュックパックを引っ張り寄せて、ごそごそと中を漁ってみた。最悪、本当にナイフの刃で血を見る羽目になるかもしれない……

「あっ……これは」

 俺はリュックから一冊の本を取り出した。どこの町の雑貨屋でも売っている、ダイアリーノートだ。その日の経過記録をつける冒険者は多い。戦闘結果だけでなく、食事や会話なども書き残しておくと、後々振り返った時に冒険の指針になったりするのだ。とはいっても、いまの時代、御伽噺の中にいるような魔王もいないし、冒険者といっても山師まがいの盗賊くずれがほとんどなのだが。俺は震える手で、本をめくった。
 それはカルナルカが書いている、雷魔の御伽噺だ。
 えんぴつとクレヨンで描かれたそれを、俺はよく、不寝番の時に読ませてもらっている。
 カルナによれば、彼女が持っている魔導書の内容はいにしえの神々に関する伝説であり、読み物としても面白いものなのだという。

「みんなは雷魔や神様を誤解してる。神々は、昔、人間となかよしだった。私がそれをみんなに思い出させてみせる!」

 などといっちょまえのことを、カルナはクレヨンを固く握りしめながら青空に結構な割合で誓っている。
『夢』ってやつだろうか。
 微笑ましくもあり、羨ましくもあった。
 俺には夢がない。
 人生の指針や基盤を見つける前に、眠り病にかかって、あとは望まぬ流浪の旅に入ってしまった……

 ぺらり、とカルナの絵本をめくっていく。
 そこには黄色や青を基調としたカラーリングで、神々の似姿が描かれている。俺には魚のバケモノにしか見えない。なので、どちらかというと文章の方が俺は楽しみだ。文字を追っている方が、眠気が飛ぶ。それはカルナの文章が歳に似合わず固いからかもしれない。
 それは、太古の神々に関する伝説を、カルナなりに解釈していったものだった。いわく、雷魔とは神々の一種であり、現存する唯一の神種である。炎や氷、風や大地を司る神は死に絶え、その末裔が精獣になった。雷魔だけは、昔のままの力と誇りを湛え、世界に薄く大きく広がっている。そして雷魔たちは化身を作り、人の地に降り立ち、こっそりと一緒に暮らしているのだという。さすがにカルナの創作なのでは、と思わずにはいられないが、カルナの本の中の稲妻の英霊たちは雄々しく勇敢でユーモアもあり、本当にいたらいいな、と思わせる魅力にあふれていた。カルナはひょっとすると、いい絵本作家になれるのかもしれない。
 ある程度まで読み進み、パラパラと既読のページをめくりなおす。俺はこうやって進んでは戻りをしないと本が読めない。アージィには「トロくさい!」と怒られたりもする。これも眠り病の影響なのだろうか……俺には記憶が、残り難いのだ。カルナの本も何度も読んでいるのに、もう忘れている……何もかも忘れていく……
 本を閉じた。脇に置く。
 俺は剣を握って、周囲を見渡した。
 魔物の気配はない。
 それでも俺は剣を抜き、虚空に一閃を放った。
 なんの音もなく、風も吹かず。
 俺は剣を地面に突き刺し、その柄に額を当てた。目だけは顔面に筋肉が断裂してでも、開けておく。
 ああ、本当に。
 夜警くらいは、キチンとやりたい。

 ○

 朝が来た。
 俺ははっと起きた。毛布がかかっている。
 周囲を見ると、焚火を強め直して、旅装を纏ったアージィが鍋でスープを煮立てているところだった。

「おはよ」

 アージィは微笑んでいる。俺は返す言葉がなかった。
 眠ってしまったのか……

「気にしなくていいよ。あたしが目を覚ました時、ちょーどあんたがぶっ倒れるとこだったから。ギリギリセーフってとこ」
「……そうか」

 嘘だということはわかっている。
 でも、そこに噛みついても仕方ない。
 約束を破り、眠りに負けたのは、俺なのだ。
 アージィは、見て見ぬフリをしてくれている……

「悪ぃ、サンキュ」
「それはこっちのセリフ。……飲む?」
「ああ」

 椀によそられたスープを、二人で飲んだ。カルナは、まだ眠っているようだ。

「……今日はどうする?」
「ん、どうしようね。黒騎士の城を目指そうかな、やっぱり。ただ、途中に山小屋でもいいからあればいいけど……ザンク、ちょっと食料調達、多めにしてもらえる?」
「わかった」

 俺は剣以外にも斧も使える。獣を狩って、ワタと血を抜くには斧の方が役に立つことも多い。特に頭部を落とすのは、絶対に斧だ。
 少しは太ったイノシシでも見つけて、俺を助けてくれる二人に贈ろう。俺は食後のコーヒーを飲みながら、「あちっあちっ」と舌を出しているアージィをぼんやり眺めた。

 次に大きな町へ出たら、アージィたちと別れようと思った。
 俺には、やっぱり誰かと旅することは出来ない。

       

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