Neetel Inside ニートノベル
表紙

滅神時代に生まれました
12.人狼カフェ

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 美術館へ行って、それからランチを楽しんで(銃声とか鳴ってたけど)、それから僕らはやることがなくなった。本来なら男の僕がこんなことは考えておかなきゃならんことだが、どうも僕はデートのセンスがないらしい。
「上沢さん」
「何?」
「白状していいかい。……僕、エスコートとかよくわかんない」
 と嫌われ覚悟で告白してみた。すると、
「いいよ、最初から、全然期待してない」
 と返され、またもやピッと最新作の国産映画のチケットを二枚、上沢さんは僕に見せつけてきた。うーむ。読まれている。
 というか僕は本当に駄目な男子だなあ……彼女におんぶにだっこで、これでいいのだろうか。それ以前に、僕は依然として上沢梓という絶対神の女の子に『恋愛感情』というやつを持っていないわけで、いまのところは「誘ってくれるから遊んでる」という構図になっているわけで……いやもちろん、毅然として「君とは付き合えない」なんて答えたら首から上をぶっ飛ばされるか豚や牛に変身させられるかしてしまうかもしれないわけで、僕に選択の余地なんてない……のだけれど……
「ねぇ、もっと見たい映画とかあった?」
「え?」
 映画館のフロアで、開場待ちをしている時に、隣に座った上沢さんが尋ねてきた。
「あたしの選んだこの『思い出ばいばい』が嫌だとゆーなら、いまから変更も出来ますけれども」
「……本当になんでもアリなんだなあ」
 本気になったら買うもの全部タダとかも出来るんだろうなあ。なんか神様というよりお姫様みたいだ。それなら今、僕の家にいるだろう恋咲はさしずめ亡国の姫ってところか。……うーん。庶民が勝手にそんなの匿ったりしたら、お姫様は許してくれないんだろうなあ。
「葉垣くんはどんな映画を普段見るの?」
「あ、僕? 全然見ないんだよねぇ。たまに金曜の夜とかやってるの見るけど」
「そうなんだ。じゃあ、旅番組とか、何も考えないテレビとかのほうが好き?」
「ああ、そうだね。なにも考えないのがいいね。みんなで散歩してるやつとか。……わあっ?」
「~~~~~~~~~~~~っ!」
 なぜか僕の返事に上沢さんがエキサイティングし、「ぎゅっ」と首根っこに抱き着いてきた。待って待って、みんな見てる見てる。うわあ。やめてぇ。
「いいねぇ、葉垣くん!」
「あっはっは、そうかな?」
 まさか旅番組が好きだって答えただけでこんなにウケがいいなんて。女の子ってよくわからない。アクション映画が好きとか答えてたら「乱暴者」だとか思われてたのかな? ……フィクションに求めるものと現実がどうであるかは別物だと思うけどなあ。
 そうこうしているうちに僕が買ったキャラメル味のポップコーンを上沢さんが喰い尽くし、さらにタイミング悪くシアターが開場した。購買は結構混んでいて、買い直している時間の余裕はなさそうだ。
「あっ、あっ。ごめんね葉垣くん……全部食べちゃった」
「ダブルサイズを一人でひょいパクしたことには驚きを禁じ得ないけど、僕はおなか減ってないから大丈夫だよ」
「そう? 本当に大丈夫? 隣の席の人のポップコーンに手を出したりしない?」
「なんでそんな腹ペコキャラ扱い?」
 というか、お弁当食べたばかりなのにさらにポップコーンも詰め込むとか、よくそれで華奢な体型を維持できるなあ……
「……? どったの?」
「なんでもない」
 隣にいるのが超絶美少女だということを思いだし、僕は顔を背けた。よーく見ると上沢さんは結構、二の腕とか、ふとももとか、露出が多い服装をしている……
「いこいこ。始まっちゃう」
 上沢さんは僕を掴んで、薄暗くてよく物が見えない劇場の中へと引っ張って行った。

 ○

「うぇっ……ひぐっ……あああん、あああああああん……」
 上沢さんが泣いている。拭っても拭っても涙が流れ落ちている。僕は彼女の手を引いてズンズン歩いていた。
 勘違いはやめてほしい。これは僕が彼女にイケナイことをしたとか、おっぱいさわったとか、そういうことじゃない。なるほど、普段、自分がそうじゃないから忘れていた。
 映画は泣くことが出来るモノだということに。
 ……確かに上沢さんがチョイスした恋愛映画『思い出ばいばい』はとてもいい作品だった、と思う。プロット自体はよくある恋人が記憶を喪失していく中で、それでも二人で一緒にいようとする主人公の苦悩と葛藤の物語なのだが、細部にわたって緻密に練られた撮影技術と役者の腕で、それはそれはとても感情を揺さぶられる素晴らしい映画だった。それは認める。
 でも、さすがにここまで号泣しているのは上沢さんだけだ。
「…………」
 うおお、恥ずかしい! めちゃくちゃ泣いている女の子を引っ張って僕は映画館を飛び出した。
「うぅぅぅぅぅ、あけみぃぃぃぃぃぃ」ちなみにヒロインのことだ。
「わかった、大丈夫、あけみが頑張ったことはわかった。だからもう泣くのはやめよう上沢さん」
「うぉぉぉぉぉぉぉ……」
 やばい、通りの向こうでおまわりさんがめっちゃこっち見てる。このままじゃ補導だ。
「落ち着いて、上沢さん、はい深呼吸。スーハーしよっか」
「ぶーっ」
「僕のシャツで鼻をかむなあーっ!!」
 めっちゃ出てるめっちゃ出てる!
「びぇぇぇぇぇぇ、ごめんねぇぇぇぇぇ!」
「許す、許すから泣き止んで上沢さん! どう、どう!」
「ふわあああああああああああ!!」
 泣き続ける上沢さんを僕は人混みから連れ出した。とにかく、とにかくどこか落ち着ける場所へいかないと……あと薬局かどこかで箱ティも買わないと……
 ちょっと人気のない住宅街まで来ちゃっていた僕は、あっちこっちを見回した。駅前を外れたのは失敗だったか……すると、
 くいくいっ
 袖が引っ張られる。
「どうしたの、上沢さん?」
「おしっこ」
「なんだって!」
 コイツマジか!
 くそ、可愛い!!
 涙と鼻水でべちょべちょの顔で足をすり合わせている上沢さんにもう僕はノックアウトだ。わかった、もうわかった。認めよう。めちゃんこ可愛いこの子。いいだろう、この住宅街のど真ん中、なるべく穏便に彼女がおしっこできる環境を見つけてあげるのも彼氏の務めだ。僕は己の中に眠りしエスパー少年っぷりを最大限に発揮し、グーグルマップで一番近い喫茶店をサーチした。距離およそ二百メートル! おしっこ我慢できそう圏内です!
「ちょっとやばい、かも……」
「わかったわかった漏らすのだけは勘弁して」
 僕はなるべく振動にならないように上沢さんを競歩で引っ張り、隠れるようにして建っていたレンガ家風の喫茶店の中にぶち込んだ。そのまま「トイレどこですか!」とカウンターに向かって叫び、なぜか店員さんがケモミミケモシッポだったことに気が遠くなるような思いがしながら、「あっちです!」と教えてもらったトイレに恋人を叩きこんだ。それから彼氏に出来る最大限でたった一つの思いやり、出来るだけトイレから遠い席までいって座るという使命を成し遂げ、ようやく一息ついた。なんで僕こんな疲れてるんだろう。
「彼女さん、具合悪くなっちゃったんですか?」
「いいえ、おしっこです」
 ケモミミの店員さんは「そう……」と頬を赤らめている。
「でも、偉いですね。ちゃんとエスコートして」
「携帯電話でトイレサーチしただけですけどね。いやあ、助かりました。……あの、ここって?」
「人狼カフェです」と店員さんは自分が褒められたように得意げに言った。ぴょこぴょこ、と灰色のケモミミが動く。僕はそれをじっと見た。
「……人狼カフェ?」
「狼と人間のハーフ、その末裔の女の子がひっそりと経営する現代社会の闇を癒す喫茶店……という設定です。『月のしずく』を今後ともごひいきに」
 丁寧にお店の名刺まで貰ってしまった。僕はぺこりと頭を下げる。
「なるほど……人狼カフェ」
 ほんとかなあ。僕の注目はもちろん、あまりにもリアルに動く店員さんのケモミミである。
「……つかぬことをお伺いしますが……それって本物だったり……?」
「あ、取れますよ」
 ひょい、と店員さんがケモミミを取った。それはカチューシャにケモミミをあしらっただけの簡単な代物だった。間違っても本物ではない。
 なんとなく、僕は安堵した。
「なんだ……よかった」
「本物だったら食べられちゃうと思ったんですか?」
 くすくす笑われる。う、うおお! 恥ずかしい! 確かに今のところ僕は人狼カフェまで来てケモミミの真偽をおそるおそる問い質すという、おねしょ小僧とさほど変わらない情けなさっぷりなのではなかろうか。いや、そう見られても全然不思議じゃない! うわあああああ!
 頭を抱えた僕のつむじをくりくりしてくる店員さん。
「かわいい新規さんごらいてぇ~ん」
「ちょっとりんご、お客さんからかってないでオーダーむしり取ってよ」
「なんてひでぇ言い回しだ。どこの誰だ!」
 僕はガバッと顔を上げて、その声の主を見た。
 よく見慣れた顔である。
 橙色の髪、太陽と同じ種類の瞳、透き通った肌、桜色の和菓子のような唇……って、
「は、恋咲!」
「あら、燈七郎じゃない。身内だからって遠慮しないわよ。ちゃんとコーヒーを飲みなさぐぇぇぇ」
 僕はウェイトレス姿の忘れ神の首根っこを掴んで振り回した。
「なにやってんだこんなところで!」
「ぐぐぐ……は、放しなさいよっ!」
「ごはっ」
 神による回し蹴りが延髄に命中。僕は足元から崩れ落ちスツールに沈んだ。
「…………」
「もう、制服が崩れちゃったでしょ」
 襟元を正す恋咲。僕をじとっと睨み、
「ここはバイト先よ」
「ば、バイトだとぉ」
「そう。いろいろこの世界のことを知らなきゃと思ってたから。で、ここを見つけたの。ほら、私も獣の耳がついてるでしょ? ちょうどいいと思って」
 ぴょこぴょこケモミミ(本物)を動かす恋咲。
「そ、そんな……だって、ええ?」
 僕はりんごという名前らしい店員さんをチラっと見た。ニコっと微笑まれる。
「ん、わかってるよ。この子が忘れ神だってことは」
「マジですか」
「マジです。……君、恋咲ちゃんのイレコミでしょ? 大変だねぇ。でも、お姉さんは応援してるからね!」
 ぎゅっと手を掴まれてぶんぶん振り回される。
「いやあ、がんばりますう」
「鼻の下伸ばしてるんじゃない!」
「よせ恋咲、耳が千切れる」
 じゃれているうちにトイレから上沢さんが出てきた。満足そうな顔をしている。
「ふう……ごめんね葉垣くん……ちょっとオレンジジュース飲み過ぎた……」
「知ってる」Lサイズをごっくり飲み干してるの見てたからね。
「えーと、ここ喫茶店? ちょうどいいね、休憩してこ!」
「もちろんだよ」
 平然としてスラスラセリフだけは出て来るが、内心じゃあカウンターの中でいそいそと仕事している(こいつ正気か?)恋咲のことで心は満タンだ。どうしよう、これって物凄くヤバイ状況なんじゃないだろうか。なんで慌ててるのは僕だけなんだろう。りんごさんだって上沢さん、つまり絶対神の顔くらい知ってるだろーに。なに? こんなときだからこそ平常心を保たないと駄目なのよ理論? 僕もうそういうの限界なんだけど。
「どうしたの葉垣くん、顔が青いよ」
「そう?」
「浮気がバレそうになってる男みたい」
「あははははははははは」
 やめてぇーその鈍いようで結構鋭い直感。ほんとやめてぇー。
「ご注文は?」
 恋咲が上沢さんにオーダーをむしり取りに来た。おい仕事頑張りすぎだろ! 時給シフトでそんな頑張らなくていいよ! 裏で寝ててくれ頼むからぁーっ!
 そんな僕の気持ちなど知らずに、
「あ、えっと……え?」
 恋咲を見上げた上沢さんがピタリ、とその動きを止めた。
 その宝石のような瞳が、じっ……と恋咲のケモミミを見つめている。
「その耳……」
 ああ。
 終わった。
 これで何もかもおしまいだ。絶対神に忘れ神を囲っていることがバレたらもうタダじゃ済まされない。ボコボコのケチョンケチョンで済めばまだいいが、ひょっとするとイクところまでイッてしまうかもしれない。神様レーザーで消し炭になるときってやっぱり大声で誰かの名前を叫んでおくべきなのかな。僕がそんないたいけな空想に逃げていると、上沢さんがふっと微笑んだ。
「……可愛いですね!」
「でしょ?」恋咲は得意げ。
「自慢の耳だもの!」
 お前ぇ……
 余計なことは言わんでええ……!!
 僕は恋咲に視線で殺しちゃうぞビームを送りながら、胸バクで上沢さんの動向を盗み見た。
「えっと、アイスティーで。葉垣くんは?」
「麦茶で」
「なめてんの燈七郎? ここは喫茶店よ! コーヒー系の黒っぽいやつを頼みなさい! ……むぎゅっ」
「あっはっは、ちょっとちょっと馴れ馴れしいな~この店員さんは~」
 僕は恋咲の口を塞ぎながら、りんごさんに「僕もアイスティーでぇ」と頼んだ。りんごさんはニヤニヤしながら「はーい」と働き出した。
「……二人って、知り合いなの?」
 上沢さんが尋ねて来る。僕は上沢さんの肩を掴んで、その瞳を真摯に覗き込んだ。
「上沢さん」
「な、なに?」
「誤解だ」
「……わ、わかった……」
 なぜか口元に手をやり顔を赤らめている上沢さんをとりあえず解放し、改めて恋咲に「お前マジで余計なことすんなよ」と目で釘を刺した。恋咲は「やれやれ、わかってるわよ。お二人でごゆっくり」とでも言いたげに肩をすくめた。なにこの態度ぉ超むかつくんですけどぉ……誰のために今僕が神経をすり減らしてると思ってるんだ! くそぉ!
「ぷはっ……ええ、そうね、いきなりこんな狼藉を女子に働く男なんて、知り合いじゃないわ。早く有り金置いて出てけ!」
「ギャングバーかよ! もういい、こんな青少年に新しい性癖を目覚めさせかねないお店は出よう、上沢さん! それが僕らの未来のためだ!」
 恋咲とモメたフリしてこの危険地帯を逃げちゃおうとした僕が見たのは、お店のマスコットらしいデフォルメされた人狼のぬいぐるみの手を愛おしげにもふもふしている絶対神の姿だった。ちくしょう、籠絡されてる。
「かわいい」
「ふっふっふ、それに気が付くとはあなた、やるわね」
 腕組みする恋咲。僕は手頃なバットかバールのようなものはないかとあたりを見回した。
「それは『月のしずく』のマスコットキャラ、ジンロ君よ! トレードマークは飢餓状態が続きすぎて垂れてしまったベロ」
「そんな悲しい過去を背負っていたのかい?」
 ジンロ君に語りかける上沢さん。
「うちの子になるかい?」
「お持ち帰りは厳禁よ」
「あっ、ごめんなさい、おさわりだけは許してください!」
 恋咲にジンロ君を取り上げられて上沢さんはわたわたしている。恋咲、すごく嬉しそう。Sっ気があるらしい。
「ジンロ君を返してほしければ、フレークも注文することね」
「くっ……わ、わかりました……」
 ガチでオーダーむしられてる……
「上沢さん、嫌なことは嫌だって言わないと」
「でもジンロ君が」
「僕が後で買ってあげるよ」
「嘘つかないで!」
 なんでこれだけバレるんだ!
 ジンロ君を抱き締めて瞑想状態に入った上沢さんを、僕、恋咲、りんごさんで眺めるという不思議空間が形成された。もうこうなったら普通に出してもらったアイスティーをすするくらいしか僕に出来ることは何もない。
 それにしても……まさか恋咲がバイトしてるなんて。一緒に暮らしていて全然、気が付かなかった。どうもりんごさんとのかけあいなどから察するに、昨日今日働き始めたって感じじゃなさそうだ。帰ったら色々と問い質そう……とにかく、今は、とりあえず今日を乗り切るんだ。
 絶対神と忘れ神がカウンター越しに一緒にいるという、このトラブルを。
「あなた、本当にジンロ君が気に入ったのなら、私がメーカーに発注をかけてあげてるけど」
「本当ですか!?」
「ええ。いいよね、りんご?」
「いいよ~それぐらい」
 りんごさんめっちゃチョロイ。
「その代り、大切にしてあげるのよ?」
「はいっ! 大丈夫ですっ!」
 元気に返事をする上沢さん。満足そうな恋咲。そしてわりとハブられてる僕。いいさ……今日が平穏無事に終わるなら……そう思っていた時、
 かららぁん、とドアベルが鳴って。
「……あれ、閣下じゃないですか」
 クソKY眼鏡天使野郎がのんきな顔して、人狼カフェ『月のしずく』へ入店してきたのだった。僕は叫んだ。
「帰れっ、このくそったれ野郎!」
「ああ!? 貴っ様、葉垣ぃ! 閣下を前にしてクソとはなんだクソとは! その小汚い口を閉じておけ、この寝しょんべん野郎!」
「幼稚園の時のおねしょは共犯にしようって話がついてただろう! なんでいまさら僕一人のせいになるんだ!」
「ちょっ、おまっ、や、やめろ! それ以上、俺の過去をほじくり出すなあ!」
 天条と掴み合いになり、リアルファイトが始まり、恋咲が好戦的な野次を飛ばしてりんごさんがあくびをし、そして横目でチラっと見えた上沢さんはくすくすと楽しそうに笑っていた。天条の顔面に右フックをぶちこみ、カウンターで左を貰いながらも僕は思った。
 とりあえず、いろいろ考えなきゃいけないことはあるんだけれど、
 あるんだろうけれど、
 上沢さんは、笑っている。
 それでいいのかもしれない。

       

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Neetsha