Neetel Inside ニートノベル
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三人が来る
カオリ2

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 ――すごいな。肉体に載る魂は三つが限界だと思っていたのに。
 ――あははは、次はもっと大勢で来れるね。
 ――彼が死んだから目が覚めたのか。覚醒できる限界が三つということか。

 自分の中で響く自分以外の思考をキミコは聴きとっていた。
 今までも、ずっと見ていた。呆然とテレビを眺めているように、感情もなく、思考もなく、ただ凄惨な光景が目の前を通過していた。その光景が凄惨だということすら、今思い返して初めて感じているのだ。
 理科準備室の中で、目の前が暗くなり、自分の体が死んでいくときですら、キミコは何も感じなかった。
 次に目を開けた時、キミコは意識と感情を取り戻していた。目の前に泣いているカオリの顔があった。

 急に動きを止めたキミコに戸惑ったが、ヤマベはすぐに意識を切り替えた。とにかくカオリを助けなければならない。今がチャンスだった。止まっているキミコの脇をすり抜けようとしたその時、ヤマベの手をキミコの手が掴んだ。振り向いてヤマベは息を飲んだ。キミコの左右の目が、点でばらばらの方向を向き、顔だけがヤマベを見つめていた。振りほどこうとしても、キミコの手は離れない。キミコの口が微かに動いている。小さな声がそこから漏れ出していた。
「ダメ、先生を襲ってはダメ」
「あははは、何を言っているの?」
「先生は酷いことしてないの。私に、確かに悲しかったけど、あれは……」
「何か勘違いしているね。君は」
「お願い! やめてよっ!」
「私達、苦しむところが見たいだけだもの」
「見逃したって別に良かったんだがね、君がいるなら話は別だ」
「大事な人が目の前で死んで、絶望する魂を、内側から見てみたいなぁ、私。あはは」
 キミコの眼球が、くるりと回って、正面を向いた。焦点が、ヤマベに一致した。湧き上がる恐怖の中で、ヤマベはキミコが完全に狂ってしまったのだと理解した。
 どうにかしてキミコの手を振りほどかなければならない。ヤマベが振りかぶるように体を捻じった時、何者かがヤマベを突き飛ばした。体勢を崩したヤマベはそのまま床に倒れ込んだ。彼女を掴んでいたはずの手は彼女を支えることなく離していた。
 キミコの手を、赤い筋が伝った。
 ぐじゅるるるっ、ぶぎゅじゅぶじゅっ、じゅぶじゅぶじゅっ。
 耳障りな音がする。その音だけ聞いたなら、誰もそれが人の声だなんて思わないだろう。
 キミコの傍に、カオリが立っていた。肩で息をして、足元が定まらず揺れている。手には、カッターナイフが握られている。
 あぐぅがじゅばっ、じゅぐりゅん、じゃがじゃっ。
 カオリが声を上げてキミコに飛びかかった。防ごうとしたキミコの手にカッターナイフが食い込み、縦に十五センチ程切り裂いて刺さったまま刃が折れた。
 ――痛ーい、あはは、痛いの嫌だから、ね、あなたに替わってあげる。
 ずん、といきなりキミコは重さを感じた。急に重力働いたようだった。そして同時に手から鋭い痛みが走った。キミコが自分の肉体の自由を取り戻したのだと気付く前に、カオリがしがみつき、残った短い刃をキミコに向かって振り回す。キミコは体を支えきれずに転倒し、後頭部を床に強く打った。カッターナイフが頬に突き刺さり、刃の根元の金具部分まで肉にめり込んだ。キミコは思わず首を振り、カッターナイフが頬肉をえぐって外れた。馬乗りになったカオリがカッターナイフを逆手に持って振り上げる。反射的にキミコの手が自分の顔を守る。振り下ろされたカッターが手の肉をえぐり、逸れた勢いでそのままキミコの鎖骨の辺りをがりがりと削った。
「やめて! わたしよ、カオリっ。キミコよ!」
 声が届いているのかいないのか、カオリの手は止まらない。何度も振り下ろされるカッターナイフが、ほとんど尖った棒と同じで、切るというよりも突き刺ささるように皮を破り、肉を引き裂いて、キミコに痛みを与えた。
 必死に手で守りながら、キミコは何度も叫ぶ。自分の精神の背後で、別の二つの精神が笑っているのが聞こえる。髪を振り乱して自分を襲うカオリの顔。そこにカオリの面影は一つもなかった。顔全体の皮膚が余すところなく焼け爛れ、破け、垂れ、変色し、奇形化していた。喉の奥から聞き取り不能の声を上げ、唇があった場所に開いている隙間から、唾液とも胃液ともつかぬ、ぬめぬめとした液体を漏れ零していた。意図せず、化け物だ、とキミコは思った。激しい恐怖に身が竦んだ。
 ――忘れてるみたいだから、良いこと教えてあげる。
 精神の背後から声がした。
 ――ポケットにさ、入ってるよ。理科準備室で見付けたやつ。
 どくん、とキミコの心臓が脈打った。キミコの非力では、馬乗りになったカオリの手を止める術はない。しかし、道具があれば話は別だ。些細なもので良い。例えばカオリが手にしているのと同じくらいの刃物があるだけで。
 キミコの脳裏に光景がよぎる。友人に刃物を向ける自分、友人を突き刺す自分、友人を……。
 ――何を躊躇っているの。いまさら。
 背後からまた声がした。
 ――だってあなたは黙って見ていたじゃない。その娘が痛めつけられるのを。


 目を開けた時、キミコは意識と感情を取り戻していた。目の前に泣いているカオリの顔があった。
 ふと、憎悪が湧いた。


 一瞬、キミコの意識が集中を欠いた。その瞬間、カオリのカッターナイフが手の隙間を抜けて、目に深々と突き刺さった。キミコの喉から激しい悲鳴が飛び出す。顔の中で、カッターナイフが、ぐりっと動くのがわかった。しかしそこでカオリの攻撃が止まった。ヤマベがカオリを後ろから羽交い絞めにすることに成功したからである。その隙を突いて、キミコの手が、ポケットから取り出した解剖用のメスを、カオリの首に突き刺した。

       

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