Neetel Inside ニートノベル
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ふふ、と女は笑う。
「そんなに驚いた顔しちゃって。私が来たのがそんなに意外でしたか?」
そりゃそうだろ。
弁当の宅配だと思ってドアを開けたら、眩しくて、そして隣の女がいて。
俺でなくともそういう反応をするはずだ。
「少し待ってろ。」
「はい。」
女からは甘い香りがした。
確か流しで乾かした後、綺麗にふいて机の上に置いたはず。
しかし、やはり何か謝礼をした方が良いのだろうか。
本当は受け取る気なんて更々無かったが受け取ってしまったことは事実なのだ。
何もしないのは礼儀としてどうなのだろう。
相手はお隣さんだからな。
せめて表面上だけでも円滑な関係を築いておきたい。
ご近所トラブルでここから追い出されるなんて嫌だしな。
でも俺はほとんど外出をしていないから女が喜びそうな物は部屋には、ない。
悩んでいると本棚が目に入る。
そうか。
本があった。
ここにあるものは本とゴミぐらいだ。
本なら謝礼としては十分だと思うのだ。
いやこれは俺自身が読書を好むからこそ抱いた感情かもしれない。
だが何も渡さないよりはましであろう。
何が良いだろうか。
頭に浮かぶ小説は、人間失格、こころといった俺のお気に入りの作品。
それを渡しても良いのだが有名な作品故、既に読んだことがあるもしくは所持をしている可能性がある。
そこから導き出される答えはこれだ。
"魔女のパン"
オー・ヘンリー作の小説である。
女に対する精一杯の皮肉だ。
"魔女のパン"とは善意で行ったことが仇となってしまう話である。
女はきっと優しい世界で育ったのだと思う。
善意はそれを捉える人間によって悪意にもなりえる。
それをこの話から知ってほしい。
このアイロニーに女が気付くことを祈って。
女も俺も浅はかで愚かでちっぽけな人間でしかない。
誰かのためにを言い訳にして生きていけるほど世界は優しくないんだ。
紙袋にタッパーと本を詰めて女の元へと向かう。
「肉じゃが、美味かったよ。」
「お口にあったのなら良かったです。私も作った甲斐がありました。」
「はい、これ。」
女に袋を手渡す。
「本当は私、タッパーの催促にきたわけではないんです。いえ、そうではあるのですが・・・。」
女は深呼吸をして言った。
本当はあなたに会いに来たのですよ、と。

       

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