Neetel Inside ニートノベル
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【002】このときから違和感はありました。


皆の視線は、ターニア嬢の口元に注がれている。


「そうですね、魔物避けの柵は村の西地区を重点的に。予算は……、たしか、農業振興関連の補助金が郡庁から来ていたでしょう?それを充てましょう。魔物によって農作物被害も出ているのですから、目的外使用には当たらないでしょう。西地区を柵と自警団で固めれば、わたくしは東地区と中央地区の防御に専念することができますから、効率的です」


サクサクと方針を固め、理に適った指示を飛ばすターニア嬢。唯々諾々と肯う、出席者たち。


俺もそれに倣っている。要するに、にこにこ禿同している。


この村における村長という役職の位置づけがよくわかる一幕である。


魔法使いは村長や議員になれないので、こういう現象が起きるのは特別珍しいことではない。それに魔法使い絡みでなくとも、役職とは関係無しに非公式の権力を持っている者(いわゆる元老的な人。)というのはしばしば見かける光景である。


ただ、ちょっと度が過ぎている気がする。


前の職場にいたとき、事前の説明が不十分で、「おいそんな話は聞いてないぞ!」とご機嫌ナナメになった貴族連中に、上司が青ざめた顔して詫びを入れにいく様をみて、偉い人というのは案外器が小さいものなのだなあ、と思ったものだが、なるほどこうして「される側」になってみるとそいつらの怒りも分からないでもない。いくらなんでも、最低限通すべき「筋」があるんじゃないか。


近くに座っている事務局のチビデブハゲのおっさんに、できるだけ小声に、嫌味に聞こえないように、にこやかに、そしてすっとぼけな感じに聞こえるように尋ねる。


「えーと。魔避け柵とかその予算の話って、レクで聞いてましたっけ?」


「おー……。あっ。そういえば……」


悪びれる様子も無く要領を得ない答えを呟く彼の姿を見て、心の中で天を仰ぐ。どうやら実質的な権限はターニア嬢にあるようだ。でも、村長は魔物に優先的に命を狙われるわけで、これはもう全く貧乏クジである。だんだんと腹が立ってくる。


しかしながら、直情径行、いきなり立ち上がって、「諸君!まず村長の私に話を通すべきではないかね?ターニア君、控えたまえよ!」などをやっても痛いだけである。村長として法律的な権限が付与されているとはいえ若造の新参者である俺と、「村の守り神」としてインフォーマルリーダーシップを如何無く発揮している(と思われる)ターニア嬢との間に摩擦を起こすのは、組織運営上大変よろしくない。内輪モメなどしていたら、いよいよ魔物に付け入る隙を与えてしまう。


とりあえず今日のところは、大人しく聞き役に徹することにした。





「村長さん」


委員会終了後、会議室を出ようとした時、ターニア嬢に話しかけられた。感情を表に出さないように最大限の注意を払う。


「色々大変だと思うけど、村を守るために、一緒に頑張ろうね」


で、さりげなく腕に触ってくる。いるよねたまにこういうこと自然体で出来ちゃう子って。ちなみに俺はそういうのされるの苦手というか慣れてない類の人で、黒髪のショートボブが可愛いなとか、意外と胸元が開いた服を着ているんだなとか考えてしまって、おまけに年頃の女の子が放つあの独特の匂いに鼻孔をくすぐられたもんだから、かなり平静を失いかけて、「ええ。本日は大変勉強になりました。分からないことが多いですから、これからもご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」と言ったつもりだけど、実際はモショモショ、ウジュジュと気持ちの悪い音声を発しただけだったかもしれない。


「うん。じゃあね、私ね。魔法の練習してくるから、またね」


ターニア嬢の姿が見えなくなって、ようやく気分が落ち着いてくる。触られた右の二の腕のあたりに、彼女の名残がまだ微かに感じられて、完全に鎮静化とはいかないけれど、対照的に脳みそはどんどん動き出す。


そして自分の職務に忠実であるためには彼女との対立は避けられないという結論に至り、そんな辛い思いをするくらいなら流されるままにただ漫然とお飾りに甘んじるのも悪くはないんじゃないの?(それで、たまにボディタッチしてくれるんなら、結構おいしくない?)と思わないでもなかったが、それでも、元来ひねくれ気質の俺は茨の道を、つまりちゃんと仕事することにした。

       

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