Neetel Inside 文芸新都
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 大都会ちほうとし 岡山。
 市中心部からほんの少し離れると長閑な田園風景が広がっている。
 JR岡山駅は流石にそれなりに電車の乗り入れ本数も多いが、その周辺駅は1時間に3本とか4本とかいったところ。
 ゆえに車社会であり、ラブホテル街も車で来る事を前提にしたような郊外さびれたところに密集している。
 土地が安いから広くて豪華な設備を備えたラブホテルが多いのだ。
 私は愛車の2代目マーチに乗り込み、待ち合わせ場所に向かう。
 よっぽど酷い容姿の女でも、車ならすぐ逃げられるからだ。
 深夜二時過ぎ。
 こんな時間に人気の少ない郊外のラブホテル街の近くに若い女が一人で待っているのだろうか。
 テレクラで会話したばかりとはいえ、半信半疑だ。
 悪戯や冷やかしの女も結構いる。
 が、電話で受けた印象は、本気でウリをやっている女の気配がした。
 最近は携帯サイトの出会い系で援助交際をする女が増えているが、テレクラもまだ根強い人気があるのだ。

(あれか…?)

 ぼんやりと人影が見えてくる。
 ちか、ちか、と街灯が煌めいているその下に、女がいた。
 冬だから虫はいないが、夏だったら大量の蛾が光を求めてたかっているような場所である。
 スレンダーでロングの茶髪、何となく気の強そうな美人。
 だが、こんな真っ暗に近い場所に一人で立っているというだけで、幽霊のような不気味さを感じる。

(少なくともボストロールやマンドリルじゃないな)
 などと失礼な事を考えながら、車の窓を開け、女に声をかける。

「テレクラの人?」
「あー! そうそう。ちゃんと来てくれたんだ」

 酒焼けしたようなハスキーで、だが底抜けに明るい声。

「ああ、ちゃんと来たよ。乗って乗って」
「気持ち悪いおっさんじゃなくて良かったー」

 女は「キョウコ」と名乗り、躊躇なく車に乗り込んだ。
 談笑しつつ、ラブホテルへ直行する。
 愛想良く喋る明るさ、女性らしい良い匂い、ルックスも良しときて…。
 大当たりじゃないか、何でこんな女性が売りなんてやってるんだ?
 と、逆の意味で心配になってくる。
 年齢は私と同じか少し年上ぐらい、二十代半ばほど。
 営業をやっているせいか、出会い別れる人、それぞれの人生に想いを馳せる癖がある。

(彼女はどういう経緯で今この場にいるのだろう)

 テレクラで出会った見ず知らずの男の車に躊躇なく乗り込む女。
 それだけで普通の人とは違ったものがある。
 それは私も同じだろうが。

 大都会ちほうとしのラブホテルは駐車場が広い。
 駐車場と部屋が直結していることも多い。
 いわゆる「ワンルームワンガレージ」というタイプだ。
 1部屋に1つ駐車場があり、駐車場から直接部屋にチェックインする仕組みだ。
 料金も自動精算。フロントや他の客と顔を合わせずに済む。
 車内でのデート気分そのままに部屋に直行できる。
 プライベートも保てるし、個人的にとても気に入っているタイプのラブホテルだ。

(彼女はラブホテルが嫌いだったけど、こういうところならOKだったな…)

 落ち込む。
 まだ彼女と別れて二ヶ月だし、ふとした事ですぐに思い出し、ウジウジしてしまう。
 いかんいかん。
 そんな感情を捨て、忘れ去りたいので、こんな遊びを繰り返しているというのに。

「シャワーでも浴びてきたら?」

 部屋に入るなり、キョウコはソファに腰掛け煙草に火を点け、そう促した。
 少し嫌な感じがした。
 煙草を吸う女は余り好きではない。
 自分が吸わないからとか、体に悪いからとかではなく、キスする時に臭うのだ。

「一緒に入ろうよ」
「明るいところで体見られるの恥ずかしいし…」

 やけに可愛らしい理由で頑なに拒否されたので、私は仕方なく一人でシャワーを浴びた。
 運転免許証や出社用鞄は車のトランクの中。
 部屋の中へは財布と携帯しか持ってきていない。
 それも一見、無防備にスーツの上着の中に入れてあるだけだが…。
 金は約束の2万円とホテル代しかないし、携帯のアドレス帳は全部メモに書き写してから消去している。中身を見られても問題ない。
 以前、中国エステで遊んだらシャワーをしている隙に財布から金を抜き取られた事があるので、怪しい風俗店や援助交際で出会った女と遊ぶ際は用心するようになったのだ。
 大金を持ち歩きながら風俗に遊びに行っている紳士諸君は気をつけてくれたまえ。
 だが、キョウコはシャワー時に金を漁ったりという様子はない。

「私も浴びてくるね」

 私がシャワーから出てくると、キョウコは部屋を真っ暗にしてから服を脱ぎシャワーに向かう。
 余程、裸を見られたくないのか…。
 真っ暗になった部屋で、私はキョウコのシャワーが終わるのを待った。
 私が先に出した2万円も、テーブルの灰皿を文鎮のように載せて置いているだけで、自分の鞄にすぐに仕舞い込んだりもしていない。
 逆にこちらがキョウコの荷物を漁れそうな無防備ぶり。(そんな事はしないが)
 援助交際は前金制が当たり前だが、行為が終わるまでテーブルのような見えるところに置くなどして金を受け取らないのは、援助交際をする女としては「礼儀やマナーを弁えた良い女」という傾向がある。
 煙草を吸っているのはマイナスポイントだが、それ以外は文句のつけどころがない。

「お待たせ」

 キョウコが裸でシャワーから出てくるが、湯気とシャワー室から漏れる光は逆光となっていて、キョウコの裸は良く分からなかった。
 ただ、シルエットだけ浮かび上がるそのボディラインは、服の上からでも想像できていたが、スレンダーでかつ胸は余りない。
 多分AカップとかAAカップとかである。
 貧乳を気にしていたのかな?
 個人的性的趣向としては、デブ巨乳より、スレンダー貧乳の方がそそるから問題ない。
 私はキョウコをベッドに誘う。

「あ…ん…」

 色っぽい吐息。
 キョウコの息遣いを感じながら、首筋、胸というか大胸筋、乳首、おへそと舐め回す。
 なだらかな平原に大きな干し葡萄が二つ。
 乳首だけはぷっくりと大きめ。
 摘んで、弾いて、少し噛む。

「んん!」

 やはり、貧乳でか乳首は感じやすい。
 私は気を良くして、次々とキョウコを責め立てる。
 もう既にあそこも濡れそぼっている。
 ローションを用意する暇もなかったはずなので、本気で感じてくれていると思うと嬉しくなる。
 私は更にキョウコを感じさせようと、彼女の尻を持ち上げ、背後から責めようとうつ伏せに倒そうとする。

「あ、駄目!」

 キョウコがそれを止めようとしたが、私は構わず彼女をひっくりかえした。









「……ごめん」
「ふぅ……だから言ったのに……」







 キョウコの背中には、びっしりと見事な和彫りが彩られていた。
 眼光鋭い龍が臀部でんぶから肩まで昇っている。
 ヤバイ女を抱いてしまった……と、私の息子はすっかり意気消沈しまっていた。



「大丈夫よ」

 カチッとライターを鳴らし、キョウコは髪を掻きあげつつ、煙草に火を点ける。

「別にヤクザの女とかじゃないから」
「本当に……?」
「ええ。私、バツイチなの。元旦那がヤクザだったからそれで…。今は、何の関わりもないから」

 キョウコが言うには、若気の至りで、ヤクザの旦那と大恋愛して刺青まで彫ってしまったものの…。
 ヤクザの旦那が内輪揉めで殺されてしまい、自分だけ地元の九州から岡山まで逃げてきた。
 頼れる身内もおらず、女一人で生きていこうとするが、風俗店は刺青お断りのところが多い。
 ヤクザが経営する風俗店なら刺青ありでも働けるだろうが、ヤクザとは関わりたくないのだ。
 仕方なく援助交際で糊口ここうを凌いでいるという。
 客は刺青を見せると逃げだすので、なるべく見せないよう暗くしてプレイしているという。

「でも、隠し切れないのよ」

 キョウコはふーっと紫煙を吐く。

「明るく振舞ったり、刺青を隠したりしても、どうしてかばれちゃう。セックスの時だけじゃなくて、普段の生活でもそう。スーパーとか工場でバイトしようとしても、なぜかヤクザっぽく見えるのか、いつも面接で受からないのよ」

 長年、ヤクザの女をやっていたせいか、内面から滲み出るものでもあるのだろうか。
 刺青さえ見せなければ、普通の女性と変わらないとは思うのだが…。

「ああ、寂しい。旦那に会いたいなぁ…」

 死別した旦那をまだ想っているという。
 憂いを含んだその表情は、やはり堅気の女には見えなかった。
 そして、そういう込み入った事情を聞いてしまうと、すっかりセックスする気分ではなくなってしまう。
 余りに重すぎるだろう。

「キョウコさんに比べたら、大した話じゃないけど」

 私も身の上話をした。
 商品先物取引などという詐欺的な行為をする会社に勤めていたばかりに、恋人の母親の反対に遭い、強引に別れさせられてしまったという話。
 キョウコはせせら笑う。

「まぁ、相手が生きているなら、その内また会えるんじゃない? 詐欺的な会社って言っても、辞めたら済む事。あんたはまだ全然やり直せるでしょ」

 確かにそうだ。
 キョウコ、いやキョウコさんの置かれている絶望に比べたら、自分の悩みもみみっちいもののように思えるのだった。
 それから、ホテルでキョウコさんとしばし会話を楽しみ、私達は別れた。
 連絡先は交換しなかった。
 テレクラはもう利用しないだろう。
 寂しさをそれで解消しようとしても、埋まるものではないのだ。






第二話 終わり

       

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