Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      












 テレクラというのは場末のボロいピンサロよりも臭い。
 ピンサロには女の子がいるが、テレクラにはいない。
 だから臭いに無頓着になっていくのかもしれない。
 カウンターの店員もやる気がない。
 時代に取り残され、滅びつつある業種だからだろうか。

「3時間3000円、外出自由」

 単語しか喋らないカウンターのおっさん。
 大昔、小学生の時に見たファミコンショップ店長の兄ちゃんよりも駄目人間っぽくてやる気がなさそうだ。
 ファミコンカセットが定価で4800円とかするので、ファミコンショップがゲームセンターのように50円10分などでお試しプレイをして、吟味して買うというスタイルがあったのだ。
 地元の尼崎にあったそこは不良小学生の溜まり場になっていた。
 当然、今はもう潰れている。

(時間で区切ってゲームするって意味じゃ、あのファミコンショップと似てるよな)
 
 テレクラというのは場所貸し商売である。
 漫画喫茶やビデオBOXやラブホテルのように。
 時間単位で女の子からの電話がかかってくるかもしれない場所を提供するサービスだ。
 当然、テレクラ店内自体に女の子がいる訳ではない。
 イカ臭い店内には、ボロボロのエロ雑誌があるだけ。
 ベニヤ板で囲われた個室ブースに入ると、着信専用の固定電話とメモ帳が置かれた机がある。
 ずっとその机の前で、エロ雑誌を見ながら電話を待つのだ。

 亀頭君と隣同士のブースに入り、電話をひたすら待った。
 程無くして電話のコール音が響く。
 が、いち早く、他のブースの客にその電話は奪われた。

「…! …!」

 離れたブースの方で、男が電話で話す声が微かに聞こえてくる。
 今日のテレクラ「R」には、我々と他の客が2~3人といったところか。
 女達はテレクラ屋が街角で配っているポケットティッシュに書かれたフリーダイヤルにかけてくる。
 その番号にかかってきたら、テレクラ店内のブースの全ての電話が鳴る。
 つまり電話に出るのは早い者勝ち。
 電話の早取りが上手くないと不利に思えるが…。

 電話が終わったらしい。
 受話器を叩きつける音がして、そのブースにいた客が壁を殴っている。
 ああ、交渉が上手くいかなかったらしい。

 しばらくして、またも店内に電話のコール音が響き渡る。
 さっき壁殴りをしていた男の交渉相手だろう。
 女の方も交渉が上手くいかなかったので、別の男が出るのを期待して、またすぐに電話してきたのだ。
 比較的ゆったりと私は電話に出た。

「もしもし」
『今日暇でさ~』

 馴れ馴れしい口ぶり。
 さて、この女は何目的か。
 第一声の印象からして十中八、九、ウリだろう。

「そうなんだ。今どこからかけてるの?」
『××ってコンビニ近くの公衆電話から』

 予想通りというか…そのコンビニ近くはラブホテル街である。

「おねーさん何目的?」
『分かってるでしょ~』

 単刀直入で潔い。

「いくらなの?」
『二万円、ホテル代別。すっごいサービスしてあ・げ・る(はぁと』

 相場通りといったところか。
 ただ、ちょっと地雷臭い。
 いかにも酒ヤケした擦れた声なのに甘ったるい媚びた声。
 暇な風俗嬢が小遣い稼ぎに援助交際しているといったところか。
 仕事でテレアポをしているので、声だけで相手の性格や大よその年齢も分かる。
 多分、三十路ぐらいだろう。格好や雰囲気だけは若作りしてそう。

「オーケー、じゃあ今から三十分ぐらいでそっちのコンビニ行くから待っててよ。服装は?…うん、うん。こっちはスーツだから」

 私は手短に交渉を終えて受話器を静かに下ろした。

「亀頭君」

 隣のブースに声をかける。

「アポ取れたよー。これ行ってみる?」
「ん? いいの?」
「二万でホ別だって。まぁ相場通り。××ってコンビニの近くで待ち合わせ。服装の特徴は…」

 私はそのアポよりもっと良いアポを待ちたいと思い、とりあえずライバルにそのアポを譲る事にした。

「まぁ、気に入らなかったら遠目で確認するだけして、すぐ戻ってきたらいいでしょ」
「それもそうだ。んじゃ行ってくる」

 このテレクラは3時間以内であれば外出して戻ってくるのもOKなのだ。

 テレクラに二人一緒に行くメリットはこういうところがある。
 そもそも風俗にグループで遊びに行くのは、連れションに行く感覚に似ているところもあるが…。
 あと三つほど副次的効果がある。
 一つ、危ない橋もみんなで渡れば怖くない。
 一つ、後で反省会ができる。地雷接触率が高い店はもう行かないと学習できる。
 一つ、それが地雷かどうか、友達に試し踏みさせる事ができる。

 さて、亀頭君が帰ってくるまで良アポが取れるのを期待しつつ、エロ雑誌でも読んでおくか。

 ……一時間ほどが経過する。
 待ち合わせ時間を大分過ぎているので、亀頭君はそのままホテルにしけこんだのかな?
 などと思っていたら。

「くっそーひでぇ目に遭ったぜ」

 私のブースに亀頭君が怒鳴り込んできた。

「おかえり。そんな酷かったの? すぐ戻ってきたら良かったのに」
「いやいや、遠目で確認してさ、お、いけるやんと思って近づいたらさ…」

 遠目には、ちょっと派手な格好したスレンダーな女。
 しかし近づいてみると……顔はかなり不細工、しかも結構なおばちゃん。
 恐らく四十は過ぎていると思われる。

「あっ、電話の人ぉ?」

 と、年に似合わない甘ったるい媚びた声で話しかけてくる。
 亀頭君、ぞわぞわっと寒気がして、すぐに逃げだす。
 するとその女、般若の如く怒り出し、ヒールを脱いで裸足で追いかけてきたのだ。
 全力疾走で逃げる亀頭君。
 だが、若い男が全力で逃げているのに、その女は食らいついてくる。
 しかもキーキーと何か罵声を浴びせながらだ。
 三十分余りの逃走劇を経て、亀頭君はようやく彼女を撒き、テレクラに戻ってきたという。

「後藤君! あれが鬼女ってやつだよ。ヨモツシコメ」
「女神転生に出てきたやつ? こえー」

 などと軽口を叩きつつ、また電話を待った。
 懲りない二人である。

「…うん、うん。オーケー。じゃあ今から行くよー」

 私は受話器を静かに置く。

「アポ取れたん?」
「ん。行ってくる」
「くそー。もう三時間経つな。もう厳しそうだし、俺は手ぶらで帰るよ」
「悪いね。今度また一緒に遊びに行こう」

 私達は店内を出た。

「ああああ~~見ぃぃつけたぁぁ!!!」

 ぞわぞわぞわ。寒気がした。
 ヨモツシコメの奇襲攻撃である。

「げえええ!」

 亀頭君は慌ててその場から逃げだす。
 追いかけるヨモツシコメ。
 二時間ぐらいテレクラの外で待ち構えていたのか…。

「……これ、大丈夫かなぁ」

 良アポだと思って取ったが、不安が押し寄せてくる。
 私は亀頭君は放って、一人ラブホテル街へと向かった。

       

表紙
Tweet

Neetsha