Neetel Inside ニートノベル
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白の部屋
導く桜

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絶対にわすれられないよう、
ずっと一緒に居られるよう、
ささやこう 離さない。



白の部屋  第七話
「導く桜」




リコとばっちーは、立派な日本家屋の縁側に座っていました。
日本家屋の中には誰もいませんでした。
真夏のじりじりと焼けつくような太陽と暑苦しいセミの鳴き声は
縁側に座っているだけで半減したように感じました。
一息ついたところで、リコは思い出したようにばっちーをつれて、
裏庭に連れて行きました。


「裏庭に何かあるのか?」
「うん!あのね、木イチゴが裏に生えてるの。実、なってるかな・・・」
「ふうん。・・・リコ、ここは誰の家なんだろうな?」


ばっちーは至極自然にまっ白なワンピースを着た少女の背中に問いかけます。
小走りで進む彼女は、すこし足を止めました。
そうして少し考えてから、ほんのり唇に笑顔を含んでこちらを向きます。


「ここはね、おじいちゃんとおばあちゃんのお家だよ。」


ばっちーは、そうか、とちいさくうなづくと、
それからは黙ってリコの後ろについて行きました。
裏庭には、すぐに着きました。
よくみると庭の奥、並んだ木の間に木イチゴの木は有りました。
どうやら、実が食べられるのは少し早かったようです。
青々としてかっちりと堅い実が沢山なっています。


「あーあ、これじゃ食べられないね・・・」
「でも、また来ればいいだろ。次来た時は目いっぱい食べられるな!」


二人はそうだと笑いあいます。
そのとき、木イチゴの木の隙間に、ちかりと光る物を見つけました。
近づいてみてみると、それは桜の木の根元にある扉でした。
扉には、「traumend」と書いてあり、
枯れた木の模様が入っています。
ばっちーは顔をしかめました。


「ね、ばっちー、ロゼとエンサーをつれてこないと・・・」
「・・・そうだな。」


二人はなんとなく嫌な感じがしていました。
きっとこのままでは扉は開かないでしょう。
ばっちーは大きく息を吐いて、


「迎えに行こうか。」


と踵を返します。
リコは嬉しそうに大きくうなづいて、
それについて行こうとしました。


「その必要はないよ・・・。」


二人の前に立ちはだかったのは、
背の高い、真っ黒な長い髪とコートのエンサーでした。
わきに抱えているのはロゼです。
彼は少し乱雑にロゼを地面に下ろします。
「アイタッ」とちいさく声が漏れます。
ばっちーはさあっと顔が青くなって、
すぐにロゼのもとに駆け寄り、悲鳴のように彼女の名を呼びます。


「ロゼ!」


エンサーは、いとおしそうにリコを見ます。
リコは驚きと混乱で、どんな顔をしたらいいのかわかりません。
少しの声も出せません。
ばっちーに抱きかかえられたロゼは、ゆっくりと目を開けます。
意識はしっかりしているようです。
それでもロゼは目を伏せて、自分から話そうとはしませんでした。
エンサーはおびえるリコの頭をなでます。
その顔はとてもとても優しいものでした。
彼の薄い唇が、止まったように感じた時をまた動かします。


「リコ、ぼくはね、もう一緒に歩けないみたい。」
「え・・・?」


ロゼは、ゆっくりと瞳を閉じます。
ばっちーは、ロゼを抱きかかえたまま、身構えます。
リコは、とても悲しい顔をして、
それを見たエンサーは、少し驚いた顔をしました。


「とっても・・・さみしいな。」


リコの口から出た言葉は、小さく短いものでしたが、
それでも彼女の今の気持ちを表すものとして十分でした。
エンサーはこの時少しうつむいて、こう言ったのでした。


「・・・ぼくはいつでも一緒だよ。・・・ずっとね・・・」


そう言うと、彼の後ろにあの赤黒い闇の入り口が現れます。
ただならぬ緊張感と、ざわざわと鳥肌の立つ感じ。
少女と妖精はその嫌な感じに、思わす体を縮ませます。
彼は入口へ静かに向かいます。二人の妖精を一瞥し、
その足進むは全く迷いが無かったのに、入口の直前で立ち止まりました。
すると入口から、真っ白で細い指の右手が現れて、
エンサーを抱くように引っ張りいれようとします。
彼は、わかってるよ、と短くつぶやくと、自らの足で闇へととけます。
そして、すうっとその入口ごと、消えてゆくのでした。


静けさがやってきました。
さっきまで忘れていた、太陽の暑さとセミの声が戻ってきます。
のこったのは、とても切ない顔をした3人。
ロゼとばっちーは、心配そうにリコをみると、
それに気付いた彼女は困ったように笑って、


「・・・いこう。」


とはっきりとした声で言うのでした。
3人は、喋る言葉を見つけられないまま扉の前に立ちます。
さっきまで枯れ木が描かれていたのに、
その木に目いっぱいの桜が咲いています。
”Erinnerung”という言葉が浮かび上がります。
3人は、顔を見合わせると、思わず笑顔になりました。


「いこう、進もうか。」


ロゼが、いつもの明るい声と優しい笑顔を取り戻します。


「おう。俺様が開けちゃおっかな!」


ばっちーが、いつもの気の強さと、自信を取り戻します。


「だーめ、これは私が開けるの!」


リコが、扉に手を掛けます。
ゆっくりと扉が開かれます。
さわやかな風と、真っ白な光に包まれます。






・・・ばっちーとロゼは、まっ白な光に包まれながら、
闇にとける前に立ち止まったエンサーを反芻するように思い出します。





ああ、あたいはみてしまったの。彼は闇の前で泣いていたの。
おれもみた。あいつは闇の前で、ひとつ涙をこぼしたんだ。

     


     

絶対にわすれられないよう、
ずっと一緒に居られるよう、
ささやこう 離さない。



白の部屋  第七話
「導く桜」



扉を開いた先には、淡く輝く満開の桜並木。
美しいという言葉では足りなくて、
かといって、ため息をつくことも忘れてしまって、
3人は息をのみました。
初めにロゼが飛ぶように走りはじめます。
舞う花びらにふわりとまじります。
ばっちーも、それに続きます。

「きれいだねえ!」
「これは蜜のとりがいがあるな!」

リコは驚いた表情のままその場から動きません。
しばしそのままでしたが、すぐに笑顔になって、ばっちーとロゼのように
走り始めます。
はじめて、リコの笑う声が聞こえてきました。


「あのね、ここはね、小学校に行く道がこんな感じだったの・・・」
「すてきだよね!とっても美しい!」


やがてリコは、少しさみしそうな顔になりました。
ロゼもばっちーもそれに気づくと、リコに寄り添うように降りてきます。
目を伏せたまま、でも覚悟が出来たように、
リコは静かに問いかけました。


「エンサーは、カンセルで、悪い人なの?」


ロゼはリコの手を握って、目を閉じます。
そして彼女のその優しい笑顔と落ち着いた声で、
そっと答えを伝えます。


「そう、エンサーはカンセル。カンセルはリコを殺す存在。
リコがカンセルについて行ってしまったら、カンセルに惹きこまれてしまったら、
あの夕陽のくれる海も、夏のおばあちゃんの家も、
この桜並木を通って学校に行くことも出来なくなってしまう。」


リコは悲しそうな顔のまま、だまっています。
ばっちーが、少し困ったような顔をしました。


「大丈夫、おれたちそんなことにならないように、ここにいるんだ。
おれたちが一緒に居るのは、白の部屋に連れていくだけじゃなくて、
カンセルから守るためにもここにいるんだ。」


強い意志の宿った声でした。
その声を聞いて、リコは口元に笑顔を取り戻します。
でも、やっぱりちょっとさみしそうな顔です。
桜並木は相変わらず淡い光を放って、風に合わせて花びらを散らします。


「そっか。エンサーは悪い人なんだね。」
「でもね、リコ、白の部屋に行けば楽しいことも嬉しいこともいっぱい待ってるんだ!
ああ、まあちょっとくらい辛いこともあるかもしれないけど…」


ばっちーは胸を張って自慢げに笑顔を見せます。
リコはそれをみて、少し笑ってしまいます。
ロゼは、まじめな顔で真直ぐ少女を見ます。
リコは初めてまじまじとロゼの顔を見ました。
ああ、なんだっけ?とっても懐かしい、思い出せないけれど…
長いまつげがきらきらと輝いて見えます。
真っ黒な瞳は、うるうるとつややかで、惹きこまれてしまいそうです。
でも、それはエンサーの時とは違います。
恥ずかしいような、でも落ち着くような、そんな瞳です。


「リコ、きっとね、カンセルはいっぱい誘ってくる。
こっちにおいで、ぼくと遊ぼうって言ってくる。
でも、だめだよ、付いて行っちゃあだめ。」
「・・・うん。」
「あたいたちはね、リコ、リコと一緒にいっぱいいたいの。
きれいな風景や、楽しいコトや、嬉しいコト、
悲しいコトも悔しいコトも、これから恋する男の子の話や憧れる人のコト、
たくさん話を聞きたいの。あたいたち、リコの事が大好きなの。」
「ロゼと、ばっちーと?」
「そう、あたいと、ばっちーと!」


ロゼはここで、やっといつもの、あの暖かい笑顔になって、
大きくうなずきます。
ばっちーも、恥ずかしそうに笑って、3人は何だか特に意味はなかったけど、
声をあげて笑ってしまいました。
その時、桜並木の真ん中に、扉が現れました。
その扉は、空の模様が入っています。
その空に浮かぶ雲は、風に流されていくように動いています、
まるで、晴天の空を切り取ったようです。
3人は、声をあげてじゃれながら、扉の前に立つと不思議な扉に見入ってしまいました。


「・・・次は、どこかな?」
「ドコかなあ?たのしみだね!」
「目いっぱい遊べるところが良いな!」

3人は、大きく戸を開くと、
光の中に吸い込まれるように入って行きます。







・・・それを、恨めしそうに見つめる、
真っ黒な影が一つ、二つ。
ひとりは、エンサー。
ひとりは、まるで女性の姿をした影。
女性のほうは、にやにやと笑うように扉に入っていく3人を見つめます。
そしてエンサーを見て、更に愉快そうな顔をします。
エンサーは、彼女のほうを見ません。
リコにも、ロゼにも、ばっちーにも向けなかった不愉快そうな顔で、
まっすぐ消えて行く扉を見つめます。


「ぼくの名前を勝手に借りて、それでも結果はこのザマ?」
「・・・。」
「次がラストなんじゃない?カンセル?」
「・・・わかってる。」


愉快でたまらないと言う風に、彼女――エンサーはカンセルに寄りかかります。
カンセルは、相変わらず彼女のほうを向きません。
愛おしそうに、カンセルの顔を見つめて、細くて白い指をカンセルの顔に這わせます。


「ああ、ぼくのカンセル、僕と君は一心同体。手伝えることがあったら言ってよ。」


カンセルは、その指を払うように顔を動かして、さっさと闇へと溶けて行きました。
取り残されたエンサーは、嫌味の様なにやにやとした顔のまま、
跡を追うように闇に溶けるのでした。


       

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Neetsha