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一週間後。
私はまたあの店「Y」の前に立っていた。
「毎度」
おっさんがニヤリと笑う。
私はすっと一万八千円を差しだす。
「ミカでいいんだよな?」
他にも女の子はいるらしいが、私は頷いた。
というか、パネルも何もないのに他の女の子を選びようもない。
前回来た時、冷静に店内を見回したが、ここは予想以上に狭い。
面積にして三十平米もないんじゃないか。
プレイルームが異常に狭かったが、そこに辿り着くまでにあった他のプレイルームも1つか2つ。
恐らく、同じ時間帯で2~3人までしか出勤しないのだろう。
在籍自体が2~3人という可能性もある。
「えっ、また来てくれたんだ」
弾んだ声。
再会したミカは、私の事を覚えてくれていた。
顔そのものは疲れの為かやつれているが、表情が心なしか明るい。
前回は会話もそこそこに、獣のようなセックスをしただけだったのに。
「ああ、これ…」
私はショートケーキが詰まった箱を差し出した。
「良かったら後で食べて」
「えっ、嬉しい。差し入れとかしてくるお客さんなんて初めて」
「そうなの?」
「みんな一回こっきりしか来ないし。二回目来てくれたの、あなたが初めてよ」
「そうなんだ…」
些細な事だが、相手に喜ばれるとこちらも嬉しい。
「ねぇ、今食べてもいい?」
「え? あ、うん」
プレイする時間がなくなるよ、とは少し思ったが、今回は会話をもっとしたいと思っていたから別にいいか。
がつ、がつ、がつ。
ミカの食べ方はちょっと汚かった。
がっつきすぎというか、ショートケーキを切り分けずに食べようとするので、口に入りきらず、べたべたとケーキのクリームが口周りについてしまっている。
「クリームついてるよ」
失笑する私に、ミカは恥ずかしそうに指でクリームを拭き取り、その指も舐めていた。
「あー美味しかった!」
にこにこと笑顔を見せるミカ。
ものの10秒もかからずに完食とは。
「ねぇ、しよ」
ミカは私にしなだれかかり、キスをせがむ。
口内は当たり前だがクリームで甘ったるかった。
涎と、愛液と、汗とで。
どろどろのべとべとになる。
前回のように、やはり獣のように激しいセックスだった。
演技ではなく本気で感じてくれていて、こちらも無我夢中になれるので、ミカとのセックスは嫌な事は何もかも忘れさせてくれる。
「ふぅ、ふぅ」
荒い息遣いのまま、私はミカの肩を抱きかかえ、裸のまま互いに体重を預け合う。
「ねぇ、後藤君」
私の名前は今回になって尋ねられたので教えていた。
「ん、何?」
「後藤君って何してる人?」
別に見栄を張るつもりもないので、正直に答える。
「あー…大学を出てから二年ぐらい働いていたんだけど、最近会社辞めてね。今は失業保険貰いながらのんびり次の仕事探してるところ」
「ふ~ん…一人暮らし?」
「いや、実家暮らしだよ。でも次の仕事によっては一人暮らししてもいいとは思ってる」
「へぇ、そうなんだ…」
ミカは急に体勢を変えて、私を布団に押し倒し、覆いかぶさった。
私は体の上のミカを抱きしめる。
「どうしたの?」
互いに顔は見えないまま、耳元に囁くように尋ねる。
「私ね、行くところがないんだ」
「……」
ミカは身の上話を始めた。
高校を中退したばかりで本当の年齢は十七歳。
両親はミカが小さい頃に母親の不倫で離婚、親権は父親となり、父子家庭で育つ。
だが、ミカは父親とは反りが合わなかった。
父親は離婚の原因を母親の不倫と言っていたが、実際には母親は父親のDVが酷く、ミカを捨てて一人で家出していっただけなのだ。
実際は離婚もしておらず、籍はそのままだという。
父親はミカが中学生になったら手を出してきて、父親に処女を奪われる。
辛くて辛くてしょうがなかったが、母親はまったく行方知れずで助けに来てくれない。
何とか高校生に進学するが、小遣いもろくになかったので、高校の頃に援助交際して小遣いを得ていた。
そして自分で稼げるなら父親いらないじゃん!と思って家出し、高校も中退する。
同じように高校中退して一人暮らししていた男の先輩の家に転がり込み、その彼女となってセックスの代わりに泊めてもらっていた。
けど、その先輩も最初は優しかったけど、束縛が強くてDVも受けていた。
これは父親と一緒に暮らしているより酷いと思い、先輩の家からも家出する。
それからまた援助交際しながらラブホテルで寝泊りしていた。
そこを、客として取ったこの店のおっさんに誘われ、本サロ嬢として働く事になった。
寝泊りもこの店でしているという。
言われてみれば、このプレイルームはどこか生活臭がする。
カーテンに隠れて見えていなかったが、一枚カーテンを開けるとミカの着替えなどの私物がごっそり置いてあるという。
「もうね、この生活もこりごりなんだ」
本当にどこにも行き場がない。
かといってこの店でずっと過ごしていくのも辛い。
「後藤君、優しいよね」
獣のようなセックスをしていたし、別に優しくした覚えもないのだが。
早々に二回目遊びに来て、手土産にケーキを持ってきただけだ。
「後藤君のところに行ってもいい?」
私は返答に詰まり、困った顔をしていた。
それを見て、ミカは寂しそうに笑う。
「ごめんごめん! さっき話したの全部嘘だから! 本気にした? やっだー!」
ミカはお腹を抱え、ケラケラとおかしくてしょうがないといった様子で笑う。
本当に嘘なのか・・・?
店を出て、すぐ側にあった自販機でブラックコーヒーを購入。
ごくりと一口飲み、甘ったるいケーキの余韻を苦味で洗い流す。
(何が、もっと深く潜ってみたい…だ)
実家暮らしで、あのミカを自宅に招き入れる事など考えられない。
では、すぐにでも一人暮らしをすれば良かったのでは?
己の探究心はその程度か。
どうなっても良いやというやけっぱちな気分はどうした?
安っぽい缶コーヒーの苦味がきつかった。
第一話・終わり