Neetel Inside ニートノベル
表紙

滅神時代に生まれました
06.追試はヤバイ!

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 僕は天条とはわりに長い。幼稚園の頃からの付き合いだ。
 だからといってめちゃくちゃ仲良しっていうわけでもない。天条は親戚に天使がいて、英才教育を受けてきたからなんとなく仲間内でもちょっと特別な扱いだった。べつにハブっていたわけではないけれど、なんというか、庶民の中に貴族の子いる、みたいな感じだろうか。あそこんちはね、みたいなところがあったように思う。
 天条はまっすぐな奴だから、上沢さんすなわち我が命、みたいに思い詰めている。だから分霊の上沢さんと同じ高校に通うことになって、お付きの一人になると決まった時にはそれはもう物凄いテンションの上がり方だった。「俺、勇者になる」と言わんばかりで、なにかにつけちゃあ「俺は天使になるから」といってこっちの話を聞かなくなった。まァ、それだけ大変な仕事なのだろうとも思う。だって神様の護衛なわけだし。
 そーゆー天条が、僕は羨ましいような、気の毒のような、不思議な気分がいつもしている。自分はこうするんだ、という道筋がはっきりしている天条は悩むということがない。悩むっていうのは、自分が信じているものを疑うっていうことで、神様の従者には持ってちゃいけないものだろう。そーゆー意味では僕なんか本当に不信心者なのだ。朝飯をパンにするかご飯にするか、コンビニ行くかふて寝するかでもしょっちゅう迷っている。何もかも神様のお任せ、にしておけばラクだろーなーとか思うんだけれども。
 もし僕が恋咲を匿っていることを知ったら、天条は物凄く怒るだろう。絶対に許してくれない気がする。
 そう思うと、やっぱりヤバイことに首突っ込んじゃったなーという気持ちが、うじうじと胸の裏で湧いてくるのだった。

 ○

「なに考えてるの?」
「あひょう!」
 僕は飛び上がった。上沢さんが不思議そうにしている。
「……あひょう?」
 放課後。
 僕らは委員会の集まりで、一緒に図書室で仕事をしていた。膨大なカルドの記録を編纂して月刊記事にまとめるという委員会で、新聞部と神務部のあいのこみたいな委員会だ。神様のための仕事を神様自身がやっているのも不思議な話だが、上沢さんは結構記事をまとめるのが上手い。
「あひょう?」
「コホン」僕は咳払いで誤魔化した。
「なんでもないよ、ただ世界の行く末について考えていた」
「あたしの統治では不満ということだね」
「うっそでーすまんぞくしてまーす!}
 物凄くにこやかに頬を抓られて僕は降参した。天罰いてぇ。
「神に歯向かうとこうなるのだ」
 上沢さんはとても満足そうだ。
「大事なお仕事中に居眠りとは何事じゃ」
「いや寝てないです」
「ほれほれ、手を動かす」
 テーブルの上でぱっぱと白くて小さな手がペンを回した。
「今月の締切近いんだからさ」
「ふーい」
 八十年前にこのあたりにいたというカルドの記録――上沢さんとは別の分霊――を時系列順に並べるという思わず生きている意味について深く考えだしてしまう作業をしながら、僕はチラっと上沢さんの顔を盗み見た。
 上沢さんは鼻歌を唄いながらペンを走らせている。
 恒例の委員会仕事とはいえ、やっぱり今まで通り上沢さんと向かい合う、という気持ちにはなれそうもない。無罪ならともかく僕はやべぇ隠し物をしているわけなので。
 大丈夫かなあ……怪しまれたりしてないかな。
「わかってるよ」
 僕はペットボトルのお茶を原稿に噴き出した。今日の作業、全滅。
「げほっげほっ……わ、わかってるって何が?」
「チラチラ見て来てること、ですよ?」
 そっちか。というか、上沢さん赤くなってる。無遠慮にジロジロ見ちゃってたけど、そりゃあ上沢さんだって女の子、恥じらいもするのだろう。なんだか申し訳なくなった。
「いやあ、美少女に見とれるのは男子の常」
 スネを蹴られた。
「ぐああっ!」
「……? そんなに強く蹴ったかな?」
 ゴメンネ、と拝んでくる上沢さんにいいよいいよと手を振る僕。
 まさか恋咲にも蹴られてスネにダメージが蓄積しているとは言えない。
「うーん、葉垣くんってちょっと虚弱なのかな? もっと強く作ってあげればよかったね」
「サラリととんでもねぇ発言をするね、上沢さん……てゆーか、僕って君に作られたの?」
「あたしは分霊だから覚えてないけど、ま、本体の部分で計算式にはぶちこんであるから、そうなるかな?」
 ペン先を唇に当てながら、ちょっと昨夜の晩御飯について思い出しましたよみたいな顔で言う上沢さんに軽く戦慄。
「そうなんだ……」
「できればみんな天才とかにしてあげたいんだけどね、そうそう上手くもいかないんだ」
「やっぱ無理なの?」
「リソースがないから」
「ちょっと待って、ググる」
 携帯電話をポチポチ。リソースとは資源のことらしい。僕たちは艦娘か?
「世界ってわかりやすく言うと百でさ」
「ほわい?」
「その百の中であたしはやりくりしてるの。だから百一のモノは作れない。五十のモノを作りたかったら、いまある一を五十個潰して一個の五十を作るの。そういうふうに上手に誤魔化さないと世界って回ってくれないの」
「へぇぇ……」
 なんだか難しい話だ。
「神様も大変なんだね」
「でしょお? だからさあ、きっとさあ、そういう本体のストレスとか負荷があたしにもかかってさあ、元素周期表なんかあたしの頭から抜けちゃうんだよきっと」
「追試、残念だったね」
 どかっ、と上沢さんが机に頭を打ちつけた。
「そのことは言わないでぇ……」
「あ、ソーリー」
「仕事する気なくす……」
 それはやばい。僕の作業量が増える。いま茶ぁ噴いて作業全ロスさせたところだし……
「頑張って上沢さん。ファイト神様」
「ふぇぇぇぇ~い……」
 上沢さんはめんどくさそうに顔を上げて、よちよちと原稿に向かった。
「葉垣くんさあ、勉強、教えてくれない?」
「僕も追試の常連なんだけども」
「だって葉垣くん、いつも前の日に寝てないでしょ」
「う」
 僕はテスト前になると徹夜でゲームをするという悪癖がある。一度やってからハマって治せなくなった。あのギリギリを攻めていく緊張感がたまらないのだ。
「死んじゃうよぉ。そんなことしてるとぉ」
 ジト目で見て来る上沢さん。
「……すみません」
「葉垣くん、本当はそんなに勉強苦手じゃないでしょ。普段はスラスラノート取ってるじゃん」
「よく知ってるね」
「ちょっと前に借りたことがあるから」
「そうなんだ……って僕知らないぞそれ……!」
 切羽詰って他人のノートを盗み見るって相当やべぇ神様だ。
 メンゴ、みたいな顔してるけど普通にマナー悪いぞ、上沢さんよ。エロイ落書きしてなくてよかった。
「葉垣くん、わりとあたしとよく喋るし、どう?」
「まあ、僕でよければ……でも、天使候補生たちじゃ駄目なの? 僕よりよっぽどしっかり見てくれると思うけど」
 まァ天条は「ここは覚えろ」と「こんなのフィーリングだ」しか言わないクソ役立たずメガネだからアテにはならないけど……
「まァ、君延は人の気持ちが分からない子だから無理だよね」
「すごい、僕が想像してたよりかなり辛辣」
 どんなことをやったらこんな悪印象を上司にもたれるんだ、天条。
 ぶすっとした顔で上沢さんは続ける。
「……天使たちってさあ、そりゃ、あたしに従属してくれてるんだから、いい子たちなんだけどさ……」
「……けど?」
「たまに、いやになるんだよね。だって、あたしが泣いても暴れても、許してくれるじゃん? なんかそれって、ホントーの関係じゃないって感じする」
「そんな……」
 なんか本当の恋を探す女子中学生みたいなことを言ってる。でも結構本気で悩んでいるっぽい。
 上沢さんはぐりぐりと現行の余白に渦巻きを書いている。
「みんなフツーに接してくれてるけどさ……たまーに、たまーにね? 神様じゃなくって、本当に普通の、ただの女の子になりたい時があるんだ……」
「上沢さん……」
「……なーんてね。うそうそ。イッツマジック」
「どのへんが手品?」
 いまのところペテン。
「あはははは。じゃ、そういうことで、ちょっとこれから付き合ってね」
「ほいほい」
 仕方ないなあ、がんばるぞい、……なんて思っていたこの安請け合いが、まさかあんな騒動になるとは微塵も想像していなかった僕だった。

       

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