漫画評論とは何か(追記)

前回の掲載した、漫画評論とは何かの文章が、ぼくの意図がまったく伝わってない不安を覚えたので、今回、わかりやすく解説しておこう。

次回は、画力についての客観的な評価基準について、論評し、その後、再度、個別の作品について、批評を行っていこうと思っている。

前回の文章を読んで、「これを書いている人物に電波が下りてるのではないか?」と勘違いした方がいるかもしれない。

前回の文章は、実は精神分析医ジャック・ラカンの「鏡像関係論」をそのまま、応用したものであって、ぼくが勝手に作り出したものではない。
ジャック・ラカンの精神分析理論自体が極めて難解なものなのだが、ぼくが語っているその背後に、それなりの論理が存在していると認識していただけるとありがたい。

ちなみに、精神分析とは「価値観は人それぞれ」と言う思い込みを超克するための技術体系である。

以下、アマチュアの漫画サイトにおける漫画評論の意義について論評しよう。

1 漫画家をミンチにする人間圧搾機

プロの漫画家への道は厳しい。

毎年、何百万人という漫画家志望者がたぶん存在しており、そのなかで実際に作品にまで完成させられる人間は、たぶん、数千人。そのなかで、雑誌等の賞取りレースに参加できるまでのレベルに達するのは、1,000人くらい。その中で、デビューできるのは、数百人、その中で、漫画だけで生活できるのは、数十人、その中で、何十年も生き残れるのは1~2人。

こんなもんだろうか。

恐ろしい。
まるで、人間圧搾機みたいなシステムである。
プロの道なのだから、これくらいの厳しさは当然だとあなたは思うだろうか。

では、質問を変えてみよう。

あなたは、漫画以外の職業。例えば、公務員などを行うとして、
その職業でも、この程度の厳しさは当然だと思うだろうか。

プロ漫画家の、この厳しさは、実は芸術が持ってる厳しさでもなんでもなく、単に商業資本が、作家を搾取するために作り上げたものである。

例えば、宮崎駿にしても、新海誠にしても、実際は特権階級の子息であり、道楽で、漫画を描いたり、映画を作ったりする財力と時間があった人間達である。

芸術などというものは、本来、そのくらい余力がある人間が道楽で、行ってこそ、成果がでるもんだと思う。

それに対して、生活がかつかつで余裕のない人間が、この人間圧搾機に飛び込めば、瞬間に、ただのミンチにされてしまうのは当然である。

あなたは、宝くじにあたるような確率で、ミンチにされない場合もあると考えているだろうか。
その考えは非常に甘い。宝くじは、買い続けていれば、誰でも当たる可能性があるのである。

2 漫画家は、なぜ、人間圧搾機に引き寄せられるのか?

これほど、恐ろしいシステムであるにも関わらず、なぜ、毎年、多くの漫画家志望者が人間圧搾機に自ら、入っていこうとするのか?

たぶん、それは、この人間圧搾機を生き残るのが、自らの才能の証明だと勘違いしているからではないか?

では、ここでまた質問を変えてみよう。

人間圧搾機を見事に生き延びた漫画家。
例えば、弘兼憲史を思い受けべていただきたい。
あなたは、彼を才能のある漫画家だと思うだろうか。ぼくは全く思わない。

3 漫画家は、なぜ、人間圧搾機上のサバイバルを才能の証明と勘違いするのか?

この理由は、最近までは明確だった。インターネットが発達する前は、自分の作品を多くの人に見てもらいたい場合は、雑誌に掲載してもらう以外ほとんど方法がなかったのである。インフラの未発達が、出版社と漫画家の力関係に著しい不均衡をもたらしていた。

近年は、それが、改善されてきている。
お手軽に自分の漫画を公開できるようになってきている。
にも拘わらず、商業と非商業の違いを、当の漫画家自身が拘っている。
これは、なぜだろう。

4 商業と非商業の違いは、結局評論されるかどうかの違い

商業的な成功が作品の価値を決定するだろうか。それは、まったく違うと思う。
副業で漫画を描いている漫画家に、高野文子がいる。
本は、それほど、売れていないが、漫画家としての評価は極めて高い。
では、高野文子の評価がなぜ高いのだろうか。

これは、多くの批評家が、高野文子を紹介し、論文に引用し、また、多くの漫画家が高野文子の漫画を参考にして漫画を描いているからである。

ここで、ある程度見えてくるのは、批評されるかどうかの有無が、商業と非商業を隔てているだけであり、批評家が非商業の漫画も批評対象に加えてくれば、状況は変化するのではないか?

この不条理な人間圧搾機のシステムも変化していくかもしれない。

5 結論

ということで、ぼくが期待しているのは、非商業の漫画に対しても、批評家が批評行為をしてほしいということである。とくに著名な批評家の方が、非商業にも関心を持ってほしいと思う。非商業の世界には、商業では掲載できないような、たくさんの魅力的な漫画があるのである。かつてのサブカルなんてそんな感じだったと思う。