Neetel Inside ニートノベル
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三人が来る
画鋲

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 サユリはキミコを睨みつけた。口の中に胃液の酸味がへばりついている。キミコは池の淵に腰かけて微笑んだ。
「悪いでしょう? 体調。私も……」
 キミコは右足を膝の上に乗せて、足の裏を見せた。真っ赤に染まったソックスの中に、鈍い色の画鋲の背が点々と浮かんでいる。
「痛いのよ」
 キミコは一つ摘まんでゆっくりと引き抜いた。生乾きのソックスから糊のような赤い筋がへばりついて伸びた。
 サユリの精神は一瞬たじろいだ。今日のキミコは異常だ。しかしサユリを見つめるキミコの目に浮かんだ挑発の色が、サユリに強烈な怒りを抱かせた。
(突き落としてやるっ)
 咄嗟に伸びたサユリの左手は、しかしキミコの手にやさしく受け止められた。
 次の瞬間、サユリの親指を激痛が走った。上げようとした悲鳴が喉に詰まるほどの痛みだった。じわりと涙腺から水分が滲み出た。親指の爪の上に、先程までキミコの足の裏にあった画鋲の背がくっついているのをサユリは見た。画鋲の針は爪を突き破りその下の肉に深く食い込んでいた。穿たれた爪は針を中心にして縦に亀裂を生じ、そこから指を伝って赤い筋が垂れている。サユリが何か言う前に、人差し指に同様の激痛が走った。今度は途切れ途切れの悲鳴になって声が出た。
「あっ……あっあっ……」
 サユリは手を引こうとするがキミコの手がそれを離さない。
「いいね、ここ」
 キミコが周りを見回しながら言った。
「少しくらい大声出しても誰も来なそう」
 サユリの目からぼろぼろと涙が溢れだしていた。それは初め痛みに対する反射的な反応だったが、すぐに恐怖のために溢れだすようになった。あるいは潜在的に、彼女はずっとキミコの反撃を恐れていたのかもしれなかった。しかし彼女に残ったわずかなプライドが、彼女の態度を必死に保たせていた。
「離……せっ。離せよっ!」
 親指と人差し指の先がじんじんと痺れるような痛みで疼いている。乱暴に引き抜こうとするがキミコの手は微動だにしない。キミコが足の裏からまた画鋲を引き抜く。ねっとりと赤い糸を引いて短い針が細い体を現す。それがすでに自分の二本の指に根元まで突き刺さっている。サユリはぞっとした。
 殴り倒せっ! とサユリの脳が叫んだ。自由な右手で思い切りキミコの顔面を殴り飛ばすのだ。サユリの体は即座に動き出そうとした。しかしまだ微かも動かぬ内に、キミコの視線がサユリの右手に注がれていた。
「そっちの手もやってほしいの?」
 動き出そうとした体から、ふっと力が抜けるのがわかった。急激に萎えていく心を止める術をサユリは持たなかった。気付けば全身が小刻みに震えだしていた。
 あと三回、彼女は痛みに耐えねばならなかった。

       

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