Neetel Inside ニートノベル
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 一夜明けて少年が二人を案内したのは、公園に生い茂る雑木林。
 かなり緑の多い公園のようで、少年の案内がなければ迷いそうなほど林の中は入り組んでいる。今朝は晴れているので視界は明瞭だったが、昨晩のような雨降りだとどう足掻いても迷うだろう。武藤はそんな感想を持った。
「試しに明穂を置いて行ってみようか。あの東屋まで戻ってこれたら明穂の勝ち」
「その傷口をもっと広げたいのならやってあげてもいいけど」
「わお、それは御免被りたいね」
 臨戦態勢を取る明穂を見て、武藤は包帯を巻いた頭を擦る。これ以上傷めつけられては堪らない。
「それにしても自分でつけた傷に自分で包帯を巻くなんて、明穂のアメとムチには驚いたものだよ」
「そりゃ、馬車の馬がいなくなったら困るでしょ」
「ほっほー、そう来たかい明穂。今日は冗談が冴え渡ってるね」
 頭を打って(蹴られて)若干ハイテンションな武藤。それを煽っていく明穂。
 そんな二人を振り返りながら、少年は呆れて溜め息を吐いた。
「アンタら、本当に緊張感がないな……」
 少年から見れば二人は異常だった。
 今現在、『繭化』によって世界は間違いなく終焉に向かいつつある。恐らくは、誰もが絶望しか抱かないだろう世界だ。今更楽しい気分になろうとは思えず、少年は生きていくだけで精一杯だった。
 しかし、武藤と明穂は違った。
 この二人は明日死ぬかもしれない恐怖に怯えることなく、挙句の果てには昨晩から終始ふざけ合っている様子が見られた。例えるなら、戦争が始まっている中でのんびりとお茶でも飲んでいるかような印象。
「そういう君は、少し強張り過ぎだと思うよ」
 武藤は手近にあった木の枝を手に取り、ぴっと少年を指す。
「世界が終わるみたいな懸命な判断ができるなら、その残りの時間を最大限に楽しむ程度の思考は持たないとやっていけないよ。小難しいことで悩んでいる間にも、刻々と時間は過ぎていくんだ。大事なのは遊び心だよ」
「遊び心」
「そう、遊び心だ」武藤は木の枝で地面をガリガリと削った。
「少年の事情は良く知らないけど、僕たちもそれなりにヘヴィな過去を抱えてる。だからこそ世界が終わるなんてことぐらいじゃ動じないし、生きることに対して躍起になることもない。ただ貪欲なだけだ」
「貪欲に、生きる」
「そう。貪欲に生きる」
 木の枝がぽき、と折れる。
「そのうち少年にも分かってくることだと思うよ」
 武藤はにっと微笑んだ。
 少年は不思議そうに眉をひそめたが、何も言わずに前を向いて、歩き続けた。

「ここだ」
 少年が二人を連れてきたのは、雑木林の奥にある開けた場所だった。
「へえ……こんな所があったとは」
 武藤は感慨深そうに唸る。
 さすがに公園自体よりは狭かったが、それでも十数人が囲って食事をしたりするには十分過ぎるほどの広さだ。
 特別何かを設えられている様子は見られず、単に林の中にある空間と言った印象だが、その空き地の隅っこには大きなキャンピングカー、それもなかなか新し目のものが乗り捨てられていた。
 少年はそれに近寄りながら言う。
「俺達の根城みたいなもんだ。他に連れてきたのはアンタ達ぐらいだよ」
「なるほど、ご招待にあずかり光栄です少年殿」
 巫山戯た口調で言う武藤に、少年は返す言葉が見つからず、そのまま歩いて車に乗り込む。
「ちょっと待っててくれ」
 少年はそうとだけ言って、付いていこうとする二人を手の平で制止した。
 残された武藤と明穂は、キャンピングカーを睨めあげるように眺める。
 武藤はキャンピングカーの質を見極められるほど目は肥えていなかったが、それにつけてもこのキャンピングカーは高価なものだとすぐに分かった。積載量もなかなか多そうで、食料もかなり備蓄できそうだ。さぞかし居心地は良いだろう。
「立派な車ね。さすがにガソリンがなければ暖房とかそういうのは使えなさそうだけど、ねぐらにはもってこいって言ったところかしら」
 明穂が羨ましげに言う。武藤もこれには同意した。
「そうだね。それに車なら中から鍵もかけられるだろうから、安心して寝ることが出来そうだ」
「まあ、そんなの今更必要とも思わないけどね」
 二人は旅に出てから、毎日野宿をしてきた。だから別に今更、安全な場所で寝ようとも思わなかった。
 だが、より良い環境がそこにあるのなら話は別だ。
「……奪えないかしら」
「明穂はすぐ物騒な発言をするね。だからすぐにガサおぶぅ」
 鳩尾に裏拳(1Hit)。
「ま、まだ何も言ってないじゃないか。これは不当な暴力だよ。控訴だ控訴」
「じゃあ、ガサの後はなんて言おうとしてたのかな。教えてくれるかしら?」
「え? あ、いや、それはだね……」
 ウーン、と武藤は言葉に詰まる。「ガサツだ」と正直に言うと、もう一発鉄拳を喰らうのは確実だろう。
「……ガサ入れ、かな」
 裏拳(2Hit)。逃げ道など無かった。
「待たせたな、二人とも」
 武藤が下腹部を抑えて蹲っていると、少年が車のドアを開けた。
 ちょっとタイミングが遅かったな、と思いながら武藤は俯いていた頭を上げる。
 そして。

「初めまして。兄が、ご迷惑をお掛けしました」

 両足のない少女が、車椅子に乗っているのを目の当たりにした。

       

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