Neetel Inside ニートノベル
表紙

滅神時代に生まれました
14.闇祭り

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 森崎さんに電話したら「ちょっと連れてきてくれる?」とのことだったので、僕は恋咲をヒモでふんじばって背中におぶさり、りんごちゃんさんから借りたスクーターを森崎さんちまでぶっ飛ばした。またあのへんてこなエセ祈祷をしてもらえばいいだけだろうと思っていたのだが、恋咲を診た森崎さんの顔色はあまり良くなかった。期限ギリギリの宿題を学校に置き勉してきたことがどうも確定したくさい午後八時みたいな顔で、熱にうなされている恋咲に手を当てている。僕はおそるおそる聞いた。
「それで……恋咲の容体は?」
「悪い」と森崎さんは切って捨ててきた。
 そのままじっと、座敷に敷かれた布団に横たわる恋咲を見て、
「……どうしてなんだろうね」
「え?」
「なんで、神様なのにこんなに弱いのかな……」
「……森崎さん?」
「葉垣くん、これはもう、私じゃどうにも出来そうにない」
「そんな……どうして!」
「いずれ来ることだったんだよ」と森崎さんは辛そうに言った。
「名前を隠して人と触れ合うだけじゃ埋まらない……神としての信仰の立て替えにはならない。いつか、必ず、神として祀り上げられる必要がある。……なぜなら、神とはそういうものだから。奇跡には、名前を隠すことができないから」
「えーと……よくわからないんだけど、もう潜伏は出来ないってことかな」
「そういうことだね」
「そっか……」
 僕は「ぜぇ、ぜぇ」と荒く細かく息をする恋咲を見つめた。
「上手くいくと思ったんだ……」
 僕は制服の膝をぎゅっと掴んだ。
「アルバイトも始めて、人間関係も増えて……たまにバレるんじゃないかって心配になることはあったけど、でも、上手くやれてるんだと思ってたんだ……」
「最善は尽くしていたと思う」
 森崎さんは、組んだ腕に爪を立てて目を伏せている。
「葉垣くんも、それに恋咲様も……出来ることはやってた。どっちに責任があるわけでもないよ。だから……」
 キッ、と森崎さんは僕を見た。秘事師の巫女の澄んだ眼差しに射すくめられ、僕は身動きが出来なくなった。
「葉垣くん、お願いがあるの」
「な、なんでしょう」
「服、脱いで」
「は?」
「…………」
「ちょっと待って、なにその手? やっ、ちょっ……あああああああ!!」
 森崎さんは容赦がなかった。
「うっ……ひぐっ……」
 僕は座敷のど真ん中で、パンツ一枚に剥かれた。あたりには僕の制服が散乱している。森崎さんは仁王立ちになってそんな僕を見下ろしていた。
「ひどいよっ……なんでこんなことするのっ……!」
 寄りに寄って、今日はブリーフの日だった。ああ、同い年の女の子にブリーフ見られるなんて……明日からどんな顔してブリーフを履けばいいんだ!
「……なんでブリーフなの? 男の子って、トランクスだと思ってた」
「うわああああああああああああ!!」
 やめてくれ! やめてくれよぉ!
 僕は頭を抱えた。
「……まあいいや。はい、コレ」
「むぐっ」
 森崎さんが何かを放り投げて来て、それが僕の顔を覆った。ひっぺがして改めてみると、それは上質な素材で織られた、神官服の上下だった。
「すぐに着て。私も着替えるから」
「えっ!」
 ひょっとして生着替えを見物させてもらえるのかな、と思ってワクワクしていた僕の前に展開されたのは、制服の襟首を掴んでぐっと翻すと一瞬のうちに巫女服へと着替え終わっているという、クソ残念極まる森崎さんの一発芸だった。僕は畳を殴った。
「ちくしょう、なんでだ! どうしてこんなひどいことをするんだ!」
「何を期待してたワケ?」森崎さんがジト目で見、
「それより、すぐ出かけるから。恋咲様をまた負ぶってくれる?」
「どこへ行くんだ?」
「もう私の手には負えないから」
 森崎さんは斧の柄に手を当てて重心をいじりながら言った。
「――『闇祭り』へ連れていく。今日は、新月だからね」
 そう言って、ふすまを開けるとさっさと庭へと出て行ってしまった。

 ○

 当たり前の話だけれど、ヤオヨロズは恋咲だけが生き残っているわけじゃない。いちおう全部滅ぼした、なんて言われているけれどもそれは暫定的にであって、いまだ絶対神カルドにまつろわぬヤオヨロズはたくさんいて、そして忘れられた神の数だけ、求められる信仰があり、それを与える庇護者……つまりイレコミがいる。
 この僕のように。
 そういう人たちが密かに連絡を取り合って、お互いの忘れ神を連れ添い、ヤオヨロズの神々へ信仰を捧げる秘密の祭事を執り行うことがあるらしい。もちろん僕も、まるっきりそういう情報を知らないわけじゃなかった。テレビとかで特番が組まれたりして、僕たち国民にそういう情報が落ちて来ることもたまにはある。けれども、自分の住んでいる街でアブナイ薬とかイケナイ拳銃とかの売買が行われているなんて露ほども疑わないくらいには、そんな秘密の祭事が身近にあることだなんて、僕は思っちゃいなかった。
 それは、驚くほど僕の生活圏内のそばで行われていることだったのだ。
 僕の家からもそれほど遠くない国道九十号。そこから山へと続く支道の一本から、獣が通るような道路を登っていくと、休憩所がある。いつもは無人のアズマヤであるそこが、新月の晩だけは、顔を隠した神官たちが提灯を灯して座っている。
 なぜかそれは、青い炎を灯していた。いや、ガスコンロよろしく完全燃焼してるわけではないと思う。
 僕たちは森崎さんが運転(!)する軽トラで、そこまでやってきた。アズマヤの裏にある岩棚が天然の駐車場になっており、いくつか車が停車している。森崎さんもそこに軽トラを止めた。
「降りていいよ」
「マジカッケェ」
 お尻を蹴られながら僕は降りた。顔をなにやら黒いゴツゴツした面で隠している神官たちの一人が、ふらり、と近寄ってくる。
「イレコミ?」
 ……とだけ、聞いてきた。なんかフランク。
 森崎さんを見ると、頷いている。
「私は付き添い。彼がイレコミ、忘れ神様の方は桜守恋咲様。かなりキテるみたいだから、白湯か何か持ってきてくれない?」
「よかろ」
 と、神官が言ってアズマヤへと小走りに去って行った。僕は気になっていることを森崎さんに尋ねた。
「……なんであの人、暗視ゴーグルつけてるの?」
 そう、彼らの顔を隠しているのはゴツゴツしたお面かと思いきや、特殊部隊に配備されるような暗視ゴーグルだったのだ。
 森崎さんはアクビをしながら答える。
「暗くてよく見えないからだよ」
「なんかハイテクで結構戸惑うんだけど」
「私たちも配られるよ」
「へぇー」
 なんだかイケナイことに参加しているような気分がしてムズムズしてきた。……いや、実際イケナイことなんだけれども。
 こんなこと、僕の彼女が知ったら、まさに雷が落ちる事態になるだろう。なにせ台風を呼んじゃうとか言ってたし。
「お待ち」
 と暗視ゴーグルの神官がトトト、と戻ってきた。よく聞けば少女の声をしている。
「ワスレ様、お飲みぃ」
 神官が湯飲み茶碗の中で湯気を立てている何やら白い液体を、目を閉じてうなされている恋咲の口に注ぎ込んだ。クソ下手糞なのかなんだか知らないが、僕の肩にお湯が思いっきり零れてきた。
「あづぅい!」
 僕は抗議の悲鳴をあげたが、神官は無視を決め込んでいる。こいつ……
「これ、ウチの秘湯。よくココロ、あったまる」
「んん……」
「このワスレ様、始めて見る」
 暗視ゴーグルの筒がこちらを向いた。
「ヌシ、イレコミ?」
「ん、ああ」
「がんばるがよか」
「なんか偉そうだな」
「闇祭り、始めてっしゃろ? ヌシとワスレ様、お山登る。ウチら、みんなで祝詞あげる。戻ってくる頃、ワスレ様、元気にオナる」
「ちょっと発音を気をつけようか」
 方言で許されるレベルじゃないよ。
「森崎氏、一緒いく?」とゴーグル娘。
「うん、そうするつもり」と森崎さん。
 この暗視ゴーグル神官と森崎さんは顔馴染みらしい。まァ、そうか。秘事師の家系に生まれた森崎さんと、こういう祭事を取り扱う神官というのは、役目が重複していたりするのだろう。なんとなく、森崎さんの家は武闘派担当な気がする。斧とか持ってるし。
「初めてのイレコミ、お山の雰囲気飲まれやすい。森崎氏、守ってあげるとよか」
「ま、大丈夫だと思うけどね」
 僕らはアズマヤで、それぞれ暗視ゴーグルを貸し出してもらった。スチャッと装着。暗緑色の視界が広がる。
「おお……ハイテク」
「そうでもなか。それ、ホームセンターで買ってきちゃん」
「マジかよ」
「そこのつまみを回すと、ルートが画面に表示されるっけぇ」
「ホムセンのレベルじゃないって!!」
 スゲェ! なんか橙色の光が足元に「ぶぅ……ん」と出現した。
「中古じゃったけぇ」
「ウソだよね? それ絶対ウソだよね?」
「五千円」
「まだ言うか」
「いいから、いくよ、葉垣くん。恋咲様を落としたりしないでね」
「あ、ま、待って!」
 僕は歩き始めた森崎さんを追った。振り返ると、暗視ゴーグル神官が小さく手を振ってきていた。そしてなにやら卑猥なハンドサインを送ってきたがシカトする。暗闇で女の子二人と超至近距離とはいえ、ここで狼になったら末代まで祟られちゃうって。
「ん……ん……」
「頑張れ恋咲。なんかわかんないけど、このお遍路回りをクリアすれば体調がよくなるって噂だ」
「お遍路回りって……まあ似たようなものだけど」
 僕らはゆっくり、お山を登り始めた。
 どこかから、蜂の唸るような音が聞こえてくる。

       

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