Neetel Inside ニートノベル
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幅跳びでは尻餅をついたり手をついてしまうと、一番距離の短いところで測るという意地悪なルールがある。
今の俺はそのルールを恨む高校生の様な気分だった。

空中で風に足を取られたために態勢が崩れ、着地の時には綺麗に尻餅をつかされた。
用意の悪い隣のビルはマットを敷いていなかったものだからこれが酷く痛い。減給ものだ。
なにより破れていないかが心配だ、もしオケツの部分が破れていたら減点どころでは済まされない。即逮捕だ。
その後職業訓練校とは名ばかりの牢獄に入れられ一生フリーター生活を強いられるだろう。
慌てて確認するが特に破れていることもなく、どうやら俺は無事にこちらに着いたらしい。

元いたビルを見上げてみる。やはり向こうの方が少し高い。
距離は思ったよりも短かったみたいだ、幅跳びとしてはかなりの記録が出ただろう。
しかしこうして見上げてみると、まるでジャングルジムから飛び降りる子供の様だ。
ジャングルジムからコンクリートジャングルになるとは俺も成長したものである。

俺は空を闊歩した、誰に何と言われようと俺がそう言うのだから間違いない。
あの窮屈な会社を飛び出して、彼女のことを胸に抱いて、自分の選んだ道を歩いたのだ。

それだけで十分だった。他人から不恰好に見られていてもそれでいいと思った。
実際不恰好な着地だった。風に煽られる鳥はあんな気分だったのだろうか。
それでも道を曲げなかった俺の勝ちだと言ってやる。

満足感に満たされていた俺もここで一つ気付いたことがある。
元来たビルを見上げてみる。明らかにこちらのビルより高い。
自分の所属を確認してみる。俺は向こうの社員であり、このビルの社員ではない。

俺にまた空を歩く手段はなく、このまま警備員にでも見つかれば俺は不審者として捕まってしまうだろう。
というかこれ、もしかして不法侵入ではなかろうか。
いや、そんなはずはない。空を歩いて侵入してはならないなんて法律があるはずがない。
そんなはずは、そんなはずは。そう繰り返す思考をなんとか途中で押しとどめ、とりあえず帰ることにした。

「非常階段を借りるしか、ないよなぁ」
トホホ、なんて後に続きそうな気分でそうつぶやく。
先程までの満足感はどこへやら、一転して落ち込んだ気分で階段を目指す。
しかしまぁ、こんな夜も悪くはない。



オフィスに戻ると当然のように誰もいない。
静まり返ったその部屋で、空気の読める俺は静かに自分のデスクへと向かう。
あぁ、そういえば部長のプレゼントが冷蔵庫にあるって言ってたっけ。
絶対に持って帰れと言われてしまえば持って帰らないわけにはいかない。
そう思って冷蔵庫の中を確認してみると、ケーキの箱が一つと、でかでかとスペースをとる栄養ドリンクのケースが残っていた。
信じたくはないが、この栄養ドリンクが部長からのプレゼントだろう。
今日も残業することを見越していたんだろうな。本当によく見ている人だ。
それにケースでくれるってことはこれからは仕事を持ち帰るなよっていう釘刺しでもあるんだろう。本当に抜け目ない人である。
その企みは少しヒヤッとさせられるが、それでも素直にありがたい。

ケーキの箱の方に目をやると、メモが一枚張り付けてあった。丁寧な字で

「誕生日おめでとう。あなたは今日残業だから先に帰ります。お祝いは明後日に一日かけることにしましょう。それじゃ、頑張ってね」

なんて書いてある。
二人ともに残業が見抜かれていたらしい、恥ずかしい様な嬉しい様な気分だった。
これでオフィス貸切誕生日パーティが出来る。しかし俺はモンブランが好きなんだ。今度教えてやるとしよう。

彼女たちが俺を見ていてくれる。
心配して、お祝いとして、こうしてプレゼントまで用意してくれている。
これなら頑張らなきゃいけないなと、思わされたのだった。


何の変哲もない平日。俺の誕生日。
俺と、俺を見ていてくれる人の特別な一日

       

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