【003】力関係は歴然としている。
──で、数日後。
例の魔除け柵に関する決裁文書を、ウルバンという課長さんが俺のところに持ってきた。
感想。
「お、お粗末すぎる……」
当人を前にしているにもかかわらず、思わず声が出そうになる。
村といっても、王都における自治会や共同住宅の管理組合レベルの規模だから、この手の文書にそう高いクオリティを求めるつもりはない。けれど、いくらなんでも最低限度ってものがある。ましてこれは郡役場に補助金を申請するための書類に反映されるものだ。
「……すいません。この書類の中で、少し教えて頂きたいのですが」
ウルバン氏に、出来るだけ物腰柔らかに聞こえるように質問する。
「はぁ。……なんでしょう」
質問など想定してなかったという感じの反応。
「1.魔除けの柵がボブさんの家周辺に設置が集中している理由 2.魔物の侵入により農業被害が著しいとあるが、その数値的根拠。とりあえず、これらを教えてくれませんか?」
聞いたのは基本的事項だったので、できれば即答が欲しかったが、ウルバン氏は無愛想に「はぁ……ちょっと待ってて下さい」と言って村長室を出て行った。
◇ ◆ ◇
数時間後、部屋に入ってきたのはウルバン氏ではなく、ターニア嬢だった。
「いっしょに頑張るって、約束したよね?」
あからさまに不機嫌な声。
「なぜターニア委員が?」
「聞いてるのは、魔物除け柵の決裁、なんで止めたの?」
俺は即座にウルバン氏がターニア嬢に泣きついたのだと理解する。
「ああ、それは少し分からない点が」
「単に村長が不勉強なだけじゃないの、それ」
「否定はしませんが、だからこそ説明を求めているのですけれども」
「柵の配置は、専門家である私がその案が一番最適だと判断したの。素人が口を挟まないで欲しいんだけど?細かい数値は書庫に資料があるから知りたいなら自分で調べたら?」
「…………」
決して、怯んだわけじゃない。自分がおかしいことをしているとも思わない。だが、既に上気しているターニア嬢にそんな更問をぶつけるのは村の守護神と全面対決するようなものだということはいくら鈍感な俺でもわかる。
「反論が無いなら、ちゃんとハンコを押してね」
ターニア嬢が部屋から出て行った直後、廊下からちょっとした歓声が沸き起こったのを聞いて(※ウルバン氏の声含む。畜生。)、俺はどっと疲れが出てしまい、机の上にうつ伏せになった。
そう。
そうなのだ。
たしかに、ターニア嬢の言うとおりなのだ。
気になる点は、自分で調べるべきなのだ。
彼女の息がかかっている人物に聞いても、事実を歪めて報告をされるかもしれないからな。