Neetel Inside ニートノベル
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派遣探偵
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新宿の裏路地にある薄汚いビルの四階にその会社のオフィスは存在した。
「Intelligent Human」とドアの前に書かれている。通称IH社。通称も何もこの会社が本当に存在したことが驚きだが、本当に今日この会社を訪ねてしまったのだ。このドアを開けたらもう後戻りはできない。しかし本当に後戻りはできないのか?このドアの奥にあの奇妙奇天烈極まりない派遣会社が、本当に存在しているのか?いまだに信じることができない。だが、開けるしか無いのだ。「ドアを開けなければ人生は開けない」昔自分が書いた小説のフレーズを思い出す。陳腐なフレーズだ。なんだこのフレーズは。こんなフレーズのある小説が売れるはずが無い。
ドアを開ける。そこにはいくつかの机と冷蔵庫、あとはしなびた観葉植物しか置かれていなかった。殺風景だ。どことなく現実感の無い場所だ。人は一人しかいない。社員と思わしき若い男だ。背が高く全体的にのっぺりとした男、のっぺりってどういう意味なのかよく分からないがとにかくのっぺりとした感じのその男はこちらに目をやると、ニタリと笑顔を浮かべた。
「肩野さん!お待ちしておりました!ささ、こちらにお座りください」
「攻殻機動隊」の笑い男のマークを思わせる無機質な笑顔を男は浮かべている。あれはいい作品だ。しかし現実の人間の顔が笑い男の顔だと不気味極まりない。俺は今日ここに来たことを早くも後悔し始めていたが、いつまでもドアの前で立っていても仕方ないので男の手が指し示す古びたオフィスチェアに座った。
「申し遅れました。わたくしIH社の営業担当、三加谷遊二と申します」
名刺を手渡された。
「あ、どうも電話した肩野です。いや電話しておいて何ですが、この会社は本当に…その…」
「ええ!当社は国内唯一の探偵専門の派遣サービスを行っている会社ですよ!」
口に出して言われるとますます現実味がなくなる。
「本当にこんな会社が…あの、この会社はいわゆる興信所の会社とは違うんですよね?」
三加谷はより一層の笑顔でニタリと笑った。
「勿論です!当社は通常の興信所が行うような人探しや素行調査・浮気調査などの業務は行いません。当社が派遣する探偵は、あくまで殺人事件をメインとした難事件を解決に導くための探偵です!」
「はあ…しかし疑問なんですが、ドラマや推理小説の世界ならいざしらず、普通殺人事件なんて起きたら解決するのは警察の仕事じゃないですか?」
率直な疑問をぶつけてみる。
「ふふふ、肩野さん。それは思い込みですよ。表沙汰になっていないだけで、警察では解決できないような難事件・怪事件は日々山のように起きているんですよ。警察が解決できる事件は全体の一部に過ぎません。『探偵』にしか解決できない事件の現場に、当社所属の優れた能力を持つ探偵を派遣し、無事に事件を解決させる。それが探偵派派遣会社・インテリジェンスヒューマンの仕事なんです」
ひたすらに嬉しそうな三加谷。しかしとても信じられない話である。それこそドラマや小説と違って、現実の警察は一個人である探偵などと比べ物にならないほどに捜査能力があり優秀なはずだ。警察が解決できない事件が、探偵ならば解決出来るなどという話は、与太話もいいところだろう。
しかし、自分が今日ここを訪ねた目的は、まさにその現実離れした「探偵」に事件を解決してもらうためなのだ。もう俺は非現実に足を踏み入れてしまった。いや、非現実に足を踏み入れたのはずっと前からか、それともこれから踏み入れるのか。恐らく後者だろう。
「まあそういうフィクションの世界のような優秀な探偵が存在することは分かりました。でもこれまた疑問なんですが、一体どういう人がこの会社に探偵の派遣を依頼してくるんですか?例えば殺された被害者の遺族なんかが、一向に犯人を見つけられない警察に業を煮やして、ここに駆け込んでくる感じですか?」
「はい、まあ普通の人探しや、そういった未解決の殺人事件なんかの依頼もあることはあるんですけどね。そういう普通の事件を解決するのは警察の仕事ですよ。日本の警察は優秀ですからね、ははは」
「普通じゃない事件とはどんな事件ですか?」
「普通の事件というのは語弊がありましたね。”起きてしまった事件”を解決するのは警察の役目ということです。”これから事件が起こるところ”に探偵を派遣するのが当社のサービスです」
この男の言っていることがよく分からない。首をかしげると三加谷は更に嬉しそうな笑顔を見せた。
「つまりですよ肩野さん。事件が起きてから探偵のもとに依頼が舞い込むっていうパターンの話もありますが、古典的な推理小説だと往々にして探偵は事件現場に偶然居合わせるものじゃないですか。まあ僕はあまり推理小説読まないんで知らないんですけどね。コナン君とか金田一君とか大体そんな感じじゃないですか」
「えっと…根本的なことを聞きますけど、これから事件が起こる現場なんてどうやって見つけてくるんですか?」
「詳しいことは企業秘密になるから言えないんですけどね、まあ最近はアレですよ、コンピュータやら何やらも発達してますから、そういうので分析したら分かるんですよね。一種のマーケティングみたいなものです」
何言ってんだこいつ。
「はあ…」
呆れきった態度を全面に押し出してみるが、三加谷は意にも介さずに口角を機械的に釣り上げたままである。
「えーとすいません。話についていけなくなってきたんですけど、未然に犯罪が起こるのが分かるならわざわざ探偵を派遣しなくても、起きる前に防ぐことができるんじゃないんですかね」
「ははは、まあ道義的にはそうすべきなのかもしれませんけどね。こちらもそういったマーケティングはビジネスとして行っておりますので。犯罪を未然に防いでも誰も喜ばないんですよ。未然に防ぐということは事件が最初から無かったことになってしまいますからね。当然そんなことをしていては一銭も儲かりません」
「はあ。では事件が起きて、その事件を警察ではなくそちらの派遣した探偵が解決すると誰かが喜ぶんですか?」
「ニッチなニーズ、そうニッチなニーズですよ肩野さん。たとえば探偵の推理を目の前で見たいお客様だとか、警察ではなくあくまで探偵に事件を解決してもらいたいというお客様が確かにいらっしゃるんです。肩野さん、あなただってそうですよね?」
その通りだ。その動機までも、三加谷の言った通りなのである。
「確かにそうですね。現に僕もここに依頼にきてるわけですからね」

「本題に入りましょう。えーと何から話せばよいものか。えーとジェリンスというミステリー同好会があるんですけど、この同好会はプロのミステリー作家なんかもメンバーにいる割と大きな同好会で、僕もそのメンバーの一人なんです。まあ僕はプロでもなんでもなくてただの作家志望、ワナビってやつですね。客観的にみれば単なるフリーターでしかありませんけど。その同好会の常連メンバーで一ヶ月後、旅行に行くことになったんです。伊豆諸島のすごい南のほうにある箕が島って島に行くんですけど、そこが絶海の孤島、クローズド・サークル…というわけでもないんですけど、限りなくミステリー小説に出てきそうな雰囲気の良い島らしくて。えーとその旅行の時に、そちらの探偵を一人派遣してもらいたいんです」
我ながら説明が下手すぎる。
「なるほど、一ヶ月後のその旅行の時に、事件が起こることを肩野さんはご存知というわけですね?殺人でしょうか」
「そうです、殺人です」
「犯人、いや犯人になる予定の人はもうご存知なんですか?」
「ああはい、知ってます。知ってるというか、僕です」
「肩野さんが…?」
「僕がそこで一人、人を殺します。それをそちらの探偵に暴いてほしいんです」

       

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