Neetel Inside ニートノベル
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オピオイドの繭
終章「ゴウズ・オン・エタニティ」

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 ここに一冊の本がある。
 出版社を通して刊行されたわけではなく、中身も日記帳のようなものに手書きされているものだから、全く同じ本は二冊と存在しない。それでも人々はこの本の有用性を感じ、書き写すなり口頭伝承フォークロアにするなりして、忘れてしまうことがないように受け継いできた。
 本の内容は、今となっては当たり前になってしまったことばかりだ。自己啓発書のようなもの、と捉えるのが手っ取り早いだろうか。人はどうして生きるのか。生きることになぜ理由を見出さなければならないのか。そういったことが事例を交えながら延々と書き記されている。
 今の人々は、どうしてこんな普通の内容の本が大切に受け継がれているのかを知らない。
 多くの考古学者も理由を知らない。彼らが生まれた時には既にそういう風習が根付いていたからだ。
 ある者は、本のタイトルに意味があるのではないかと提唱した。
 『繭記』。
 そのまま受け取ると繭の記録となるが、これに深い意味が隠されていると説いた。
 繭と言えば蚕だ。蚕は完全に家畜化した生き物で、人の手がなければ生きることさえままならない。その蚕の有り様を人間自身に例えたのではないかと言ったのだ。
 日々、目的もなしに生きている人間。
 誰かの手を借りねば生きることもままならない受け身な人間。
 堕落しきった人間を奮起させるために、これを書いたのではないか。
 その説を信じる人も、信じない人もいた。
 だが、この本のことを捨てたり、忘れようとする人はいなかった。
『私たちはこの本のおかげで生きていられる。そのことを絶対に忘れてはいけない』
 誰もがそう、教えられて生きてきたからだ。
 本の著者は明らかになっていないが、中身はしばしば二人の人物の会話で綴られる。
 洒脱したひょうきんな少年と、体術が得意な少女が、二人で旅をしながら生きるということについて語っていくのだ。その会話があまりにもリアルなものだから、モデルがいるのではないかとも囁かれた。
 だが、その正体が明らかになることはなく、何十年何百年が過ぎれば噂も風化していく。
 繭記。
 その存在自体が忘れられてしまう日も、もしかしたら来るかもしれない。
 だが人々は決して忘れない。
 昔読んだおとぎ話の内容を覚えているように、いつまでも忘れない。
 繭記という、誰が書いたのかもわからない本のすべてを。
 その中で旅をしている、二人の人物のことも。
 伝承は伝説となり、伝説は御伽話となって、人々の間で語り継がれていく――――





 ――――のだが。
 それはまだまだ、遠い未来の話。




「おーい明穂、大変だ! 新しい穴から浸水してる!」
「また!? 武藤って本当に修繕ヘタクソね」
「専門家じゃないから仕方ないだろ! うーんどうしよう、とりあえず何かで栓をしないと」
「それなら話は早いわ」
「へーいちょっと待ってくれ明穂。なぜ僕を蹴飛ばして栓にした? いや割とフィットしてるけど」
「応急処置よ。次の陸地に着くまで我慢しなさい」
「嘘だろ! あと何週間もこのままかよ! ふやけて死ぬ!」
「大丈夫よ武藤。この『死に方大全』には『ふや死に』なんて種類はないから」
「どこから引っ張り出してきたんだよそんな本! ああ冷たい! くそっ、こんなことになるなら北に向かわなければよかった! ニュージーランドのあの屋敷に永住してしまえばよかったんだ!」
「泣き言は後にして武藤。そろそろ嵐が来そうだから栓をすることに集中しないと」
「修繕するっていう発想は」
「ない」
「地獄だ! この世は地獄だ!」
「地獄だったらどうするの?」
「え? ……いや、まあ、そりゃ旅は続けるけど……」
「はい決まり。食料持ってくるからがんばってね」
「そりゃないよ明穂! って痛っ! 噛んでる! 何かが僕の身体を噛んで――」




 二人はまだ、旅に生きている。










 オピオイドの繭 了

       

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