Neetel Inside ニートノベル
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会社にも朝礼があると知ったときは、なんだか高校生の頃に戻ったようだと思った。
挨拶をして、本日の連絡事項を通達し、その他報告がないかを確認して業務を開始する。
他の会社がどうなっているかは知らないけれど、流れそのものは高校の頃とそう変わらない。
しかし実際には中身が全然違う、この朝礼の時間はあの頃とは違って重要なんだと気付いた時には社会の厳しさを垣間見たような気がした。

部長がそれぞれの進捗状況を確認する。確認とは言葉通りで、部長がわかっていることをそれぞれに確かめていく作業だ。
これがまた外れたことがなく、きっと部長の頭の中には全員の業務内容が入ってるのだろう。尊敬する、俺には無理だ。面倒だし。
そして進捗状況を確認した後に、状況に合わせて今日の業務をこれまた確認する。全部わかってんだな。なかなかやるじゃないか。
そうしている内に俺の番が回ってくる、だが俺は昨日のうちに言われていた業務を終わらせていた。進捗状況を確認するまでもないのだ。

「それから君、昨日また書類を勝手に持って帰ったろう。確認するから後で持ってきなさい」

バレテイタノカ、ヌケメナイヤツメ。

そうこうして朝礼は無事に終了、俺以外で躓くことなく皆自分のデスクへと向かっていく。
人がはけたのを横目見て自分のカバンから書類をとって部長のもとへと馳せ参ず。まさかこの年になって呼び出しを食らうとは。
クスクス、と後ろで笑う声が聞こえた。どうせあの人だろうとわかっているから別に嫌味にも感じない。
そういう人だ、他人をよく見てるだけさ。
だってほら、他の人は誰もこっちを見ていない。みんな自分の業務に集中している。そういう空間なんだ。
ここが小学校だったなら、先生が今日はあの子の誕生日だからなんて言ってクラス中から祝ってもらったりするのだろうか。
考えても、意味ないか。それに小学校の頃なんてもう忘れちまったしな。
結局、この人たちみんな知らないんだよ。俺のこと何も。
変わらないんだ、ここも満員電車も。人が集まっていて、電車の中より会話はあるのに、みんな知らないんだ。
仕方のないことなんです、俺だってここに集まった人たちの誕生日を知ってるかと言われれば知らないんだから。
だから皆俺を見ちゃいないんだ、俺も皆を見れてないんだ。ここもちょっと窮屈だ。

変なことを考えていても、部長の口は止まらない。
言うことが的を得ているから、俺を串刺しにして止まらない。右から左には通り抜けない。
仮にもし部長が学校の校長なんてしたら阿鼻叫喚だろう、聞き逃せるくらいが丁度いい。

「君ね、うちはちゃんと残業代だって出るんだからさ。家で働かれたら給料出せないじゃないの。わかってる?」とは部長の言葉。
残業代は出してくれるし強制ではないからいつまでも拘束されることもない、環境としてはかなり良い方だと思っている。
でもほら、ここはちょっと、窮屈だからさ。
なんてこと言えるわけもなく、平謝りしてなんとか難を逃れる。思い返せば自業自得だ。しかも怒られてるというよりは半分心配すらされている。
社会人にもなって担任教師にされるようなお叱りを受けている情けない男が俺だった。


「お疲れ様、今日も朝から絞られてたねぇ。飽きないねぇ」
そう言いながら彼女はそっとお茶を出してくれる。
意地悪な笑みを浮かべながら話す彼女はもちろんさっきクスクスと笑っていた唯一の人だ。
彼女はいつもこうやって、ちょうどいいタイミングで皆にお茶を出す特技を持っている。名前はくみ子さんです。嘘だ。
彼女の出してくれたお茶を手に取る。部長に絞られて冷や汗をかいた俺にはちょうどいい。だが熱くて飲めん。
熱くて飲めないということは、冷めるまで私の話を聞きなさいという意味だ。
ちょっと恨めしく思って視線を投げかけるとやはり意地悪な笑みを張り付けていた。計画通りってか。このくみ子め。

「君さ、なんでわざわざ仕事持って帰ったの?昨日は結構すぐ帰っちゃったよね」
ここでも聞かれるのか、やっぱり変なんだろうか。
しかしなんでって聞かれても困ってしまう、自分でもよく分かっていないけど、会社があまり好きじゃなかった。

「なんと言いますか、その」
なんとか言葉を絞り出す。

「その?」
彼女が続きを待っている、待たないでくれ。

「布団がですね、俺を呼んでおりまして。仕方のないことなんです、あいつはうちのドンですから」
あぁ、言ってしまった。後悔するとわかっていても、言ってしまった。
呆れた顔の彼女がしっかりやりなさいね、なんて言いながら自分のデスクへと戻っていく。
彼女は怒ってしまっただろうか、後で謝っておいた方がいいだろうか。
謝罪をするのは簡単だけど、本当の事を伝えるのはちょっとばかし難しい。
自分でもよくわからなくて、言葉が詰まってしまって、あぁ、なんだか窮屈になってきた気がする。
こうなったらもう仕事に没頭してしまおうか、後のことは後に考えよう。仕方がない。


すっと目の前に集中して、周りの音を消し去って。
そうしていれば窮屈さもどこか薄れる気がするんだ。

       

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