Neetel Inside ニートノベル
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よしけんが死んでいました
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 わんわんと犬が吠える。
 きゃっきゃっと女の子が笑ってる。

 …。
 ……。眠い。まだ眠い…。

 つけっぱなしのPCのモニター。照明は消したっけか。
 それでも部屋はうっすらと明るい。もう朝か…?それとも昼か…?
 何時に寝たんだっけ…。ああ、昨日もまたPCでしょうもないゲームで遅くまで起きてたんだっけ…。
 実家に戻ってきたんだから早く寝るって言ったのになあ…。ネットの知り合い連中は強引なんだよな…。

 一人であれやこれや心で愚痴ってるとドアが開く。部屋の入り口で犬がこちらを伺う素振りを見せる。隣の女の子、いや、歳の離れた妹が言う。

 「健ちゃん、おかあさんが起きなさいって言ってるよー。」

 「……わかった…。」

 そう聞くと、妹はドアを閉め、軽い足音を立てながら犬とリビングへ駆けてった。

 んー…。とはいってもまだ眠い。
 一人暮らしは楽しかったし続けたかったんだけど。
 まあ、現実は甘くなく。遊んでばかりの息子をそのまま一人暮らしさせる親なんてそんなにはいるはずもなく。
 学校も行ったさ。でもね。…まあいっか。そんな自分を慰めるような台詞は。
 とにかく、実家に帰ってきた手前、自由度はもちろん相当減った。わかりやすい一つ目として、朝は起きないとお袋は機嫌が悪い。
 二つ目、つまりは夜遅くまで遊べなくなった。といっても、昨晩のようにネットで遊べるちゃ遊べる。だけど、音は立てられないし、コンビニにも行けないし。前とはいろいろ違う。
 三つ目は…三つ目…なんだろう…たくさんあるはずなんだけどな…。って、やば、寝そうになった。
 お袋が大声を上げる前にとりあえずリビングに行こう。

 「おはよう…。」
 「はい、おはよう。」
 「おはよー。ほら、ココアもおはよーって言って。」

 妹の声に呼応するように、わんっとダックスフントは吠えた。ソファーの前でちょこんと床に座りながらその犬を抱っこしてテレビを見ている妹が犬をよしよしと撫でる。まだ小学生なのによくしつけてるもんだ。

 「ごはん、すぐできるから顔洗って来なさい。」

 とりあえずソファーに腰掛けようとした時、お袋はそう言う。一瞬ためらったけど、気の無い返事をしながら脱衣所にある洗面台へと向かう。
 気だるく歯ブラシを動かし、口をすすいで、顔を濡らして洗顔料で泡立てる。泡を流してタオルで顔をふく。気づくと、鏡に映る脱衣所の入り口に犬がいた。
 目が合うと犬はそそくさとリビングに戻っていった。犬からすると完全によそ者らしい。部屋に一歩たりとも入って来ようとしないし。

 リビングに戻ると食事の準備が出来ていた。これは一人暮らしとの比較で、実家に帰って来た利点も利点。最大の利点だ。
 自炊もするが、やはりお袋にはかなわない。いただきます。の6文字で食事にありつけるなんて、ある意味夢のようだ。

 「…あれ?なんで、桃、いんの?学校は?」
 白米を頬張りながら、今日の曜日を考える。ついてるテレビの番組を見て平日なのはわかる。
 
 「なーつーやーすーみー!」何故かぶーたれながら返事をする妹。

 ああ、そっか。そんな時期だったな、そういや。
 夏休みかあ…。テレビの奥のベランダから見える空を見ると、雲ひとつない。夏ですねえ。暑そうですねえ。
 今年で20歳になる、社会でいえばまだまだ青臭いオレが言うのもおかしいけど、夏休みが羨ましい。今現在無職なオレですが、堂々と休める大義名分である「夏休み」がとても羨ましい。

 「いいなあ、夏休み…。」
 箸を口にくわえながら、肘をテーブルに立て頬杖をしながらベランダを眺めてると、こつんと頭にげんこつが振った。

 「健治、行儀悪い事しないの!桃がマネしたら困るでしょ。」
 「ふえーい…。」もそもそと食事を再開する。

 「そういえば、あんたに来てたわよ。」と、お袋はハガキを一枚渡してきた。
 小学生から携帯を持っていた世代でハガキとは無縁だったので、驚きながら、不審に思いながら、それを手に取る。

 「同窓会のお知らせ」

 どーそーかい…。へー。高校のか。はじめてだな。ていうか、ちゃんと連絡くるんだね、中退しても。

 洗い物をしながお袋が尋ねる。「行くの?」

 「ん…。せっかくだし、行こうかなーとは思ってるよ…。」
 「そう…。」

 お袋はオレが通ってた高校には良い印象が無いようだ。まあ、中退した理由が理由だしね。
 オレからしても、似た印象かもしれない。でも、仲良かったヤツらとは今も連絡取り合ってるし、あいつらが行くなら、やっぱり顔は出したいよね。
 それに。

 氷室さんも来るのかなあ。ていうか、元気なのかなあ。連絡先知らないし、噂でも聞かないしなあ。


 …、

 ……、

 ………彼氏、いるのかなあ…?


 なんて恥ずかしいコトを考えた時点で、わんっと吠える犬。

 よくしつけてるもんだ。

     


 食事を終え、茶碗や皿、コップを流し台に置いておく。お袋はどうやら洗濯機の洗濯物を取りに行ったようだ。
 妹が犬とじゃれ合う隣で、一旦ソファーに腰を置いてみる。受け取った葉書をもう一度見直してみる。

 同窓会…。行きたい半面、行ってもつまらないだろという推測も思い浮かぶ。一般的には楽しみなイベントなんだろうか。何せ初めてのお誘い。経験では語れない。
 まあ、今すぐ出欠の判断が求められるわけではないので、とりあえず保留しよう。日にちはまだまだある。
 しかしソファーに座ってみたものの、平日の午前のテレビをボーっと見ているのも退屈だ。すでに妹とおままごとをする歳でもない。隣の茶色いヤツはまるでなついて来そうにもない。さて、どうしたものか。
 すると母親が洗濯物をカゴに入れて、リビングを通ってベランダへと出て行く。ここは息子として、干すのでも手伝うか。

 「いいわよ、あんたやるとシワになるから。」

 はい、洗濯手伝いは却下です。正直計算ずくでした。すいません。

 しかし、ちょっとベランダに出ただけでも、外の暑さは何なんだ。地球温暖化が影響してるのなら毎年夏の気温は上がり続けるのか。それが原因で人類は衰退したりしやしないか。大丈夫なのか人類。
 …いやまあ、フリーター身分の自分が自宅でこんな事言ってもね。何の説得力も重さもないのは百も承知なんだけどね。まあ、とにかく暑いって事です。

 さてはて。あらためて。

 今は暇を持て余している上、母親にも戦力外通告はされましたが、現在フリーターといっても、バイトを探すつもりはもちろんあるし、いやむしろ職に就けるならある程度の妥協はするつもりもあるのですが。
 温暖化がどうの前に、日本の今の不況を恨むべきか、どこも就職難の時代でございまして。
 だからまあ、部屋に篭っているのが家族の目的(めてき)にもいいんです。ビバ「職を探してる」という大義名分。
 メジャーな就職斡旋サイトで通勤1時間以内・給料ある程度・必要な資格・就業時間などなどを条件にソートすると、それでも数百件は出ます。
 が。
 その中で興味がある・ここいいなと思えるのはほんの一握り。
 その選りすぐりの中でも、ちょっとのズレでもう一歩を踏み出せない。さっき妥協はするとかいったけど、こういう妥協の事ではなく。まあ、暖かい目で見守って頂きたい。
 そもそもオレには職に就くには……。まあ、この話はおいおい。

 そんな屁がついても良い理屈を頭でこねながら部屋へと戻る。
 「健ちゃんどこ行くのー?」と妹は尋ねる。
 「ん?ああ、部屋だよ。」
 「何するのー?」
 「…職探し。」
 「しょくさがしー。しょくさがしだってさー、ここあー。」

 妹の無邪気な言葉も何か後ろめたく感じてしまう。ああ、妥協も何も、さっさと手軽なバイトを見つけた方が良いかもしれない。

 とか言いつつ。

 PCの電源を入れると、職探しは後回しにしてしまう。いや、なってしまう?どちらが正しいのか判らない自分は、自分の事もよくわからないようです。
 さて、昨日も夜中までネットゲームをしていた連中が集うチャットは、まずこんな午前中には誰もいない。一人ソロプレイでアイテム集めでもやるかなあ…。でも、それも仲間がいてこそ面白いもんだしなあ。ううむ。
 なんて生産性皆無な事を考えていると携帯が鳴る。思わず、この事態を打開するネタが出来るんじゃないかという期待で即座に手に取る。ああ、あいつか。

 「もしもし。」
 「おーっす、健治!何?地元戻ってきてんだって?」
 「あ、ああ、まあね。」
 「何よ、今家?なんか今日予定あんの?つか、今ヒマ?」

 そうか、家で家族に囲まれるとこの世界で自分一人だけがヒマを持て余す錯覚に陥るが、同級生達はヒマを持て余してるヤツは多いんだよな。なんて、自慰にも似た事を考えさせられてしまうほど脳天気な声の持ち主は、中学高校と同じだった同級生だった。

 「ヒマじゃないよ。バイト探し中だよ。」
 「へー。本当に探してんのか?バイト探しだとか言ってネットで遊んでるだけだろ?」
 「ホ・ン・ト・ウ・ダ・!」

 別にこいつに嘘をつく必要もないのだが。とっさに反応してしまった。

 「あ、そー。じゃあ、どっちでもいいから今からどっかで会わね?いやーオレもヒマでさー。」
 「オレも、じゃないよ、お前だけだヒマなのは。」少し、いや普通に嘘をついた。
 「どっちでもいいよ、もうー。じゃあさ、30分後ぐらいにお前んちの前まで行くからさ。着いたらまた携帯鳴らすわ。」
 「おい待てよ。話聞いてたか?オレは今ヒマじゃないって言ったろ?」
 「じゃあバイト探しの休憩に、オレにつきあえよ。じゃあまたあとでなー!」

 本当に来て困るなら、今切られた通話をこちらから折り返すんだろう。言わずもがなそんな事をする事もなく。
 起動したばかりの、誰も知り合いのいないネットゲームを即座に終了して服を着替えてリビングに行く。

 -ああ、もうまったく。困った困った。勝木ったら強引だもの。ああ、困った困った。- 
 という空気をなるべく出す努力をしながら。

 「ちょっと出かけてくるよ。」
 「何?バイト探し?」
 「ま、まあ、そんなもんかな。いや、なんていうか、勝木が久しぶりに会おうっていうからさ、こっちのバイト事情とかも聞かせてもらおうかなーって。」
 勝木はお袋とも面識があるし、名前を出すとウケが良いのも知った上でわざと名前を出しておく。

 「ああ、そうなの。勝木くんがねー。あの子は、学校お休み?」
 「じゃ、じゃないかなあ?」
 あれ?実際どうなんだ、そういや。ていうか、「あの子は」の「は」にチクリとしたのは被害妄想だろうか。

 …それに。
 職探しを口にした時のお袋の反応を深読みしてしまう。

 「けんちゃん、かつきくんとばいとさがしだってー、ここあー。」

 む。そこの犬、わんっと吠えたのは、呼びかけた妹にか?それとも可愛い小さな小さなミジンコのような嘘をついて妹に誤った解釈をさせたオレにか?

 やがて、震える携帯のディスプレイに「勝木」と表示されたのを見て、「じゃあいってくるよ」と少し高い声で言って玄関を出る。
 なんとなく勝木に感謝を覚えながら。
 

       

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Neetsha