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稀望の証明Verどうしん
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序章 「追憶と戦闘」本土防衛東方戦線篇

 とにかく、死が迫ってきていることだけは判った。
 また同時に、敵軍が我々の猛撃をもろともせず、大軍を率いて突入してくることも。はっきりと判った。その日は、強い雨が降っていて、七月にしては凍えるほどの寒さであった。親指ほどの雨粒が、辺り一面に降り注ぎ、「ざぁざぁ」という煩わしい音を掻き立てていた。
 我が海軍砲兵陣地は、魚哭峠(うおなきとうげ)という平たい丘の上で構え、突撃してくる生命知らずの兵どもを駆逐するための陣地である。草木一つ生えない長い野原は隠れる所のない絶好の場所だ。
 そこで我が砲兵の出番である。大地を黒く染め上げるほどに突進してくる兵隊に向けて、我が軍自慢の四一式山砲に装填された十年式榴弾が天を埋め尽くし、一挙に敵兵に叩きつける。
 この時点で三分の一が戦死する計算だ。
 だが運よく生き残り、やっとこ鉄条網に辿り着くころには、我が機関銃陣地から雨あられと降り注ぐ銃弾の雨が襲い掛かる。
 ここの時点で部隊は全滅する計算であった。
 ところが、何の手違いか、なぜか我が海軍陣地には供給されるべき砲弾が三分の一程度しか分け与えられなかった。それは砲兵陣地に限ったことでなく、機関銃も、手榴弾も、であった。 
 何度も何度も兵隊を突入させる戦法、これを《人海戦術》と呼ばれることもあるが、敵軍の用いるそれは、どこの軍隊よりも恐ろしいものがあった。なぜなら、敵、北中支は我が大天照帝國よりも、遥かに多い人口を持っているからだ。誠に恐ろしい軍隊だ。
 そこで何が起こったか。敵軍は何度も何度も突っ込んできた。しかし突っ込んでくるだけではない。彼らも同じ人間である。学習したのだ。「陸軍陣地より、海軍陣地のほうが攻めやすいだろう」と。
 なぜそのことが敵軍にバレたかは定かではないが、けだし敵軍の二度目の総攻撃の際、我が防衛陣地に迫る敵の、約五分の三が我が海軍陣地に突っ込んできた。
 「弾は⁉弾はもうないか⁉」
 怒鳴るような声を上げたのは、海軍中尉、東郷沙代子。内陸戦線守備隊附属海軍第二連隊砲小隊の隊長の職に就いている。
 「ダメです‼残り僅かです‼」
 予想外の出来事に、半狂乱状態に陥った水兵が泣き叫ぶように云った。敵兵は我が機関銃陣地を遂に突破し、砲兵陣地へとじわじわ逼ってきていた。手を打ちたいところだが、弾が少なくては大砲は役に立たない。
 「畜生!どうしましょう・・・」
 「このままではっ・・・我々も奴らにっ・・・!」
 「黙れ。・・・静かにしろっ・・・!」
 東郷は、その場に座り込み、うなだれた。どうしよう。手などない。この様なことは、前から予測できた筈だ。陸軍の考えることは、常に同じだ。自分さえ良ければそれでいい。海軍は海軍で頑張れ。しかし、兵員弾薬はこちらの自由にさせてもらう。こんな具合だ。
 こんな馬鹿げた命令でさえ、海軍司令官は首を縦に振った。お陰でこの有り様だ。東郷は、心の中で舌打ちをした。
 雨は、まだ降り止まない。曇天の雲は、切れ目がなく、晴天の到来の稀望を諦めさせる。
 するとそんなとき、隣にいた水兵が、さっきまで念仏を唱え、泣き叫んでいた水兵が、声を上げずに斃れた。
 「どうしたっ⁉」
 すぐさま仲間の水兵が駆け寄り、抱き起した。その水兵の首からは、どす黒い鮮血がとくとくと溢れていた。そのたびに、水兵はまるで水に溺れたような声を上げた。
 何者かが、我々を狙撃していることは判った。しかし、肝心のその姿が見えない。水兵は斃れた戦友の首を渾身の力で押さえつけながら、悲痛な叫びを上げた。
 「河西が撃たれましたぁ‼」
 「なんだとっ⁉」
 東郷が振り向いた瞬間、雷のような銃声とともにその仲間の水兵も斃れた。今度は脳天に一撃だった。
 「危ない‼」
 誰かの声が聞こえた。
 その声の直後、重い衝撃が頭に走った。
 「中尉殿‼」
 声が頭の中で響く。同時に、東郷は泥沼と化した地面に崩れ落ちた。どうやら、焦尾板で思い切り殴られたようだった。朦朧とする意識のなか、敵兵と思える兵士と、味方だと思える兵士が取っ組み合いになっていた。
 その味方の兵士は、副官である源将成(みなもと まさしげ)に似てなくもなかった。源は頻りに何かを叫んでいる。
 「・・・げろ・・・!・・・やく・・・しろ・・・!」
 源の云っていることは、あまりの鈍痛のために理解ができなかった。まるで目の前がスローモーションのように見える。残像がひどい。源が敵兵から小銃を奪い取り、地面に叩きつけた。しかし敵兵はそのまま源に覆い被さり、くんずほぐれつの白兵戦闘を展開した。
 (助けなきゃ・・・・・・)
 東郷の手は無意識に目の前に倒れこむ小銃へ向かっていた。敵軍の使うモーゼル小銃。ボルト・アクション式小銃で、我が陸海軍の正式採用した三八式歩兵銃でさえ、この小銃を参考にするほどの名小銃と云えよう。
 弱弱しく、小刻みに震える手はやがてモーゼル小銃をがっしりと握りしめた。 そして、照準を源に襲い掛かる敵兵に向ける。
 二人ともじっとしている今がチャンスだ。
 銃身は敵兵に向かって伸びている。無心で東郷は引き金を引いた。
 カチっという音とともに耳をつんざくような銃声が鳴り響いた。その瞬間、反動のせいで銃弾は敵兵には向かわず、倒れ込んでいた源の腿に突き刺さった。
 「ぐうっ・・・‼」
 (しまったっ・・・!)
 東郷は心の中でこう叫んだが、もはや手遅れだった。源は低いうなり声を上げながら悶えていたが、東郷の意識は飛んでいき、目の前は暗黒の闇に染まっていった。そのあと二人がどうなったかは東郷は知らない。
 東郷が憶えているのは、二人の水兵の戦死と、雨がざぁざぁと叫ぶように降り続いていたことだけである。





     

第一章 「転属」 尖石島戦線転属前夜

 あれから二か月の月日が流れた。
東郷の指揮していた海軍第二連隊砲小隊は、けっきょく東郷と源を残して全員戦死。戦闘中、撤退の意見具申を東郷は何度もしたが、陸軍司令部はこれを黙殺した。連隊砲小隊全滅の責任は誰にあるかは、日を見るよりも明らかであるが、陸軍のお膳立てのつもりだろうか、海軍司令部は未だ頭の負傷が完治していなかった東郷に転属を命じた。
東郷に味方なぞいなかったということだ。
 九月二日、東郷は内地の野戦病院の一室の片隅で目を醒ます。
辺りを見渡した東郷は、その光景の変わりように驚いた。東郷は未だ戦場で戦っていた記憶しかなかったからだ。
 「気が付きましたか?」
 不意の声に驚く。東郷は声の主に向かって目を丸くさせ、食い入るように見つめる。唐突の声で性別は判断できなかったが、ベッドの横の椅子に座っていたのは、歴戦の兵曹長であり、東郷の副官である源であった。源の頭には包帯が巻かれており、青りんごの皮を剥く短剣を握りしめる手にもそれは巻かれていた。
 「ここは・・・どこ・・・・?」
 東郷は呆けたような声を上げて訊いた。「野戦病院です」とだけ、源は答えてやった。その表情はどこか哀しげであった。やがて夢が醒めるように、意識がはっきりしてくると東郷は突然に源の胸ぐらを思いき掴む。
 「うわっ!どうしたんですかっ・・・?」
 「みんなはっ⁉みんなはどこへ行ったっ⁉」
 焦るような声を上げ、源を睨み付けたが、源は青りんごと短剣を横の箪笥《たんす》の上にそっと置くと、ガッシリとして離さない東郷の手をやさしく離し、布団の上に導いた。その間も、彼の表情は悲愴を隠すような笑顔を浮かべていた。その瞬間、東郷は総てを悟った。
 「死んだ・・・の・・・・?」
 東郷の捻り出すような問いに源は答えを用意するほどの余裕を兼ね備えてはいなかった。
 「そう・・・死んだのね・・・・?そうなの・・・・・・」
 源はその問いにだけ、静かに頷く。外から、ラヂオ放送か何かは判らないが、聴き憶えのある曲が流れてきた。可愛らしい、まだ戦争なぞ知らないような少年少女たちの歌声で響いてくる。
 『ちょうちょ』である。東郷自身も内地ではよく聴いた曲でもあった。 
 東郷の心の中で様々な感情が交差しているのが、源は見て取れた。戦友の死。部隊の全滅。突っ返された撤退命令。そして…。
 「源兵曹長・・・・」
 「はっ」
 「腿《もも》・・・見せて・・・・」
 唐突の東郷の註文《ちゅうもん》に多少戸惑った源であったが、静かに「わかりました」とだけ云ってズボンをたくし上げた。同時に、血のせいだろうか少し赤く滲《にじ》んでいる包帯で巻かれた腿が姿を現すと、東郷は震える両手を伸ばした。源は膝を少し折って腿を東郷のもとへ差し出す。東郷は撫でるように腿に触れた。
 「ごめんなさいね・・・・。私のせいで・・・・・」
 「そんなことありません。あの状況下では仕方がなかったと思います」
 源が淡々とそう云うので東郷の心の揺らめきは少し収まったが、決して罪悪感はそう簡単に消えるものではなかった。ダメ押しのように源は続ける。
 「『総て陸軍のせい』とは云いたくはありませんが、『全く陸軍のせいではない』とも云いたくありません。あれは間違いなく海軍には不利な状況であったのです。まして突如敵兵の狙撃で戦友が二人も戦死し・・・・」
 「それは私の決断が遅かったから・・・・!」
 「いえ、しょうがなかったのです」
 「だって・・・!もっと他に手はあった筈よ ! 応戦するでも、何でもあった筈・・・・」
 「後悔は、なりません」
 その一言に完全に諌《いさ》められた東郷は熱くなった頭を少し冷やそうと、少し沈黙に徹した。一体なんのために此処へ来たのか、一瞬わからなくなる。国が危機に瀕している。四面海に囲まれたこの帝国に敵が迫ってきている。だから軍隊に志願したのだ。それだけは忘れてはならない、と東郷は自身を奮い立たせた。
 と、そんなときであった。不意に扉から軽いノック音が聞こえてきたので東郷は「どうぞ」と云って未だ顔の知らない訪問者を招き入れた。
 「はっ!失礼いたします ‼ 」
 威勢のいい返事とともに入ってきたのは初々しさと幼稚さが残る一人の少年兵であった。痛々しい小さな切り傷を残す坊主頭の上に略帽を被り、三八式歩兵銃を大事そうに右手で握りしめている。よほど海兵団にいたときに古兵どもから痛めつけられたのだろうと瞬時に源は判断した。彼は扉を思い切り閉めると、深々と最敬礼をした。最敬礼とは、ふだん我々がよく見る挙手型の敬礼とは違う、頭を目上の上司に対して下げる敬礼である。東郷が軽く手を上げ応えると彼は勢いよく頭を上げて叫ぶように云った。
 「申告致しまぁすっ‼」
 「おう、どうした ?」
 「斎賀彩斗《さいがあやと》三等兵、東郷沙代子中尉殿の部隊へ転属を命じられ只今着任いたしましたっ‼」
 「ほう、転属とな ?貴様、どこの部隊からだ ?」
 「はっ?」と斎賀は素っ頓狂な声を上げた。
 「原隊だ」
 「いえ、自分は海軍砲術学校からそのまま転属であります」
 「はぁ?」と今度は源が素っ頓狂な声を上げた。それがどうも東郷には可笑しく見え、誰にも気づかれないように頬をゆるめた。
 「全く、御上《おかみ》は、これだから・・・・」
 源はやれやれといったふうに苦笑いを浮かべながら斎賀の頭をポンポン叩いた。
 「よ、宜しくお願いいたしますっ・・・・」
 頬を赤らめながら恥ずかしそうに呟くように云う。それに応えるように東郷は微笑みながら軽く敬礼をした。斎賀も再び最敬礼をした。その勢いのよさに二人は吹き出した。
 「あっ、そうでした。中尉殿。ただちに大隊本部へ出頭してください」
 「私に?」
 「えぇ。詳しいことは判りませんが、自分の転属のご挨拶の折、海軍司令官副官の琴枝《ことえだ》参謀大尉が『ただちに東郷を呼んで来い』と・・・・」
 「なんですって・・・・?」
 東郷は何か激しい嫌悪感を憶えた。それは源も同じだったようで、妙に苛立ったような声を上げた。
 「ハァ・・・中尉殿。何やら嫌な予感がしますね・・・・・」
 源は腕を組み、再び椅子に座る。そして短剣を握り、青りんごに突き刺した。

     

 同守備隊海軍司令部 参謀室
 
 東郷は扉の前で軍服のネクタイを整え、裾を正した。
 そして震える手を拳に変え、静かに三度ノックをする。少し弱々しい音がした後に、部屋のむこうから返事がする。
 「誰かね」
 その声は琴枝参謀大尉のものに相違なかった。
 「はっ、東郷中尉。琴枝参謀大尉殿の命令により出頭しました」
 「おう。東郷君か。入り給え」
 「はっ。失礼しますっ」
 ドアノブに手をかける。ヒヤッとした感じの悪い冷たさを感じながら扉を開ける。嫌な予感しかしない。まず彼の声の調子からして、あの苛立ったような声の調子からして絶対に東郷自身にとって良いことが降りかからないと瞬間的に悟った。
 部屋に入ると、海軍特有の白い軍服(これを二種軍衣と呼んだりする)を身にまとった中年の男性がタバコをふかしながら遠い曇天を眺めていた。東郷は略帽を脱ぎ、最敬礼をする。
 「東郷中尉。参りました」
 琴枝はタバコの煙を吸い込んだあと「フゥ」という息を漏らし、振り返った。年齢は四十後半であり、年相応のその表情はなかなかに気味の悪いものであったと云えよう。立場が違いすぎると云うのもそうだが、琴枝のこけた頬と光のない瞳に見つめられると東郷でなくともゾッとするような感覚に襲われる筈だ。
 『幽霊参謀』と誰か名も知らぬ一般兵がそう形容していたが、そのとおりだなと東郷は思った。
 琴枝は不気味な笑みを浮かべ、軽く手を挙げ敬礼に応えた。 
 「よくきたね。激戦だったそうじゃないか・・・・」
 琴枝はゆっくりと語りかけるような調子で云った。
 「はい」としか東郷は返事ができなかった。それ以外に言葉が浮かばなかったからである。事実、東方戦線は激戦であったのだから。
 源から聞いた話によると、東郷が気絶した後に海軍増援部隊が到着。その便宜も琴枝が図ってくれたという。
 陸軍部隊の戦死者は十分の三程度、しかし海軍部隊のそれは全体の約五分の二が戦死した。ここまで来るともはや陰謀というほかない。
 「そうか。よく生き残ってこれたな。偉いぞ」
 「いえ、私は褒められるようなことはしておりません。寧ろ・・・・・」
 東郷は言葉が詰まってその先が云えなかった。むせ返るような重い記憶がモノクロ色で東郷に迫ってくる。東郷は何も云えずに黙り込んだ。琴枝はその表情から察し、タバコを灰皿に押し込んだ。
 「本題に入ろう」 
 少し表情を曇らせながら琴枝は目の前の自分の椅子に座る。その表情から東郷は全てを悟った。
 「実はな・・・陸軍の奴らが、貴様のことを強く責めていてな。『兵を無駄にするような下士官は非国民だ』とな・・・・」
 「それで・・・・」
 「うん。それでな・・・・。奴らは『軍法会議をかける』だなんて抜かしてきやがった。何もしていない奴らが、君のような優秀な軍人をどうこうするなど・・・・・・ふざけるな」
 琴枝はやけに苛立った表情で大きな音を立て舌打ちをすると思いきり机を蹴った。琴枝という男は喜怒哀楽を表に出す人間であった。
 先ほど『幽霊参謀』と形容した一般兵がいた、という話をしたが、琴枝はそのあだ名に激怒し犯人を自らの力で捜し当て、自ら海軍精神注入棒という罰直用の棍棒で体罰した、という逸話が残っている。
 「それで、どうだったのですか・・・・・?」
 東郷は先ほどと変わらぬ調子で、激しく貧乏ゆすりをしている琴枝に訊く。
 「むろん、このまま君を見殺しにするわけにはいかないと思った。我々、つまり海軍司令部は何としても君だけは護りたかった。ところが、あの馬鹿どもめ。『彼女を護る』とあれほど息巻いていたのに、陸軍と相見えた瞬間に掌返しだ。『原隊に残す』というのが、我々の目標だったが、奴らと来たら・・・奴らってのは『海軍』の奴らな?奴らは君を島流しさせることを提案しやがった・・・・・」
 「なんですって・・・・・?」
 「申し訳ない。私も、できるだけ尽力したつもりなのだが・・・・参謀大尉の立場じゃ、ただただスッポンのように奴らに噛み付くだけだった。本当に申し訳ない」
 琴枝はそう云うと深々と頭を下げた。東郷は慌てて両手をのべつ動かし云った。
 「いえいえっ!そんなっ・・・勿体のない。寧ろ有難うございました。こんな、私のために・・・・・」
 「何を云う。君は十二分に戦ったじゃないか。けっきょくアレは陸軍と海軍の上層部連中の陰謀だったからで君の責任じゃない。・・・と云っても、私もその連中の一員だが・・・・」
 「いえっ!琴枝参謀大尉殿は優秀かつ稀有な帝國海軍軍人であると、私は思いますっ!・・・・生意気にも、一下士官の分際ではありますが・・・・・・」
 「そうかっ・・・嬉しいぞ。そこまで云ってくれた奴は、お前が初めてだ。有難う」
 「い、いえっ・・・・」
 東郷は照れ隠しのように目線を琴枝から離した。
琴枝はそのままの調子で続けた。
「敵に突っ込むなら、君のような軍人と共にしたいものだな」
「えっ」と瞬間、東郷は大きく見開いた目を琴枝に向けた。琴枝は静かな調子で照れ笑いと一緒に云った。
「実はな。島流しされるのは君だけじゃないんだ」
「と云いますと?」
「陸海軍会合のあと、私は海軍司令官殿から直接クビを云い渡されてね。『そんなに東郷を庇いたいなら貴様も逝け』とな」
「なんという・・・・・」
思わず吐き気のような嫌悪感に襲われ、東郷の足はふらついた。同時に世の中には救いなどないものであるということを痛感した。
ただこの世にあるものは争いと憎悪だけで、あとは散り散りの愛情しかない―――。東郷の心の底は深い谷底のように冷え切ったものに染まった。
もしかしたら軍隊には救いなどあってはならないのかも知れない。なぜなら戦争そのものが救いのないものだからだ――。
「参謀大尉殿・・・・」
圧し殺すような声で琴枝の名を呼んだ。
「なんだ ?」
「自分は参謀大尉殿と運命を共にできるなら、本懐です」
東郷の声は次第に決意するように、もう二度と抗えない運命に殉ずるように目の前の上官を見つめて声を大きくして云う。
彼女にとって、静かなる決断だった。
琴枝は暫し真剣な眼差しで東郷を対抗するように見つめていたが、また照れ笑いを浮かべる。
「こんな老人でも、一緒に死んでくれたら、嬉しいね」
琴枝は雨雫のようにぽつりぽつりと噛み締めるように云う。
そして同時に琴枝は頭の中でこんな風に思った。
 (この子だけは、せめてこの子だけは生かしてやりたいものだな・・・・。たぶん・・・無理かもしれんが・・・・)
琴枝はその思いとは裏腹に目の前で恐怖をひた隠す少女に優しく微笑んでやった。
 「ところで」と、東郷の声で琴枝は感慨から引き離された。
 「ん?」
 「私たちは、どこへ転属されるのでしょう ?」
 「あぁ、それを云い忘れていた。私たちはな、尖石島とがせきじまというところに連れて行かれる」
 「尖石島・・・・ですか・・・・・・」
 尖石島とは、わが天照帝國本土より北方一・二○○キロに位置する小さな島で北中支からの『絶対国防線』のなかの一つとして、第二軍がこれの防備にあたっている。
 「そう。草もなければ、水もない。岩と枯れ木ばかりのつまらない島さ。そこの尖石島飛行場設営隊附属防衛隊、巖匡いわくに支隊聨隊砲小隊へ転属される。私は陸戦隊の参謀役としてそこに行く。ははっ、どうせお荷物だよ。でもね、私の代わりは幾らでもいる。しかし、君たちのような優秀な軍人の代わりとなるとな・・・・。だから、私は全力で君たちを護ってみせる。戦場で私のような老いぼれがどれほど役に立てるか分からないが、机上の戦場では私は役に立てるかも知れないからね」
東郷は琴枝の言葉に何も云わなかったが、静かに礼をした。
人に護ってもらえる、なんと心強いものであろう。

     


  十一月十二日 東郷沙代子中尉
  尖石島戦線ヘ転属セリ
  
 東郷は陸軍の輸送船団に便乗する形で船に乗り込んだ。
 船内はお世辞にもいいものとは云えなかったが、東郷はなんとも思わずに自分の部屋へ向かう。
 東郷は部屋のなかから果てのない大海を見つめていた。丸い窓から見える海面には太陽の強い光を反射してまるで小さなダイヤモンドを散りばめたようにキラキラ輝いて見える。
 東郷自身としてはこの美しい海の底に何千何万もの戦友たちが眠っているとは到底考えられるものではなかった。
「むごたらしいものね・・・戦争なんて・・・・・」
 東郷がそう呟くと、吸い込まれるような蒼穹の彼方に黒い細長いものが飛んでいるのが見えた。
「あれって・・・・海軍の飛行機かしら・・・・」
 本戦争開戦の二年前に勃発した北中支との北辰事変(勃発してからわずか五ヶ月で終結している。天照陸軍と北中支の戦いであったが、海軍も多少の援助をした)の際に護衛機なしに北中支本土上陸作戦を決行したことによって多大なる戦死者を出したことを反省し、今では近くの航空基地から海軍の戦闘機を出動させることになっている。
 これによって死傷者を減らすだけでなく、兵たちの士気向上にも一役買ったという。
 東郷は部屋を飛び出る、とまでは云わないが慌てるように出ていき甲板に出た。
 外では陸軍の兵たちがタバコを吸っていたり海辺を眺めていたり洗濯物を干していたりとまるで遊覧船にでも乗っているようなお気楽さがあった。
 そんな兵たちが一斉に空へ向かって指を差して喚声を上げた。東郷もつられて指の差す方向へ目を向ける。
 大きな翼をいっぱいに広げた艦上爆撃機が東郷の頭上を掠めるように通り過ぎる。東郷は略帽を押さえ、風に耐えた。
 兵たちは「いいぞ」とか「すごいな」とか口々に云っている。拍手なども聞こえてくる。東郷はただただ惚けたように徐々に小さくなっていく機影をじっと見つめていた。
 搭乗員の名と、あの伝説とも呼ばれた艦爆の名を知ったのは尖石島に上陸してからしばらくのことであった。 

     

 尖石島飛行場設営隊附属守備隊巖國支隊海軍聯隊砲小隊陣地

 またあの飛行機だ。敵軍の飛行機であることはわかっている。だが偵察機なのか爆撃機なのか戦闘機なのかがわからない。とてつもなく遠くにいて、ぐるぐる大きく円を描くように旋回しているのが見て取れる。あの飛行機だ。私の仲間を蜂の巣にしやがったやつは。と、如月敦子きさらぎ あつこ三等兵曹は北山という小山の頂上で設営中の陣地の中で寝転び広く果てしのない青空を蛇のような眼差しで見つめていた。
飛行機は低い「ぐぅーん、ぐぅーん」という音を上げながら飛んでいる。まるで地上の人間どもを、いやもっと云うなら如月たちを嘲り笑うかのようだ。まったく優雅でならない。海鳥が空の旅を楽しんでいるように、鷹や鷲が地上で健気に逃げ回る仔兎へ狙いを定めるように。
畜生、と如月は空に向かって云った。そして右手を高く突き上げ掌を銃の形にして空を飛び回る飛行機に照準を合わせた。
「あの飛行機が目の前で戦友を私から奪い去ったように、今度は私があの飛行機を喰らってみせる。早くこんな積み木遊びや砂場遊びが終われば、あんなハエすぐにだって叩き潰せるのに・・・・・」
そんな彼女を嗤うように飛行機はぐるぐる回っている。如月はそれに向かって「バン」と静かに云った。
「ふざけてないで。手伝ってくれ」
隣で作業していた荒澤正嗣あらさわ まさつぐ三等兵曹が手に持っていたスコップを地面に突き刺してため息混じりに云った。
するとさっきまで寝転んでいた女性がすっくと立ち上がって、すこし頬のこけた顔が荒澤の方へ向いた。
「うるさいなぁ。いま憎き敵機を地獄の底に叩き落としてやろうと息巻いていたところなの。邪魔しないで」
軍人とは云え、それでも女性は女性である。胸元をがっぱり開けている様は男としてやり場に困ってしまう。荒澤は慌てて目線を外した。身長はお互い同じくらいで、二人共々まるで生き写しのように似ている。二人がそれに気づいたのは海軍砲術学校を卒業してからのことであった。
「なんだよ、それ」
「うるさいって。私の勝手でしょ?」
「はいはい。そうかい。わかったよ」
荒澤はパンパンと手を叩き、突き刺したスコップを握り締め、自分の作業に戻った。それを見て如月もあからさまなため息をつき、略帽を被って自分のスコップを掴み作業に戻った。
 「そういや。さっき三一四設営隊の奴らから聞いたんだが、ウチの小隊に新しい指揮官が今日到着するらしい」
 「新しい指揮官?」如月の手が止まる。
 「ああ。古参の中尉だってさ」
 「古参の中尉がどうしてこんな地の果てのような島へ来るのさ」
 如月が口を尖らせ悪態をつくように云うとまたスコップを握り締め作業に戻る。荒澤は待ってましたとばかりに如月にぐっと近寄る。
 「それがな。これは噂なんだがな。その中尉は仲間を見棄てて逃げ出したって話だ」
 「それが見つかって島流しされたってわけ?」
 「多分な」
 「で。その他の奴らはどこからその情報を?」
 「さぁね。ま、あくまで噂だからさ」
 荒澤は苦笑の表情を浮かべてスコップを突き刺し、「ん~」と背伸びをした。汗をかいた肌に心地いい風が吹く。
 「その中尉殿もさぞかし可哀想だね。そんな根も葉もない噂話広められて。まぁ、別にいいけど。だけどあんた、あんまり三一四設営隊の奴らとつるむんじゃないわよ」
 「どうしてだ?」
 「あいつらは陸軍の息がかかってるんだから。信用ならないわ」
 「そんな。あいつらはみんないいやつだぜ?」
 「いいやつほど信用ならないってことよ」
 それから先は如月はおしのように黙り込んで作業に徹した。そんな彼女に荒澤は小さく「ちぇ」と舌打ちをし、また作業に戻った。

     

 尖石島飛行場設営隊附属守備隊巖國支隊海軍聯隊砲小隊陣地

 またあの飛行機だ。敵軍の飛行機であることはわかっている。だが偵察機なのか爆撃機なのか戦闘機なのかがわからない。とてつもなく遠くにいて、ぐるぐる大きく円を描くように旋回しているのが見て取れる。あの飛行機だ。私の仲間を蜂の巣にしやがったやつは。と、如月敦子きさらぎ あつこ三等兵曹は北山という小山の頂上で設営中の陣地の中で寝転び広く果てしのない青空を蛇のような眼差しで見つめていた。
飛行機は低い「ぐぅーん、ぐぅーん」という音を上げながら飛んでいる。まるで地上の人間どもを、いやもっと云うなら如月たちを嘲り笑うかのようだ。まったく優雅でならない。海鳥が空の旅を楽しんでいるように、鷹や鷲が地上で健気に逃げ回る仔兎へ狙いを定めるように。
畜生、と如月は空に向かって云った。そして右手を高く突き上げ掌を銃の形にして空を飛び回る飛行機に照準を合わせた。
「あの飛行機が目の前で戦友を私から奪い去ったように、今度は私があの飛行機を喰らってみせる。早くこんな積み木遊びや砂場遊びが終われば、あんなハエすぐにだって叩き潰せるのに・・・・・」
そんな彼女を嗤うように飛行機はぐるぐる回っている。如月はそれに向かって「バン」と静かに云った。
「ふざけてないで。手伝ってくれ」
隣で作業していた荒澤正嗣あらさわ まさつぐ三等兵曹が手に持っていたスコップを地面に突き刺してため息混じりに云った。
するとさっきまで寝転んでいた女性がすっくと立ち上がって、すこし頬のこけた顔が荒澤の方へ向いた。
「うるさいなぁ。いま憎き敵機を地獄の底に叩き落としてやろうと息巻いていたところなの。邪魔しないで」
軍人とは云え、それでも女性は女性である。胸元をがっぱり開けている様は男としてやり場に困ってしまう。荒澤は慌てて目線を外した。身長はお互い同じくらいで、二人共々まるで生き写しのように似ている。二人がそれに気づいたのは海軍砲術学校を卒業してからのことであった。
「なんだよ、それ」
「うるさいって。私の勝手でしょ?」
「はいはい。そうかい。わかったよ」
荒澤はパンパンと手を叩き、突き刺したスコップを握り締め、自分の作業に戻った。それを見て如月もあからさまなため息をつき、略帽を被って自分のスコップを掴み作業に戻った。
 「そういや。さっき三一四設営隊の奴らから聞いたんだが、ウチの小隊に新しい指揮官が今日到着するらしい」
 「新しい指揮官?」如月の手が止まる。
 「ああ。古参の中尉だってさ」
 「古参の中尉がどうしてこんな地の果てのような島へ来るのさ」
 如月が口を尖らせ悪態をつくように云うとまたスコップを握り締め作業に戻る。荒澤は待ってましたとばかりに如月にぐっと近寄る。
 「それがな。これは噂なんだがな。その中尉は仲間を見棄てて逃げ出したって話だ」
 「それが見つかって島流しされたってわけ?」
 「多分な」
 「で。その他の奴らはどこからその情報を?」
 「さぁね。ま、あくまで噂だからさ」
 荒澤は苦笑の表情を浮かべてスコップを突き刺し、「ん~」と背伸びをした。汗をかいた肌に心地いい風が吹く。
 「その中尉殿もさぞかし可哀想だね。そんな根も葉もない噂話広められて。まぁ、別にいいけど。だけどあんた、あんまり三一四設営隊の奴らとつるむんじゃないわよ」
 「どうしてだ?」
 「あいつらは陸軍の息がかかってるんだから。信用ならないわ」
 「そんな。あいつらはみんないいやつだぜ?」
 「いいやつほど信用ならないってことよ」
 それから先は如月はおしのように黙り込んで作業に徹した。そんな彼女に荒澤は小さく「ちぇ」と舌打ちをし、また作業に戻った。

     

尖石島守備隊 海軍司令部

 東郷は島に到着すると源と斎賀を引き連れ、海軍司令部へ赴いた。司令部は一つ南山という小山を越えたところにあり、船を降りた東郷たちは意外と遠くにあったので四苦八苦しながら歩いた。
 歩を進めている最中、兵隊たちが禿山の中で鍬を振り上げ、スコップを突き刺し穴を掘って作業をしているのが見えた。
無駄な岩石を取り除いて凸凹道をならして平にしている。緑の全くない尖石島自体を航空基地へ仕立てようとする海軍の思惑も分からなくはないが作業に参加させられている陸軍将兵は何となく虐げられているような表情を浮かべていた。
無理もない。どうして自分の関係のない海軍のために太陽に灼かれ、水も飲めず、空腹に耐えて作業をしなくてはならないのか。将兵たちははらわたの煮えくり返るような気持ちで頑張っているんだろうなと東郷は同情とも哀れみともつかぬ気持ちで奴隷のような兵隊たちを見つめていた。
 それが証拠には、東郷たちが歩いているのをじっと睨みつけるように見つめる兵士がいたり、独り言のようにぶつくさ何やら云っていたりと余程海軍を憎んでいるように見えた。だが東郷は気にせずスタスタと早足で司令部へ向かった。だが新兵の斎賀だけはどうも気がかりだったようで何かと辺りを見渡したり、小さな音でビクリと肩を上げて驚いたりと落ち着かない様子であった。そんな斎賀に対して源は小さな声で「無視だ、無視しろ」と諭すように囁いた。
 そんななか不意に東郷の体に何か大きな物体が衝突するような衝撃が走った。そして一瞬何かが散ったのが東郷に見えた。
「大丈夫ですか!」と源と斎賀は駆け寄ったが、東郷は多少よろめく程度で怪我の心配はなかった。むしろ心配なのは、ぶつかってきた張本人だった。ふと三人の目にはセーラー服の軍服を着て倒れこむ少女兵の姿が飛び込んできた。
 「いてて・・・・」
 東郷が膝を折り、うずくまる少女の顔を覗き込むように見つめた。
 「大丈夫?怪我は?」
 「もうどうしてくれんのよ・・・・せっかくの金平糖を泥んこのなかにバラ撒いちゃったじゃない・・・・」
 頭をさすりながら地面に落ちた七色の小さな星型のお菓子を掌に一個一個掬い上げていく。さっき飛び散ったのは金平糖だったのだ。
 「ごめんなさいね。これっていくらなの?」
 東郷も少女のように一個一個拾い上げていく。
 「いくらとかそういう問題じゃないの !この金平糖は、内地でお母様がお守りがわりに持って行きなさいって授けてくれたものなの !そう安いものじゃ・・・・」
 少女が東郷の顔を見上げた瞬間、怒りの表情はみるみるうちに青ざめていき、急にすたっと立ち上がり敬礼をした。
 「すみませんでしたっ!中尉殿っ!自分のような末端の一水兵が軽々しく先だってのような暴言を吐いてしまい、誠に慚愧に耐えませんっ!」
 「コイツ、襟章を見て態度をコロリと変えやがった・・・・」
 源は苦笑いを浮かべ、略帽越しに頭をボリボリ掻いた。それに釣られて斎賀もクスリと微笑を漏らした。
 「いえ、いいのよ。ところで、貴女の名前は?」
 「はっ!湊川鳴みなかわ なる二等水兵であります !」
 「所属部隊は?」
 「尖石島守備隊附属巖匡支隊海軍連隊砲小隊であります」
 「なるほど。湊川二水ね。憶えておくわ」
 「どうして急いでいたんだ ?」
 源が怪訝そうな顔で湊川に訊く。
 「はっ。同じ壕の人たちにいじめられてて・・・・いえ、何でもありませんっ!ちょっと走ってみたかったのでありますっ。もう時間なので、失礼いたしますでありますっ!」
 敬礼をして、妙なことを口走った彼女はいつしか風のように走り去っていた。後には虚しい空気だけが残った。

 司令部に到着したのは尖石島上陸から二時間とちょっとしてからのことであった。壕の中はむせ返るくらいに狭く、天井は東郷が手を伸ばせば届きそうなくらい低い。そのくせ大勢の人間が往来する。今ではもう慣れたが東郷がそれこそ斎賀のような青い時代のときは息が詰まるような気分になった。もはや今となっては「狭いな」くらいの考えしかなかった。
 
 巖匡中佐への挨拶を終えて、源と斎賀とも別れて東郷は自分の壕へ案内された。東郷の壕は司令部からだいぶ遠い北山陣地付近に位置している。
 「ここが、中尉殿の壕であります」
 「ありがとう」
 名も知らぬ水兵に東郷は少しの笑みも浮かべずに云った。
 「それでは帰ります」
 水兵は敬礼をして帰っていった。
 東郷は刀をベルトから外し、略帽を脱いで壕へ入っていった。
 壕の中は狭く、暗かった。東郷は持っていたマッチを擦り、元々備わっていたロウソクに火を灯していった。点々としたロウソクの光が一列になって並んでいるのを目印に奥へ進んでいく。
 すると自分のベッドのところから何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 「はちいちがはち、はちにじゅうろく、はちさん・・・いじゅうし !よし、云えた。あともうちょい・・・・」
 東郷は知らずと刀に手を伸ばしながら進んでいく。男の声ではないことはわかっている。しかし女といえども此処は戦場。妙な物好きが潜んでいるのかも知れない。そう思い、抜き胴の構えで突き進む。
 「くいちが、くっ!・・・くにじゅうはち、くさんにじゅうなな・・・・くし・・・くし・・・・さんじゅうご・・・?んっ?ダメっ!やり直しっ!」
 東郷はようやくたどり着くと、その声の正体が分かった。どうりで聞き覚えのある声だったのだ。
 「湊川二水・・・此処でなにを・・・・?」
 名前を呼ばれた瞬間、体育座りでベッドの片隅に佇む少女兵がこちらを光の速さで向いてきた。
 「はっ!」
 湊川は駆逐艦のような速さで東郷に迫り、敬礼をした。
 「東郷沙代子中尉殿 !お待ちしておりました !私が貴官の従兵として担当させていただきます、湊川・・・・」
 「どうしたっ?」
 湊川は目を点にして東郷の顔に穴が空くほど見つめた。
 「あ、貴女はっ!先ほどの・・・・!」
 「あぁ、あのときは済まなかったわね」
 「へぇ・・・奇偶なことが三千世界にはあるもんなんですね・・・・」
 「そうらしいわ。よろしく」
 東郷が柔らかな笑顔で掌を湊川に差し出す。
 「はっ、精一杯お役に立ちたいと思いますっ!」
 湊川はそれに両手で応え、屈託のない笑顔でブンブンと乱暴に上下に振った。これが、二人の運命の出会いであったのかも知れない。

       

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