Neetel Inside 文芸新都
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後藤健二の性的冒険
第一話「二○○二年七月、十三・本サロ」

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第一話「二○○二年七月、十三・本サロ」





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 夜の雨の日ほど風俗遊びに適している天気はない。
 薄暗い欲望を覆い隠してくれるから。
 こそこそとゴミ溜めを這い回る便所虫には、じめじめした湿気と薄暗さが必要だ。
 
「お兄さん、良い子いるよ~!」
「サンゼンエンポッキリ、キモチイイコトデキルヨ~」
 
 私は喧騒の十三(じゅうそう)にいた。
 大阪市淀川区、十三と呼ばれるこの街は、関西人にはお馴染みの古くからの風俗街だ。
 阪急十三駅を降りるとすぐに猥雑な雰囲気が漂う。
 パチンコ屋、中国エステ、ピンサロ、ヘルス。
 陰鬱と雨が降りしきる闇夜でも、それらのネオンサインが私に安心感を与えてくれる。
 けばけばしい風俗嬢、酔っ払いのサラリーマン、柄の悪い呼び込みのおっさん。
 所在なさげに歩く気弱そうな若い男など、良い鴨とばかりに放っておいてはくれず、盛んに声をかけられる。

(でも、そんな猥雑さが堪らない)

 少しばかり危険も孕んでいるだろうが、危ない目に遭った事は、幸いとしてまだない。
 夜の風俗街で遊ぶのも初めてではないし、何度か体験すると「こんなものか」となり、気が大きくなる。
 ただ私は、まだ十三の表層しか知らない。
 風俗雑誌に載っていて、明朗会計でぼったくりもなさそうな、有名ファッションヘルスを二、三度利用したぐらいだ。
 もっと、もっと、もっと深く潜ってみたい。
 探究心もあるし、若さもあった。
 そして別に自分などどうなっても良いやというやけっぱちな気分も。



 その店「Y」は、狭い裏路地の中、四階建ての雑居ビルの三階にあった。
 一見、何の変哲もないピンサロのように見える。

「兄ちゃん、初めてかい?」

 店内に一歩踏み入れると、値踏みするような視線と共に、おっさんから声を掛けられる。
 ピンク色のカーテンと間仕切りで囲われた小さなカウンター。
 おっさんはその中から顔だけを覗かせていた。
 五十代ぐらいだろうか、禿げ上がった頭が脂っこそうに光っている。

「ここは何の店ですか?」
「ピンサロ」
「パネル見学とかできるんでしょうか?」
「そんなもんはない」
「料金は…?」
「60分18000円、120分30000円」

 高い。
 ピンサロの相場ならせいぜい30分5000円とかである。
 第一、このおっさんの接客態度は何なんだ。
 客を客とも思わないぶっきらぼうさ。
 良くこんな態度でやっていける。
 少し前まで営業マンをやっていたので、余計怒りも募る。

(しかし…この価格なら逆に納得でもある)

 普通のピンサロなら高い。
 でも、普通じゃないピンサロなら適正価格。

「当然、大人のお付き合いありなんでしょ?」

 おっさんが少し間をおいてニヤリと笑った。

「そいつはどうかなぁ」

 この無愛想なおっさんの「分かってんだろてめぇ」的な反応。
 ああ、やっぱ「あり」な店か。
 「なし」の店なら、「うちはそういう店じゃありません!」とピシャリと言われてしまうから。

「遊んでいきます」

 私はカウンターに18000円を差し出した。




 通されたのは、分厚い遮光カーテンで間仕切りされた、畳一畳程度の物凄く狭いスペースだった。
 冷たいコンクリートの打ちっぱなしの床に直接毛布と布団を敷いているだけ。
 部屋とも呼べないような薄暗いプレイルームに、コンドームとローションとウェットティッシュが片隅に置いてある。

(これ、既にピンサロの体裁すら取ってないよな…)

 ピンサロとはキャバクラの体裁を取っている性風俗である。
 表向きには飲食店の届出で営業しており、薄暗くした店内でこっそり抜きをやっているのだ。
 だから普通のピンサロに行けば、申し訳程度に、おしぼりと飲み物が出てくる。
 普通じゃないこのピンサロ「Y」は、飲み物もおしぼりもなかった。

(広島県の福山、あの裏風俗のメッカで遊んだ店に似ているな)

 福山では「一発屋」と呼ばれる本サロがひしめいていた。
 そこで見た店内とこの店はそっくりなのだ。
 ますます「あり」の店なんだな、と確信が強まる。



「こんばんは」

 現れた女の子は、まだ未成年に見えるというか、危険なぐらい幼かった。
 生気のないやつれた表情、余り手入れのされていない無造作に背中まで伸びた長い黒髪。
 ただ若いだけあり、華奢で真っ白な肌はとても柔らかそう。
 可憐という言葉がぴったり合う容姿をしていた。

       

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