さて、今回も自分の漫画の評論である。会計専門学校の青春についてである。実はこのテキストの前に、同じ、漫画の評論を書いてアップしたのだが、読み返したら、あまりにも恥知らずな自慢話だと自分でも気付いて数時間で削除したという経緯があった。ああ、俺って人間の屑だなと反省していたのだ。

で、なんとなくモヤモヤしてたとき、自民党議員の熊田裕通が、中学の頃、若い女性教員をトイレに閉じ込めて集団で暴行した武勇伝をホームページで披露して
炎上する騒ぎが発生した。で、ぼくは悟ったのである。本物の人間の屑は加害行為について反省などしない。本物の人間の屑とは女性に対する集団暴行を青春の良い思い出として記憶し、自分こそは教育を再生してみせるとか言って国会議員になってしまえる人間である。俺はそのような熊田裕通に本気で憎しみを感じるのだが、皆さんはどうだろうか。

ぼくは、熊田裕通のおかげで自分がなんら恥じることがない種類の人間であるという自信をもった。ありがとう。熊田裕通。

さて、では、漫画、会計専門学校生の青春の評論をしよう。
この漫画、一見するとただのラブコメのようだが、実は結構、社会派のつもりで描いている。格差問題についてかなり、本気で切りこんでいるつもりで描いている。21世紀は格差の問題が政治の主要な論点になるだろうと思っているからだ。個人的には純粋な娯楽漫画と言うのを描きたいのだが(漫画と言うのはそういうもんだと思う。)、思想的な要素がないと描けないのだな。



時代はバブル経済が崩壊した直後である。経済がおかしくなり始めたのはなんとなく、感じていたのだが、世の中まだまだ楽観的だった時代の話である。当時の世相をもうちょっと織り込みたかったのだが、殆ど憶えていないので、これは限定的である。ただ、携帯電話やインターネット、パソコンなどが影も形もなかったり、この時代も21世紀も変わらずエビスビールを飲んでたりとか、当時流行ってた蟹をやたら食べてたりとか、登場人物が学歴に異常にこだわってたりとか、その辺でなんとなく時代の雰囲気を感じてもらえれば嬉しいと思っている。

で、格差の話をさせてもらうと、ぼくはここ数年、戦前にあった格差が戦後、結局解消されず、21世紀にまた、それが前景化してきているのではないかと疑っているのだ。そこに生きている当事者がどのような自意識を持っており、どのような形で格差が世代間で継承されていくかと言う点を描いていく予定である。

国が調査した(笑)資料によると、今現在、日本人の7割が幸福だという。
では、ここに比較的高学歴な集団Aとそうではない集団Bを想定しよう。

で、AもBも7割の人間が自分は幸福だと答えたとしよう。

で、AとBの間で、以下のような客観的な指標に対して顕著な差がみられたら、はたしてその幸福は正しいと言えるだろうか。

例えば、平均寿命、喫煙率、飲酒率、自殺率、成人病の発生率、離婚率、持家率等々。

それと自分が幸福だと感じるのはいつかと言った質問があったとき、何かを創造しているときと答える人とアムウェイの活動をしているときと答える人の幸福には本当に差がないのかなどなど、

この問題、考えていくと幸福の問題というのは本当に奥が深いと思っている。

描くのに、参考にした漫画は

めぞん一刻 高橋留美子
トラップホール ねむようこ
ヨイコノミライ きずきあきら

などなど。

現在、描いているのは、序章部分なのだが、時間がなくて序章が終わらなくて
苦しんでいたりする。会計専門学校の部分にはいつ描き始められるのだろうか?