Neetel Inside ニートノベル
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顔を上げたかと思えば、田中は再び顔を伏せ、
自分の殻に閉じ篭ってしまった。
隙間の無いはまぐりのように、自身の身を閉ざしている。

「また切ったのか」
質問を投げかける。
彼女は、ずり、と頭をテーブルにこすりつけ「うん」の意思表示をする。
「彼氏に対して不満があったとか?気に障るような事を言われた?」
小動物があくびをする時のように
「う~ん」と小さい唸りをあげ、悩みつつ肯定の意思を示した。

大方、原因は推測はできた。
彼氏の言葉が一言二言引っかかったとか、その程度の事だろう。
それも、重箱の隅をつつくような、些事に違いなかった。

今まで何度か呼ばれた時も同様だった。
大半の人は「どうでもいい」で流してしまう事を、
彼女は何十倍にも膨らませて、まるで世界の終わりのように
騒ぎ立ててしまう。

「彼氏が、わかってくれなくて・・・私の事、考えてくれなくて」
テーブルに向かって、言葉をぽろぽろと落としていく。

「まあ彼氏も彼氏で大変だろうし、
彼ばっかを非難すんのはかわいそうじゃない?」
「かわいそうって・・・西ちゃんはソファで寝てばっかだし」
彼氏は「西谷」という男で、略称が「西ちゃん」だった。

「研究職なんだろ?毎日研究で忙しいんだし、
労わってあげる精神も必要でしょ」
「でも西ちゃんは掃除も手伝ってくれないし・・・
晩御飯も毎日アタシが作ってあげてるし」
仕事場までの送迎もアタシがやってあげてるし、と更に付け加える。

田中は「でも」で相手の意見を無効化してしまう癖があり、
僕はそれがあまり好きではなかった。

「まあ気持ちはわからんでもないけど・・・
けどそれが手首を切るほど辛かったのか?」
「そりゃアンタにはわかんないでしょうね。健康な人には
病気持ちの気持ちはわかんない」

彼女の言葉に一瞬ムッとしたが、感情を飲み込んだ。
「俺は田中じゃないから、田中の気持ちはわからんよ。
俺は落ち込む事ってあんまり無いし。
気持ちを想像してくれって言われても無理がある」

田中は弱い声で「辛いよ、本当に辛い」と呟く。
それからぽつりぽつりと、彼氏に対しての愚痴を零し始めた。
様々な角度からの愚痴が飛び出してきたが、
一貫しているのは「構ってくれない」という心情だった。
今ここで反論を唱えても、通じないだろうと思って、言葉を挟まず
黙って彼女の言葉を聞いていた。

彼女の言葉を受け流しつつ、今日行って来た、
「肉の館」で起きた出来事について、反芻する。

―あの巨大な墓場は、一体、何だったんだろうか?

kiriaが推測していたように、霊を呼び寄せる儀式の一環なのだろうか。
等間隔に並べられた石が、魔方陣の様な役割を果たし、
霊魂を顕現させる役割を果たしていたのだろうか。
彼の肩を叩いた「誰か」も、それに関係していたという事だろうか。
また、肩を叩かれたという事は、
霊に取り憑かれたという事になるのだろうか?

それだけではない、屠殺場にあった手帳の、中身の意味は?
祭壇のように組まれた木々の意味は?
疑問は幾らでも湧いて出てきた。

「・・・まあ、こうして私も苦労している訳で」
彼女の愚痴も、佳境に差し掛かったらしい。
正直あまり内容は聞いていなかったが、そうか、と僕は呟く。
彼女の声色は、幾分か明るくなっていた。
黒い感情を吐露し、胸のつっかえが取れたのかもしれない。
―最初から落ち込んでいる演技をしてただけかもしれないが。

少し話をして、落ち着いたようだったので、
適当に話を切り上げ、田中と別れた。

       

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