Neetel Inside ニートノベル
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三人が来る
ノゾミ

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 ノゾミは夢を見た。暗闇の中に吸い込まれるように落ちていく。空気が耳の中で渦巻いてごうごうと鳴っている。しばらくそれが続いたと思うと、突然の終焉。衝撃があって、頭から脳漿が飛び散ったところでノゾミは目を覚ました。
 ベットの上で、夢の残響に束の間呆然としてから、くすくすと笑いだす。
 晴れ晴れとした気分だった。大きく伸びをして起き上がると、学校へ行く身支度を始める。鏡をのぞき込んでノゾミは自分の顔にハッとした。
(……きれい)
 黒く長い髪。目は一重瞼だがぱっちりしている。痩せ型ではあるが、頬はふっくらとして白い肌を透ける赤みが生気を感じさせた。昨日までと同じ顔であるのに、生まれ変わったような鮮やかさがあった。ノゾミはその理由を自覚している。
 父は昨日帰らなかったらしい。仕事が忙しいのだろう。トーストを一枚と目玉焼きを用意して、ノゾミは朝食を済ませる。ナイフで黄身を突くと、ぷくと黄色い汁が膨らんで垂れ零れる。ノゾミは笑う。昨日のことを思い出す。脳みそ出てたな、と思う。
 きっと学校はちょっとした騒ぎになっている。詳しい事情を知る者はいない。しかしその喧騒はノゾミにとって称賛の声に聴こえるだろう。
 しかしいざ辿り着いてみると、学校は静かだった。教室を満たしているのは平常の騒めきだけである。ホームルームでも目立った連絡はない。ノゾミの疑念は一限目の途中で送られてきた一通のメールで確信された。送信者はサユリ。机の下で文面に目を通して、ノゾミは危うく立ち上がりそうになる。
〈今日のキミコ超ナマイキ。昼休みにこらしめようよ〉
 そんな馬鹿な、昨日で全て終わったはずなのだ。サユリが何故こんなメールを寄越すのか。可能性と否定の思考を何度も繰り返すが答えは出ない。一限目の終了のチャイムが鳴ると、ノゾミはすぐサユリの教室に向かった。
 しかしノゾミはトイレに向かった二人とちょうどすれ違うことになる。サユリ達のクラスは体育のための更衣が始まるところであったし、ノゾミのクラスも次の授業で教室を移動しなければならなかった。二人を待つ間もなくノゾミはサユリ達の教室を後にした。
 二限目は理科だった。実験に硫酸を用いると言って、しきりに先生が注意するよう呼びかけた。高校生が授業で使うものなどたかが知れているのではないかとノゾミは思ったが、もしキミコが生きていたなら、その硫酸を思い切りぶちまけてやりたい気分だった。もちろん、顔には出さなかったが。
「ね、サユリからのメール見た?」
 同じ班のカオリが小さな声でノゾミに話しかけてきた。背は高めだが気弱そうな目をしている。
「見たよ」
「今日もやるの?」
 無理に笑顔を取り繕っているが、その表情の端々に心の弱さが見て取れた。ただ彼女の不安はノゾミの不安とは全く別の理由によるものだろう。カオリは昨日キミコがどうなったかを知らない。
「そうね」
 ノゾミは微笑んだまま答えた。
「キミコが生きていればね」
 カオリはノゾミの言い方に、何かゾッとするものを感じた。
 二限目の授業が終わると少し長めの中休みになる。ノゾミは更衣が大体終わる頃合いを見計らって、再びサユリの教室を訪れた。制服に戻った生徒で教室は賑わっていたが、サユリとキミコの姿はなかった。ノゾミは近くの生徒に二人の居場所を訊ねた。生徒は酷く気乗りのしない様子で、池の方に行くのを見たと言った。クラス中が、あの二人には関わりたくないのだ。
 残りの休み時間を気にしながら、ノゾミは玄関を出て池に向かった。キミコは今、池でサユリに弄ばれているのだろうか。信じられない。あるいはサユリが昨日のことを知った上で悪戯を仕掛けているのだろうか。サユリにそこまでの度胸があるとは思えないし、クラスの反応を見ても、キミコが学校に来ているのは間違いがないようだった。ノゾミの歩調が速くなる。
 池に続く校舎の角を曲がろうとしたところで、ノゾミは足を止めた。
 目の前に少女が立っている。それは確かに、キミコだった。思わず口から言葉が零れ落ちた。
「あなた、どうして生きてるの?」
 キミコは何も言わずに笑って、ノゾミの横を通り過ぎていく。
 ノゾミはしばらく立ちすくんでいた。呼吸が浅く速くなる。自分を落ちつけるように努めたが、頭の中で疑問が噴出して止まらなかった。しかしその混乱の中で、確かな一つの感情が浮かび上がっていた。もう一度、殺さなければ。


 玄関でサユリの上履きを履いて、教室に戻ったキミコは、三限の始まる直前、自分のケータイが振動するのを感じた。見ると、ノゾミからのメールを着信していた。
〈今日の昼休み、理科準備室にくること〉
 キミコは楽しげに微笑んだ。

       

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