Neetel Inside ニートノベル
表紙

滅神時代に生まれました
11.世界が平和であるように

見開き   最大化      


 お土産コーナーで小さな剣のキーホルダーを買おうとして上沢さんに爆笑され、釣られて「あ、ここ笑っていいとこか!」みたいなノリで笑い出した周囲のお客さんたちによる羞恥体験を経て、はっきり言って僕の心は折れた。それはもうベッキリいった。半分泣きを入れながら、それでも手に取ったものを途中で手放すのはプライドが許さない、みたいなワケのわからん気持ちになってあろうことか「プレゼント包装で」などと頼んでしまい、綺麗に包まれた掌サイズの剣を片手に僕は恋人の元へと戻った。戻された。
「おお少年よ、頑張って魔王を倒すのじゃ」
 笑いすぎて顔真っ赤の絶対神。僕は不貞腐れた。
「もう買わない、もう卒業する」
「そんなこと言わずに。勇者にしてあげよう」
 ふざけて指を振り始めた上沢さんを僕は「ぐっ」と睨んだが「トイレ我慢してる?」などと方向性メキシコルートの読みを披露されてこの子には勝てないということを痛感させられるのだった。なんの勝負なのかはわかんないけど。
 上沢さんが周囲をキョロキョロした。
「お土産も買ったし、お昼ごはんにしよっか?」
「そうだね」
 上沢さんは頭に天使の輪がついた女の子のかわいいぬいぐるみを買っていた。それ自分じゃないのかと言おうかと思ったが、キャラはキャラ、本人は本人なのかもしれない。買ってしまった後からグチャグチャ言うって割とヤバイくらい空気読めてない気もするし、ここは自重を選択。ふふっ、これがギャルゲーだったら最適解のはずだ!
「わっ、ニヤニヤしてる。何かよからぬことを考えてるんでしょ?」
「そんな」
 顔面筋の動きまで制御しないと好感度が下がるなんて、なんて現実は難しいんだ。
「上沢さんの用意してくれたお弁当のことを考えたら笑いが止まらないよ」
「……おぬし、たらしか」
 頬を赤く染めた上沢さんが少し歩調を速めた。
「これはちゃんと見張ってないと……」
「え、なに?」
「な、なんでもない。あ! あのへんに座ろっか」
 少し盛り上がった芝生に、僕らはビニールシートを敷いて腰かけた。上沢さんが手頃な石を四隅に置いて風で飛ばないようにしてくれる。僕はそれを見てるだけだったので、なんかお客さん気分だ。ごめんね、とか言ってもよさそうだけど、なんか妙に気遣い合う雰囲気になってしまっても……などとぐちゃぐちゃ考えているうちに上沢さんが、
「はい」
 と水筒のお茶を紙コップに汲んでくれた。ありがたく頂いて飲む。
「粗茶ですが」
「だろうね、うちのと同じ味がする」
「お袋の味?」
「いや、近所のスーパーのティーバッグ」
 最近気づいたんだけど、あれって1L用だから2Lで沸かしてたら味が薄くなるのは当然なんだよな。恋咲に言われて気がついた。というかあの忘れ神、もうリットル計算できるのか。知らないうちに社会に順応していく神様で、そのうちネトゲとかもやり始めそうだ。課金だけは阻止しなければ。
「なに考えてるの?」
「君のお弁当の中身さ」
「……っ! たらしっ!」
 真っ赤になって叫ばれる。ちょっと待って! これは流石に上沢さんがチョロすぎるだろ! ギャグの天丼は分かるけど恋の天丼ってもうこれよくわかんないよ。
「と、とりあえずこれなんだけど」
 上沢さんから差し出されたお弁当は、結構大き目だった。僕が男子ということもあり、ガッツリ喰うと見たのだろう。残念、僕は割と少食……と思っていたら上沢さんがリュックサックから取り出した二つ目の弁当箱は小型のHDDくらいはあり、僕のやつの二倍はありそうだ。さすが神様、スケールが違う。というか、ただの大食い?
「それじゃ、一緒に食べようか」
「そうだね」
 パコン、とフタを開けて、中の料理が現れる。
 ふむ。
 上段にはおかず、下段には白飯。だが戦いはすでに始まっている。白飯にはふりかけが撒かれており、色彩がカラフルで目に優しい。そこに期待と満足を得て顔を上げると、そこにはケースに収められて綺麗に整頓されたハムカツや卵焼きやサクサクフライドポテトの姿が。サラダの添え物も忘れられていない。
「おいしそう」
「ほんと? よかったあ~失敗してたら大泣きして雨を降らせようと思ってた」
「天気予報を信じてる人たちが困るからやめてあげて!」

 お箸を受け取り、ウェットティッシュで手を拭いて、
「いただきます」
 僕らは青空の下、お弁当箱を突き始めた。
 ぱくり。
 ……身に染みる。美味しい。
 丁寧に作ってくれているのが分かる。くうっ。付き合い始めて二週間、一度だって手を抜いたことがない彼女の好意に僕は何も返せない。いいのだろうかこれで。男として。
「あ、ちょっと急いで食べた方がいいかも」
「え、なんで?」
 上沢さんが公園の端、林の奥の遊歩道のほうを目を細めて見つめていた。
「ちょっとうるさくなるから」
「うるさくって――」と僕が言いかけた時、
 たたたたん、と。
 軽い爆竹が鳴るような音がした。わずかに僕らのお尻にも振動が届いた気がする。僕はウインナーを食べながら言った。
「最近の不良はまた騒々しくなったなあ」
「そうだねぇ」
 その時、林の奥から、
「いたぞっ! 追えっ!」
「絶対に逃がすなよっ!」
「西田、いつまで弁当喰ってんだ! 早く仕舞え!」
 ちょっと子供の声には思えない、野太い男性方の怒号が聞こえた。うーん、なにやらあの「たたたたん」も激しくなっているし、たまに「ちゅいんちゅいん」と金属が掠めるような音もする。
 何事もないかのようにお弁当を突いている上沢さんに、僕は尋ねた。
「ひょっとしてあれは、銃せ……」
「なんのことかな?」
 お箸の先を口に含みながら、小首を傾げて微笑む神。
「世界には、見て見ぬフリをした方がいいこともあるんだよ、葉垣くん」
「……そーでしょうか」
「そーなのです。はい、あーん」
「あーん」
 ぱくり、と卵焼きを食べさせてもらいつつ、
 それでも集中力が『向こう』へと流れてしまうのを抑えられない。
「うわっ、こいつ飛ぶぞ!」
「こっ、小崎ぃっ! ちくしょう小崎がやられた! 全治二時間くらいだ!」
「ただのネンザじゃねえか!! おい小崎は見捨てとけ! ……西田ァ! おまえもうその弁当は諦めろ!!」
 僕は思ったことを口に出した。
「西田はお弁当を食べ切れるのかな」
「こら、浮気は許さないよ」
「浮気なのこれ?」
 確かに僕の興味関心は今現在、美少女絶対神より謎のおっさんへと注がれているけれども。
 あれはいったい何をやっているのだろう。
 あの「たたたたん」はなんなのだろう。
 僕の疑問は尽きない。
 上沢さんがじぃっ……と僕を見ているのが分かる。
 くそっ。ひょっとして、探りを入れられているのだろうか?
 やっぱりおかしいとは思っていたのだ、いきなり上沢さんが僕のことを好きだとかなんとか、そんなの絶対おかしいもん。女の子ってのはなんだかんだ言って高身長でガタイがよくてタフそうで色黒で歯が綺麗な男子が好きなのだ。僕を見てみるがいい、幽霊の正体見たり枯れ尾花とワケのわからんあだ名をつけられたことがあるくらいのほそっこい枯れ木系男子だ。身体で褒められたことなんて「指が綺麗」くらいしかないぞ僕は。
 僕の脳裏に、恋咲を拾った翌日、僕のにおいを嗅いできた上沢さんのバストアップ・イメージが蘇ってきた。
「葉垣くん」
「な、なんでしょう」
「おべんとついてる」
 僕の頬についていたお米を取って、ぱくりと上沢さんが食べた。なんというか、ちょっとその蠱惑的な挙動に度肝を抜かれた青少年の僕は、何も言えなくなってしまった。そんな僕を見て「ふふっ」と笑い、
「何も気にしなければ、このまま終わるよ」
「……分かるの?」
「神様だからね。お見通し。……なんちゃって」
 ふふふふふ、と上沢さんは笑い続ける。
 ガサリ、と音がした。僕は思わず、そっちを振り向いてしまった。
 生垣の中から、ボロボロの巫女服を着た黒いケモミミ少女が飛び出してくる瞬間だった。バチッ、と僕とそのケモミミ少女――ヤオヨロズの視線が噛み合う。少女が何か言いかけ、
「あっ」
 転んだ。その足を生垣の中から伸びた手が掴んでいた。ずるずるずる、とそれが引っ込んでいく。少女が生垣に引きずり込まれる。
「やっ……」
 がさり、とまた少女がいなくなった。
 それっきり、銃声も騒音も止んだ。
 上沢さんが言った。
「いい天気だねぇ」
 青空を雲が流れていく。
「こんな日に、悪いことなんて起こりっこないよ」
 確かに。

       

表紙

顎男 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha