Neetel Inside ニートノベル
表紙

もし黄金の黒のタイトルが金色の闇だったら
本編

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(まえがき)

 読み切り作品であります。
 この短編は去年ごろまで俺が書いてた『黄金の黒』で出てきた設定を流用してチャチャっと書いたものです。
 直接的な繋がりはないので『黄金の黒』が未読でも大丈夫です。
 とゆーか、未読の人にもわかりやすく、「ふーん、カレーってニンジンとかジャガイモとか結構色々入ってるんだ?」みたいに思って頂ければと思って書いたものであります。
 それではどうぞ。

 ○

「あたしが負けるなんてことはありえないのよ」

 転送座に着座して、レーゼ・ディスカッションはそう言い放った。金属製の椅子に座り、足を組み、顎をツンと生意気に突き出して、その顔はどこまでも得意げ。金色の髪も、燈台の火のように輝く瞳も、全て彼女の力を鼓舞しているかのよう。事実、彼女は歴代最強の超能力者――《ブラックボクサー》と言われている。そんなまだ十五歳の、さっきトイレに行き忘れて半べそで途中退出を認めてもらった少女を見ながら、新進気鋭の脳科学者・塵羽覚(ちりばね さとる)博士は思った――自信を増やしてやるべきか、それとも天狗の鼻を折ってやるべきか、と。

「おいレーゼ、いいか」

 白衣を羽織った塵羽博士は、コロシアムの南端にある超能力者用の控えの間をウロウロしながら――今日は嫌になるほど空が青い――ツンと澄ましている金髪美少女に言った。

「お前がいくら強かろうと、んなこたあカンケーない。今日の敵、相手のブラックボクサーはランキング1位。チャンピオンのお前の次に強いと言われていて――そしてまだ、お前とボクシングをしたことがない、《姫騎士》ゼリム・ノーグライト。お前、今オッズがどーなってんのか知ってんのか? 見ない方がいいぞ」
「フン、あんなコスプレちゃんに負けたりしないもん」

 そういうレーゼはいたるところにレースの装飾を施された漆黒のゴスロリドレスである。未来の超能力者に無粋なアーマーなど必要ない。
 そう、この世界には超能力が存在する。

「なによ、チリバネ。あたしが負けると思ってんの? センスない」
「どうしよう、敷島くん。俺、中学生に言い負かされそう」
「ふぁ、ファイトです、塵羽博士!」

 博士の背中に隠れるように潜んでいた少女――敷島神酒(しきしま みき)が手をぐっと握った。が、メガネがずるっとズレている。この少女は塵羽博士の助手で、超能力者が服用しなければならない薬物の調合や、こうした『実験』の手伝いをしてくれている。歳は塵羽の二つ下で十六。博士と同じ薬学校に通っている。

「だだだだ、大丈夫です! レーゼちゃんも、塵羽博士も、凄いですから! 私、今日の実験もうちのラボの成功で終わるって信じてござる!」
「君、ふざけてない?」
「そそそそ、そんなことないですぅ!」

 涙目になってあたふたする神酒。その様子をスマホでRECしてから、塵羽はなぜか不機嫌になっているレーゼに向き直った。

「レーゼ。負けたら再起は難しい……それは分かってるな?」

 周囲のコロシアム、その満員の観客席を手で示した。レーゼの燈眼がそれを追う。

「お前が負ければ、ここにいる全員が思う。お前は弱いと。使い物にならないと。超能力者が生きていくには、このブラックボクシングで、『見世物』になるしかない――でなきゃよくて実験動物、悪くて流浪者だ。空が飛べようが手から火が出ようが、社会に背を向けて生きていくことはできな――」
「心配してくれてんの? チリバネ」

 ニヤニヤ笑うレーゼに、塵羽博士は実に嫌そうな顔をした。好きな子と喋っていたらお母さんが駆け寄ってきてペチャクチャまくしたて始めた男子よりもひどい顔だ。

「ふざけんな。俺は、俺の薬が『使える』ってことを証明したいだけだ。俺の正しさもな」
「あたしもそうだよ。勝てば全てを得る……そういうわけで、今日もよろしく? セコンドさん」
「へっ」

 塵羽はレーゼに、氷の欠片を渡した。それは薄く霜が張った長方形のピースで、中にゆらゆらと、古く傷んだ血液のようなものが詰まっている。
 アイスピース、と呼ばれている。
 この世界の超能力者は、魔法で不思議な現象を引き起こすのではなく、その実態は『脳障害』の結果だと言われている。そして、超能力者の脳に秘められた力を最大限に引き出すためのアシスター……それがこのドラッグ、《アイスピース》。ブラックボクサーはこれを飲むことによって、その脳に秘められた力の全てを得る。
 空しか飛べなかったものは、手から火を出し、
 手から火を出していたものは、空を飛び始める。
 そうして拮抗した実力同士をぶつけ合わせるのが、この『実験』という名目の、いまや全世界が注目する大衆娯楽――殺戮競技、
 《ブラック・ボクシング》なのだ。
 ブザーが鳴り、ボクサーへのピース投与が命じられた。レーゼが服用するアイスピースの製造者、《ピースメイカー》である塵羽が、目で合図する。

「飲め。そして勝て」
「言われなくとも♪」

 ん、とレーゼが氷の欠片を口に含んで、バリバリ噛み砕き、ちょっと視線を逸らしてその『味』を確かめるような素振りをしてから……急に消えた。
 テレポーテーション。
 《シフトキネシス》、とも呼ばれている、異能の一つ。
 空っぽになった転送座に、塵羽が腰を下ろし、どこまでも続く青い空とコロシアムに満ちた乾いた砂を見た。
 さて、どうなることやら。

 ○

 レーゼは空中にいた。満員のコロシアムが見下ろせる。そして、眼下に別の少女が立っていた。目を細めて視力を上げる。白と青を基調にした、騎士のような格好をした少女。側には剥き出しの剣が突き刺さっていて、しかしその剣先よりも鋭い眼光がレーゼを見上げている。『姫騎士』ゼリムだ。
 騎士風の少女は、手に握っていた何か、衣類のようなものをばっと空へばら撒いた。
 それは白と黒の手袋だった。
 超能力者は拳で闘う。放り投げられた手袋が、モコモコと動いて輪郭を得ていく。黒い右手が三つ、白い左手が三つ。
 黒の右手はサンダーボルト。弾数制限こそあるが、稲妻と化して相手を攻撃できる。
 白の左手はファイアーボール。弾数制限はなく、強力な火弾を安定供給できる。ただし、撃墜された時に別の手袋で『補充』をかけることができない。黒の右手は撃ち落されても別の手袋さえあればリカバリーが効くが、ゼリムの場合、三つの白手袋を破壊されたら、もうファイアーボールは撃てないということ。
 ここまでは、教科書にも書いてあるような事柄。
 レーゼも空中から落下しながら、腰のホルダーから手袋を六つもぎ取り、空中に放った。黒が一つ、白が五つ。ブラックワン・ホワイトファイブ(B1W5)のスタイル。そして手袋の充填が終わったのを確かめてから、

「《アイスキネシス》――」

 ぱキぱキぱキ、と。
 自分の周囲に、氷球の障壁を張り巡らせた。これもブラックボクサーが使える異能の一つ。このアイスをお互いの『拳』で攻撃しあい、手段は問わない、破壊した方の勝ち。
 ガラスの顎(ジョー)ならぬアイスの顎(ジョー)、というわけだ。
 レーゼはそこでようやく、自分のガードアイスに風の異能を当てて、方向を転換した。薄緑色の異風が氷球を包み、翼となる。《スプレイダッシュ》と呼ばれる移動用の異能だ。
 かつて、超能力者は一人につき一つの能力しか持っていなかった。
 今は、違う。
 ゼリムもガードアイスを張り、六つの白黒手袋と共にスプレイをかけて飛翔してきた。すでに勝負は始まっている。殺し合って全然オーケー。

「――いけっ!」

 可愛い声で言うレーゼ、しかしその攻撃は苛烈だった。B1W5から繰り出される連続火球。それが空と砂の狭間のフィールドで次々と連鎖爆発を引き起こし、姫騎士ゼリムを逃げ惑わせた。これがレーゼが《爆焔の魔女》と呼ばれる理由――撃墜されれば回復できない白手袋に重点を置いたスタイルで、一気に勝負を決めにいく短期決戦型のボクサー。

「まだまだあっ!」

 炎に継ぐ炎、砂塵を呼ぶ砂塵……ゼリムは黒髪を翻し、蒼眼をギラつかせながらも、無様に逃げ惑うしかない。間隙を突くように時折、黒手袋でブローを放ってくるが、ここでは弾数制限のあるサンダーボルトは使わず、ただのパンチで終わらせてくる。そしてレーゼは羽虫でも叩き潰すかのように、白手袋から放たれるファイアーボールでゼリムの黒手袋を爆裂させていった。
 ゼリムは「知ってた」と言わんばかりにそっけなく、腰の《ホルダー》から黒手袋を千切って空にばら撒き充填し直す。ブラックボクサーのガードアイスは、本人以外のものは内側から外側へと放り捨てることが出来る。次元が歪んでいるとも、調整されているとも言われているが、詳細なことは分かっていない。

「……チッ、基本は出来てる……」
『らしいな』

 セコンドの塵羽が、テレパシーで会話を届けてきた。ちなみにテレパシーを中継しているのは、塵羽本人でもなく、レーゼでもなく、そのクリスタル型のイヤリングだ。

『初っ端からブンブン飛ばすな。バテるぞ』
「うるさいっ! わかってるっつー……のっ!」

 全然わかってない特大のファイアーボールをぶっ放したが、砂漠に当たってその砂を焼き飛ばしただけだった。ゼリムは逃げ果せている。

「チッ!」
『おい、忘れるな、あいつはランキング1位の……』
「だから分かってるって!」

 それでもレーゼには自信がある。己の火力に、才能に。
 超能力者ともあろうものが、自分の能力に自信を持てずにどうする?
 それは生きていけないということ。
 この世界にいてはいけないということ……

「はあああああああっ!!」

 狂ったような連火。しかしそれで今まで勝ってきた。
 チャンピオンになったのだ。
 バテさせる? そんなことが通じると思っているような羽虫は、逆に逃がして逃がして追い詰める。神経戦で精神が続かないのはどっちか、教えてみせる。

「燃えろ燃えろ燃え……ろ?」

 キラリ、と。
 何かが光った。やばい、と思った時にはガードしていた。ガードアイスの前で交差させレーゼを守る白と黒の拳。その拳を、
 一瞬の斬撃が切り裂いていた。

 ○

「姫騎士か……なるほどな、そういうことか」
「あ、アリなんですか、あれ!?」

 転送座に着座した塵羽に、神酒が叫んだ。弾劾するように突き出した指先の向こうには、ゼリムの姿がある。
 ゼリムを守る白と黒の手袋は、一振りの剣を握っていた。
 ソード使い……通常なら、ありえない闘い方ではある。

「が、べつに違反ってわけじゃねぇだろ。この実験は、超能力者の戦闘訓練が名目なんだから、武器を使っても、オーケー……」
「だだだだ、だってそれじゃ、ボク、ボクシングじゃない……」
「はあ?」

 塵羽は初めて神酒と会った時のような顔をした。

「お前には、これがボクシングに見えんのか?」

 神酒には何も答えられなかった。

 ○

「剣とか……アリなのっ!?」

 空中でも同意見のようである。
 レーゼは滅茶苦茶にスプレイダッシュを自身にかけて、キリキリ舞いしながらゼリムの剣撃を回避していく。その剣閃は、一言にすれば『速い』。パンチよりも速く、ジャブよりも鋭い、まさに剣士の技――ランキング1位の肩書きは伊達ではない。そして何より、

(パリングが出来ない……!)

 通常は、手袋にパンチされれば、こちらも手袋でガードすることが可能。それが定石、普通の反応。しかし相手が『剣』では、触れた瞬間に切られて撃墜される。しかもレーゼは『補充』の利かない白手袋で固めたB1W5型――黒を犠牲にしながらも、本体を守るためにすでに二枚の白手袋が切断されてコロシアムの天空を舞っていた。観客がゲラゲラ笑っているのが見える。

「もうっ!」

 毒づきながら、レーゼはゼリムの眼を見る。その強い視線を。
 この剣撃は、間違いなく『対チャンピオン用』に向こうが組んできた、作戦。レーゼを殺るために練りに練ってきた、本物の技術。
 ならば――

「こっちも奥の手を出すしか……ないっ!」

 V字飛行でゼリムを翻弄しつつ、レーゼは新しい黒手袋を宙に放った。それを充填、拳にして、
 ――狙い撃つ。

(……あたしのB1W5は、ファイアーボール特化だけが目的ってだけの型じゃない)
(本当の狙いは、『集中』にこそある)
(B3W3じゃ、狙いが紛れる――狙撃銃を三丁同時に構えているようなもの。それじゃダメ。それじゃ届かない)
(……『必中』には)

 そう、大切なのは的を絞ること。余計なものは視野の外へ流すこと。
 B1W5だからこそ、たった一発の黒に全てを集中させることができる。
 レーゼの黒手袋がバチバチと黄金色の火花を散らせ始めた。命中率1割と言われる、ブラックボクサーの右手から放たれるサンダーボルト。
 チャンピオン、レーゼ・ディスカッションの稲妻的中率は、
 3割強である。

「当たれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――っ!!!!!!!」

 レーゼは、蒼白の美剣士へめがけて、己の黒を撃ち放った。先行雷(ステップトリーダ)が作った茨型のレーンのど真ん中を、黄金の一撃と化した黒(みぎ)が突き抜けていく――そして、

 ゼリム・ノーグライトは、その稲妻さえも斬って落とした。

「えっ」

 呆然とするレーゼ、その眼が、敵の唇を読んだ。

「遅い」

 返す刀の一撃。綺麗な斬撃。
 抵抗したが遅かった。助かることは許されなかった。
 破れかぶれの爆焔などそよ風のように無視して、ゼリムの剣がレーゼの白手袋を二つまとめて切り裂いた。
 絶望に染まったレーゼの顔と、その小さな身体を守る氷を、黒煙があっという間に飲み込んだ。

 ○

(見えない……)

 ゼリムは触れそうなくらいに肥え太った暗闇の中にいた。視界ゼロ。敵影不明。だが、問題ない。

(敵はすでに四つの白手袋を失った……残りは補充可能な黒と、最後の白が、一つずつ)
(すでに勝利は私の手の中にある……)

 これで、とゼリムは思う。これで私がチャンピオンだ。長かった下積み時代、美しく整った顔を利用して娼婦の真似事までさせられた過去が、これでようやく報われる。チャンピオンになれば全てが変わる。ランキング1位など無も同然。勝つことが全て、勝たなきゃゴミ――

(この……)

 ゼリムは、眼を閉じていても見えるような、コロシアムに満ちた観客たちの笑い声を思い出す。

(この、腐った無能どもの見世物にされながらでも……私は生きていく。生きていくことを、選んだ)
(無能が天賦を足蹴にするゲスな世界で)
(私はそれでも死にたくない……死ぬくらいなら)
(誰かを死なせる方がいい)

 ゼリムはぐっと白と黒の拳に幻の力をこめて握り締めた。剣の柄を構え直す。たとえどこから、あの手負いのチャンピオン・《爆焔の魔女》が攻めて来ようと、関係ない。一撃で斬って落としてやる。殺したって構わない。自分が死ぬくらいなら……その不幸は蜜より甘く。

(来いっ、チャンピオンっ!)

 そしてレーゼはやってきた。ゼリムはそれを完璧に読み切った。黒煙がスプレイで吹き散らされた瞬間、ゼリムは神速の斬撃を見舞った。それはレーゼの氷球を直撃し、確かなダメージを与えた。敗因があるとすれば、それはたった一つ。
 突きではなく斬ることを選んだことだろう。

「なっ……!?」

 ゼリムは見た。己が剣、それが触れた氷に逆に撃ち砕かれ、粉々に吹っ飛ぶのを。柄だけになった剣はもはや何も出来ず、無能を晒し、そして、

「…………ふふっ」

 体当たりをしてくるレーゼのアイスを阻むことが、もう出来なかった。

「あっ」

 直撃、衝撃、轟音、振動、そして、
 押されて、
 落ちる。

「―――――――――――ァッ!!!!!!!!」

 しまった、とゼリムは思った。氷の壁越しに歪んで見える狂った笑顔、それを見上げながら歯噛みした。そう、白手袋4つ撃墜。それがなんだ? 攻撃手段がそれで終わったわけじゃない。攻撃手段は、拳以外にだってある――ガードアイスごとスプレイダッシュによる突進、《キスショット》があるじゃないか。
 しかも自分は黒煙の中で待ち構えた。
 何もせずに動かず、敵が来るのを待った。
 絶好の狙いどころ……
 背後から、圧力を感じる。
『地面』という、絶対に砕けない存在が迫ってくるのを理解する。
 砕けて、その亀裂と歪みが噛み合ってしまったガードアイスはスプレイダッシュを破れかぶれでかけたぐらいじゃ外れそうにない、そしてヤツは、チャンピオン・レーゼ・ディスカッションは、
 このまま押し潰す気だ。
 なんの容赦もなく。

「ち――」

 ゼリムの眼から、涙が流れた。

「畜生――」

 勝つか負けるか。
 そんな世界に情けはない。
 レーゼが叫んだ。

「あたしの勝ちだあああああああああっ!!!!!」

 勝負事は、バカみたいに強い奴がバカみたいに押して、バカみたいに勝つ。
 それだけのこと。

 ○

「見た? あたしの華麗なキスショット。繊細で巧妙で布石に継ぐ布石で彩られた、あたしの一撃を!」
「ただの破れかぶれじゃねーか」
「…………」

 不機嫌になったレーゼにゲシゲシとスネを蹴られる塵羽博士。玄関から出たらいきなりムカデを踏んだような顔になっている。

「おいやめろ、俺はお前のマスターだ」
「そんなの認めてないし」
「ま、まあまあ二人とも! 勝ったんだからいいじゃありませんか。あ、対戦相手のゼリムさん、無事だったみたいですよ」
「……ふーん」

 どうでもよさそうに、レーゼが転送座の上でそっぽを向いた。「だから?」みたいな顔をしているが、本当は気にしていたのである。それが分かるから、塵羽は時々、嫌な気分になる。
 強いということと、優しいということは、あまり相性がよくない。
 どっちも持っていれば、いつか――
 ……そんな悪い予想は苦い薬のように飲み込んで。
 塵羽はため息をついた。

「ま、勝ててよかった。……よくがんばったな、レーゼ」
「……っ! な、何を急に優しくなってんのよ! バカじゃないの、バカバネ!」
「おまえ悪口のセンスねーな」
「はああああああああああっ!? ミキ、こいつ殺して!」
「え、えっと……今度でいいですか?」
「今度殺すの?」
「あっ、いや、ち、ちがいます! 言葉のアヤですアヤ!」

 わたわたと両手を振る神酒を見て、ぷっと噴き出す二人。
 神酒は泣きそうな顔になった。

「もぉ~っ……なんなんですかあ」
「天然記念物レベルのからかい易さだな、我が助手は」
「ミキ可愛い」
「もう知りませんっ!」

 ぷんすかして出て行ってしまったメガネ助手。ツカツカツカ、としばらく足音が響いていたが、「ギャンっ!」と階段あたりでコケる気配がした。

「……ヤツは天才か」
「そうみたい」

 そして、二人は取り残された。
 塵羽はちょっと迷った。そのまま立ち去ろう、明日を目指してベッドに戻ろう、そんな気もしたのだが、結局、手を差し出した。
 わしゃわしゃ。
 レーゼの頭を撫でる。レーゼは真っ赤になって、

「な、何を……」

 とか言いながら、されるがままになっている。
 実験終了後の、お決まりの儀式。
 二人しか知らない、それは労いの挨拶だった。
 塵羽は、どこか寂しそうな、もう手の届かないものを見るような眼をした。

「……あんまり無茶すんな、零」

 本当の名前で呼ばれたレーゼは、一瞬「うぐっ」と息を詰め、躊躇い、迷い、わずかに睨んでから、不満そうにこう答えた。

「……うっさい。バカお兄」





 ブラックボクサー。
 六つの異能と六つの拳で闘う、異端具能の人間。
 これは、『彼』のいない物語。
 あったかもしれない別の世界の物語――









                 END





(あごがき)

 いかがだったでしょーか。
 黒拳闘ふたたび、であります。
 それにしてもタイトルがひどい。ヤミちゃん可愛い。

『黄金の黒』は設定が複雑すぎて、もーちょっと簡略化できないかなと思ってたんですよね。
 これぐらいの軽さだといいな~ってイメージは湧いてたので、割とサクサク書けました。
 べつにこの設定で書き直す、というワケではないのですが(体力的にもそんなことしたら死ぬであります)、こんな感じで普通のラノベっぽい『黄金』もアリかなと。
 もうこれ完璧に違う作品ですけどね。設定が共通してるだけで。コロシアムとか出てきてないし。

 俺自身、あの複雑な戦闘は書いてて血ヘド戻す勢いでして、もう二度とやりたくねーとか思ってたんですが、久々に書いたら結構ノリノリ。なんかレギュレスと黄金をはんぶんこした感じの作風になった気がする。
 少しは読みやすくなったかなあ。

       

表紙

顎男 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha