Neetel Inside ニートノベル
表紙

滅神時代に生まれました
04.クラスメイトの森崎さん

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 斧を持ったクラスメイトと会うのはいつもちょっと緊張する。
 もちろん森崎さんは実家が林業やってることもあり、常に木の一本や二本はぶった斬る準備をしておかないといけないということは分かっていても、なにやら赤茶色の錆がついた刃を見ると僕はいつも何かを覚悟する。
「……なにか失礼なこと考えてない、葉垣くん?」
「根も葉もないデマだよ」僕は森崎さんにチョコレートパフェをすっと差し出した。クラッカーが乗ってるヤツだ。
「お納めください」
「くるしゅうない」
 森崎さんはスプーンでひょいパクひょいパク、パフェを食べ始めた。場所は僕の部屋のそばのファミレス。恋咲は家まで引っ張っていって寝かせてある。
 テーブルの上には僕が書いた紙切れ。
『忘れ神ひろっちゃいました』
 つまり、助けてちょんまげと書いてある。
 森崎さんはガシガシとクセっ毛をかきむしった。
「なんでまたそんなことを……」
「成り行きで……」
「ちゃんとよく考えた? ネットとかで調べてから拾わないと」
「そんな捨て猫感覚?」
 この調子で頑張れば僕は猫も飼えそう。
 はあ、と森崎さんはため息をついて腕を組んだ。
「ついつい拾っちゃいたくなる気持ちは分かるけど……でも、たぶん葉垣くんが思っているよりも大変なことなんだよ。捨て神と暮らすっていうのは」
「うん、なんか僕が結構気を遣ってたの無駄だったみたいだね」テーブルの上の紙切れを丸めてポイ。
「まあ、拾っちゃったものは仕方ないよ」
「なんで私が諭されてる感じに……?」
 いいじゃんいいじゃん、と僕は誤魔化した。ここで話が止まってても仕方がない。
「とにかく、なんだか凄く苦しそうなんだよ。なんとかしてあげたい。でも病院とか連れていけばいいわけじゃないし、ここはひとつ『巫女』の森崎さんにお願いしたいんだ」
 森崎さんの家は秘事師の家系で、失伝した祭事には詳しい、と聞いたことがある。僕みたいな一般人に知られている邪教はどうなんだ、という気もするが、細かいことはいい。
 いまは恋咲のことだ。
 森崎さんは実に嫌そうな顔をした。
「……関わり合いになりたくないなー。バレたらコレだし」
 首を切る真似。
「大丈夫、繋げる」接着剤なら持ってる。
「その自信は神をも凌ぐ勢いだね……まあ、たぶん大丈夫だろうけど」
「自分でお願いしといてなんだけど、その根拠は?」
「上沢さん、追試になったみたいだからたぶんちょっと派手なことしてもしばらくバレないよ」
「マジか」
 だからあれほど35ページの設問は出るって言っておいたのに……
 森崎さんはサクサクとパフェを突いた。
「そういうわけで、まあ、やってあげないこともないよ」
「ほんと?」
「うん。……コレは頂くけど」
 森崎さんが手で丸を作った。
 僕はそこに指を突っ込み、見事に左ボディを喰らう羽目になった。
「げぼぉっ……」
「冗談は死を招く」
 ありがたい巫女さんのお言葉である。僕は後ずさりして「斧だけは、斧だけはやめて」と命乞いをした。周囲の客はシカトを決め込んでいる。ひどいや。
「こっちも危険を冒してやる商売だから、貰うものは貰います」
「気持ちじゃ駄目?」
「タダで済まそうっていうのがそもそも気持ちがこもってない」
 げふぅ。辛辣。
 僕は生活費から泣く泣くパフェ代と祭事代を巫女に払った。
 巫女さんの祭事代はパフェ代に含まれていたことを、追記したいと思う。

 ○

「ここか……禍々しいオーラを感じるね」
「僕んちです」
 アパートの前で仁王立ちになり、安普請を見上げる森崎さんに僕は言った。
「人の家を魔王の巣窟みたいに言うのはやめてもらう方向でお願いします」
「似たようなものだと思うよ、じゃ、行こ」
 斧を持ったクラスメイトが階段にエモノをぶつけて胸を強打し悶絶しているのをしばらく介抱してから、僕は彼女を部屋に招いた。
「う~……う~……」
 部屋の奥から苦しげな呻き声がしてくる。
「大丈夫、恋咲?」
「とーしち……ろー……」
 熱に浮かされた恋咲は布団の中で喘いでいる。
「熱い……熱いよ……」
「ふうん……この子が捨て神か」
 森崎さんが恋咲のかたわらにしゃがみこんだ。
「名前、なんだっけ」
「咲楽守恋咲、っていうらしい」
「聞いたことないなあ……でも位が高い名前だね。調べれば結構名の深い神なのかも……」
 ぶつぶつ言う森崎さんから本職って感じの気配が漂う。この安心感、とても早生まれとは思えない。
「治りそう?」
「治すとか、治さないとか、そういうことじゃないから」
 手の甲で恋咲の燈髪を払い、熱を測る森崎さん。
「神が信仰を求めるのは当然。それがなくなれば神は忘れられる――存在できなくなる。私が出来るのは『覚えてるよ』って言ってあげることだけ。それでも私だけの信仰じゃ、タカが知れてるけど」
「僕らが覚えてるだけじゃ駄目なのか……」
「食事が米粒一つじゃ流石に生きてはいけないでしょ。そういうもの……」
 森崎さんが斧をくくり紐から外して構えた。カーペットに姿勢よく立ち、恋咲を睨む。まるで化け物退治に臨もうとしているかのようだ。
「まさか、恋咲を経験値にする気じゃ……」
「…………」
 睨まれた。
「……ふう。ほんとに斬ったりしないから、ちょっと見ててね」
 えい、と一言。そんなんでいいのかというくらい可愛らしい声で言って、斧を虚空に振った。
 恋咲の呼吸が落ち着きを取り戻した。
「おお……今のは?」
「この部屋に満ちていた邪気を払っただけ。常日頃の換気が足りない」
「そんな」
 まさか衛生面での管理能力を疑われる結果になるなんて、斧が振られる前は想像だにしていなかった僕である。なんかちょっと恥ずかしい。
「……気をつけます」
「よろしい」
 斧を背負い直した森崎さんがまた恋咲のそばにしゃがむ。布団から出ている恋咲の手を握った。
 唇の中だけで何か囁く。
「………………」
「………………?」
 不思議なことに、意識がないはずの恋咲から反応のようなものが返ってきた。何か問い返すような息遣いに森崎さんの呟きが答える。
「…………」
「……」
「…………」
「……?」
「……」
「……………………」
 会話のようなもの、はそれで終わった。
 あとは森崎さんが何か囁き続けているだけ。
 僕はそれに耳を澄ませた。
「流戸惑霊、彷徨震神、我願君歌……」
 森崎さんが立ち上がった。
「はい、終わり」
「……どうだった? うまくいった系?」
「まあね」
 恋咲は落ち着いているようだった。
「じきに目を覚ますと思うよ」
「そっか。よかった……」
 ほっと胸をなでおろす僕を、森崎さんはジトっと見た。
「さっきも言ったけど、これで終わりじゃないよ。私だけの力じゃ神は顕現させられないし、すぐにまた衰弱する」
「僕がさっきの呪文みたいなの覚えられないかな」
 そうすればいつでも恋咲の助けになれる、と思ったが、森崎さんはケラケラ笑った。
「無理無理」
「暗記力には自信がある」
「そういうことじゃないよ。血の話だから。努力とか記憶とかで補い切れるものじゃないの、巫女の仕事は」
 んー、とノビをして。
「残念ながら、ね」
「そっか……」
「ねえ、葉垣くん」
 ずい、っと森崎さんは顔を寄せてきた。とても近い。まつげの本数が数えられそうだ。
「……なんでしょう」
「これからもこの子を匿うつもり?」
「うーん、できる限りは、してあげたいかな」
「イレコミになる、ってことね」
「イレコミ?」
「忘れ神を絶対神(カルド)から庇ってる人たちのこと」
「ああ……そんな呼び方するんだ」
「少なくないよ」と森崎さんは言った。
「少なくなく、イレコミはこの世界に隠れている。でも、大変だよ。神は沢山のものを要求する。その時、君はそれを叶えてあげられる? 我侭としか思えない神の願いを身を粉にして叶えてあげたいと思い続けられる?」
「……それは」
 どうだろう。実感が湧かない。
 森崎さんは真剣な目をしていた。
「……ま、本気でイレコミ続けるっていうなら、相談には乗るよ」
 部屋を出る時に斧を枠にぶつけてまた胸を強打し、涙目になりながら森崎さんは指で丸を作った。
「コレは貰うけど、ね……」

 ○

「……巫女が来てたみたいね」
 森崎さんを見送って部屋に戻ると、少し頬の赤みが抜けた恋咲が目を開けていた。
「私、倒れたの?」
「ああ、たくさんの木や動物をなぎ倒した」
「……っ!」
「ぐあーっ!!」
 ベッドから飛び出してきた足に蹴られ、僕は悶絶した。嘘はやっぱりよくない。
「ううっ……」
「くだらないことばかり言ってる罰よ。……それにしても、まさか私が神滅しかけるなんてね……本当に時代は変わったのね」
 寂しそうに言って、布団を口元まで引き寄せる恋咲。
「……恋咲」
 話が長くなる気配がして、僕はそっと携帯ゲーム機に手を伸ばそうとしたが、なぜか触れなかった。恋咲がすっと手を出す。
「お探しのものはここよ」
「僕のゲーム機!」
「さっきちょっと起きた時にやってたの」
 ちゅいーん、とゲーム機を起動させる恋咲。
「時代は変わってしまったけれど……私はその中で新しい自分を探さないといけないのね」
「もうすっかり適応してる気がするんだけど」
「もうはがねのつるぎを手に入れたわ」
「結構ガッツリやってる!」
 そしておそらく僕のセーブデータ消されてる!!
 なんてことだ……めちゃくちゃやりこんでたのに……
 なるほど……これが森崎さんが言ってた捨て神と暮らす大変さか。骨身に沁みたよ。
 まあでも、恋咲に元気が出てきたみたいでよかったと思う。
 僕はいそいそとおかゆを作りながら、もう一人暮らしじゃなくなるんだなあ、と妙な感慨に浸った。部屋の窓から月が見えた。
 そう、本格的に、
 反逆者になった夜だった。

       

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Neetsha