Neetel Inside 文芸新都
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「いい知らせと残念な知らせがあります」
「まずはいい知らせから聞こうか」
「息子さんの手術に成功しました」
「で、悪い知らせは?」
「……手術が成功したことです」
    社会に出たばかりの息子は私の手術をすでに7回も受けている。全て癌の摘出手術だ。いつ死んでもおかしくない、寧ろ生かしているのが酷な話だ。1回目の手術に比べて成功の喜びも減ってきている。手術に成功したと喜んでいた息子は4回目の手術を始める頃には自分を殺してくれと懇願し、それが成功した頃から口を聞かず植物のようになってしまった。減らず口や憎まれ口を叩いていたところからはたまに痛みを訴えるうなり声しか聞こえなくなった。
  皮肉なものだ。人を助けるための医学で人を苦しめるとは。よりによって最愛の息子を……
  体が痛むのだろう。息子はか細く唸り声をあげ、小刻みに、ゆっくりと体を震わせる。焦点のあっていない目からは私への恨みか、はたまた私への労りなのかわからないがおどろおどろしさを感じる。
「本当に大したものです。息子さん、今回の手術で亡くなってもおかしくなかった筈です。これも先生の腕が……」
  はっ、となって口を閉じる助手。何秒もしないうちに謝罪の言葉が付いてきた。
「気にすることはないさ。私の腕が素晴らしいことは自分自身が知っている。まぁ"嫌み"とは思わず"好意"として受け取っておくよ」
  申し訳無さそうに、再び謝罪する助手。そんなんだから妻に逃げられたのだろう。だがどんなに自分の悪いところを直そうと思ってもこの口の汚さだけは直らなかった。それでも付いてきてくれる助手に感謝だ。
「それにこれが私の仕事であり、世間一般では医療や人道的に正しいことらしいからな」
  助手をフォローしたつもりはない。ただ、自分の思ったことを言っただけだったが、助手は私に礼の言葉を言った。
「だが、このままでは埒があかないのも事実だ。次はどこに転移するか……」

  翌日、息子から新たな癌細胞が発見された。発見した当初は絶望と喜びが入り交じった複雑な気持ちになったが、オペの準備に取りかかる頃には驚くほど冷静さを保っていた。これも長年、そして短期間に連続して手術を行ってきた結果なのだろう。最愛の息子を助けるために死地に挑む勇者ではなく、行方不明となった息子を、僅かな、奇跡よりも小さい可能性を信じて死体の中を探すただの人となってしまったことに一抹の悲しみさえ覚える。だが、そうなるのも仕方がない。いや、それは言い訳になるかもしれないがそう言わざるを得ない。なぜなら次の転移場所は心臓だからだ。助かる見込みはない。たとえ手術が成功しても息子の体力は尽きてしまうだろう。でもやるしかなかった。準備を終え、息子と対面する。はっきりと顔を見る。もう死んでるかと思ったが、虚ろに開いた目が光を失っていない。もしここで死ねたらどれだけ息子は楽なのだろうか?麻酔をかけて体を開く。生きているのをまじまじと示す通り、そして今まさにそれをなかったことにするが如く、自分の知っている心臓ではないものがゆっくりと血液を送る作業を繰り返していた。

「今回は悪い知らせだけがあります」
「何だ?」
  ごくりと生唾を飲み込む助手。重い口が開き、はっきりと私にその旨を伝える。
「息子さんが亡くなりました」
「それは悪い知らせなのか?」
  笑顔で聞く私に、ちょっと困惑するように助手は返す。
「世間一般では……」
「それで、手術は、心臓癌の摘出は成功したのか?」
「……成功です」
  けらけら笑う私。
「なんだ、いい知らせもあるじゃないか」
  息子の体力が尽きてなければ……いや、どっちにしろ結果は同じだろう。
「それと話は変わりますが、マスコミが先生に取材をしたいそうです。最愛の息子を守り続けた良父として特番を作るそうです」
  私は疑問の顔を作り助手に聞く。
「私でいいのか?息子を苦しめ続けた張本人の私が?」
「ええ。ただ残念ながら先生のお気持ちはマスコミは特番を見ている方たちには伝わらない方向で企画が進んでいます。これが原稿です」
  原稿として渡された冊子の表紙にはでかでかと「息子を守り続けた父、父を愛し信じた息子」とあった。思わず乾いた笑いが出てしまう。
「父と息子が逆だな。私は息子に"医者として、父としての名誉"を守られただけだというのに」
  後日私が、私の息子が出演した特番は大反響を呼び、私を、私の姿を間違えて覚えてしまった視聴者からたくさんの癌手術の依頼をいやと言うほど受けた。助かる見込みのあるものからどうあがいても助からないものまで……
  そして、助からないはずなのに人間の勝手な道徳によって苦しめられる患者を見て私はその姿を息子と重ね合わせ常に思ってしまう。いや、ずっと思うことだろう。だが、私が医者であるために、作られた父であるためにここでは言わないでおこう。それが私に、1人の真人間に求められていることだから。

       

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