Neetel Inside ニートノベル
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【005】群鶏の一鶴、メルル氏。彼女が囁いた。


「失礼いたします」と村長室に入ってきたのは、いかにも堅そうな、そして気の強そうな感じのする年の頃二十五、六の女性であった。端正な顎のラインと上品な釣り目はおそらく大部分の男性を魅了するだろうが、彼女の表情にはどことなく男性を寄せ付けないオーラがあり、俗っぽい言い方をすれば「隙のない女性」「お高くとまっている女」ということになるだろう。帝都にいた頃はよくこの手合いの女性を見かけたものである。俺としては、知性を感じさせる広い額に強く惹かれる――


などといささかセクシュアルな論評を頭の中で行っていると「村長、何か御用でしょうか」とメルル氏に催促されたので俺は用件を切り出すことにした。もちろん一番の目的はクリク村で数少ない文書作成能力を持つ者の顔を見てみたいというものであったが、まさかそんなことを伝えるわけにもいかないのできちんと別件を拵えてある。俺は「ええ、実はメルルさんの作成文書がとてもよく出来ているので、少しお願いがあるのです」と切り出した。すると「あれくらい、普通だと思いますけど」と素っ気ない感じで言う。褒めているのだから素直に受け取っておけばいいのに、こういうことを言うところがお高くとまっているオーラを感じさせるのである。表情には出さずに続ける。


「御謙遜を。いろいろとなっていない文書が多いところ、メルルさん起案のものは作法がしっかりしています」
「そうですか。まぁ村長がそう思うんならそうなんでしょう」


なんで、こう、いちいちトゲのある言葉しか出せないんだろうかこの人。
ちょっとイライラしてくるがとりあえず用件を伝える。


「……で、村全体の文書作成能力を高めるべく研修を行いたいと思っているんですが、差し支えなければ講師を引き受けてくれませんか?」
「お言葉ですが村長、それは全く筋が違います。文書研修を行うという趣旨は理解します。しかし、そういうった研修を行いたいのであれば、まず所掌課である総務課が研修計画を立てるべきです。村長がトップダウンで、商工農林課の私に直接依頼するのは幾重にも筋が違います。そしてもし私に講師を依頼するのであれば、まず総務課から商工農林課長あたりに話を通すべきです。ここで私が村長の依頼を是とも非とともするのは、商工農林課長の顔も潰すことにもなります」


こいつは驚いた。俺としては、こんないい加減な村だから筋論なんか関係無しに、知識・技術を共有化しようぜ!くらいの緩い感じで発案したのであるが、筋論のみならず手続き論としても100%メルル氏が全然正しい。ここまで正論を言われては返す言葉もない。


仕方がない。
もっとも、一番の目的である起案者の人となりを見るとことができたので満足である。研修のことは総務課と相談することとしますと言ってメルル氏を返そうとしたとき、彼女の口から聞き捨てならぬ発言が飛び出した。


「それに、ターニア様の許可をとらずにそんな勝手な計画をしてよろしいんですか?」


……はぁ!?なんだって?


俺だってターニア嬢との棲み分けは理解しているつもりだ。村の運営にかかわる重要政策については彼女の非公式な権力を十分尊重している。そのうえで、文書の研修程度のことには首を突っ込んでくることはあるまい、と俺なりに判断している。けれども、この程度のことについてもターニア嬢の判断を仰ぐ必要があるというのか――?


「えー…、ターニア委員にとの関係ついては、まァ、機微に触れることである……という認識はもっています。それでも、この程度は、という思いがあるのですけれども、違いますかね?」狭い村のことだ。直接的な表現をするとどう間違ってターニア嬢の耳に入るかわからないので俺はあえてぼんやりした言葉で様子をうかがう。メルル氏は「この村では」と言った後、一拍、二拍、三拍……置いたのちに答える。


「すべてものごとについて、ターニア様の許可が必要です」


そんなアホな。


専制君主でもあるまいし。萎縮しすぎじゃないのか。
俺は呆れかえって言葉を出せずにいると、突然。


メルル氏が俺の近くに歩いてきた。



机を挟んで、手を伸ばせば届く距離。


――そして、顔を寄せて。


―――彼女は、


――――呟く、






< この部屋の会話 魔女に 聞かれてるから >


< 形だけでも 魔女への忠誠の言葉 忘れないで >


< あと > 


< 魔女は 村を 滅ぼす >




――。


―。



普通なら。


「え、何がです?」


などと聞き返しかねないところ。




聞き返せば、無駄になる。



メルル氏の発言は妄想か、真実か。



わからない。



わからない、が聞き返して得にになるケースは無い。


真実なら、聞けば無駄になる。
妄想なら、聞くだけ無駄だ。


――それはどういうこと?
――魔女ってターニアのこと?
――もっと具体的に聞いていい?


こういういった言葉が言葉として紡がれる、すんでのところで俺は堪える。
そして代わりに出た言葉。



「研修の件については総務課長に伝えておきます。時間をとってくれて有難う」



自分では自然に捻りだしたつもりだったが、もしかしたら不自然な感じだったかもしれない。
それでも、これ以上の演技は無理だったのだから仕方がない。不器用な俺にしては上出来だ。


ふと机を見ると。


いつの間にか机の上にパイプ式ファイルが置かれていた。


おそらくメルル氏が「置き忘れて」いったものだろう。


中を見ると、ギッチリと書類が詰まっている。


一見乱雑に綴じられた私的な雑文書つづり。


時間はあり余っている。


俺はメルル氏からのメッセージを読み解くべく、書類に目を落とした。

       

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