Neetel Inside ニートノベル
表紙

滅神時代に生まれました
09.初デェト

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 一言で済ませれば、上沢さんの機嫌はとてもよかった。
 最初、僕はこの「神様と付き合う」という珍事はあっという間に終結するとタカをくくっていた。女心は秋の空、僕のどこに性的魅力を見出したのか知らないが、すぐに飽きてポイされるだろうと思っていた。実際、不意打ちでポイされるより「はいはいわかってました」でポイされた方が僕の純情ライオンハートもなるたけ傷つかずに済む。
 ところが事態は僕の想定していた緩やかなコースを大幅に逸れ、いまや僕は毎朝毎夕、上沢さんと腕を組んで登下校を満喫中である。上沢さんの中身がとんでもない力を秘めた絶対神でなければ僕は同級生各位からフルボコスパンコパンパンにされていただろう。脳裏に描くだけで恐ろしい。
「はい、あーん♪」
「上沢さん、そこは鼻だよ」
 昼休み、調理実習室をジャックして出来立てのご飯を振る舞ってもらえるのは嬉しいのだけれども、どこか抜けている上沢さんのペースに振り回されるのは僕、というわけである。廊下からハンカチ噛みながらこっちを睨んでいる天条の存在も居心地悪いこと甚だしい。
「どったの? おいしくなかった?」
「いや、そんなことはないよ。ただ火は普通にガスを使った方がいいんじゃないかな」
 上沢さんの指先から出た炎で直接炒められたチャーハンはほぼ炭化している。上沢さんはコツンと自分の頭を叩いた。
「ごめんごめん、破壊神の血が騒いじゃって」
「食事の時くらいは落ち着こうか」
 ……なんていうこともあったけれども、おおむね日々は緩やかに過ぎていった。恋咲がとっ捕まって僕もお縄という事態にもなっていないし、彼女の体調も良好だ。イレコミになってから一ヶ月近く経ったけれども、このままいけば高校在学中くらいは恋咲を隠し切れそうな気がする。その後のことは……わかんないけど。
「ねぇねぇ、コレ見て」
 調理実習室にある思いやりと背もたれゼロのチャチな木造椅子に乗せた身体を揺すって、上沢さんが僕に顔を寄せてきた。その手には何かのチケット。
「えーと何々、カルド美術館……?」
 古代ローマの建築物のような外観の建物がプリントされている。そういえば、小学生の頃に行ったことがある気がする。絶対神カルドにまつわる美術品を多数展示してあり、遠足や社会科見学の定番ポイントだった。なるほど、子供の頃に行ったことがある場所に恋人と一緒に行く……思い出話で恋の花も咲くってか! あっはっは、こりゃ行くしかないね!
「今度の日曜日、一緒にいかない?」
 桜色の唇をちょっとすぼめて、からかうように上沢さんは誘ってきた。僕は一も二もなく頷いた。
「ああ、いいね。確かここ、外に公園あったよね」
「そうそう、終わったらそこでお弁当でも食べようよ」
 僕は真っ黒になった煤がこびりついている、チャーハンの皿を悲しい思いで見つめた。上沢さんはそれをすっと流しに置いて水で濯ぎ、
「気のせい気のせい」
「いや気のせいではないよ?」
「い、家でちゃんとお料理、練習してるから! 今度こそ、おいしいものを作らせて頂きますので……!」
 たのむで、みたいな軽いノリで片手拝みで片目を瞑ってくる上沢さん。くそぅ、可愛いな。反逆できそうな気がしない。
「それじゃ、期待させてもらうよ」
「わーい! 楽しみだなあ、あたしも久々に行くんだ、ここ……もうほとんど何があったか覚えてないや」
 チケットを宝物でも見るように愛おしげに見つめる上沢さんを、僕は頬杖を突いて眺めていたんだけれども、ふと思った。
 カルド様の美術品を、カルド様が見に行くのかあ……
 それってどんな気分なんだろう。
「それじゃ、そろそろ教室戻ろっか」
 上沢さんがポン、と椅子から飛び降りて、
「あそこにいる怖いお兄さんを撒いてから」
「……うん、そうだね」
 引き戸の隙間からこっちを見つめている天条の充血した目は、もはやホラーだ。
 わざわざ見に来なくたって、僕と上沢さんの行動は学校側によって設置された監視カメラで逐一記録されてるから、何もオイタは出来ないんだけどね。

 ○

「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
 ぶおぉぉぉ、と掃除機をかけながら恋咲が僕を見送ってくれた。頭に三角巾、身には僕のエプロンとすっかり家事にも慣れたご様子。まァ僕の三倍の量の米をドカドカ喰うのでエネルギーも僕より余っているんだろう。僕はスニーカーを履いて外へ出た。
 日曜日の駅前は少し混んでいる。絶対神カルドの分霊がいるということで、僕の街はわりと開発が進んでいる。とはいってもアップダウンが結構多く、本格的に発展したりはしそうにない。ゆっくりのんびり、僕は坂道に沿って待ち合わせ場所へと歩いていく。ふーむ。
 デートなんだよね。
 いまいち実感が湧かない。さりげに上沢さんとの初デートなわけで、僕も一男子高校生ではありますし、昨夜は服装に死ぬほど気を遣った結果、諦めて「ありのままの自分を見せる」という言い訳でユニクロに落ち着いた。通りゆく同い年くらいの男子たちと五人に一人の確率でペアルック。いいんだ、これで嫌われるならしょうがない……
 と思っていたら、上沢さんは全然気にしない人だったらしい。待ち合わせの駅時計前で、僕を見つけた上沢さんはパアッと後光が見えるほどの笑顔を咲かせた。神様って凄い。
「おはよう、顔色悪いけど、大丈夫?」
「ちょっと寝坊して朝ごはん食べてない」
 普通に怒られて美術館脇の軽食ダイナーへと連行された。美少女に首根っこ掴まれるという得難い経験とサンドイッチを堪能。窓際の席でバッチリボーイッシュな黒基調のファッションで固めてきた上沢さんに見とれているとデコピンされた。
「胸元を見ない」
「それは無理」
 力説したら呆れられた。
「葉垣くんは本当に自由だなあ」
「そう?」
「普通はもうちょっと萎縮すると思うんだけど」
「親父に言わせると、僕は子供の頃に頭打ってからちょっと変らしい」
「そうなの?」
「ここに傷があるんだ」
 後頭部らへんにある、爪の先くらいの傷跡を見せると「ふわあ……」となぜか上沢さんは顔を赤らめて覗き込んできた。
「ひっかいてもいい?」
「朝からハードな要求だよ」
 ドSかよ。僕は丁重にお断りした。イエスサディスト、ノーペイン。
 ぺろりと朝食を平らげて、僕はトイレに立つフリをして会計を済ませた。
「紳士じゃん」
 レジの女の子が話しかけて来てこやつなにやつ、と思ったら森崎さんだった。ウェイトレス姿で伊達かどうかは分からないが眼鏡をかけている。斧はやっぱり背負っていた。
「なんだ森崎さんか」
「なんだとはひどいなあ」
「うちってバイト禁止のはずじゃ……おっと」
 ニッコリ微笑まれ、斧の柄に手をかける森崎さんに僕は抵抗の意思を喪失した。普通に怖いよ。助けて店長。
「お会計、ゼロ一個足してもいいんだよ?」
「この国の良識はどこへログアウトしてしまったの……」
「初デートで彼女のお財布にすがりつきたくなければ、私がここでアルバイトしてることはお口チャックでよろしく」
「了解……」
 会計を済ませて、レシートとお釣りを渡される時、ぎゅっと掌にそれを押しつけられた。顔を上げると、森崎さんは真剣な顔をしている。
「……気をつけてね。イレコミだってこと、バレないように」
「……大丈夫かな?」
「ヤバイと思う」
「そんな」
「そもそも、葉垣くんに彼女が出来るなんて、この世の物理法則がねじ曲がりつつある証拠だし」
「妬むな非リア」
 冗談で言ったのに本気で手斧を振り回されて僕は上沢さんの元へとダッシュ!
「えっ、どうしたの?」
「最近、このへんも治安が悪くなってきたみたいだ」
 テキトーなことほざいて上沢さんの腕を掴み、テラスから走って外へと逃げた。
 上沢さんはなぜか爆笑していた。

       

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