Neetel Inside ニートノベル
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「ふー。」
額から汗が一つ、二つ、また滴り落ちる。
掃除は楽しい。
何も考えずただ没頭するだけの簡単な作業。
掃除機のスイッチを押す。
ウィーンと機械が鳴く。
この音はあまり好きではない。
不快な、音。
ピンポーンピンポーンピポピポ。
うっとうしい音だ。
「私、この度隣に越してきました、田村直子と申します。これからよろしくお願いします。」
想起される女の声。
そうか、昨日はあの女に会ったのだった。
名前は、田村とかいったか。
人の名前を覚えることが苦手だった脳が会ったばかりの人間の名前を記録していることに驚いた。
人間の脳はそれなりに優秀であるらしい。
何もせずただ引きこもっていたのだから機能は退化しているはずなのだが。
あ。
女がくれた肉じゃがのことを思い出し冷蔵庫へと向かう。
あった。
ふと壁掛け時計を見ると時刻は12:41。
もうこんな時間。
掃除をしていたからな。
こんなに経っていたのは予想外ではあるが。
部屋は十分に綺麗になった。
「少し、休むか。」
わざわざ声に出して言ってみる。
自分に言い聞かせるように。
肉じゃがが入ったタッパーをレンジの中へ入れる。
今日の昼飯は、これ。
2分ほどしてタッパーをテーブルに置く。
いただきます。
「っ。あっつ。」
少し暖め過ぎた。
正直に言おう、俺は猫舌だ。
我ながらその事実を全く考えていなかった。
情けない限りである。
「ふーふーふー。」
熱いと分かればやることは一つである。
昔、母さんもよくこうしてくれたっけ。
母さん。
それは大切な人。
何かをしてあげたかった人。
何か、とは。

今更そんなことに思いを馳せても仕方ないだろう。
あれは『仕方ないこと』だったのだから。
俺は悪くない。
俺は・・・。
暫しの沈黙。
ただただ肉じゃがを口に運ぶ。
鉛のような味。
前は美味しかったのに。
俺が悪いのですか?
俺があんなことしなけりゃ・・・。
俺が・・・。
ふふっ。
あははは。
はははははははははは。
乾いた嗤い。
そんなノイズが部屋に反響する。
何だろう、笑っているのに目から汁が零れてくるや。
何でだろうね。
何で。
知らぬ間に肉じゃがは消えていた。
そこにあるのは森閑とした空間のみ。
「ごめんね、桜さん。」



       

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