Neetel Inside ニートノベル
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正直言って、村の守護神とやらがうざい件。
002_村のなかでの数少ない味方

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【004】村職員のレベルも、まぁ、……うん。 



執務を行って数週間、はっきりしたことがある。


村の重要な意思決定は、全て魔法少女ターニアが牛耳っている。


そして法令上の長である村長はお飾りにすぎない。
いわんや形ばかり存在する村議(村議なんて言うが、実際は町内会の役員に毛の生えたものだと思って頂ければよろしい。)も、議会も、各種行政手続きもすべてはお飾りである。


僻地の魔道行政において、魔法の専門家が幅をきかせることはよくあることだ。
俺が知る限りでもそういう事例は少なからずあるし、政治権力と魔道の分離という近代政治の原則からは外れるものの、一概にそれが悪いことだとも言い切れない(餅は餅屋である。そして所詮諮問機関に過ぎない審議会が実質的な意思決定の場になっていたりする)。


しかしながら、この村特有のヤバい点が何点かある。


第1.ターニアが魔道行政のみならず村政全般に渡って権力を行使していること。
→これは論外である。
第2.ターニアに対抗する権力が存在しないこと
→合議制という建前からターニア以外にも審議会の委員は存在するが、学校の教師OBなどがなんとなく座っているだけでまるで無意味。
第3.魔道分野に限らず村職員のレベルが極度にお粗末であること。
→もっともこれは俺の見聞が狭いだけかもしれない。


他にも違和感や不平、不満をあげればキリがないが、そもそも俺はなんの後ろ盾もなく村長になったのだし、中世チックな感じではあるが、魔女のターニアが権力を行使して村が平穏に治まるならばそれはそれで問題ないのではないか、とも思うので特段騒ぎ立てるようなこともするつもりもない。ターニアのほうも直接の魔女政治(これは明確な法律違反である。過去の歴史において魔女が国を統治した結果、滅茶苦茶になった経験から絶対に魔女を政治に直接参加させてはならないと我が帝国では定められている。)にならないように、一応は議会の承諾や村長の決裁が必要な事項に関しては(形ばかりは)手続きを踏んでいるようだし、大きな問題になるようなことはまずなかろう。


そんなことだから、俺は決裁文書にしてもターニアの意向が反映されていると思われる部分については特に異議を挟むことはせず、形式的な部分の指摘のみに留めるようにしている。それにしても閉口するのはその形式的な部分のレベルも驚くほど低クオリティなことだ。


先日上程されたクリク村魔獣対策基本条例(1276年4月23日条例第3号)などは出だしから酷かった。


その第1条において「この条例は、本村における魔獣対策の基本理念を定め」という文言があるにも関わらず、第2条にて「クリク村(以下「村」という。)」という略称規定を置いたりしている。本村でも略称規定でもぶっちゃけどちらでも良いんだが、略称規定を置くならこの場合第1条に置くべきだ。こんなのは序の口で(少なくとも条文運用にあたっての影響は少ない。)、その後の条文を読んでいくと「及び」や「並びに」の使い分けがファジーだったり(運用への影響がある。)、技術的読替えをミスっていたり(これは論外である。)、読んでいて思わず頭が痛くなった。起案前の素案段階でもいかがなものかと思われる内容が、村議会に上程されるのである。勘弁して欲しい。


そんな細かい文言なんてどうだっていいじゃねえか、と思われる方がいらっしゃるかもしれない。まったくもってその通りである。皇帝陛下の御名で発せらるる帝国の法律であればともかく、帝都の町内会規模のクリク村の条例の細かい文言にどこまで拘る必要があるのかという点については俺もまったくもってその通りである。であるが、先に述べたように俺には重要な意思決定からは排除されているのだから自ずと目が行くのはこういう細かい点にならざるを得ないのであって、何も好き好むんで重箱の隅をつついているわけではない。要するにこういう形式的な部分にしか俺は立ち入ることが許されていないということである(ちなみに形式的な修正ならターニア嬢は「すごーい!村長さん、博識なんだね!」とか言って快く受け入れてくれる。まぁ端的に言うと馬鹿にされているわけだが。)。


さて、長々のクリク村の法制執務のお粗末さについて語ったのには理由がある。


基本的に俺のところにあがってくる文書というのは頭を抱えたくなるようなお粗末なものが多いのだが、極まれにまともな文書が作成されているときがある。最初は偶然か確率の為せる業かと思っていたがどうもある部署が作成したものが「まともな文書」であるということに最近気がついた。俺はこの文書の起案者の顔が見たくなった。この職員も苦労しているに違いない。激励の言葉のひとつでもかけてやるのがよかろう。



俺は決裁印を押すと同時に、起案者の名前をちらりと見た。
そこには「商工農林課 メルル」と几帳面な文字で書かれていた。

     

【005】群鶏の一鶴、メルル氏。彼女が囁いた。


「失礼いたします」と村長室に入ってきたのは、いかにも堅そうな、そして気の強そうな感じのする年の頃二十五、六の女性であった。端正な顎のラインと上品な釣り目はおそらく大部分の男性を魅了するだろうが、彼女の表情にはどことなく男性を寄せ付けないオーラがあり、俗っぽい言い方をすれば「隙のない女性」「お高くとまっている女」ということになるだろう。帝都にいた頃はよくこの手合いの女性を見かけたものである。俺としては、知性を感じさせる広い額に強く惹かれる――


などといささかセクシュアルな論評を頭の中で行っていると「村長、何か御用でしょうか」とメルル氏に催促されたので俺は用件を切り出すことにした。もちろん一番の目的はクリク村で数少ない文書作成能力を持つ者の顔を見てみたいというものであったが、まさかそんなことを伝えるわけにもいかないのできちんと別件を拵えてある。俺は「ええ、実はメルルさんの作成文書がとてもよく出来ているので、少しお願いがあるのです」と切り出した。すると「あれくらい、普通だと思いますけど」と素っ気ない感じで言う。褒めているのだから素直に受け取っておけばいいのに、こういうことを言うところがお高くとまっているオーラを感じさせるのである。表情には出さずに続ける。


「御謙遜を。いろいろとなっていない文書が多いところ、メルルさん起案のものは作法がしっかりしています」
「そうですか。まぁ村長がそう思うんならそうなんでしょう」


なんで、こう、いちいちトゲのある言葉しか出せないんだろうかこの人。
ちょっとイライラしてくるがとりあえず用件を伝える。


「……で、村全体の文書作成能力を高めるべく研修を行いたいと思っているんですが、差し支えなければ講師を引き受けてくれませんか?」
「お言葉ですが村長、それは全く筋が違います。文書研修を行うという趣旨は理解します。しかし、そういうった研修を行いたいのであれば、まず所掌課である総務課が研修計画を立てるべきです。村長がトップダウンで、商工農林課の私に直接依頼するのは幾重にも筋が違います。そしてもし私に講師を依頼するのであれば、まず総務課から商工農林課長あたりに話を通すべきです。ここで私が村長の依頼を是とも非とともするのは、商工農林課長の顔も潰すことにもなります」


こいつは驚いた。俺としては、こんないい加減な村だから筋論なんか関係無しに、知識・技術を共有化しようぜ!くらいの緩い感じで発案したのであるが、筋論のみならず手続き論としても100%メルル氏が全然正しい。ここまで正論を言われては返す言葉もない。


仕方がない。
もっとも、一番の目的である起案者の人となりを見るとことができたので満足である。研修のことは総務課と相談することとしますと言ってメルル氏を返そうとしたとき、彼女の口から聞き捨てならぬ発言が飛び出した。


「それに、ターニア様の許可をとらずにそんな勝手な計画をしてよろしいんですか?」


……はぁ!?なんだって?


俺だってターニア嬢との棲み分けは理解しているつもりだ。村の運営にかかわる重要政策については彼女の非公式な権力を十分尊重している。そのうえで、文書の研修程度のことには首を突っ込んでくることはあるまい、と俺なりに判断している。けれども、この程度のことについてもターニア嬢の判断を仰ぐ必要があるというのか――?


「えー…、ターニア委員にとの関係ついては、まァ、機微に触れることである……という認識はもっています。それでも、この程度は、という思いがあるのですけれども、違いますかね?」狭い村のことだ。直接的な表現をするとどう間違ってターニア嬢の耳に入るかわからないので俺はあえてぼんやりした言葉で様子をうかがう。メルル氏は「この村では」と言った後、一拍、二拍、三拍……置いたのちに答える。


「すべてものごとについて、ターニア様の許可が必要です」


そんなアホな。


専制君主でもあるまいし。萎縮しすぎじゃないのか。
俺は呆れかえって言葉を出せずにいると、突然。


メルル氏が俺の近くに歩いてきた。



机を挟んで、手を伸ばせば届く距離。


――そして、顔を寄せて。


―――彼女は、


――――呟く、






< この部屋の会話 魔女に 聞かれてるから >


< 形だけでも 魔女への忠誠の言葉 忘れないで >


< あと > 


< 魔女は 村を 滅ぼす >




――。


―。



普通なら。


「え、何がです?」


などと聞き返しかねないところ。




聞き返せば、無駄になる。



メルル氏の発言は妄想か、真実か。



わからない。



わからない、が聞き返して得にになるケースは無い。


真実なら、聞けば無駄になる。
妄想なら、聞くだけ無駄だ。


――それはどういうこと?
――魔女ってターニアのこと?
――もっと具体的に聞いていい?


こういういった言葉が言葉として紡がれる、すんでのところで俺は堪える。
そして代わりに出た言葉。



「研修の件については総務課長に伝えておきます。時間をとってくれて有難う」



自分では自然に捻りだしたつもりだったが、もしかしたら不自然な感じだったかもしれない。
それでも、これ以上の演技は無理だったのだから仕方がない。不器用な俺にしては上出来だ。


ふと机を見ると。


いつの間にか机の上にパイプ式ファイルが置かれていた。


おそらくメルル氏が「置き忘れて」いったものだろう。


中を見ると、ギッチリと書類が詰まっている。


一見乱雑に綴じられた私的な雑文書つづり。


時間はあり余っている。


俺はメルル氏からのメッセージを読み解くべく、書類に目を落とした。

       

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