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生贄の旅
プロットナンバー05.『博物館』 筆者:顎男 9/21

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 アーティファクト。
 この世界には古代文明が存在していた時期があり、その時の文明が残した遺物が回収されることがある。人はそれをアーティファクトと呼び、数少ない資源として重宝したり、使えないもの、あるいは危険すぎるものは博物館に展示したりなどして役立てていた。
 ジャスバルたちの手元にも一つ、アーティファクトがある。ダイサン王女を救う時に手に入れたダグダ、と呼ばれる生と死を司る棍棒。

「私たちが持ってても危険なだけでしょ? しかるべきところで管理してもらうべきだわ」
「へーい」

 ミレイの言葉にジャスバルとディリシアは特に逆らう理由も見つからず、三人は博物館のある街『ミューゼ』へと来ていた。
 のだが……

「……怪盗が出る?」
「そーなんですよぉ」

 小太りの博物館館長は目元をハンカチで拭いながら言った。

「定期的にやってきては、予告状を出してきて、展示品を盗んでいくんです。ひどいでしょう?」

「それは許せないわね……」とミレイ。
「大事なアーティファクトを盗んでいくなんて……アーティファクトさんが可哀想です!」とディリシア。最近あまり眠れていないそうだ。
「……まあ、二人が手を貸すっていうなら止めないけど」

 ジャスバルはダグダを手持無沙汰にパンパンやりながら言った。

「俺たちって人助けとかしてる暇あるのかなあ」
「誰かも助けられないで何が世界救済よ?」
「そーだそーだ!」
「うう……」

 女子二人には逆らえない。ジャスバルは降参した。

「しかたねえなあ。じゃ、その怪盗とやらをやっつけてやるか」
 そういうことになったのだった。

 深夜。
 そこそこの都会であるミューゼの街の石畳には月光が流れている。ジャスバルはそれを横目に見ながら愛剣エアルドの柄を持ち直した。

「いまどき怪盗ねぇ」
『ぶつくさ言ってるとまた怒られるぞ、ジャスバル』
「へいへい……」愛剣にまで諭されては逃げ場がない。
「べつにいいけどさ……俺は闘うだけだし」

 ジャスバルが時計塔を見上げると、深夜零時まであと五分だった。

『知っているか、ジャスバル。午前零時に外にいるともってっちゃうオバケがなにもかももってっちゃうんだそうだ』
「またテキトーなホラ吹きやがって。だいたい今俺から持ってかれるとしたら真っ先にテメェだぜ」
『宿に帰ろう、ジャスバル』
「欲望に忠実なやつだなあ……」

 ゴネ出した剣をなだめながら、ジャスバルはあくびをした。
 すると、

「ぐおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 凄まじい絶叫が聞こえてきた。ジャスバルは泡を食って走り出した。
『い、いまのは!? 男の悲鳴のように聞こえたが』
「ミレイだ」
『え?』
「あれはミレイの声だ……」
『……マジかジャスバル』
「ああ、マジだ……」

 博物館の裏口を蹴破って、保管室へと飛び込むジャスバル。そこには二人の仲間が詰めているはずだった。

「あ、ジャスバル」
「おうディリシア。今の雄叫びは何が?」
「こいつがあたしの胸を揉んだのよ!」

 ミレイは真っ赤になって、何かぐじゅぐじゅになっているスライムを踏みつけている。

「扉の下から入ってくるのが見えたから蹴り飛ばそうとしたら、足に絡みついてきて……なんなの、コイツ!?」
『おお、これは』
「知ってるのかエアルド」ジャスバルは小声で聞いた。
『グリーンスライムだよ。元は死んだ人間の霊魂なのだが、未練があるとゼル状になって魔物と化す。それほど害のあるタイプじゃないのだが……なるほど、怪盗には打ってつけだな。どんな金庫の鍵穴だろうと即興で作れるし、紙切れ一枚分の隙間さえあれば入って来れる』
「まるで油虫だな」
「ちょっと何ぶつぶつ言ってんのよジャスバル! なに、幽霊なのコイツ? ……あん!」

 スライムにまとわりつかれ、床を七転八倒しているミレイ。

「早く倒してよ!」
「なんで俺が……自分で倒せばいいだろ?」

 だがミレイの拳銃は遠くに転がっているし、ディリシアは戦闘タイプではない。ジャスバルがやるしかないのだった。

「ぶった斬ってもいいが、お前も死ぬぞ」
「ぎゃー!」ミレイがジャスバルの頬骨を砕いた。
「なんてこと言うのよ! 怖いこと言わないで!」
「俺は今自分に与えられたダメージの方が怖い」

 口元を抑えながらジャスバルが言った。ディリシアがあわあわしながら治癒魔法を施し始めたが、何をトチ狂ったのか顎にではなく股間にかけてきている。もうおねむの時間なのかもしれない。

「くそっ……しょうがねえな」

 やむなくジャスバルは無理やりグリーンスライムをミレイから引っぺがした。すぐバラバラになって結合したり離れたりするので、先の見えない作業が続き、だんだんジャスバルは虚しさを覚えた。

「俺、何やってんだろ」
「あたしを助けてるのよ」
「お前自分のことだろ! ちょっとは手伝えよ!」

 為されるままになっているミレイは顔を真っ赤にして叫び返してきた。

「そ、そんなべちょべちょしたの触りたくないにきまってるでしょ! 早く取ってよ!」
「お前なあ、顔にぶっかけんぞ」
「そんなことしたら射殺する」

 声がマジである。
 ジャスバルは観念してひたすらにチマチマとスライムを剥がし続けた。
 ようやくすべて取れた頃には夜明け近かった。

「俺、本当なにやってんだろう」
「ジャスバルがんばった。私は知ってるよ」

 ポン、と肩を叩いてくる特に何もしていない巫女に剣士は曖昧な笑顔を返した。

「お前がへんなとこに回復魔法かけるからさっきからムラムラして仕方ないんですけど」
「えっ! ……そ、そんなこと私に言われても……あうう」

 指先をツンツンしながら、責めるような目で見上げてくるディリシア。かわいい。ジャスバルは首をぶんぶん振って、頭に昇りかけた血を下げた。

「えーと……とりあえず、このスライムが怪盗の正体でいいのかな?」
「でしょうね」ミレイが拳銃を拾いながら言った。
「……誰か、この博物館に未練がある人の霊だったのかもね」
「そうなのかなあ」

 今となっては誰にもわからない。
 翌朝、といっても数時間後だったが、三人は館長に怪盗を退治したことを伝えて博物館を後にした。最後に中庭の真ん中で立ち止まり、初代館長の銅像を見上げてジャスバルは何か言いかけたが、口をつぐみ、そのまま立ち去った。
 旅は続いていく。

       

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