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生贄の旅
プロットナンバー01.『旅立ち』 筆者:顎男

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『プロットナンバー01.旅立ち  筆者:顎男』

 一晩寝て、ついていくことに決めた。ジャスバルには村のために死ぬ勇気もなかったが、それと同じくらいに幼馴染の少女を見捨てる勇気が無かった。どうせどちらも辛いなら、望む方角へ行こうと思ったのだ。もしかしたら助かる可能性もあるし――そうジャスバルが自分の小屋で天井を見上げながら考えをまとめた頃には、薄明の空に朝陽が昇りかけていた。子供の頃から猟師として育ってきたジャスバルに徹夜なんかはダメージにすらならないが、それでも胸の動悸はいくらか激しくなっていた。
 この世界では、何年かに一度、地方の農村から少女を一人、巡礼の旅に出させる。その少女は『巫女』と呼ばれ、各地にある三つの大聖堂を巡り、そこを守護する聖獣を倒す。全て倒し切れば聖獣は再び眠りに就き、平和が戻ってくる。
 だが、ここで巫女が負けても世界が滅ばないのが、すべての悲劇の原因のようにジャスバルには思える。聖獣を倒せなかった巫女は、聖獣に喰われ、血と肉を捧げる。それまで何体倒していようが、その血肉で世界は救済される。そして三体の聖獣すべてを倒して生きたまま世界を救済した巫女を、少なくともジャスバルは知らない。黒かった髪が白くなり、普通だった瞳が赤くなり、巫女に選ばれた少女はおそらく何万人といたのだろう。その中でどれだけの巫女が天寿を全うできたのだろう……
「なあ、どう思う、エアルド」
『少なくとも、ディリシアはまだ生きている。諦めるのは早いだろう』
 喋ったのは、壁に立てかけてある剣だ。
 魔剣エアルド――死んだ祖父の蔵を漁っている時にジャスバルが発見した世にも珍しい喋る剣。なぜ喋るのかは謎だが、誰かに打ち明けても狂人扱いされるのがオチなので、ジャスバルはひっそりとこの剣を隠し持ち、いまではその剣はジャスバルの相談役のようになっていた。
 ふう、とため息をつく。
 ディリシアはジャスバルの幼馴染だった。教師の家に生まれ、身体が弱く、子供の頃からいつも悪ガキに泣かされていたのを覚えている。昔、ジャスバルは喧嘩が弱かった。だからディリシアを守ろうとしても、決まってジャスバルごと泣かされてしまっていた。よく覚えている。あの頃のことは……
 そのディリシアが『巫女』に選ばれ、
 王国から騎士が派遣されてきた。巫女を護衛し、聖獣と戦わせるために。
 二人はあと数時間で、出発する……
 ジャスバルはむくりとベッドから起き上がり、自分の家を見渡した。
 旅暮らしに必要なものなど、最初から持ってはいなかった。

 ○

「あなたもついてくるっていうの?」
 そう言った王国騎士、ミレイ・ザーンガルドは吊り目をきりりと険しくして、いかにも猟師然としたジャスバルを値踏みしている。その後ろで純白の僧服に身を包んだディリシアが「あわわわわ、じゃ、ジャスバル、だめだよぅ。あたしたちの旅は危険なんだからぁ……」などと泣きそうな顔でぼそぼそ言っているが、そんなものはジャスバルは無視した。他人からはただの古ぼけた剣、しかしそこには莫大な魔力が蓄えられている魔剣エアルドを肩に担いで、言う。
「護衛は何人いてもいいはずだろ? それに慣習じゃ、村から一人、若者を連れていくことになってたはずだ」
「ほとんどの場合はお飾りで、一日ちょっとで村に逃げ帰るのがオチだけどね。私のような本物の騎士とは違って」
 バチバチと火花を散らして睨み合う二人。部屋を貸している村長が田舎暮らしでは滅多に味わうことのない緊張感に耐え切れずに失神し、奥さんに介抱されている。慌てて駆け寄ろうとしたディリシアがコケた。
「……騎士さん、あんたにアレの面倒がちゃんと見切れるか? あいつの本気はまだまだこんなものじゃないぞ」
「…………」ミレイ・ザーンガンドは真剣に悩んでいるようだった。その眼が膝小僧を擦りむいてベソをかいているディリシアに注がれている。
「……ま、確かに、キツイかも」
「だろ? わかってくれたか」
「でも、勘違いしないで」びしっとジャスバルを指差し、
「あなたのことを認めたわけじゃないわ。使えないと見たら、撃ち抜いてやる」
 そう言って、くびれた腰に着けたガンベルトの中の拳銃に触れた。それは銀と黒の拳銃で、精霊の力を結晶化させたクリスタルの弾丸を装填されている。その技術は王国しか所有しておらず、騎士にしか拳銃は配備されない。へたな魔物の群れなど一発で殺傷せしめると聞くが。
 ジャスバルは肩をすくめた。
「ま、勝手にしてくれよ。俺はディリシアを守るだけだ」
「どーだか」
「あ、あの、あの」
 背が低いので二人の間に割って入ろうとするとぴょんぴょん跳ねなければならないディリシアが、うじうじとまだ言う。
「ほ、ほんとについてくるの……? ジャスバル……」
「ああ。お前をほっといたら、そのまま世界が滅んじゃいそうだからな」
「そんなあ……」
 おやつを取り上げられた子供のように顔を伏せてから、ふふっとディリシアが笑った。
「……でも、ありがとう、ジャスバル」
「ん」
 生まれた時から付き合いのある幼馴染二人の、息の合った会話を、どこか羨ましそうに王国騎士が見ていた。

 ○

「最初の大聖堂はここから近いわ。南西に三日ほど行ったところのクリアスの街よ」
「ああ、ガキの頃に祭で何度か行ったことがあるよ。なあ、ディリシア?」
「うん! とっても面白かった! また行きたいなあ……」
「いや、これから行くんだぞ?」
「そうなの?」
 パチパチと目を瞬いているディリシアを見て、ジャスバルは天を仰いだ。すでに荷造りは終わって出発するだけ、見送りに大勢の村人が広場に来ている。旅立ちの主役なのだから、もうちょっとこの幼馴染の少女にはシャンとして欲しいと思うジャスバルだった。
 幌をかぶせた車を牽引するのは、馬ではなく地竜(翼のない小型の竜)だったが、その荷台に荷物をぶちこみながら、ミレイが腰に手を当てた。
「いい? 遊びじゃないんだからね? もっとシャンとしてよシャンと」
「そうだよ、シャンとしてねジャスバル」
「あんたに言ってんのよ……」
「え……」
 ショックを受けている巫女を荷台にぶち込む。二頭じたての竜車は御者が一人でも制御できるが、二人の方がラクだ。隣の鞍にミレイが乗り込んできた。
「それじゃ、出発しましょうか。……ヤッ!」
 ミレイが鞭で竜を打ち、竜車が進み始めた。流れていく視界の中で、顔馴染みの村人たちが布きれを振って別れを告げて来る。ジャスバルはそれに曖昧な笑みで応えた。べつに護衛はジャスバルだけじゃなくてもいいのだ。
「……世界救済の旅、か」
 最後に振り返ると、もう村は元の生活の流れへと戻っていくところだった。
『寂しいか、ジャスバル?』
「ちょっとな」
「……いま、なにか言った?」
「いや、全然? なあんにも」
 すっとぼけて、ジャスバルは剣の柄に手を置いた。
 剣は沈黙を保ち、そして旅は始まった……
 最初の目的地は、クリアスの街である。

       

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