Neetel Inside 文芸新都
表紙

後藤健二の性的冒険
第二話「二○○一年十二月、岡山・テレクラ」

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第二話「二○○一年十二月岡山テレクラ」












 寂しい、寂しい、寂しい、寂しい、さび…。





「もう掛けてこんといて!」
「死ね!」
「何時だと思ってるんだ!」

 罵声、ガチャ切り。
 罵声、ガチャ切り。
 延々と続き、無意味にも感じ、砂を噛むような…。
 テレアポとはそういう仕事である。
 広大な砂漠の砂を掻き分け、一粒の砂金を見つける仕事とも言う。
 余りにも罵声を浴び続けると、世界の全てから否定されたような気分にもなる。




(別れて下さい……)




 彼女の最後の言葉が脳裏をよぎる。
 二ヶ月ほど前に、掴んでいた黄金の塊はするりと手をすり抜けていった。 
 ビジネスフォンを叩く指が止まる。
 受話器からはツーツーと切れた音しかしない。
 この電話はどこにも繋がらない。
 


「後藤君、仕事終わったらテレクラ行こうぜ~」
「またかよ」

 能天気に声を掛けてきたのは、隣の席に座る同僚の亀頭君。
 私はうんざりしたように返事する。
 彼女に振られて以来、風俗へのお誘いが頻繁になった。
 最初は自分など汚れてしまえばいいやという自暴自棄な気分から付き合っていたものの、ここ最近の地雷接触率の高さにうんざりもしていた。
 それに、この岡山という街は、基本的に本番できる表風俗がない。
 ソープランドは一応あるが、そこもソープなのに本番ができないところだ。
 本番がしたければ手段は三つある。
 一、街角に立っている呼び込みおっさんと交渉、本番できる女を紹介してもらう。
 二、電話ボックスや電柱に貼ってあるピンクチラシで本番できる違法デリヘルを使う。
 三、テレクラで素人(?)女性と交渉する。

「まだ懲りてないの?」
「いや、今度こそ…」

 亀頭君は食い下がる。
 そんなに行きたければ一人で行けばいいのに、何故か私を誘ってくる。

 この大都会(笑)岡山にもインターネットの流行が押し寄せている。
 携帯サイトの出会い系が流行の兆しを見せており、アナログなテレクラはちょっと時代遅れになりつつあった。
 私達は、これまで三回ほど使ったが、酷いものだった。
 初回、粘りに粘って長時間電話を待つが、全く鳴らず、テレクラ店内に置いてあったエロ本でオナニーして抜いたらどうでも良くなって手ぶらで帰った。
 二回目、早い段階で電話が鳴り、交渉して女と会いに行ってみたが、ボストロールに遭遇して逃げ出してきた。幸い、回り込まれなかった。
 三回目、かなり電話は鳴ったものの、どいつもこいつも「本番?三万ホ別」などと態度も横柄な擦れた風俗嬢らしいのばかりだった。

「確かにテレクラは空振りが多いけどさ、本当に素人の女と出会える数少ないところだぜ」
「まぁね…」

 風俗はやれるかもしれないが、後が続かない。
 しょせん遊びであり、本気にはなれない。
 でも素人女性と出会えたら、そこから健全なお付き合いに繋がるかもしれない。
 正直言って、砂漠から砂金を見つけだすより難しそうだが。
 成功例が身近にいるのであながち有り得なくもない。

「珍子君、テレクラで見つけた三十路の人妻と今ずっぽりなんだってね……」
「そーそー。社員寮に連れ込んで、週一でタダでタダれた不倫セックスしてるって」

 珍子君というのは同僚でも一番劣等な営業成績の同僚だ。
 しかしプライベートでは大金星をあげてしまった。

「仕事のテレアポなんてどーでもいいけど、テレクラのテレアポのテクをつけたいよな!」
「まったくだ。俺もタダでタダれたい!」

 その駄洒落が気に入ったのか、亀頭君はその日ずっとそればっか呟きながらテレアポしていた。
 性欲が暴走して、たまたま出てきた奥さんにその駄洒落を言って、危うくクレーム入れられそうになっていた。
 そんな駄目社員一直線な仕事ぶりだが、ブラック会社で生き抜くにはそれぐらい図太い神経じゃないとやっていけないのだ。



 午後二十三時三十分。
 日付も変わろうかという頃合で、ようやくテレアポの手が止まる。
 支店長の「てめーら自宅でもテレアポしてこい!」という罵声を締めに、その日の業務は終わった。

「んじゃ、テレアポしにいこか」
「せやね」

 私達は岡山の中心街にあるテレクラ「R」へと向かった。
 支店長命令なんだから仕方ない。 

     












 テレクラというのは場末のボロいピンサロよりも臭い。
 ピンサロには女の子がいるが、テレクラにはいない。
 だから臭いに無頓着になっていくのかもしれない。
 カウンターの店員もやる気がない。
 時代に取り残され、滅びつつある業種だからだろうか。

「3時間3000円、外出自由」

 単語しか喋らないカウンターのおっさん。
 大昔、小学生の時に見たファミコンショップ店長の兄ちゃんよりも駄目人間っぽくてやる気がなさそうだ。
 ファミコンカセットが定価で4800円とかするので、ファミコンショップがゲームセンターのように50円10分などでお試しプレイをして、吟味して買うというスタイルがあったのだ。
 地元の尼崎にあったそこは不良小学生の溜まり場になっていた。
 当然、今はもう潰れている。

(時間で区切ってゲームするって意味じゃ、あのファミコンショップと似てるよな)
 
 テレクラというのは場所貸し商売である。
 漫画喫茶やビデオBOXやラブホテルのように。
 時間単位で女の子からの電話がかかってくるかもしれない場所を提供するサービスだ。
 当然、テレクラ店内自体に女の子がいる訳ではない。
 イカ臭い店内には、ボロボロのエロ雑誌があるだけ。
 ベニヤ板で囲われた個室ブースに入ると、着信専用の固定電話とメモ帳が置かれた机がある。
 ずっとその机の前で、エロ雑誌を見ながら電話を待つのだ。

 亀頭君と隣同士のブースに入り、電話をひたすら待った。
 程無くして電話のコール音が響く。
 が、いち早く、他のブースの客にその電話は奪われた。

「…! …!」

 離れたブースの方で、男が電話で話す声が微かに聞こえてくる。
 今日のテレクラ「R」には、我々と他の客が2~3人といったところか。
 女達はテレクラ屋が街角で配っているポケットティッシュに書かれたフリーダイヤルにかけてくる。
 その番号にかかってきたら、テレクラ店内のブースの全ての電話が鳴る。
 つまり電話に出るのは早い者勝ち。
 電話の早取りが上手くないと不利に思えるが…。

 電話が終わったらしい。
 受話器を叩きつける音がして、そのブースにいた客が壁を殴っている。
 ああ、交渉が上手くいかなかったらしい。

 しばらくして、またも店内に電話のコール音が響き渡る。
 さっき壁殴りをしていた男の交渉相手だろう。
 女の方も交渉が上手くいかなかったので、別の男が出るのを期待して、またすぐに電話してきたのだ。
 比較的ゆったりと私は電話に出た。

「もしもし」
『今日暇でさ~』

 馴れ馴れしい口ぶり。
 さて、この女は何目的か。
 第一声の印象からして十中八、九、ウリだろう。

「そうなんだ。今どこからかけてるの?」
『××ってコンビニ近くの公衆電話から』

 予想通りというか…そのコンビニ近くはラブホテル街である。

「おねーさん何目的?」
『分かってるでしょ~』

 単刀直入で潔い。

「いくらなの?」
『二万円、ホテル代別。すっごいサービスしてあ・げ・る(はぁと』

 相場通りといったところか。
 ただ、ちょっと地雷臭い。
 いかにも酒ヤケした擦れた声なのに甘ったるい媚びた声。
 暇な風俗嬢が小遣い稼ぎに援助交際しているといったところか。
 仕事でテレアポをしているので、声だけで相手の性格や大よその年齢も分かる。
 多分、三十路ぐらいだろう。格好や雰囲気だけは若作りしてそう。

「オーケー、じゃあ今から三十分ぐらいでそっちのコンビニ行くから待っててよ。服装は?…うん、うん。こっちはスーツだから」

 私は手短に交渉を終えて受話器を静かに下ろした。

「亀頭君」

 隣のブースに声をかける。

「アポ取れたよー。これ行ってみる?」
「ん? いいの?」
「二万でホ別だって。まぁ相場通り。××ってコンビニの近くで待ち合わせ。服装の特徴は…」

 私はそのアポよりもっと良いアポを待ちたいと思い、とりあえずライバルにそのアポを譲る事にした。

「まぁ、気に入らなかったら遠目で確認するだけして、すぐ戻ってきたらいいでしょ」
「それもそうだ。んじゃ行ってくる」

 このテレクラは3時間以内であれば外出して戻ってくるのもOKなのだ。

 テレクラに二人一緒に行くメリットはこういうところがある。
 そもそも風俗にグループで遊びに行くのは、連れションに行く感覚に似ているところもあるが…。
 あと三つほど副次的効果がある。
 一つ、危ない橋もみんなで渡れば怖くない。
 一つ、後で反省会ができる。地雷接触率が高い店はもう行かないと学習できる。
 一つ、それが地雷かどうか、友達に試し踏みさせる事ができる。

 さて、亀頭君が帰ってくるまで良アポが取れるのを期待しつつ、エロ雑誌でも読んでおくか。

 ……一時間ほどが経過する。
 待ち合わせ時間を大分過ぎているので、亀頭君はそのままホテルにしけこんだのかな?
 などと思っていたら。

「くっそーひでぇ目に遭ったぜ」

 私のブースに亀頭君が怒鳴り込んできた。

「おかえり。そんな酷かったの? すぐ戻ってきたら良かったのに」
「いやいや、遠目で確認してさ、お、いけるやんと思って近づいたらさ…」

 遠目には、ちょっと派手な格好したスレンダーな女。
 しかし近づいてみると……顔はかなり不細工、しかも結構なおばちゃん。
 恐らく四十は過ぎていると思われる。

「あっ、電話の人ぉ?」

 と、年に似合わない甘ったるい媚びた声で話しかけてくる。
 亀頭君、ぞわぞわっと寒気がして、すぐに逃げだす。
 するとその女、般若の如く怒り出し、ヒールを脱いで裸足で追いかけてきたのだ。
 全力疾走で逃げる亀頭君。
 だが、若い男が全力で逃げているのに、その女は食らいついてくる。
 しかもキーキーと何か罵声を浴びせながらだ。
 三十分余りの逃走劇を経て、亀頭君はようやく彼女を撒き、テレクラに戻ってきたという。

「後藤君! あれが鬼女ってやつだよ。ヨモツシコメ」
「女神転生に出てきたやつ? こえー」

 などと軽口を叩きつつ、また電話を待った。
 懲りない二人である。

「…うん、うん。オーケー。じゃあ今から行くよー」

 私は受話器を静かに置く。

「アポ取れたん?」
「ん。行ってくる」
「くそー。もう三時間経つな。もう厳しそうだし、俺は手ぶらで帰るよ」
「悪いね。今度また一緒に遊びに行こう」

 私達は店内を出た。

「ああああ~~見ぃぃつけたぁぁ!!!」

 ぞわぞわぞわ。寒気がした。
 ヨモツシコメの奇襲攻撃である。

「げえええ!」

 亀頭君は慌ててその場から逃げだす。
 追いかけるヨモツシコメ。
 二時間ぐらいテレクラの外で待ち構えていたのか…。

「……これ、大丈夫かなぁ」

 良アポだと思って取ったが、不安が押し寄せてくる。
 私は亀頭君は放って、一人ラブホテル街へと向かった。

     













 大都会ちほうとし 岡山。
 市中心部からほんの少し離れると長閑な田園風景が広がっている。
 JR岡山駅は流石にそれなりに電車の乗り入れ本数も多いが、その周辺駅は1時間に3本とか4本とかいったところ。
 ゆえに車社会であり、ラブホテル街も車で来る事を前提にしたような郊外さびれたところに密集している。
 土地が安いから広くて豪華な設備を備えたラブホテルが多いのだ。
 私は愛車の2代目マーチに乗り込み、待ち合わせ場所に向かう。
 よっぽど酷い容姿の女でも、車ならすぐ逃げられるからだ。
 深夜二時過ぎ。
 こんな時間に人気の少ない郊外のラブホテル街の近くに若い女が一人で待っているのだろうか。
 テレクラで会話したばかりとはいえ、半信半疑だ。
 悪戯や冷やかしの女も結構いる。
 が、電話で受けた印象は、本気でウリをやっている女の気配がした。
 最近は携帯サイトの出会い系で援助交際をする女が増えているが、テレクラもまだ根強い人気があるのだ。

(あれか…?)

 ぼんやりと人影が見えてくる。
 ちか、ちか、と街灯が煌めいているその下に、女がいた。
 冬だから虫はいないが、夏だったら大量の蛾が光を求めてたかっているような場所である。
 スレンダーでロングの茶髪、何となく気の強そうな美人。
 だが、こんな真っ暗に近い場所に一人で立っているというだけで、幽霊のような不気味さを感じる。

(少なくともボストロールやマンドリルじゃないな)
 などと失礼な事を考えながら、車の窓を開け、女に声をかける。

「テレクラの人?」
「あー! そうそう。ちゃんと来てくれたんだ」

 酒焼けしたようなハスキーで、だが底抜けに明るい声。

「ああ、ちゃんと来たよ。乗って乗って」
「気持ち悪いおっさんじゃなくて良かったー」

 女は「キョウコ」と名乗り、躊躇なく車に乗り込んだ。
 談笑しつつ、ラブホテルへ直行する。
 愛想良く喋る明るさ、女性らしい良い匂い、ルックスも良しときて…。
 大当たりじゃないか、何でこんな女性が売りなんてやってるんだ?
 と、逆の意味で心配になってくる。
 年齢は私と同じか少し年上ぐらい、二十代半ばほど。
 営業をやっているせいか、出会い別れる人、それぞれの人生に想いを馳せる癖がある。

(彼女はどういう経緯で今この場にいるのだろう)

 テレクラで出会った見ず知らずの男の車に躊躇なく乗り込む女。
 それだけで普通の人とは違ったものがある。
 それは私も同じだろうが。

 大都会ちほうとしのラブホテルは駐車場が広い。
 駐車場と部屋が直結していることも多い。
 いわゆる「ワンルームワンガレージ」というタイプだ。
 1部屋に1つ駐車場があり、駐車場から直接部屋にチェックインする仕組みだ。
 料金も自動精算。フロントや他の客と顔を合わせずに済む。
 車内でのデート気分そのままに部屋に直行できる。
 プライベートも保てるし、個人的にとても気に入っているタイプのラブホテルだ。

(彼女はラブホテルが嫌いだったけど、こういうところならOKだったな…)

 落ち込む。
 まだ彼女と別れて二ヶ月だし、ふとした事ですぐに思い出し、ウジウジしてしまう。
 いかんいかん。
 そんな感情を捨て、忘れ去りたいので、こんな遊びを繰り返しているというのに。

「シャワーでも浴びてきたら?」

 部屋に入るなり、キョウコはソファに腰掛け煙草に火を点け、そう促した。
 少し嫌な感じがした。
 煙草を吸う女は余り好きではない。
 自分が吸わないからとか、体に悪いからとかではなく、キスする時に臭うのだ。

「一緒に入ろうよ」
「明るいところで体見られるの恥ずかしいし…」

 やけに可愛らしい理由で頑なに拒否されたので、私は仕方なく一人でシャワーを浴びた。
 運転免許証や出社用鞄は車のトランクの中。
 部屋の中へは財布と携帯しか持ってきていない。
 それも一見、無防備にスーツの上着の中に入れてあるだけだが…。
 金は約束の2万円とホテル代しかないし、携帯のアドレス帳は全部メモに書き写してから消去している。中身を見られても問題ない。
 以前、中国エステで遊んだらシャワーをしている隙に財布から金を抜き取られた事があるので、怪しい風俗店や援助交際で出会った女と遊ぶ際は用心するようになったのだ。
 大金を持ち歩きながら風俗に遊びに行っている紳士諸君は気をつけてくれたまえ。
 だが、キョウコはシャワー時に金を漁ったりという様子はない。

「私も浴びてくるね」

 私がシャワーから出てくると、キョウコは部屋を真っ暗にしてから服を脱ぎシャワーに向かう。
 余程、裸を見られたくないのか…。
 真っ暗になった部屋で、私はキョウコのシャワーが終わるのを待った。
 私が先に出した2万円も、テーブルの灰皿を文鎮のように載せて置いているだけで、自分の鞄にすぐに仕舞い込んだりもしていない。
 逆にこちらがキョウコの荷物を漁れそうな無防備ぶり。(そんな事はしないが)
 援助交際は前金制が当たり前だが、行為が終わるまでテーブルのような見えるところに置くなどして金を受け取らないのは、援助交際をする女としては「礼儀やマナーを弁えた良い女」という傾向がある。
 煙草を吸っているのはマイナスポイントだが、それ以外は文句のつけどころがない。

「お待たせ」

 キョウコが裸でシャワーから出てくるが、湯気とシャワー室から漏れる光は逆光となっていて、キョウコの裸は良く分からなかった。
 ただ、シルエットだけ浮かび上がるそのボディラインは、服の上からでも想像できていたが、スレンダーでかつ胸は余りない。
 多分AカップとかAAカップとかである。
 貧乳を気にしていたのかな?
 個人的性的趣向としては、デブ巨乳より、スレンダー貧乳の方がそそるから問題ない。
 私はキョウコをベッドに誘う。

「あ…ん…」

 色っぽい吐息。
 キョウコの息遣いを感じながら、首筋、胸というか大胸筋、乳首、おへそと舐め回す。
 なだらかな平原に大きな干し葡萄が二つ。
 乳首だけはぷっくりと大きめ。
 摘んで、弾いて、少し噛む。

「んん!」

 やはり、貧乳でか乳首は感じやすい。
 私は気を良くして、次々とキョウコを責め立てる。
 もう既にあそこも濡れそぼっている。
 ローションを用意する暇もなかったはずなので、本気で感じてくれていると思うと嬉しくなる。
 私は更にキョウコを感じさせようと、彼女の尻を持ち上げ、背後から責めようとうつ伏せに倒そうとする。

「あ、駄目!」

 キョウコがそれを止めようとしたが、私は構わず彼女をひっくりかえした。









「……ごめん」
「ふぅ……だから言ったのに……」







 キョウコの背中には、びっしりと見事な和彫りが彩られていた。
 眼光鋭い龍が臀部でんぶから肩まで昇っている。
 ヤバイ女を抱いてしまった……と、私の息子はすっかり意気消沈しまっていた。



「大丈夫よ」

 カチッとライターを鳴らし、キョウコは髪を掻きあげつつ、煙草に火を点ける。

「別にヤクザの女とかじゃないから」
「本当に……?」
「ええ。私、バツイチなの。元旦那がヤクザだったからそれで…。今は、何の関わりもないから」

 キョウコが言うには、若気の至りで、ヤクザの旦那と大恋愛して刺青まで彫ってしまったものの…。
 ヤクザの旦那が内輪揉めで殺されてしまい、自分だけ地元の九州から岡山まで逃げてきた。
 頼れる身内もおらず、女一人で生きていこうとするが、風俗店は刺青お断りのところが多い。
 ヤクザが経営する風俗店なら刺青ありでも働けるだろうが、ヤクザとは関わりたくないのだ。
 仕方なく援助交際で糊口ここうを凌いでいるという。
 客は刺青を見せると逃げだすので、なるべく見せないよう暗くしてプレイしているという。

「でも、隠し切れないのよ」

 キョウコはふーっと紫煙を吐く。

「明るく振舞ったり、刺青を隠したりしても、どうしてかばれちゃう。セックスの時だけじゃなくて、普段の生活でもそう。スーパーとか工場でバイトしようとしても、なぜかヤクザっぽく見えるのか、いつも面接で受からないのよ」

 長年、ヤクザの女をやっていたせいか、内面から滲み出るものでもあるのだろうか。
 刺青さえ見せなければ、普通の女性と変わらないとは思うのだが…。

「ああ、寂しい。旦那に会いたいなぁ…」

 死別した旦那をまだ想っているという。
 憂いを含んだその表情は、やはり堅気の女には見えなかった。
 そして、そういう込み入った事情を聞いてしまうと、すっかりセックスする気分ではなくなってしまう。
 余りに重すぎるだろう。

「キョウコさんに比べたら、大した話じゃないけど」

 私も身の上話をした。
 商品先物取引などという詐欺的な行為をする会社に勤めていたばかりに、恋人の母親の反対に遭い、強引に別れさせられてしまったという話。
 キョウコはせせら笑う。

「まぁ、相手が生きているなら、その内また会えるんじゃない? 詐欺的な会社って言っても、辞めたら済む事。あんたはまだ全然やり直せるでしょ」

 確かにそうだ。
 キョウコ、いやキョウコさんの置かれている絶望に比べたら、自分の悩みもみみっちいもののように思えるのだった。
 それから、ホテルでキョウコさんとしばし会話を楽しみ、私達は別れた。
 連絡先は交換しなかった。
 テレクラはもう利用しないだろう。
 寂しさをそれで解消しようとしても、埋まるものではないのだ。






第二話 終わり

       

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Neetsha