Neetel Inside ニートノベル
表紙

滅神時代に生まれました
17.ロング・ロング・グッド・バイ

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「たっだいま~~~~~~!」
 僕の部屋に戻るなり、ぼふっ、と僕のベッドにダイブする恋咲。
「う~ん、やっぱり使い慣れた寝具が最高ね!」
「それは本来僕のもののはずなんだけどね」
「燈七郎はカーペットで寝るのが好きなんでしょ?」
「そう見えてた? 今度から殺意を倍プッシュしておくね」
 コイツ、僕がどれだけ寒い思いをしていたと思ってるんだ。布団を新しく買うお金もないから、僕は毛布一枚でカーペットにゴロ寝している。僕はひょっとしたら怒っていいのかもしれない。今度怒ろう。
「ったく……君はちょっと凹んでるぐらいの方がいいなあ」
「なんてことを言うの。祟るわよ?」
 ぎゅーっと僕を睨んでくる恋咲。煽り耐性低すぎだよ。
「あなたは私のイレコミなんだから、ちゃんとイレコミなさいよ」
「日本語を乱すなよ神様。ああ、なんか疲れたなあ。お風呂沸かしてくれない? ご飯も食べたいなあ」
「もう、少しは自分でやったらいいのに!」
 ぶつくさいいながら動いてくれる恋咲。こういうところは素直で可愛い。僕は座布団に腰を落ち着けながら、あっちへふらふらこっちへふらふらと家事に奔走するケモミミ神様の後ろ姿を目で追った。結構幸せかもしれない。
 そう、ずっとこんな日々が続いていけばいいんだ。
 恋咲がいて、僕がいて、学校へ行けば森崎さんや天条や上沢さんがいて。時々、天条や上沢さんに何か勘付かれそうになっても上手いこと誤魔化して、切り抜けて、困った時は森崎さんになんとかしてもらって。そうやって今日がずっとずっと続いていけばいい。
 テレビを点けると、なんの変哲もないニュースが始まった。今日の天気はどうだった、株価はどうだ、もう冬だからお鍋がおいしい季節だ……ニュースは明るいことばかりを流す。悲しいことは少しも流れやしないのだ。僕はお腹が減り過ぎて夕食前にせんべぇをパクつきながら、チャンネルを無意味にザッピングさせていく。
「はい、ごはんできたよ」
「いつも思うけどマジ早いよね」
 煮えてないんじゃないか説を疑っているが、美味しいので大丈夫なのだろう……今日は定番の肉じゃがだ。誰にでも作れて、誰でも食べられる主婦の強い味方のおかず。
「いただきまーす」
「お風呂もうすぐ湧くけど、あとでいい? 燈七郎」
 エプロン姿の恋咲がこちらを振り向く。なぜか僕にはその時、彼女が眩しく思えた。
「ああ、後でいいよ。一緒に食べよう」
「ふふっ。あ、そうだ」
 パン、と恋咲は嬉しそうに手を叩いて、
「最近ね、友達が出来たの」
「へぇ」
「猫なんだけど」
「ほほう。マジか」
「ここに呼んでもいい? 燈七郎」
「ええ? ごはん中はちょっとなあ……それに猫に食べさせられるものなんてないじゃないか」
 ふふん、と恋咲は笑って、
「バイト代でキャットフードを買ったわ」
 ぬかりねぇ。
「じゃ、呼んでくるね。おーい、ゴン蔵……」
 と恋咲が旧時代丸出しの猫の名前を呼びながら、窓のカーテンを開けた。そして差し込んできた強烈な光に僕の部屋は真っ白になった。両目が焼かれて、僕は箸を取り落した。からん、と茶碗に触れて転がった箸の音がいつまでも耳に残っていた。
「え……?」
「…………」
 恋咲を窓際からどかして、僕は窓を開けた。サーチライトの光が僕の顔面を執拗に舐めて来るのが嫌で、首を振る。そして窓の鉄柵に両手を突いて、僕は悟った。
 僕の部屋の外は、完全に包囲されていた。

 ○

『葉垣燈七郎、そして奴に匿われている名も無き神に告ぐ。すぐにこちらへ出て来い』
「燈七郎……ど、どうしよう」
「行こう」僕は靴下を履き直しながら言った。
「逃げ場はないよ」
「で、でも……」
「大丈夫」
 オロオロする恋咲がおかしくて、僕は笑い出しそうになった。慌ててそれをかき消し、彼女の手を引く。
「ここにいたら、アパートのみんなに迷惑がかかる。でも、恋咲だけは僕が守るよ」
 よくもそんな嘘がつけたものだな、と自分に苦笑したくなるが、そんな気持ちは吹っ飛んだ。
「うん」
 恋咲が、何もかも信じ切った目で僕を見てきたから。
 ……くそっ。
 なんてこった。嫌になる。
 神様に期待されるほど、僕は出来た人間じゃないんだ。
 ……外へ出た僕たちを確かめて、サーチライトの光量が絞られた。当たり前だ、あれだけ強い光を数点から当てたらちょっと光の環から飛び出せばすぐにより濃い闇へと逃げられる。とはいっても、僕にそんな度胸も計画もなかったけれど。
 両手を挙げて、僕たちは進んだ。野次馬たちが集まってきているようだったが、武装した人間たちがそれを抑えているようだ。それをどうでもいい気分で眺めながら、僕はメガフォンを握っている男に笑いかけた。
「やあ、天条。お勤めご苦労」
「死にさらせ」
 天条がキレている。
「この反逆者が」
「……返す言葉もないなあ」
「だろうね」
 そう言ったのは、絶対神カルドの分霊。
 上沢梓さんは、制服のまま、首にマフラーを巻いて、道路に立っていた。放課後ちょっと悪戯心を出して僕の家に寄った、みたいな雰囲気だ。実際、似たようなものだ。
「葉垣くん……残念だよ」
「僕もだよ」
「はぐらかさないで。……信じてたのに」
 そういう上沢さんは無表情で、その内側に秘められた熱情の大きさも鋭さも僕には計測することが出来なかった。確かに、そうだ。
 知らない方が幸せなこともある。
「……いつからわかってた? 最初から?」
「そんなわけないでしょ」ぽつり、と言い、
「君延が全部教えてくれた。それだけ」
 僕は天条を見た。天条は部下らしき少女にメガフォンを預けていて、今ではもう愛剣の柄を弄び始めていた。柄の目貫釘にゴミでも挟まっているのか、メガネの奥の近眼乱視を糸のように細めながら、言った。
「俺は、お前が騙されていてくれればと思った」
「……へぇ」
 それは、いろんな意味を持った言葉だった。
 つまり、あの時から。
『月のしずく』で恋咲がバイトしているのを見かけた時から、天条は気づいていたというわけだ。なんてことない話。当たり前だ。
 ケモミミケモシッポの神様が、それを隠さないで平然と働いていたんだから。
 それを見て、気づかない方がお気楽なのは確かだ。
 天条が僕を見る。
「葉垣、俺はお前をガキの頃から知ってる。お前のことだ、忘れ神を拾ったら、いいように言い含められて、イレコミにされちまう可能性は充分あった。土着神どもは性根がキャベツの根っこみてぇに腐りやすいからな」
「ひどい言い方だなあ」
「ヤオヨロズの生き残りなんざ、意地汚く俺たち人間に寄生するだけの害虫みたいなもんだ」
 天条が吐き捨てた。
「お人好しの大馬鹿野郎なんざ、いいカモだったってことだよ」
「ちょっと! 私と燈七郎はそんな爛れた関係じゃっ……!」
 怒鳴りかけた恋咲の眼前に、抜刀された天条の愛剣『忠義』の切先が閃いた。ハラリ、と恋咲の前髪が数本、落ちる。
「黙ってろ、バケモノ。お前なんかに用はない」
「くっ……天条君延……! 忘れないわ、あなたの名前は……!」
「好きにしろ。直に死ぬ」
 さらりと天条は言い放ち、僕を見た。
 僕は言った。
「驚いたな」
「何がだ」
「天使候補生の筆頭候補である天条君が、明らかにヤオヨロズである少女をすぐに処理しなかったとはね。ギリギリまで僕が騙されているだけだという証拠を掴みたかった……だから、『あの子に恋した』なんて嘘ついて、恋咲と僕の関係を探ろうとしたってわけだ」
「ああ、そうだよ」
「……で、とうとう君は僕が有罪……情状酌量の余地なしってことに気づいてしまったんだな。倒れた恋咲を闇祭りに連れて行った僕が、彼女が人間でないことを知らないわけがないものな」
「その通りだ。闇祭りに参加した他のイレコミとクズ神どもは、今、俺の部下が追跡している。お前に手を貸した森崎家の一人娘も逃走中だ。絶対に捕まえて二度と反逆できないようにしてやるがな」
「……やめてやってくれよ。森崎さんは僕が巻き込んだんだ」
「っ……こ、の……大馬鹿野郎が!!」
 天条が叫ぶ。
「逆だろうが!! ……森崎がお前に余計なことを吹き込まなきゃ、俺は……」
 天条はそこで、出かかった言葉を噛み千切って飲み干した。後にはもう、冷徹な表情が戻っている。
「……葉垣燈七郎。天使候補生筆頭として、この天条君延が、貴様を断罪する」
「凄いな、天条。そんなセリフ吐くようになったのかよ。……僕たち高校生だぜ? のんびりやろうよ」
「貴様はどうだか知らんが、俺の未来はもうこういうふうに出来ている」
 天条は剣を構えて見せた。ビックリだ。本物の天使に殺意を向けられるのは初めてだけど……本当に怖いものなんだな。
 死ぬのは嫌だなあ……
 天条が濡れたように輝く刀身を見もせずに、語る。
「ヤオヨロズを匿った罪、絶対神カルド様を騙った罪、穢れた祭事に参加した罪……どれも許しておけない大罪だ。このまま死なずに済むと思うな」
「待ってくれ、と言っても、僕にはもう手がないのかな?」
 僕は卑怯な手を打った。
 そのセリフを、天条にではなく、俯いている上沢さんに言ったのだ。
 何も言えない上沢さんに。
「…………」
「上沢さん、僕たちのこと、助けてくれない?」
「貴様ァっ!!」
「待って!」
 剣を振りかぶろうとした天条を、上沢さんが腕一本で制止した。ぐっ……と天条は歯噛みして、剣先を下ろす。
「閣下……俺はもう、我慢が出来ませんっ!」
「いいから、やめて。話をさせて」
「閣下……」
「葉垣くん」
 上沢さんは顔を上げた。冬の始めの冷たい外気に、白い肌が触れて、赤くなっている。
「教えてくれないかな」
「……何を?」
「どうして、ヤオヨロズを匿ったりしたの」
「…………」
「匿えば、いつかこうなるって、分かってたよね」
「……分かってたかもね」
「じゃあ、どうして? 死にたかったの?」
「そんなわけない」
「その子が好きなの?」
「そういうんでも、ないかな」
「……あたしには、分からない」
 上沢さんが、冷たい目で恋咲を見た。恋咲は毅然として見返そうとしているが、気圧されているのが分かる。
「確かに、可哀想だとあたしも思うよ。何言ってんだ、自分でやってんだろ、って思うかもしれないけど。でも、ヤオヨロズがいたら、世界に神が二人以上いたら、秩序のバランスが取れないんだよ。長期間は保てない……よくて三世代、それが限界。世界はそういうふうに出来てるの。全ての根幹にある大きな流れ、それを作ったのはあたしじゃない……」
 上沢さんはぎゅっと拳を作った。
「ヤオヨロズは滅ぼさなきゃならない。もう百年も前からそういうルールでこの世界は動いてる。そして、あたしは完璧にその世界を管理してきた。意識して、あるいは無意識に、夢見るようにあたしは世界を回してきた。……それが無駄だったっていうのかな。間違ってるって、葉垣くんは切り捨てる男の子なのかな」
「それは……違うよ。上沢さんがやってきたことが、無駄だったなんて、言ってない」
 神様がいなければ、ひどいことが起こるのは間違いない。
 僕たちは、上沢さんなしには生きていけないのだ。
 彼女は正しく、強く、何よりも偉大な存在だから。
「どうすればよかったのかな」と神は言った。
「どうすれば、葉垣くんはあたしの味方になってくれたの? どうすれば、その子を見捨てて、あたしのところに引っ張ってきてくれたの? ううん、そこまでしなくてもいい。ただ、その子を無視して、いないものとして扱ってくれるには、あたしはどうすればよかった?」
「……見捨てればよかったっていうのか? 恋咲を?」
「そうだよ。だって仕方がないじゃん」
 その時、僕は気づいた。
 上沢さんが涙を流していることに。
「仕方ないんだって……ヤオヨロズを滅ぼすのは、世界のためなの。みんなのためなんだよ? 今日が今日であるために、何事もなく平穏な一日をみんなが送るために、それを妨害する可能性のある存在はすべて削除しなきゃならない。いちゃいけないの、そんなのは。そこまでやらなきゃ、世界を平和になんて出来ない……」
「上沢さん……」
「どうして分かってくれないのかなあ……」
 制服の袖で顔を拭いながら、
「どうして……」
「無駄ですよ、閣下」
 言ったのは、天条だった。今にも僕に噛みつきそうな顔で、剣を構えたまま続ける。
「俺は昔からこの男を知っています。コイツはね、馬鹿なんですよ」
「おいおい」
「違うとは言わせんぜ。お前はちょっとおかしいんだ。損得勘定が分かってない。みんながウンと言う方へは絶対に行きたがらないんだ」
「いつの頃の話だよ。僕はもう……」
「変わってねぇよ。隣見てみろ」
 僕は黙った。
 恋咲が、僕にしがみついて、震えている。
「燈七郎……」
「大丈夫だ、大丈夫だから……」
「大丈夫なものかよ」天条が吐き捨てる。
「ああ、そうとも。俺は昔から思ってた。思ってて、見て見ぬフリをしてきたよ……お前には反逆者の素質があるって、俺は分かってた。もっと早くに、お前を強制収容所送りにするべきだった。全て俺の誤算が招いた結果だ、閣下、この責任は全て俺にあります。閣下にはない」
「失恋ぐらいさせてよ」
「……閣下」
「なんでもかんでも御使いのせいじゃ、あたし、カッコ悪いじゃん……」
 ぐずっ、と鼻をすすって、しばらく上沢さんは、顔を背けていた。僕の顔を見るのが耐え難いかのように。
 実際、そうだったろう。
 僕は男として、最低なことをしたわけだから。
「ごめん……」
「謝らなくていいよ」
 だいぶ経ってから、上沢さんが言った。目元が真っ赤になっていた。
「許してあげるから」
「え……?」
「許してあげる」
 白い手が差し伸べられる、僕に向かって。
 天条が吼えた。
「か、閣下! それは駄目です! この男を放置するわけには……」
「いいから。……ね、葉垣くん。全部許してあげる。あたし、優しいんだ。ひどいこといっぱいされたけど、絶対後悔させてやるって思ったけど……許してあげる。全部水に流してあげるよ」
 ぴっ、と僕の隣にいる恋咲を指差して、
「その忘れ神をこっちに渡してくれればね」
 それは、
 最悪の誘惑だった。
 僕は俯く。
「不満かな? どうして?」
 夢見るように絶対神は囁く。
「何もかもなかったことにしてあげる。今まで通り、彼氏彼女で付き合っていこうよ。簡単なことだよ。葉垣くんが今、『ウン』って頷いてくれるだけ。それでこの大騒ぎに全部決着がつくの。葉垣くんは今まで通りあたしの彼氏だし、君延の友達だし、ああ、そうそう森崎さんも助けてあげるよ。そうだ、一緒に暮らさない? ちょっと駆け足になるけど、同棲してさ、二人で楽しく過ごそうよ。学校だけじゃなくて家でも、朝でも昼でも真夜中だって……ね? いいでしょ?」
「……上沢さん」
「頷くだけでいいんだよ、葉垣くん」
 一歩、神様が近づいてくる。
「それだけで、全てを水に流してあげる。知ってる? 忘却の河の水はね、ずっと浸っていれば赤ん坊にまで戻れるの。そこまでやってようやく『忘れる』っていうことが出来るんだよ……葉垣くん」
「僕は……」
「い、行って、燈七郎」
「恋咲……?」
 僕の隣に立つ、忘れられた名を持つ神は、震えながらも、僕をまっすぐに見上げてきた。
「私、あなたを死なせてまで、生き延びたくない」
「…………」
「いいから、言って、燈七郎。今まであなたは、充分よくやってくれたから」
「……恋咲」
「ごめんなさい、燈七郎。……あなたのエロ本、こっそり捨てちゃった」
「知ってる」
「お金も勝手に使い込んだ」
「食事が豪華になったね」
「汚くなってた靴も勝手に捨てた」
「捨てようと思ってたよ」
「メモリーカード、踏んづけて一個壊したわ」
「それはちょっと許せないけど我慢するよ」
 そして僕らは、ぷっと噴き出した。
 見つめ合う。
「……いいの?」と恋咲。
 ああ、と僕は答える。
「上沢さん」
「……何」
「僕は、神様を拾ったんだ」
「…………!!」
 途端、
 凄まじい震動が僕らを襲った。大地が揺れているというよりも、空が鳴動してそれに僕らが引っ張られているかのような、それは大きな揺れだった……
 その一瞬の隙を突かない天条じゃなかった。
「閣下の怨み……俺が晴らす!! 覚悟しろ、葉垣ィッ!!」
「……天条!!」
 閃く剣が僕の頭蓋を割ろうとした瞬間、

「ヤ メ ロ !!!!」

 神が叫んだ。揺れが止まった。
 天条がアスファルトに膝を突いた。
「うっ……」
 腕から血が流れている。剣を取り落した。
「閣下、なぜ……」
「いいから黙ってて……あたしをこれ以上、怒らせないで」
「閣下……」
「ふ、ふふふふ……」
 上沢さんは髪をかき上げて、底知れない笑みを浮かべた。
「そう、そうなんだ。あくまでどこまでも反逆するんだ、このあたしに……最後まで」
「……ああ」
「わかった」
 上沢さんは道を開けた。僕は信じられない気持ちでそれを見た。
「……え?」
「いいよ、行かせてあげる。そんなに逃げたいなら、どこへでも逃げればいい」
 ただし、と少女の姿をした神は言った。
「忘れないで。この世界はあたしが回してるんだってこと。あたしの庇護の届かない土地で、ヤオヨロズと二人ぼっちで何が出来るっていうんだろうね? おかしな人……でもいいよ、確かめてくるといい。『外』でどんな現実があなたたちを待っているのか、その小さな身体で己の無力さを噛み締めるといい」
「上沢さん……」
「……なんてね。ま、出来るだけ意地悪はしないでおいてあげよう。これが元カノからの最初で最後のプレゼントじゃ。……ああ」
 夜空を仰ぐ。
「プレゼント交換もしないまま、終わっちゃったね……とっても、とっても残念だよ、葉垣くん」
「……うん」
 僕は恋咲の手を引いた。
「行こう、恋咲」
 上沢さんの横を通り過ぎる時、彼女の手がサッと動いて、僕の額を弾こうとした。
 僕はそれをこともなくかわした。その時だったと思う。
 彼女が一番、傷ついた顔を見せたのは。
「……ばかっ!!」
 顔を覆って、肩を震わせて、それきり上沢さんは何も言わなかった。僕は俯いて、言った。
「ごめん」
 返事はなかった。
 僕らの関係は、それで終わった。
 神様と人間の、境界線を越えられない恋だった。結局、僕らは分かり合えないのかもしれない。僕がなぜ恋咲を選んだのか、それは僕自身にもわからない。もしかしたら天条が一番、僕の気持ちを知っているのかもしれない。今となってはもう、問い質すことも出来ないが。
「行こう」
「……うん」
 もう一度誘って、僕は恋咲と手を繋ぎ、夜の街を駆け出した。どこまでも、どこまでも、散りばめられた人工の星光を遮って、僕らは走っていく。手を繋いだまま。



 夜明けは来ないかもしれない。

       

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Neetsha